シルクロードから嫁が来た!!

キルギス共和国出身のロシア人と結婚した男のムダ話。旧ソ連諸国のお話も

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【モスクワの日本大使館にて。震災の犠牲者追悼に捧げられた花束。訪れる人々は零下の寒空の中、日本への祈りを一心に捧げていました。(画像上)。NTTデータスミスが発表した『震災での感謝を伝えたい国』のランキング結果。支援に奔走したロシアの人々がこの結果を知ったらどう感じるのでしょうか?(画像下)※画像は、ロシア イズベスチアWeb版及びBuisiness Media 誠より)】

東日本大震災から1年。
この日、僕は一日家で追悼番組を見ていました。

僕自身、阪神大震災でエライ目に遭い、友人を亡くしました。

甚大な被害を受けた神戸市東灘区に支援品を持って知人の家に向かった夜。
倒壊した家屋の掘り起こしを手伝った朝。
そして、避難所の小学校で余震に震えた夕方。

これらは今も恐怖の記憶として脳裏に刻み付けられています。

それだけに東北の人々の悲しさや不安は他人事には感じられません。

東日本大震災では、日本だけでなく各国から支援の手が差し伸べられました。
中でもアメリカの支援はすべてにおいて大スケールだったことは皆様ご存知の通り。

『さすがアメリカ!』の賞賛の声とともに好感度は急上昇。

アメリカの調査機関View Research Centerの調査では2011年の日本人の対米好感度は85%になったそうです。(ちなみに2010年は66%でした。)

そんなアメリカの影でロシアも相当な支援を行っていたことは残念ながらあまり知られていません。

震災の第一報を聞いてまずアクションが起きたのは極東の赤十字社でした。
日本への寄付や募金の問い合わせが相次ぎ、3日間電話は全く鳴り止まない状態。

『ロシアで過去起きたいかなる大惨事よりも大きい反応だった。』
当時のロシア極東地区赤十字社の責任者は、その驚きをロシアの有力紙プラウダに語りました。

ロシア政府の対応も非常に迅速でした。

メドベージェフ大統領は、震災3時間後にツイッターで日本に対するコメントを発表します。
その後、休む間もなくプーチン首相と日本支援の具体策を協議します。

プーチン首相は、腹心のセーチン副首相に破損した福島第一原発の代替用に液化天然ガス(LNG)と石炭の即時増産を指示。ロシア有数のエネルギー企業ロスネフチの会長も兼ねるセーチンさんだけにすぐに実行されました。

約20万トンの天然ガスを即時支援用に割り当てると日本側に伝えるとともに、さらなる追加も可能と加えました。また、その他の資源に関しても最優先で日本に供給すると約束したのです。

実際支援の液化天然ガスは震災後わずか1ヶ月で日本に到着。
東京電力富津火力発電所に運びこまれ、首都圏の電力不足を補いました。

欧米でとかく批判されるロシアの強権政治が、皮肉にもレスポンスの速さとして機能した一幕でした。

ちなみに日本の年間LNG輸入量は約65万トン。
ロシアは単独でそのうちの1/3から半分を供給する考えでした。

LNGが豊富にあると言われるロシアですが、採掘技術は未熟です。
よって大量に余剰がある訳ではありません。

みずほ総合研究所の調査では約40万トン程度とのこと。
つまり、ロシアは余剰の半分もしくはそれ以上を日本に供給する決断をしていたのです。

一方人員の派遣もスピーディーでした。

ロシア外務省は、日本側の要請に応じて、災害専門スタッフ、医師、放射能専門家など200人以上の派遣をする用意があることを発表。

最終的には、155名の陣容となります。
これはロシア史上最大規模であり、彼ら支援部隊が第一線で活躍していました。

もちろん、派遣の人数だけで支援の貢献度合いをはかることはできません。
しかし、ロシアが派遣した人数は、アメリカを除くと一番多かったことも事実です。

ちなみにロシアの他、日本の近隣諸国での救助隊派遣人数を見てみましょう。

韓国107名、中国15名、台湾28名、インドネシア15名。。。。

近隣4カ国の合計に匹敵する人数をロシアは送り込んでいたのです。
(これらの情報は今も外務省のホームページで閲覧が可能です。)

もちろん政府だけでなく民間でも日本支援の大きな運動が起きていました。

寄付金を募る放送や広告が様々なメディアで流れ、数多くの人々が募金をしました。
インターネットの掲示板は日本激励の書き込みで埋め尽くされました。
モスクワの日本大使館には多数の市民が花と祈りを捧げる様子が繰り返し紹介されていました。

とかく日露外交の問題となる北方領土でも支援の動きは起きていました。
択捉島では、住民たちが早々に政府に義援金を送金したいとの意思を伝えていたのです。

彼らは、1994年に起きた北海道東方沖地震で被害を受けた人々。
その際に日本から支援を受けており、今こそその恩返しをしたいと申し出ていたのです。

変りダネもありました。

ロシア・アフガニスタン退役軍人同盟です。
彼らは、家を失った日本人のためにと住居の提供を申し出たのです。

『気が利かないわよね。寒くて老朽化したロシアの家なんて住みたがる日本人なんていないわよ。どうせならハワイに家をご用意!ぐらい言えばいいのに。』

家内は笑いましたが、アフガン戦争で地獄を経験した軍人の優しき申し出に温もりを覚えたものです。

日露間には様々な政治問題があることは確かです。

しかし、多くのロシア人は日本に対し、憧れと親しみを感じています。
これは過去の記事でもご紹介してきたとおり、様々な調査などで如実に現れています。

アニメ、武道、料理、ゲーム、文学、、、、
ロシアでの日本ブームはもはや一時的でなく、完全なジャンルとして定着しているのです。

そんな日本への好意が官民含めた支援という形で現れたと書くのはひいき目が過ぎるでしょうか?

震災後、NTTデータスミスと言う調査会社が、こんなアンケートを行ったことを知りました。

『震災での支援に感謝したい国は?』という問いです。

結果は個人的にはひどく寂しいものでした。

アメリカの51%は当然としましょう。
その後に続くのは、台湾(41%)、韓国、フランス、ニュージーランド(各25%)。

ロシアは14%。具体的国名が出た中では最下位。
モンゴルや中国より下という有様だったのです。

先日の震災追悼番組では、アメリカ軍の大掛かりな活動が何度も取り上げられていました。
確かにそれはそれで必要なことでしょう。

しかし、その影で無数のロシア人が懸命に日本のために努力をしていたことも知って欲しい。
なかなか日本人が好意的になれないロシア人が草の根で支援をしていたことを知って欲しい。

ロシア圏ファンの一人としてそう願わずにはいられないのです。

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