LUPOの地球ぶらぶら紀行

地球をこよなく愛する産婦人科女医の多少マニアックな旅行記です

2009ヨーロッパ留学記

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みなさんこんばんは。留学日記の途中ですが、ロンドンから帰って来ました。日本はあったかいですね〜。

もともと半年の予定で行ったのですが、あっという間に過ぎ去ってしまいました。半年だけロンドンにいるのなら、一年の中でも暖かい方の半年間にしようと思って計画したのですが、10月くらいから急激に寒くなり、4回も風邪を引きました。(一度はインフルエンザ疑い)食べるものはないし、最後のほうは日本が恋しくてたまらなかったです。

ロンドンはガイドブックが書けるほどうろつきまわり、週末毎にヨーロッパの都市を訪ね歩きました。買いたいものがなくなるくらい買い物もしました。(途中からお金が無くなって購買意欲が減退しただけなのですが)

肝心のお勉強について。胎児胎盤治療に関しては、オブザーバー時代に日本では決して見られない(つまり行われていない)手術や手技を山ほど見学しましたし、胎児超音波についてはもうプローブを見たくなくなるくらいしました。達人のレベルにはまだまだですが、日本にいるころに比べるとはるかにいろんなものが見えるようになり、格段に上達しました。特にNTなどFirst Trimester Screeningに関しては技術・理解ともに深まり、中途半端な説明・超音波検査・管理をしている人に喝を入れられると思います。(これに関してはここでは多くを語りません)長くいればいるほど超音波は上達していくでしょうが、それ以外のことは忘れてしまうし、そこでの出生前診断と管理方針についての考え方に染まって日本の感覚とずれてしまうのを何よりも恐れていたので、期間的にはちょうど良かったのではないかと思います。

世界的に有名なセクハラ教授の下には、世界中から胎児超音波+αを学ぶためにやってきた産婦人科医が常に70〜80人います。宗教も文化も価値観も違う国の老若男女(主に若手ですが)が集まっていて、かなり特殊な集団だと言えます。いろんな国からきた友達を作れる貴重な機会である一方、付き合いにくいおかしな人たちの割合が有意に高く、苦労も多かったです。仕事でも某大学病院の研修医一年目のような扱いを受けることもしばしばで、同僚たちと愚痴りあうことが出来なかったら耐えられなかったでしょう。そしてそのおかげで英語が上達したとも言えます。(が、もう忘れかけてきたような気がする・・。早急に日本で外国人の友人を作らなくては。)

セクハラ教授には完全にマスコット扱いされていましたが、なんやかんやと可愛がってくれた(?)と思います。教授は本当にすごい人だと思いますが、仕事以外のプライベートライフがありません。離婚していて、常にフェローの中からガールフレンドを一人選んではべらせているという、職場内ですべて完結という人です。ちょっとそういう点は尊敬できないというか、端的に言えば「お付き合いはしたくないけど、もし私が精子提供を受けて妊娠するなら教授のをもらいたい」という感じでしょうか。

幸せだったのは、毎日ロンドン中心部にある病院に勤められたこと。その病院はロンドンの泉佐野の病院よりはるかに早く仕事が終わり、雑用も少ないのです。毎週金曜日には仲良しの女の子たちと美味しいものをいそいそと食べに出かけて延々ガールズトークをしました。出身国や母国語は違えどみなそれぞれ波乱に満ちた人生を送り、悩みを抱えながらも前向きに目標に向かって着実に進んでいる女性たち。彼女たちには常に励ましてもらい、影響を与えられました。帰国するときにあまりに寂しくて、もう帰ってこないだろうと思いながら、「またすぐに帰ってくるからさよならは言わないよ」と言ってしまいました。そんな存在が出来ただけでもすごい財産だと思います。(イケ面スペイン人も含め)

でも、帰ってきたらやっぱり日本が自分のいるべき場所だと感じました。ここで学んできたことを生かして少しでも社会に貢献したいと思います。

今月はパートタイムの仕事とJAL修行、いろんな人との再会で時間が矢のように過ぎる予定ですが、来月からはまじめに働く予定です。そして詳細は未定ですが春以降には新たなプロジェクトをスタート予定です。

たまっている旅行記、ロンドン観光案内があるため、しばらく留学日記は続きます。よろしくお付き合いくださいませ〜

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すっかりお馴染みとなった(?)イケ面スペイン人Jesus君。
こないだの日記で依存嫁と離婚する決意をした彼は、離婚届にサインするべくスペインに帰りました。

その週末私はスイス・ドイツ・オーストリアに出かけていたのですが、帰ってきてから独身に戻った彼に会うのを楽しみにしていました。次の週、彼は私を見かけると「話したいことがあるんだ」と言いました。
「何〜?無事に離婚出来たん?」
「それが、離婚届にサインせず帰ってきたんだ。」
「え〜!なんでなん?」
「嫁の落ち込みが激しくて、完遂できなかったんだ。」
「そりゃ落ち込むだろうけどさ、それは乗り越えるしかないんじゃないの?」
「嫁は自分の愛がselfishだったことに気づいたんだ。それで私は変わると言っている。俺は嫁にセカンドチャンスを与えるべきかどうか迷ってるんだ。」
「ふ〜ん」
「今までの俺たちの関係には二つ問題点があった。一つは嫁の愛がselfishで俺に依存し束縛し続けていたこと、もう一つは俺がそれに妥協し嫁をコントロールできなかったこと。」
「一つ聞いていい?あなたは奥さんを愛してるの?」
「う〜ん。もう愛してはいないと思う。二人で一緒にいたとき、friendshipは感じたけど触りたいとか抱きたいとかは思わなかった。でもこうなんというか・・、どう表現したらいいんだろう・・」
「それはねえ、日本語では情っていう感情だと思うんだけど、哀れみとか悲しみとかと似た・・。長い間一緒にいるとドライに別れられない感情が生まれるの。それは普通のこと。でも愛じゃないよ。」
「そうだなあ。でも、あれほど落ち込んで懇願している嫁にセカンドチャンスを与えなかったら俺はひどい奴かな。」
「う〜ん、それは結果によるんじゃないの?結局それでまた別れることになったら互いにとって時間の無駄だよ。」
「時間の無駄か。まさにそうだな。でも別れようって言っても私は別れたくないの一点張りだし、俺がもう会いたくないって言っても、私が会いたいから会ってって言うし。どうしたらいいんだ。」
「それってさ。今の奥さんの愛もselfishってことだよね。」
「確かに。」
「コントロールできる自信あるの?」
「もちろんない。」
「もし今セカンドチャンスを与えたら、結局は数年後に離婚するんじゃない?それなら再出発を考えるとお互い少しでも若い方がいいと思うけど。」
「そうだなあ・・」

イケ面は嫁以外に付き合ったことのある女性がいないので、別れるということが大変であることを知らなかったようです。でもそれは続ける理由にはならないと思うんですがね〜。まあがんばってとしか言いようがありませんが。

しかも嫁が落ち込んでいるからと言って、電話したりしてるんですよ!もし別れるって決めてるなら変に希望を持たせると余計に辛いよって言ったのですが、「こうやって電話しているが俺は別れる意思は変わらないからってちゃんと言ってある」って言うんですよ・・。それって奥さんにとってはどうなんですかね〜?

悩んでいたし、彼が今後どうするのかは不明ですが、少なくとも私がいるうちに彼が独身に戻ることはなくなってしまったのでとっても残念です。泣

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みなさんこんにちは。
拙著をお読みいただきましたでしょうか?
感想をこちらに書いていただけるととってもうれしいです。

http://blogs.yahoo.co.jp/mihyon0123/30862442.html

クリスマスドイツ語圏紀行の続き。
スイス・バーゼルで一泊した後、レンタカーでミュンヘンへ。ミュンヘンでランチをして、ザルツブルグへ行くという超駆け足プランでした。

ミュンヘンは3回目くらいだと思いますが、カールスプラッツからマリエンプラッツにかけての道以外に特に行くべきところはないように思います。
カールスプラッツにはスケートリンクが出来ていて、私も滑りたくなりました。昔はウインタースポーツだけは得意だったのですが、今はスケート滑れるかどうか分かりません。。
マリエンプラッツにはクリスマスマーケットが!!オーナメントを買ってしまいました。

その後ドイツ料理を食べに行きました。ビールとソーセージとポテトとザウアークラウト!!Dies ist Deutschland!

ドイツなんてこれしかないやん!と言いますが、イギリスにはなーんにもありません。まあビールは美味しいけど。
夢中で食べました。大満足。

そして4時ごろにはもう日暮れのドイツを、ザルツブルグに向けて走ったのでした。

およそ9年前、大学の卒業旅行でドイツをレンタカーで旅したのを思い出しました。(その時はバーデンバーデン→黒い森→ボーデン湖→ノイシュバンシュタインとロマンチック街道→フランクフルトという行程だった)

その時に、運命の車ルポちゃんに出会ったのでした。当時まだ日本に輸入されていなかったルポちゃんに一目ぼれし、現地のディーラーに駆け込んでパンフレットをもらい、日本のディーラーに乗り込んだ私。ちょうどそれからすぐに日本で正規輸入が始まり、予約第一号でルポオーナーになったのでした。

その愛車ルポは今回の留学中に妹に廃車にされてしまい、10万キロも走ってくれたのにさよならを言うこともできなかった。今でも涙があふれます。

今回ドイツを走ったら新しい運命の車に出会えるかと期待していたのですが・・。
ルポばかりが目について、他にいい車は見つかりませんでした。
後ろ向きの性格になっちゃったのでしょうか。
もう車は買わないです。

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みなさんこんにちは。ロンドンは嫌になるくらい寒いです。持ってきたコートが薄すぎたのか、ユニクロのヒートテックインナーでも足りません。

さて、こないだパリにいる友人たちと3人でスイス・ドイツ・オーストリアに行ってきました。
ドイツ語圏のクリスマスは、クリスマスマーケットがあちこちに出て、とってもかわいいです。
グリューヴァイン(ホットワイン)もスパイスが効いて美味しいし、ポテトやソーセージも美味しいです。

今時間が無いので、取り敢えずスイスはバーゼルのクリスマスマーケットの写真をば。
かわいいクリスマスマーケットとして有名らしいです。

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ダブリンでギネス!!

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みなさんこんにちは。日本は寒いそうですね。でも、こっちはもっとずっと前からめちゃくちゃ寒いです。なんとか元気にやっています。

こないだの週末にダブリンに行ってきました。ダブリンってどこ?というあなた(うちの妹)、ダブリンはアイルランドの首都です。日本からの旅行先としてはあまりポピュラーでないのですが、ロンドンからだと飛行機でものの50分です。国内線みたい。

同僚のブラジル人、アナ・パウラちゃんが「せっかくヨーロッパに来たんだからエンジョイしたい!!」というので意気投合し、週末を利用してダブリンに行くことになったのです。が、そこはブラジル人。あーだこーだ言ってる間に飛行機が値上がりしてしまいました。私だけなら何週間も前にちゃっちゃと予約するから安いのに。でも、アナ・パウラちゃんと旅行に行きたかったのでいいのです。

コペンハーゲンでカールスバーグ、アムステルダムでハイネケンを飲んだけど、やっぱりダブリンでギネスを飲まないとダメでしょう!!
と言うわけで、本物のアイリッシュパブにギネスを飲みに行きました。

アイリッシュパブが並ぶ有名な地区、テンプルズバーに行って、まずはギネスで煮込んだシチューを食べました。美味しかったです。少なくともロンドンのパブにはあんな美味しいものはありません。



土曜の晩のパブは激混み。ダブリナーズはみんな陽気で、店内にかかっていたナツメロをみんなで合唱していました。女性は寒いのにみんな薄着で、総じて太っていました。
私たちもギネスをしこたま飲み、濃い話題に花をさかせました。


翌日は朝からギネスストアハウスへ。
このギネスストアハウス以外の観光地はほとんどかたまっており、徒歩で回れますが、ストアハウスだけはちょっと離れています。でも足の長いアナ・パウラちゃんと関西人の私は、すたすた歩いたのですぐ着きました。


ビールの作り方などは流し見して、ストアハウスのてっぺんにあるガラス張りのバーでまたギネスを飲みました。やはりギネスはうまい。



その後は一応ダブリン観光。

トリニティカレッジ。


ダブリン城。


バンクオブアイルランド(土曜夜)。


目抜き通り、オコーネルストリート。


アナ・パウラちゃんとひたすらしゃべっていたので、観光地の詳細はあんまり覚えてないという・・。

ダブリンは小さな街なので、24時間もあれば回れてしまいます。ロンドンからのエクスカーションに最適ですね。
みなさまも機会があれば、本場のギネスを是非。

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