鉄道娘育成プロジェクト

伝えなければいけないことが多すぎて…

由利高原鉄道

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昨日の記事で震災後のことを書きましたが
今日は1月21日に私が行ってきたボランティア活動のことを
紹介したいと思います。

とは云ってもがれきの撤去とかのような肉体系のボランティアではなく
仮設住宅の中にある小さな集会所で料理教室を行うのでそのサポートという内容。
毎回、会場や料理の内容は変わるのですが
私が行ったときはホールケーキのデコレーションを
有名な洋菓子メーカーのパティシエやパティシエールの先生3人が指導というもの。

仮設住宅では、被災者の自立を求められていますが、
地域のコミュニティを大切にしてきた東北の人達にとって、
知らないもの同士が集められた仮設住宅では、
なかなかコミュニケーションが取れず、孤独に落ち入ってしまう方も少なくありません。
また、ス―パーなどが遠かったり、車などの移動手段のなかったりと
買い物に不自由されている方も少なくありません。
そこで、小さな仮設住宅を定期的にまわり、「食によるコミュニティづくり」をテーマに
する活動です。

待ち合わせの一ノ関駅でボランティア団体の方2名と
洋菓子メーカーの方4人、そしてサポートをするわが社の4名が
マイクロバスに乗り込み1時間かけて気仙沼市に入りました。

会場に到着し、小さな集会所内をビニールシートで養生し
机を並べ、机の上をアルコールスプレーを噴霧し拭いていきます。
さあ次は何をしよう?とボランティア団体の方に尋ねると
「じゃーサポートの方達はマイクロバスで休んでいてください」

「へ?」

何の為に遠路はるばるここまで来ているのよ!
一方でパティシエやパティシエールは忙しそうに準備しています。
図々しいことを重々承知で年長者だった柳家は
パティシエの先生に「何か手伝いますよ」と云うと
「じゃーイチゴのへたをナイフで切り落としてくれますか」
と頼まれたので、女性と二人一組で大量のイチゴを捌いていきます。
残りの2名も料理教室で使う道具を机の上に並べていきます。
約50パックのイチゴとの格闘が終わるころには、住民の皆さんが
集会所に集まってきました。

料理教室の間は会場のキャパシティの関係上、
我々は屋外で待機し、遅れてきた人を誘導したり
入りきれなかった人に事情を説明して住宅の部屋番号とお名前を聞いて
後からケーキができたら切り分けて届ける旨伝えます。

約1時間後に集会所の中では完成し切り分けて試食に入ります。
その時にインスタントコーヒーとティーバッグの紅茶を作るのも私たちの仕事です。
歓声の中、それが終わると切り分けたケーキを入れなかった方のお宅に届けます。
届けると、皆一様に喜んでくれて感謝されましたが、私が作ったわけじゃないのでね…

その後、終了となり後片付けをしてマイクロバスに乗り込みます。
そしてシンクがあるボランティア団体の事務所でケーキのクリームがついた
道具などをパティシエが手際よく洗い、我々が拭いて収納箱に入れていきます。

さらにその後、気仙沼でも一番被害の酷かった地域にバスで連れて行ってくれました。
更地になっているのかと思いきや、まだあの日のままの建物や火事で燃えてしまった車やバスなど
想像以上に復興がすすんでいないことを目の当たりにしました。

さらに1時間半バスに揺られ一ノ関駅までマイクロバスで送っていただき
私は皆さんと別れ、秋田遠征に向かったのですが
正直、モヤモヤしたものが残りました。

お分かりかと思いますが
ボランティア団体の方たちのリーダーシップのなさです。
皆、現場で参加者に楽しんでもらおう。という気持ちを持って来ているのですが
20代のボランティアリーダーは
「今日来る予定だったスタッフが急にカゼで寝込んでしまい…」と
いうような煮え切らない態度をいつまでも続けていたので
彼らを半ば無視してパティシエに直接、手伝えることはないかと聞いたのは正解でした。
彼らは料理教室の開始時の挨拶のことで頭がいっぱいのように見えました。

私は現場では努めて明るく大きな声で現地の方と接するよう心がけました。
東北の方は言葉が少ない方が多いですが、皆帰るときに
「楽しかったです。ありがとうございました」と深々と頭を下げて帰るのですが
「こちらこそありがとうですよ!よく来てくれましたね」と返すと
何人かの人はその後に立ち話をしていってくれます。
その中で昨日も書いた
「あなたたちは違うだろうが、被災地から離れた場所に住む人達に忘れられてしまうのが何より怖い」
その時のおばあさんの表情が今でも忘れられません。

結局、今日も長文となってしまいましたが
写真は1月23日に訪問した由利高原鉄道です。
大雪が降り、その後の撮影は諦めかけていたのですが
徐々に雪は弱まり、空は明るくなってきて、
そんな中やってきた今日の写真が今回の遠征の中で最も気に入っています。









イメージ 1

9D YR-2000形2002号(川辺−矢島間)
今回の遠征で鳥海山を拝むことはできませんでしたが
鳥海山が描かれている車両を撮影することはできました。




昨日は撮影に行くはずが
曇り空を見上げ、外の寒さに凍え早々にくじける。

とはいえ2日続けて家の中でダラダラしていても
なんなので家族で映画を見に行くことにした。

いつもは家内か私が子供二人を連れて子供向けの映画に
連れていくのだが、次女ももうすぐ小学生ということもあり
多少、退屈でも我慢させることを教えよう!と高らかに
大人のわがままを貫き、ALWAYS 三丁目の夕日'64を観に行った。

予想より混んでいて年配の方が多く観られていましたが
長女は「楽しかった」と云い
次女は「途中から退屈だった」そうでしたが
家内は子供たちを連れて、映画に行けるようになったと喜んでおりました。

写真は今日も秋田遠征からで1月23日に訪問した由利高原鉄道です。
この撮影地での苦い経験を紹介しましょう。
レンタカーで撮影地に到着しますと、駐車場所が無くて困ることがありますが
この時も同様で、駐車場所を探しに由利鉄の踏切を渡り、二股に分かれた道を
左側の急なカーブがあって勾配もある上り坂を上っていきますと、
カーブの途中でタイヤが雪に埋まり抜けられなくなってしまった。

雪道に慣れていない関東人がスタッドレスタイヤを過信し招いたトラブル。

JAFを呼ぶしかありません。
しかしJAF会員の有効期限はとっくに切れていた。
ワイヤーで道側にちょっと引っ張ってもらい12,500円。
現金で支払うと帰りが不安なのでカードで支払い。
遠征の勉強代は高くつきました。

今日の写真はJAFを電話で呼び、
待っている最中に踏切から撮影したもの。
動揺していることがカメラのセッティングも忘れ
撮ったことからも明らかだったが、
列車の運転士さんがこちらを見て、
にこやかに手を振ってくれたことが
凹んでいる私にどんなに勇気を与えてくれたことか。

私も力強く手を振り返しました。
いつまでも落ち込んでいても仕方ない。
旅を続けられること、事故じゃなかったことに感謝して
旅を楽しもうという気持ちのスイッチを切り替えることができました。

本当にありがとう。由利鉄の運転士さん。










イメージ 1

8D YR-2000形2001号(吉沢−西滝沢間)





夕方またお通夜に行ってきました。
この10日間で3回目。
変な意味で場慣れしました。
慣れたところで得することもないのですが。

今週は仕事が日曜から始まったので
疲れが溜まっています。
今日は自宅で焼酎でも飲みながら、
ゆっくり本を読んで眠くなったら眠り、
明日もゆっくり休養しようと思います。

気付くとブログも今日で9日連続更新できました。
やはりネタがあると更新意欲も湧いてきます。
となると週末も1日くらいはネタを求めて撮影に行かないと…

日曜に天気が良ければ行こうかなと。


ということで、もちろん今日も
秋田遠征からで1月23日に訪問した由利高原鉄道です。
朝、沿線に到着して雪が降りそうだと思っていたら
この撮影地に向かう途中に雪が降り始め、
カメラのセッティングをする頃には大雪。

天気が良ければロケーションも映えるのでしょうが
ここまで強く降ってくると、半ばヤケクソです。
列車の右側に子吉川が流れているのが確認できないほどです。
季節と天気がいい時にまた同じ場所から撮りたいです。









イメージ 1

7D YR-2000形2001号(吉沢−川辺間)





昨夜、熟睡中に家内に起こされた。
長女が撮影に参加したテレビ番組の放映時間。

日付も変わって0時半。
録画して翌朝見ようと考えていたが
起こされたので見始める。

学校や近所で撮影した中に、
長女やその友達が確かに映っていた。

本人は朝早く起きて、録画したものを見た。
あまりに映っている時間が短かったせいか
いじけていたのだが
「俺なんかテレビに出たことないんだから、羨ましいもんだぜ」
と声をかけた。(ちびまるこちゃんのお父さんの声をイメージして下さい)
その後、黙って学校に出かけたがどうなったことやら。


今日の写真も秋田遠征からで由利高原鉄道です。
ところで今日の写真のYR-1500形は
昭和60年の第三セクター転換時に登場した主力車両でしたが、
老朽化が限界に達するとの理由で
来年度から3年かけ、新車両を1両ずつ計3両導入することになり
(新型車両はYR-3000形になるらしいです)
その役割を終えようとしています。

引退前に冬以外の季節にもう一度撮りたいと
遠征から帰ってきてから、より強く思うようになりました









イメージ 1

12D YR-1500形1501号(矢島−川辺間)





秋田遠征は
初日(1月22日)に田沢湖線→秋田内陸縦貫鉄道→男鹿線→羽越本線と
雪道の中、時には長距離の移動だったが、ほぼ予定通りこなして
夕方6時くらいにホテルにチェックインした。

疲れが溜まっていたこともあり
前夜の大曲のホテルでもマッサージを頼もうと
フロントに電話したら、マッサージ師さんがカゼのため
行けないと断られてしまった経緯があり、
今夜こそはと部屋から頼もうとしたところ日曜定休。

旅の楽しみの一つが失われたのだが
気がつくと非常に空腹だった。
早朝に大曲のホテルで和朝食を食べて、その後は昨日紹介した
峠の茶屋でのおでんを食べて以来、何も口にしていなかった。

外出の準備を整え、ホテルのフロントへ行き
夕食にお勧めの店はないかと尋ねた。
予想通りきりたんぽを勧められたのだが、
ちょっと鍋と云う気分でも無かったので
他には?と聞くと「比内地鶏は「いかがですか?」と勧められた。
紹介された店は居酒屋だったのだが
日曜の夜で時間が早かったということもあり、ガラ空き。

結果的に比内地鶏は大満足で〆に稲庭うどんまで食べてきて満腹。
空腹だったのでそんなに酒も飲まず食事中心だったので
夕食にしては料金が高くついたが、それでも本場の比内地鶏と考えれば
相場なのだろう。

酒に酔わなかった分、ホテルに帰ってから
翌日のスケジューリングも順調にできた。

最近の遠征は金土日の2泊3日が多く、夕食に居酒屋に行くと
一人だと居心地が悪いこともあったのだが、
土日月の日曜の夜だと店も空いていて、注文したものが早く来るので
今後の遠征でも活用できそうだ。
後日、一人でこんなに食べたのかと思うような
居酒屋での料理写真とお店をご紹介しようと思います。


さて翌1月23日(月)に撮影に向かったのは
由利高原鉄道(もちろん初訪問)。
秋田市内から日本海沿いに沿って
国道7号を走らせること約1時間強で由利本荘市に到着。

今回の遠征では俯瞰が多かったのですが
この日のファーストショットも俯瞰で。
雑誌やパンフレットでもよく紹介されている写真の場所でしたが
空は暗く、風は強くそして今にも雪が降り出しそうで
寒さに震えながら撮りました。










イメージ 1

5D YR-2000形2001号(鮎川−黒沢間)





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