|
大野事件無罪判決から一日が経ちました。
あまりに不当な逮捕・起訴に深く傷つき、事件については多くの言葉を使わなくとも解り合える同じ立場の者達としか話題にしない程でしたが、無罪判決を得て気持ちが少し落ち着いてきました。
オリンピックに押されて新聞やニュースの取り上げられ方が小さいのが少し不満ですが、ネットのニュースなどを見ていると報道の視点に疑問を覚えました。(読売新聞の「遺族が置き去りにされている」とか、産経新聞の「衝突するプライド、検察官と医師」など)
これまであまり大野事件について興味を持ってこなかった一般の皆さんがそれによって間違った印象を持つのではと危惧します。
この事件は遺族が執刀医を訴えた民事裁判ではなく、妊婦死亡は執刀医の手術手技に過失よるものではないかと問われた刑事裁判です。
ですから、遺族の無念さや悲しみは元々裁判に関係ありません。
裁判で争われた内容については、判決要旨にその無罪理由がきちんと書かれてあるのでそちらを参照すれば分かりますが(後にペースト)、執刀医の行った医療行為は水準を満たし、妊婦を死なせたことは過失には当たらないとの司法判断が下っています。
民事にしろ刑事にしろ、裁判ではよく遺族や被害者が「真実を知りたい」と言っていますが、裁判とは真実を追究する場ではありません。
対立しあう2者(刑事なら検察側と弁護側)が互いに都合の良い情報を出し合って相手を攻め合い、そこに出された証拠だけを根拠に裁判官が判断を下すというものです。
ですから、裁判とは戦いの場であり、決して残された家族の知りたいことをピンポイントで追求したり、その悲しみを癒したりする場ではありません。
帝王切開で母親が亡くなったら、残された家族はそれはそれは悲しいだろうと思います。
死を覚悟して帝王切開を受ける妊婦はいないだろうと思いますから、まさに晴天の霹靂。その死をすんなりと受け入れ、悲しみを昇華させられる家族はほとんどいないかも知れません。
そして、「ちゃんとした医療が受けられれば死ななくてすんだに違いない」「医療ミスではないか」と医療側へ怒りを向けることに衝撃と悲しみを転嫁する家族は少なくないでしょう。
この大野事件の遺族もそうです。
報道では、遺族は執刀医が別の方法を取っていれば妊婦は死ななくてすんだ、厳罰を望んでいる、とありました。
厳罰・・
敵討ちのつもりなのでしょうが、どんなことをしても亡くなった妊婦が帰ってくるわけではないのに・・
帝王切開による死亡は殺人事件ではありません。
母親や赤ちゃんの安全と健康を望まない医師などいるでしょうか。手を尽くしたけれど救命できなかっただけです。
妊婦が前置胎盤、そして癒着胎盤という病気を持っていたのは医師のせいではありません。
赤ちゃんやお母さんを不幸にして助けられなかった場合、我々医師だって平然となんてしていられません。
後でみんなで何度もシュミレートし直して、何度も話合います。本当に助けられなかったか。
でも、後から思い返しても、どんなに手を尽くしても助けられないこともあります。私達は決して開き直るわけじゃない。助けたかったという遺憾と助けられなかったという無力感から立ち直るには時間がかかりますし、常に目の前の症例に対してベストを尽くしたいという気持ちはみんな持っています。
ただ、所詮は神の領域には手が届かないのです。
この大野事件の家族は、もしこれが癌の手術で死亡したのだったらここまで医師を恨んだでしょうか。
きっとそうではないと思います。
癌のような病気であれば家族も覚悟して臨んだはずです。
帝王切開ではそこまでの覚悟は無かったのではないでしょうか。
先人達の努力により、日本でのお産は世界で一番安全なものになりました。
妊婦たちも安全であることが前提として認識し、ご飯が美味しい産院や、部屋のリネンが高級ブランドである産院などに人気が集まります。
でも、今でも毎年約50人の妊婦がお産で亡くなっています。
これはゼロには出来ません。
だから、不幸な結果になってしまっても、「ちゃんとした医療が受けられなかったから」ではなく「本来お産は危険なもので、医療には限界があるから」なのです。(もちろん、水準以下の医療がゼロとは言いません。私達も日々邁進する次第です。)
妊娠出産が当たり前という認識が広まり、何かあったら医療ミスじゃないかという考えが、医療現場を萎縮させ、産科医不足を招き、結局は国民みんなにとって困った事態になっています。
1人でも多くの赤ちゃんやお母さんを助けたい、私達の目標は変わりません。だから、これ以上医療が崩壊して、産科や新生児科を志したものたちが辞めたくなったり辞めざるを得なくなったりするような事態になって欲しくないのです。
妊娠出産は本来危険を伴うものです。命に関わるものからそうでないものまで、沢山のリスクや煩わしいことが有り得るのです。
だからみなさんも覚悟して妊娠出産に望んでほしい。そして、何かあったときは自分の体に起こっていることを理解し、責任をもって自己決定する能力を持って欲しい。
それが一人ひとりに出来ることだと思います。
********************************************************************************
福島県立大野病院事件の福島地裁判決理由要旨
福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性患者が死亡した事件で、福島地裁が言い渡した無罪判決の理由の要旨は次の通り。
【業務上過失致死】
●死因と行為との因果関係など
鑑定などによると、患者の死因は失血死で、被告の胎盤剥離(はくり)行為と死亡の間には因果関係が認められる。癒着胎盤を無理に剥(は)がすことが、大量出血を引き起こし、母胎死亡の原因となり得ることは、被告が所持していたものを含めた医学書に記載されており、剥離を継続すれば患者の生命に危機が及ぶおそれがあったことを予見する可能性はあった。胎盤剥離を中止して子宮摘出手術などに移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合と比較すれば相当少ないということは可能だから、結果回避可能性があったと理解するのが相当だ。
●医学的準則と胎盤剥離中止義務について
本件では、癒着胎盤の剥離を中止し、子宮摘出手術などに移行した具体的な臨床症例は検察官、被告側のいずれからも提示されず、法廷で証言した各医師も言及していない。
証言した医師のうち、C医師のみが検察官の主張と同趣旨の見解を述べている。だが、同医師は腫瘍(しゅよう)が専門で癒着胎盤の治療経験に乏しいこと、鑑定や証言は自分の直接の臨床経験に基づくものではなく、主として医学書などの文献に頼ったものであることからすれば、鑑定結果と証言内容を癒着胎盤に関する標準的な医療措置と理解することは相当でない。
他方、D医師、E医師の産科の臨床経験の豊富さ、専門知識の確かさは、その経歴のみならず、証言内容からもくみとることができ、少なくとも癒着胎盤に関する標準的な医療措置に関する証言は医療現場の実際をそのまま表現していると認められる。
そうすると、本件ではD、E両医師の証言などから「剥離を開始した後は、出血をしていても胎盤剥離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合には子宮を摘出する」ということが、臨床上の標準的な医療措置と理解するのが相当だ。
検察官は癒着胎盤と認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術などに移行することが医学的準則であり、被告には剥離を中止する義務があったと主張する。これは医学書の一部の見解に依拠したと評価することができるが、採用できない。
医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反した者には刑罰を科する基準となり得る医学的準則は、臨床に携わる医師がその場面に直面した場合、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の一般性、通有性がなければならない。なぜなら、このように理解しなければ、医療措置と一部の医学書に記載されている内容に齟齬(そご)があるような場合に、医師は容易、迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことになり、刑罰が科される基準が不明確となるからだ。
この点について、検察官は一部の医学書やC医師の鑑定に依拠した準則を主張しているが、これが医師らに広く認識され、その準則に則した臨床例が多く存在するといった点に関する立証はされていない。
また、医療行為が患者の生命や身体に対する危険性があることは自明だし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難だ。医療行為を中止する義務があるとするためには、検察官が、当該行為が危険があるということだけでなく、当該行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにしたうえで、より適切な方法が他にあることを立証しなければならず、このような立証を具体的に行うためには少なくとも相当数の根拠となる臨床症例の提示が必要不可欠だといえる。
しかし、検察官は主張を根拠づける臨床症例を何ら提示していない。被告が胎盤剥離を中止しなかった場合の具体的な危険性が証明されているとはいえない。
本件では、検察官が主張するような内容が医学的準則だったと認めることはできないし、具体的な危険性などを根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできず、被告が従うべき注意義務の証明がない。
【医師法違反】
本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、医師法にいう異状がある場合に該当するということはできない。その余について検討するまでもなく、医師法違反の罪は成立しない。
http://www.asahi.com/national/update/0820/TKY200808200207.html
|
適切な処置を行えば、助かるはずという患者(家族)の思いと、
適切な処置を行っても、助からない場合もあるという医師の思いの間には、
深い淵があるように思います。
のぞきこむと魔物に引き込まれかねない淵が。
出産による死亡確率ゼロの男性とは異なり、
妊娠可能な女性なら、出産時死亡はだれにでも起こりうること、
だからこそ性行為は慎重に、妊娠時は大切に、
そして、出産時は助からない場合もあることを周知徹底する必要が
ありますね。
男性に理解を求めることも、もちろん必要です!
2008/8/22(金) 午前 2:56 [ yuk*kou*ki* ]
mixiから参りました。
心優しい繊細なお人柄のLUPOさま・・
そんな先生方がどんなにか今回の事で心を痛められたか・・・患者である一般人には想像もつきません。無罪の判決で本当に良かった(って、当たり前の事なのに・・)
これからは、もっともっと先生方もどんどん
ご自分のお気持ちを堂々と患者や一般人の前で
お話して下さい。こんなにも酷い状況をじっと我慢なさっていた勤務医の先生方・・・・以心伝心がお国芸でしたが・・
これからの日本では・・それではイケナイんじゃ。
患者と医療者のコミュニケーションについても
もっと議論して欲しいです。
2008/8/22(金) 午前 10:02 [ なおみ ]
>何かあったときは自分の体に起こっていることを理解し、責任をもって自己決定する能力を持って欲しい。
これは、具体的にどうやってその能力を身につける方法があるのか、一般人には思いつきづらいです・・・。具体的な方法をなにか想定されているのでしたら教えていただけるとありがたいです。
ネットの情報は玉石混交。本もたまひよのような雑誌は医療者の方々から見るとトンデモ情報ばかり。私も相当な時間をかけて情報を収集しているつもりですが、いまだにその能力は身についているとは思えません。
個人的には、自治体で行われている母親学級などをもう少し充実させて正しい知識を伝える場になり、義務的なものになればいいのに・・・とは思っていますが。
2008/8/22(金) 午前 10:58 [ mixiいつもみてますが ]
LUPO先生初めまして。
mixiでいつも陰ながら拝見していました。
現状を踏まえて歯に衣着せぬ議論(時々暴走もありましたが)いろいろ参考になり勉強させていただいております。
判決内容は至極当然でした。
まだ控訴もあるかもしれませんので、ぬか喜びは出来ません。
しかし、暴走した警察、検察の関係者を罷免する方法はないもんですかね。の〜たりんのくせにやりたい放題です。
今後、こやつらが絶対介入しないシステムにしないと、産科、救急など、健常者が急変しえない診療科目は、極一部の救命センターのみに集約、周辺部では萎縮医療となりかねませんね。
2008/8/22(金) 午後 0:11 [ lov*l*dog*1 ]
テレビのニュースを見ていると各局によって温度差がありますが、患者の父親の「真相を明らかにしてほしい」という部分をことさら取り上げて、どうにもならない結果の責任を医師へ転嫁するような論調が多くて残念でした。
また、結果として胎盤を器具を使って剥離した事と死因の因果関係を認めながら、標準的治療の範囲内で無罪の判決であるのに、因果関係があったことをことさらクローズアップして、加藤医師を悪者にしようとしているとしか思えない論調もありました。医療の不確実性を全くわかっていませんね。
日本の周産期死亡率の圧倒的低さをもってしても、技術をもった産科医がミス無く全身全霊を込めて治療しても不幸にも助からない命もあるものだということを自覚すべきです。
2008/8/22(金) 午後 0:12 [ lov*l*dog*1 ]
あの父親は、加藤先生を患者の墓前に連れて行きドゲサをさせたといいます。結果が悪ければすべて加藤先生が悪いと思い込んでいます。こういう人に現場で幾ら説明してもわからないのでは。ましてや救命が優先されスタッフ数にも限りがある過疎地で。
患者は前置胎盤の時点で加藤先生が県立医大へ転院を勧めたものの、大野病院で産みたいと言ったのに。
父親には、少し時間を掛けてでもいいから冷静に物事を考えていただき、せめて患者の挙児希望を実現して孫の命を助けた事に対する感謝の気持ちを示してほしいです。
2008/8/22(金) 午後 0:14 [ lov*l*dog*1 ]
LUPO先生、いつもお疲れ様です。
私もmixiでお名前を拝見しており、今回は僻地の…さんのブログリンクから来ました。
私も加藤先生は、助けたかったに違いないのに不幸にして救えなかっただけだと思っています。
何かよからぬことをしたわけでも、隠し事をしているわけでもないと信じています。
でも、ご遺族の方は信じられないのですね。
ご遺族の方のその気持ちが癒えないことがとても悲しいです。
例え、有罪だったとしても気持ちが晴れるということはないのではないでしょうか。
マスコミにそのお気持ちを吐露しても何もなりません。扇情的な記事にされ、都合よく使われるだけです。
どうか、辛いお気持ちを相談できる場を見つけてください。
そして徐々にでいいので、明日へと踏み出してください。
元の笑いのある家庭に少しでも近づいていくことが、亡くなられた娘さん、残されたお子さんが必要としていることではないでしょうか。
医師の方々も生死に関わるいろいろな思いを乗り越えて、日々医療に励んでいらっしゃると思います。
そのピーンと張り詰めた気持ちが折れないことを真摯に祈っております。
2008/8/22(金) 午後 2:36 [ パル ]
みなさん、コメントありがとうございます。
本来医師と患者は、患者さんの健康という共通の目標に向かって歩いているはずなのに、医者VS患者という構造をマスコミにイメージ付けられ、腹立たしく思っています。
これを読んで私達医師は患者さんの敵ではないと再認識してくださると嬉しいです。
2008/8/22(金) 午後 3:38
ブログの文の最後に「何かあったときは自分の体に起こっていることを理解し、責任をもって自己決定する能力を持って欲しい。」と書きましたが、抽象的で解りにくかったかもしれません。(あまり長くなりすぎてもどうかと思いまして。)
日ごろから日本の患者さんは自己決定能力が低いと感じています。
一例として、出生前診断をどこまで望まれるかというお話(超音波マーカーや羊水検査)をしても、なかなか自分で決められないので、結局こちらがある程度誘導せざるをえない、など。
(続く)
2008/8/22(金) 午後 3:39
妊婦が自分で妊娠についての知識を得るのには限界があるでしょう。
ただ、自分の身に異常が起こっているときにその状態について医者からきちんと説明を受けたら、「ではこうしてください」と自分で意思決定して欲しいのです。「えー、どうしよう」といつまでも迷っているので、その決定すらこちらが誘導しないといけない例が多いと感じます。
大事な選択まで医療者まかせにすると、それが良くない結果になった時に恨みに変わってしまうと思います。
必要な情報はいくらでも提供します。でも、それをもって夫婦で決めるべきことは責任をもって決定して欲しい。
そう思います。
2008/8/22(金) 午後 3:39
LUPO先生、お忙しい中ご解説ありがとうございます。
自己決定能力が低いと言うのは耳が痛いかもしれません。
ただ、患者側から一つご理解いただきたいのは(いいわけじみてしまうかもしれませんが)どのような事柄についての説明かにもよるとは思いますが初めて聞く説明を理解し選択肢に対し短時間で結論を出すのはかなり難しいことであると言うことです。
もちろん一例ではありましょうが、出生前診断については、そう簡単には結論が出しづらい項目に入るかと思われます。
自分の場合を考えると。(ちなみに、私は正直言って自分の理解力は世間一般では中の上ではないかとうぬぼれている人間ですが)初めて聞く説明の場合、お医者様から一通り説明を受けても、すぐにはすとんと納得がいく理解ができないことがほとんどです。その理由は私の事前の予備知識にみあった説明ではないからではないかと考えています。(もちろん、お忙しいお医者様に一から百まで説明しろ、と言う意味ではありませんし、お互いをものすごく知っている間柄ではないので仕方ないことだと考えています。)(続く)
2008/8/23(土) 午後 10:32 [ mixiいつもみてますが ]
理解ができないので、どこについての再説明や更なる説明をお願いしていいかすらその場では思いつきません。なので、受けた説明を理解するために、説明の際に出てきた単語をネットで調べたりします。(そうするとさらに混乱したりするのですが。)で、次回の診察の際に前回の説明に関する質問をし・・・という繰り返しになってしまったりします。
たとえば、比較的発生頻度は高くかつ深刻なことになる可能性が高いのに、一般には理解されていないような項目、症状については、説明書のようなものが用意されていて、通訳のような立場の人がお医者様とは別に存在するといいのにな、とは良く思います。通訳さんは、(法律が許すかどうかは不勉強のため不明ですが法律が許せば)きちんと説明を受けた看護士さんでもいいと思いますし、もっと現状にしばられずに発想するのであればそういう立場の資格制度があればいいのに、とも思います。(さらに続く)
2008/8/23(土) 午後 10:33 [ mixiいつもみてますが ]
ただ、とにかく現状の医療(健康保険)制度では、私の拙い知識から推測しても、そううまくは行かないことは簡単に想像できます。まず第一に、採算的に無理でしょうから。
たぶん、患者の要求と医療者の要求を双方満たすための説明時間を確保するためには残念ながらやっぱり構造的に相当無理が来ている、と考えるべきなんでしょうね。
長々とすみませんでした。
2008/8/23(土) 午後 10:35 [ mixiいつもみてますが ]
LOPO先生、初めまして。某SNSの知人の日記から、LOPO先生の日記を拝読しました。
私は、地方の新生児医療に関わった経験のある小児科医師です。この出来事の報道について自分で書き始めると、いつも怒りで涙が出そうになり、まともに書けないのです。LOPO先生の日記は、そんな自分の気持ちを鎮めて、静かに語りかけてくれるようで、感銘を受けました。
自分のブログから、LOPO先生の記事にリンクを張らせて頂きたいと思い、書き込みをしました。よろしくお願い致します。
2008/8/24(日) 午後 0:36 [ 鈴川@うらにわのかなりあ ]
週末に登山に行っていたので筋肉痛です・・
リンク大歓迎です。よろしくお願いしまーす。
2008/8/25(月) 午前 9:25
LUPO先生、初めまして。同じく某SNSから飛んでまいりました。
私はまだ医師の卵なのですが、この件については以前から興味があり裁判経過を見守っていました。
しかし、上のコメントで鈴川@うらにわのかなりあ様も仰っているように
この報道について冷静に文章を書くことは容易ではありません。
まだまだ学生の立場であり、先生方の本当のところの苦労は理解できていない立場の自分でさえそうなのです。
それだけにLUPO先生の的を射た文章は感動を覚えるものでした。
私もより多くの方にこの出来事について知って欲しいと考えており
LUPO先生の記事にリンクを張らせていただきたいのですが、お許しいただけますでしょうか。
よろしくお願いいたします。
2008/8/28(木) 午前 1:04 [ mok*m*ku*anda*3 ]
LUPOさん
ミクシーのトピからたどり、何度か、他でやりとりさせていただいているしいちゃん(四つ葉のクローバー)です。手際が悪くて今初めてこちらのブログを拝見させていただきました。トラックバック改めてさせていただきます。よろしくお願いいたします。
こちらでも活発な意見交換がありますね。
患者さんの、自己決定能力というのは、わたしも日頃正直歯がゆい思いをしてきました。私なりに1から10まで筋道を立てて、説明してなにか質問はあるか伺うと、沈黙。即答できない内容のことも多いので、明日までに考えてきてください。というと、素人にはわからないのでお任せします。といわれることが半数以上です。mixiいつもみてますがさんのような方は、土地柄もあるのかほんの少数です。そんなとき、患者さんや家族は蚊帳の外で、私一人がもがいているような気持ちになります。特に、周りに同じ専門の医師がいない場合は、自分一人の決定になりとても孤独になります。
そして、結果後々大変な思いをしたときに、何となく不満そうになさっている。というのが、とても悲しいです。
2008/8/28(木) 午前 5:51 [ しいちゃん ]
医師という鎧をつけてしまうと、患者さん側もつまらない質問をしてはいけないとかつい萎縮してしまって、お聞きになれないのかなあとも思います。
血の通った会話が出来つつ、一目置いていただき信頼してもらうバランスって、本当に難しいです。あまり友達みたいのでもダメですしね。
日々いろいろ考えることは多いですが、なにしろ、止まってはいられないので、目の前のことを一つ一つやっていくようですね。
2008/8/28(木) 午前 5:51 [ しいちゃん ]
コメントありがとうございます。
非医療者の方を少しでも理解し、また、私達の思いをわかってもらえたらと思い日記を書きましたが、コメントを読んで私なりにさらに課題が見えたように思います。
私のブログはリンクフリーです。
どうぞよろしくお願いいたします。
2008/8/29(金) 午後 1:09
はじめまして。3児を持つ母です。
この事件、遺族にとっては辛いものでしょうが、お医者さまも神様じゃないんですから、わざとじゃないんですから、責めるのはどうよ?と思ってました。
自分自身、1人目の出産前はダンナに口頭で『遺言』を残し、2人目の出産のときは長女に『手紙』を書き、3人目の出産のときは長女・長男と夫に宛てて『手紙』を書きました。「出産は命懸けだ」とずっと思ってましたから…。
この事件でお医者さまは無罪になりましたが、医療現場への復帰はむずかしいのでしょうかね?
2008/12/2(火) 午後 3:56 [ あちゃちゃも ]