飛行機で首都アンタナナリボに着いた私たちは、代金を支払うためにガイドさんやホテルを手配してくれたトラベルエージェントに行った。ずこちゃんが全部取ってくれたのだが、それはアリックスという会社を通じてだった。アリックスの代表は黒川さんという日本人の洒落たおじさんで、コーヒーとチョコレートをいただいてそのまま談笑をした。
アリックスの顧客は個人の旅行者も多いが、テレビ局の番組制作も結構多いらしい。「あいのり」も来たし、「ウルルン滞在記」と「世界ふしぎ発見!」は2回ずつ来たらしい。
あいのりが全くやらせではないとか、世界ふしぎ発見のレポーターに求められているのは愛嬌ではなく「コメント力」だとか(「かわいい」とか「おいしい」ではなく端的に具体的にコメントすること。これには私たちは3人ともギクっとした。)興味深い話をいろいろ聞いた。
しかし、一番衝撃だったことは、
「あの、私たち、ここへ来ていくつか蚊に刺されたんですが、マラリアとか大丈夫ですかね?」
「うーん、僕はマダガスカルへ来て13年になるけどねえ、2回大きなマラリアにかかったね。小さいのは数え切れないけど。」
「え、大きなってどんなんですか。」
「高熱が1週間続いて、ずっと点滴してたよ。」
絶句。仕事を休ませてもらって来てるのに、マラリアでそんなに休んだら、肩身が狭くて消えてなくなりたくなるだろうなあ。
アンタナナリボで泊まったホテルは、高台にあって市街が見渡せるホテル・パリサンドラというきれいで設備の整ったホテルだった。
私たちは見晴らしの良いテラスで夕食をとった。アンタタナナリボでは15階建てのヒルトンホテルがダントツで一番高いビルなので、夜景が見渡せるとはいえ街の灯はまばらだった。
食事はカルパッチョとか、ゼブ牛の野菜包み焼きとか、凝った料理が多かったのだが、シンプルな森の料理のほうが格段においしかったような気がした。
しかし、アンタナナリボは高地のため蚊がおらず、湿度も低めなためベッドも今までよりカラっとして、心地よく眠ることが出来た。
翌朝目覚めると、rexさんがぐったりしておられた。聞けば、一晩中嘔吐と下痢をされていたという。多分、フォールドーファンのカキにあたったのではないかと。連日の長距離移動で疲れが出始めていたのに、加えて嘔吐・下痢。いつもは元気いっぱいのrexさんが朝食も食べられないくらい弱っておられた。
その日は朝から次の目的地であるペリネ保護区に向かう予定になっていたので、rexさんはなけなしの力を振り絞ってなんとか車へ。幸い首都からペリネまではこれまでに無いくらいデコボコが少ない道だったので、比較的体力を消耗することなくペリネ保護区に隣接するロッジに到着した。
ロッジの中で洗濯物を干した後、洗面台に向かっていると、ドスーンという大きな音が。あわてて部屋のほうへ行くと、rexさんがはしごから足を滑らせ、床に転落して、腕や背中を打撲しておられた。完全に予備力がなくなっておられるようで、とっても心配。
rexさんは朝食に続いて、昼食もとても食べられないと言われたので、ずこちゃんと「絶対に滑りやすいサンダルで歩かないでください」とお願いして二人で出かけた。
ガイドのマミさんが連れて行ってくれたのは近くにある欧米人御用達の高級ロッジ。そこで優雅にランチをしたあと、レムールパークに連れて行ってもらった。
レムールパークは川の中州に作られた、キツネザル(=レムール)の動物園。動物園といっても、見た目はほとんど自然の森と一緒で、キツネザルが放し飼いにされている。キツネザルは泳げないので、中州から出ることが出来ないのだ。ここにはカンムリキツネザルなどまだ出会っていないキツネザルが飼育されていて、餌をやったり肩に乗せたりすることができる。
キツネザルを肩に乗せて、ナウシカ気分で写真を撮ったり(あれはキツネリスだが)、頭に乗られたり、わいわい騒ぎながら、
「さっきの優雅なランチといい、レムールパークといい、なんかテーマパークみたいだね。首都に近いからか、ネイチャーというより私たちが飼いならされてきた感じだね。」
まさに、観光客がたくさん来る首都近郊の保護区という感じであった。
夜になってrexさんはだいぶ回復され、ナイトサファリにも参加された。昼間はテーマパークのようであったが、サファリは割とハードで、ナイトサファリも約2時間ほど足場の悪い森を歩いた。
ペリネ保護区の特長は、最も大きいキツネザル、インドリが見られるところである。インドリは悲鳴のような声で鳴く、白と黒のツートンカラーのサルだ。
翌朝のサファリでは、目的はただ一つ。インドリを見ることだった。翌朝のサファリでは、ガイドさん共にインドリを探して、アップダウンの激しい山道を行ったり来たりしたが、なかなか見つからない。ガイドさんは「インドリを探してくるから」と言って私たちをランの咲く池のほとりに置き、山の中へ消えた。
どのくらい待たされただろう。ガイドさんが息を切らせて戻ってきて、インドリの発見を伝えると、私たちははじけたように飛び上がって、ガイドさんの後をついて森に入った。さっきまで、肩で息をしながらゆっくり登っていた坂道を、みんなほとんど小走りで進んでいく。息が上がって、もう歩けない、と思ったころにガイドさんがはるか高い木の上を指した。
肉眼ではほとんど見えない。カメラの300mmズームで覗くと、木の上で、白黒のインドリが2匹、じゃれあっているのが見えた。2匹ともこっちを見ている。サルというより、子グマのような顔だった。
インドリに会えた!もうマダガスカルで思い残すことはない・・。
と、感慨に浸りながら帰ろうとしたとき、ガイドさんと違う現地の人が携帯電話を持って、ガイドさんと話していた。ガイドさんは、現地の人のネットワークで、インドリ目撃情報を交換しているらしい。ハイテクというか、なんと言うか・・。インドリにGPSを埋め込んだほうが早いような気がするなあ。なんて。
サファリを終えてロッジでゴロゴロしていると、洗面所からrexさんの悲鳴が聞こえた。
「まぶたの上に虫が・・!!」
洗面所に飛んでいくと、rexさんが鏡を見ながら、まぶたの上をこすっておられた。しばらくして、
「あれ、いなくなった。と思ったら、目の中に入ってる!!いやぁーー」
見せてもらうと、黒くて細いヒルがrexさんの目の中に入っていた。
つまみ出す道具はないかと部屋中を探すが、うってつけの道具はない。
「私のポーチの中に毛抜きがあるから持ってきて!」
と言われ、必死で毛抜きを探しだし、rexさんの目の奥にいるヒルを出そうとした。控えめに先っちょをつまんで引っ張ったが、途中で外れて、ヒルはさらに目の奥に行ってしまった。今度はヒルの腹の部分を思い切りつかんで引っ張ると、すっぽーんとrexさんの目からヒルが取れた。その姿の気味悪さに(といっても、黒くて細長いだけ)、二人で悲鳴をあげ、rexさんはさらに号泣しておられた。目からは三筋の赤い涙。まぶたの裏をヒルにかまれたのだ。
悲鳴を聞きつけて、マミさんがやってきたが、ヒルとわかると「なーんだ、ヒルか。病気を運ばないから心配要らないよ」と言って、ふざけながら私に記念写真を撮るように勧めた。(もちろん、撮らなかったけど)
ボルネオ島でも、rexさんはヒルに二つかまれ、私はかまれなかった。そして今回も・・。
rexさんの血はおいしいのかなあ。
実はマダガスカルで一番印象に残っている出来事は、このヒル事件かもしれない。
昼前にアンタナナリボに戻った私たちは、バオバブの木のオブジェやバオバブの模様のTシャツ、バニラとラム酒、そしてマダガスカル産チョコレートを買い込んだ。
とうとう明日はマダガスカルを去る。
名残を惜しみながら最後の晩もバナナフランベを食べ、マダガスカルのビールで乾杯した。
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