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 電動車椅子(いす)の男性にお笑い芸人のまねをしながら暴行したとして、千葉県警千葉南署は24日までに、暴力行為等処罰に関する法律違反の疑いで、千葉市緑区の市立中学3年の男子生徒2人=ともに(15)=を逮捕した。

 調べによると、2人は8月25日午後2時ごろ、千葉市緑区おゆみ野の歩道で、電動車椅子に乗っていた同区の男性(53)の頭を、「欧米か」などと言いながら、履いていたサンダルで数回たたいた疑い。男性にけがはなかった。男性は足腰が弱く、1人で外出中だったらしい。

 生徒のうち1人は「面白半分にたたいた」と容疑を認め、もう1人は「やっていない」と否認している。「欧米か」はお笑い芸人、タカアンドトシの突っ込みのせりふ。

ソース元:msn 産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080924/crm0809241558026-n1.htm

千葉市緑区おゆみ野っていったら緑と住宅地が上手い具合に共生している感じの素敵な街なんだけどねぇ・・・。

普段は、このクソヴァカ中学生たちが鎖でつながれていない状態で外を歩いているってことか。ふう・・・。

このガキたちは自分たちよりも強い相手に「欧米か!」と言われて叩かれることは受け入れられるのだろうか?
受け入れるわけないよなぁ・・・。はぁ・・・(ため息2回目)

さすがにこれをゆとり教育のせいにするつもりはない。この馬鹿2匹、元々馬鹿なんだろう。

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                         選手の顔は加工していません。

落ち込むVISAカード

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               サンタのコスプレ(?)なんだから、なんとか元気を出せよう・・・。

愛犬の墓石

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                             神様からの贈り物

                                 レックス

                      あなたは私たち家族の誇りであり喜びでした

                    あのアジア系の子供が中華鍋を持ってくるまでは・・・

                             1987 ― 2001
映画「闇の子供たち」の上映館数が増加中とのニュースを聞いた。大ヒットとは言わないまでも低予算作品にしては興行的に健闘しているのだろう。

ミジンコはどうにもこの作品の存在自体に違和感を感じる。
映画の内容が「臓器売買ビジネス」への批判ではあるので、作品自体を叩き難い、要はネットで毎度現れる“本質は全く理解しないで感情的にギャーギャー「かわいそう」をキーワードに騒ぐ馬鹿たち”から粘着されるので批判し辛い作品である。
それでも自分が作品を観た後に感じたどうしようもない「日本とタイへの敵意」は拭えないし、正直、今、自分のメイントピックの一つである児童の保護(強制労働、児童買春、少年/少女兵など)の知識や見聞きする実態と照らし合わせても、この作品をあたかも「ノンフィクション作品」のように宣伝する製作者・役者・広告制作者の姿勢に疑問を呈したい。

公式ウェブサイトのトップページには【これは「闇」に隠された真実の物語】とある。
製作サイドは「真実」、即ち「事実」、過去にそういう事件があったとしているわけだ。でなければ「真実」という表現はおかしいだろう。
ところがそういう事実、つまり「タイで日本人が心臓手術を受けた事例」はいくら調べても出てこない。
そもそも、この映画のベースは小説なのだ。
十数年前に書かれた梁石日(ヤン・ソギル)の小説(フィクション)が、映画化されると「事実」とされるとはどうしたことだろう?
小説はいくら時間が経過しても事実にはならない。
ところがこの「闇の子供たち」はなぜか「真実」に化けた。日本人がタイの子供たちの臓器を買っていることになっている。
そして子供の臓器売買がされていることにされたタイ社会をも貶めている。

先ず、映画製作者たちは「移植手術を舐めるなよ」ってところもある。
この映画「闇の子供たち」の取材協力までした福嶌教偉医師がこう述べている。「闇の子供たち」が映す臓器移植の課題(日経ビジネス・オンライン)
「まずはタイで、日本人が心臓移植を受けた例はないということですよね。

 次に、心臓移植を受けようと思っている子供の両親が、よその子供を殺してまで自分の子供を助けたい、精神的にそう思っている人は、一人もいないということです。

 親だから、子供をなんとしても助けたいという思いはあっても、みんな我慢して死んでいっている。人を殺してまで、生きたい、生かしたいという親はいません。

 もう一つ、心臓移植はリスクが高すぎて、儲けということでは成立しないかもしれない。

 というのも、心臓移植をしようと思ったら、心臓を止めている間に人工心肺の器械を動かしていないといけないし、手術するためにはたくさんの人がいる。

 腎臓移植なら、ある程度うまい人がいたら、助手と二人で手術をすますことができる。でも心臓の手術はぜったい少人数ではできませんから。それはありえない」

 心臓麻酔の専門医と、人工心肺の器械をまわすのに1人、手術医が3人と看護婦という具合に計算していくと、エキスパートが8人は揃わないと心臓移植は行えないという。

「8人を口止めして、儲けも出そうなんて考えたら、ビジネスとして儲からへん。それに、見つかったときには心臓だったら死刑でしょう。タイの外科医といえばエリートの人たちです。その人たちがいくらなんでも、そんな危ないことに手を貸すとは思えない。映画では、なんらかの事情があってということにしているけれど、そこは医療の現場にいる者の目からすると、映画のフィクションといえるでしょう」

この医師の弁からしても、「闇の子供たち」の製作者たちは、先ずは「タイ人(貧しい人)から金で命を買おうとする日本人」そして「自国の子供たちを金で売るタイ人マフィア」を描くことを優先しているために、本当に子供の移植手術に直面して苦悩する日本人の親を描こうとはしなかったと言える。
先に前提事項が決まった上で「ノンフィクション映画」を作ることなんて不可能なのに、なんでかこの映画ではまるで実際に「今、このときにも日本人がタイ人の子供の臓器を買っている」という印象操作が存在する。
これがこの記事タイトルにもした『映画「闇の子供たち」に潜む悪意』である。

実際に虐待を受けている子供たちはいるのだろうし、臓器売買ビジネスも存在するのだろう。
だからといって、「そういうことが存在するのだろう」というイメージだけで、製作した映画作品を「真実である」とか「ノンフィクションである」と公言するのは間違っている。
これはとても危険な行為だ。嘘やデタラメ、信憑性の無い話が氾濫してしまうと、本当のことまでもがボヤかされてしまうからだ。
人々が児童虐待の事実に対して「どーせ、これも大袈裟な話だろう。だってあの映画は事実無根だったし。」なんてことになることが恐ろしい。
本当に児童の臓器売買があるとして、それをなんとか阻止、撲滅しようと活動している人々の足かせになる。

「あの映画が嘘をついていたのだから・・・」といった理由が今後、本当の自動の臓器売買への関心を持ってもらえる可能性すら阻害する。
どんなに苦労をしてでも「事実のみ」を提示して国際世論に訴え、悪い奴等を炙り出す、これが最優先される。
「こうだろう」「こんなことがあるかもしれない」で映画を作って訴えかけても、情に脆い日本の観客はその映画を観た後の数時間だか数日だかは少しは真剣に考えたりもするかもしれないが、いったいそれがどんなムーブメント(失笑)になるというのか?
はっきり言えば、なんにもなりはしないだろうに。この世のどこに「フィクション映画に触発されたので活動します!」ってな能天気な馬鹿を相手にする機関があるというのか。
それこそ現実を見ろ!って話だ。

タイ国際映画祭では、この映画は上映中止になった。
「闇の子供たち」タイで上映中止 人身売買の内容に反発(asashi.com)
 【バンコク=山本大輔】タイを舞台に、子どもの人身売買や渡航移植の問題点を描いた映画「闇の子供たち」(阪本順治監督)が、23日開始のバンコク国際映画祭で上映中止になったことが分かった。「内容が不適切」とするタイ政府観光庁などの判断で、タイ国内の映画館での上映についても難色を示している。

 東京にある阪本監督の事務所によると、「タイ国内で無許可で撮影した」ことを理由に最近、上映は不可能だと説明された。阪本監督らは24日にもバンコクで記者会見を開く予定だという。

 当初、映画祭実行委員会は「タイ国内で撮影された外国映画」として25日に上映を計画。その後、映画の内容を知った主催者の観光庁などが、「子どもの人身売買はタイ社会にそぐわない内容で、タイの印象を著しく損ねる」と上映に反対した。

 映画は、闇ルートでの臓器密売に貧困家庭の子どもたちが巻き込まれていることを突き止めた日本人の新聞記者が、人身売買や買売春から子どもを救おうとするNGOの日本人女性とともにタイ国内で奔走する内容。梁石日(ヤン・ソギル)の同名小説が原作で、日本では8月2日から公開されている。

無許可で撮影はダメだろうに。随分とお粗末な製作者たちだ。
許可を取っての撮影、これは製作者として最低限持つべきモラルだ。
自分たちが勝手に妄信する正義の名の下に、法律やルールを破って良いという発想で物事を通してはいけない。
それがアリならば、国連もユニセフも世界の各支援団体も苦労はしない。

タイ側の言い分にも耳を傾けるべきだ。「臓器密売の事実をつけとめた日本人記者」も「その臓器売買を阻止しようとしたNGOの日本人女性」も存在しない中、なんでかこの「闇の子供たち」が非常にネガティブな題名と供にノンフィクション映画として公開されていることに、タイ人の意見も聞くべきだ。

さて、この映画「闇の子供たち」の忌むべき事実。それは↓これ。
日本ユニセフ協会は映画『闇の子供たち』を応援しています。
またしても日本ユニセフ協会の登場だ。ユニセフではない。日本ユニセフ協会だ。ユニセフとは別団体なのに「ユニセフ」を組織の名称に組み込んだ組織。
なんというズーズーしさだ。

どうか、目を背けないでください。

こう日本ユニセフ協会はこの映画の宣伝で主張している。

これはおかしいだろう。フィクションの小説を基にした映画に対して「目を背ける」もなにもないだろう?
これでは「嘘でもなんでもいいから子供たちがカワイソウだと思ってもっと寄付してください」と言っているのと同じだ。
要は募金ビジネスっていうのは、「事実がどうであれ、募金がより多く集まる方法」を優先しているということか。人に「なにかをしてください。」と言う人間の取る姿勢ではないな。

映画「闇の子供たち」を観てショックを受けた人々は多いのだろう。
しかしながら、ショックを受けること、悲しむこと、この世に恐怖感を感じることだけでは誰も助かりはしない。
誰かを助けないと生きてはいけないというルールさえない。助けたい奴だけが助ければいい。
ただ妙な情報に操られて、怪しげな団体の思うツボとなってしまう人々が増えるのはいただけない。

タイでは悲惨な事件だってあるのかもしれない。虐待されている子供たちだっているのかもしれない。
それでも、映画「闇の子供たち」は真実の物語と言うべきではない。実際にノンフィクションとは言い難い内容なのだから。製作者たちも事実である根拠は一度も提示していない。
映画「闇の子供たち」はフィクション映画。これが通る日本じゃないと絶望的だ。そこから始まるタイの児童保護活動の方がよほど健全であるし、良識のある日本人たちの支持も得られるはずだ。

映画「闇の子供たち」に潜む悪意に惑わされてはいけない。

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