シルクロードから嫁が来た!!

キルギス共和国出身のロシア人と結婚した男のムダ話。旧ソ連諸国のお話も

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【モスクワにある日本料理店『ЯКИТОРИЯ(焼き鳥屋)』。高級料理とされた日本料理を手軽な価格で提供するコンセプトで人気。僕も食べましたが、確かになかなか満足できる店でした。ロシア圏ではロシアを中心に相変わらず日本ブームです。北方領土やシベリア抑留などとかくイメージの悪いロシアですが、こういう日本文化好きなところをもっと知ってもらえれば、日本人のロシア観も随分と変わるような気がするのですが。。。】

某年2月。
年が明けると、いろいろ仕事が重なり、あっと言う間に月日が過ぎます。

9月から我が家に来ていた家内のお母さんもいよいよ今月下旬に帰国。

本当は、ビザの期限ギリギリの3月初めまでと考えていたのですが、ウズベキスタン航空の突然のダイヤ変更により、予定より2週間ほど早い帰国予定になったのでした。

それにしても、年寄りだと言うのに、慣れない極東の島国で半年近くもよく頑張ってくれたものです。

僕の母もいたく感謝していました。

実は、この時期、体調が思わしくなかった僕の父の世話で、母はあまりチビや家内の世話ができませんでした。ですから、お母さんに申し訳ないと感じていたようです。

せめてものお礼と2月のある日、お母さんが是非訪れたいと熱望していた京都へ連れて行ったのでした。

京都行きは、人出が少ない平日のため、僕は行けず。
家内もチビを寒い時期に戸外に出すことを渋ったため、行かず。

そんな訳で、日本語が分からないお母さんとロシア語が分からない母の珍道中になったのでした。

夜になって、二人は連れ立って無事に帰宅しました。

日本文学全集を読破するなど、ソビエト時代から根っからの日本マニアだったお母さんは、初めての京都に大興奮状態でした。

特に三島由紀夫の『金閣寺』が好きだっただけに、本物の金閣寺を見て大変な感銘を受けたようでした。

何度も何度も金閣寺の美しさを繰り返し話すので、家内と僕は、“ボケたんちゃうか?”と密かに心配するほどでした。

また、京都名物(?)の舞妓さんとも記念撮影をし、日本文化に浸りきった一日だったそうです。

土産物もずいぶん買い込みました。

一番のお気に入りは、金閣寺の彫り物が入った手鏡。
キルギスに持ち帰るのを待ちきれず、すぐに包装紙を開けて使っていました。

僕も京都で作られたこの手鏡が遠くシルクロードの小国まで旅することを想像すると何やら楽しい気分になりました。

ちなみに昼食は、京都らしく懐石料理だったそうです。

お母さんは、日本文化は好きでも、日本料理にはまだまだ慣れてないと思っていましたが、意外なことにすべて平らげ、美味しかったとのこと。

人間と言うものは、どんな人でも段々環境に慣れてくるに従い、嗜好も変わると聞いたことがあります。
家内のお母さんにもそんな環境適応の能力ができていたのかもしれません。

いろいろあったので、疲れたのでしょう。
お母さんは、一通り話を終えると、自室へ行き、コテンと寝てしまいました。

東欧のウクライナ(当時はソビエト)で幼少時代を過ごし、ソビエトの大都市で学生時代を送り、中央アジアで一生の多くを過ごしたお母さん。

ユーラシア大陸を横断する人生と言う名の旅路の果てにたどり着いた最果ての島国、日本の夜をどんな夢を見て過ごしているのでしょうか?

そんな雄大な旅を続けたお母さんのことを考えながら、僕も眠りの世界に落ちたのでした。

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