LUPOの地球ぶらぶら紀行

地球をこよなく愛する産婦人科女医の多少マニアックな旅行記です

2008ヨーロッパ留学編

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

すんません、これがギリシャ最後の日記です。
次からロンドン編です!

アテネといえばパルテノン神殿!
H大の生命科学図書館はその異様に立派な柱から「パルテノン神殿」の愛称で呼ばれていたので、うきうきしていったのですが、めちゃめちゃ改修中でがっかり。
力尽きたので写真だけ載せさせてください。

開く コメント(0)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

全然ロンドンにたどり着いてなくてすみません。

ギリシャ日記を引き続き垂れ流させてください。
買うものなし、食べるものなし、あんなお金を使うところの無い国はありません。。
被写体には事欠きませんが。

★ミコノス島
空港からミコノスタウンに向かう夕暮れのタクシーの中で、建物がすべて真っ白で窓枠がスカイブルーであることに早くも感動していた私は、ドライバーのおじさんに「この島には夏には沢山の日本人がやってくる。でも1月にはまず来ないよ。どうしてこんな季節に来たの?」と聞かれて返答に困った。確かにこの美しい島は一大ビーチリゾートとしてハイシーズンにはホテルが不足するほどの賑わいを見せるが、天気が悪い日が続くという寒い冬にはほとんどのホテルや飲食店が閉められ、訪れるものは少ない。しかし、光線過敏症でトラベルフォトグラファーの私には、夏のエーゲ海よりも人気の無い冬の方が適していた。
天候に恵まれた日のミコノスタウンは息を飲むほど美しい。白い家々と風車が斜面にぎっしりと並び、港のエリアには船が青い波に揺れていた。私が育った地元の街と同じくらいの広さだろうか、2時間ほどで丘から港までタウンを隅々歩き尽くしてしまった。




波止場を歩いていると、船乗りのおじさんに「どこから来たの?」と声をかけられ、暇に任せて立ち話をしていると、おじさんの船はミコノス島から40分ほど離れたところにあるデロス島への定期便だという。デロス島はヘレニズム期に栄えた島で、小さいが遺跡で埋め尽くされ、島全体が世界遺産だという。宿泊施設は無く、11人の島民以外は午後3時には島を出なければならないらしく、その日はもう訪れることはできないと思われた。



おじさんは、「明日は波が高くなって船は出ないだろうから」と、買い物帰りの島民が利用する午後3時の定期便に特別にタダで乗せてくれた。
短時間だが、エーゲ海を船で行く。天気が良く空も海も深い青だ。途中、教会と家が一軒だけある小さな島や高い山がそびえる大きな島を横目に見ながら、あっという間にデロス島に着いた。



デロス島に上陸は出来なかったが、石ころだらけの斜面にかつての栄光を思わせる大きな街の遺跡が広がっているのが見えた。おじさんに上陸したいなと言うと、これから数日は波が高いから来年来てねと言われた。
天気が良かったのはその日だけで、後は風が非常に強く、寒くて凍えそうだった。この時期にミコノス島を訪れる人がほとんどいない訳だ。
せめて海の見えるカフェで読書でもと思い、港を風に向かって歩いているとまたあの船乗りのおじさんに声をかけられ、海岸沿いの小さなカフェに招きいれられた。夏だけ営業しているというそのカフェは、冬はオーナーと船乗りたちの憩いの場となっていた。
カプチーノをごちそうになりながら、島でのスローライフについて話を聞いた。お金のためにあくせくせずのんびり働き、家族と派手ではないが楽しく過ごす。都会ではなかなか実現できない、所謂オキナワ的ライフスタイルなのだが、休暇にはロシアやスペインまでもドライブするという。ミコノス島という恵まれた島に住んでいるからかも知れないが、とても贅沢な暮らしに思えた。
おじさんは寒さと強風で島での時間を持て余していた私たちを車に乗せて島を案内してくれた。どうして私たち親子にそこまでしてくれるのか分からなかったが、すっかりおじさんのペースで進んでいく。
ミコノス島の南側には夏にはリゾート客でごった返すビーチが沢山あり、その名も「パラダイスビーチ」や「スーパーパラダイスビーチ」など、聞いただけでわくわくするような名前だ。しかし、冬には私たち以外誰一人訪れる者はおらず、波も荒くて山陰の海を思わせた。可愛らしい白い建物が並ぶ崖と入り江の白いビーチは、きっと夏には熱い日差しを浴びてパラダイスに生まれ変わるのだろう。



車でいろいろ案内してくれたおじさんは、最後はホテルの前まで送り届けてくれた。
ビーチリゾート気分は全く味わえなかったが、美しいミコノスタウンと、優しくあたたかな島人に出会えた旅だった。

開く コメント(2)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

★クレタ島
飛行機でクレタ島に着くと、バスに乗ってクノッソス宮殿に直行した。
クノッソス宮殿はギリシャ神話でミノス王が、妻と牡牛との間に出来たミノタウロスという半牛半人を閉じ込めるために造った迷宮だという。私はギリシャ神話には特に造詣が深いわけではないが、ミノタウロスには興味があった。
かのピカソの超大作「ゲルニカ」に嘆き悲しむミノタウロスが描かれている。大学2年生の時に京都の近代美術館に「ゲルニカへの道」展を見に行った。ピカソがゲルニカを描くに当たっての、おびただしい下絵や習作が展示してあったのだが、その中で特に印象に残ったのが悲しい表情をしたミノタウロスの絵の数々だった。何の罪も無いのに、自分が牡牛との不義の子であるために半牛半人として生まれ、迷宮に閉じ込められ、最終的に退治される宿命的な悲しさを持つ存在である。(と思う)
訪れたクノッソス宮殿は、冬の厚い雲の隙間から差すやさしい光に、清々しい顔を見せていた。ポンペイやフォロロマーノといったある程度保存状態の良い遺跡に比べると、ほとんど瓦礫に近かったが、歩き回ると紀元前1500年という昔にしてはとても規模の大きなものだということが実感でき、当時のクレタの力が偲ばれた。



空港で知り合ったギリシャ人のおじさんによると、クレタ島最大の街イラクリオンは大阪のように大きな街だということだったが、小さくてごみごみしていて、私から見ると岡山にも満たない街に思われた。16世紀にスペインで活躍した画家エル・グレコはここイラクリオンの出身であるため(エル・グレコというのも本名ではなく、ギリシャ人という意味だ)、彼を記念した公園があるのだが、驚くほど小さく小汚かった。エル・グレコ、そしてゲルニカのミノタウロスに近いうちに再会を誓った。
幸い、オールドハーバーを見渡せる小ぎれいなカフェを発見し、クレタ料理を味わうことが出来た。
エーゲ海最大の島であるクレタ島は、兵庫県と同じくらいの広さがある。イラクリオンから島の西の端のハニアという第2の都市までふらりと行ってみたが、バスで片道2時間40分もかかった。これは東京-大阪間に相当する時間ではないか。しかし、日本でも似たような日帰りは良くやるので違和感はなかったが。
ハニアにはベネチア時代のハーバーが残っているというふれこみで、確かに港の辺りは美しかった。こぢんまりとしたきれいな街で、イラクリオンよりは居心地が良いと感じた。



しかし、ロードス島といいクレタ島といい、街にはカフェは溢れかえっているが、美味しく食事が出来る店が明らかに欠乏している。ギリシャの人たちはあまり多種類の料理を味わわないのだろうか。すでに日本が恋しくなってきた。そのせいだろうか、ローマ帝国と違ってアレキサンダー大王以降ギリシャの歴史がぱっとしないのは、美味しいものを食べる習慣が無かったためではないかと短絡的な考えしか湧いてこなかった。

開く コメント(0)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

2008年1月末〜3月初までロンドンの病院に短期留学してました。ついでの旅行と現地での爆笑話を載せていきます。ロンドン上陸前に季節はずれのギリシャに行きました。



みなさんこんばんは。今のところ元気にしております。
ごくまれにネットにつながるので、今のうちにギリシャに寄った時の日記をたれ流させてください。

★ロードス島
大阪空港を出発してから3回の乗り継ぎを経て、トルコに程近いロードス島に到着したのはまだ薄暗い早朝だった。時差ぼけを恐れて、荷物を部屋に置いた後、朝焼けの港を散歩した。
ロードス島といえば、医療者に端を発し中世に活躍した聖ヨハネ騎士団の要塞都市として、歴史の島というイメージが強かったが、ロードスシティの港にはヨットや豪華なクルーザーが所狭しと停泊し、ヨーロッパ有数のリゾート島であることが実感できた。


雲の中に太陽が昇り、はみ出した朝日がロードスシティの旧市街の宮殿や城壁を照らし始めた。港の桟橋で海の中を覗くと、驚くほど水が澄んでいるのがわかった。明るくなった旧市街を歩いてみると、噴水の周りで鳩が水を飲んだり、猫があくびをしたりしている。オフシーズンとはいえ、旧市街の土産物屋やカフェの半分ぐらいは日が高くなる前に営業を始め、狭い旧市街は瞬く間に観光客でいっぱいになった。細い石畳の路地がいくつも入り組んだ、迷路のような旧市街を一通り歩いてロードス島に来たという実感を得た。あっという間に旧市街と新市街の探索を終えてしまったが、時差ぼけ防止のため夜まで起きていなければならなかったため、カフェで読書をした。日本と違って携帯も鳴らないため、驚くほど読み進むのが早い。物思いにふけったりしながら、ゆっくりと時間が過ぎていく。遠い異国の小さな島で、普段欠けていた貴重な時間を見つけることが出来たと思った。



翌日はバスに乗り、リンドスと言う遺跡の街へ向かった。ロードスシティが島の北端にあるのに対し、リンドスはロードス島の東海岸の中央に位置する。海にせり出した丘の上という、絶好のロケーションにあるアクロポリスだ。白い壁の家々が並ぶ街を抜け、石壁に囲まれた丘を登っていくと、てっぺんに修復中の神殿の柱が見えた。そこからは太陽に照らされた地中海が見渡せる。浅瀬の色がエメラルドグリーンに近く、カプリ島のアウグスト庭園から見える海と同じ色だと思った。




アクロポリスの隣にあるビーチは、オフシーズンのため人気は少なかったが、水も砂も美しく、太陽に照らされて細かい光の網がキラキラと揺れていた。私にしては珍しく、日焼けを厭わず桟橋の先まで歩いてみた。海を覗き込むと、さほど浅くは無いのにエメラルドグリーンに光る水の向こうに海底が見通せた。大小の魚の群れがゆったりと行き交っている。エーゲ海の島々が、古代ロマンの舞台だけでなく欧州屈指のリゾートであることが頷けた。

開く コメント(0)

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事