クララ・ヴィークは、1819年 9月13日に生まれました。
幼いころから父フリードリッヒ・ヴィークにピアノの指導を受けたクララは、
8歳で、初めて演奏会を開きました。
また、作曲家としても名声を博します。
わずか12歳で、パリなどを回る演奏旅行をしています。
パリのヴァンダモール伯爵夫人のサロンにて、貴族、大使、大臣、詩人、画家、
ピアニストのカルクブレンナーなどの前で、12歳の天才、クララが演奏しています。
同じ演奏旅行のワイマールでは、80歳を過ぎたゲーテの前で演奏しています。
1838年には、皇帝から「サロンのヴィルトーゾ」と称されました。
パリの上流社会で成功を収めるということは、すなわち、そのまま
大きな演奏会場への出演と個人レッスンの人気が約束されることを意味します。
19歳のロベルト・シューマンとは、9歳で出会い、21歳で結婚します。
父親の反対を押しきって、覚悟の、駆け落ち同然の結婚でした。
この時、婚約指輪の変わりにクララに贈られたのは、「子どもの情景」
13曲からなるこの愛すべき小品集の中に、有名な「トロイメライ」が入っていました。
8人の子どもに恵まれ、夫の死後もヨーロッパ中を演奏旅行して回っています。
シューマンとも、仲の良かったヨハネスブラームスとは、深い友情で結ばれ、
夫シューマンの死後もクララの支えになっていたようです。
1878年から、1892年まで、フランクフルトの音楽院で教鞭をとっています。
クララのレパートリーには、シューマン意外にも、
ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ショパン、ブラームスなどの作品が含まれます。
ただ、シューマンの作品1だけは、どんなに依頼されても絶対弾かなかったそうです。
それは、「アベッグ変奏曲」という曲で、当時9歳のクララの家に、
アベッグからピアノを習いに来ていたお嬢さんを想ってシューマンが作曲したものです。
どうも、クララのほうが、先にお熱だったかもしれません。
クララとシューマンの子孫は今ヨーロッパや、アメリカに続いているとか。
| 今年はシューマン没後150年&クララ没後110年にあたります。 |
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