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ミジンコラム

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ミジンコのような矮小な存在が世相を斬ったり斬らなかったり・・・
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たった今速報で中山国交相が辞任へ、「ごね得」発言で引責(YOMIURI ONLINE)だとさ・・・。

本当に日本に萎え萎えだ!
本当のことを言っても問題にされる日本はいつになったら変われるのか!?
チェンジだとか改革だとか全然その気配すら無い国に絶望。

 中山氏は27日、地元・宮崎市での自民党宮崎県連の会合で発言の真意を説明、「ごね得」の表現と、「日本は単一民族」との発言は「言葉足らずで不愉快な思いをさせた」と陳謝した。一方で、「日教組が強いところが学力が低い」との発言は撤回せず、「日教組を解体しないといけないと思っている。(日教組を)ぶっ壊す運動をしたい」と発言した。会合後も、記者団に、「日本の教育のがんは日教組だと思っている」と強調、自らの進退について、「国会審議に影響があれば、(ポストに)しがみついているつもりはないが、推移を見守りたい」と述べた。同日夕には東京・羽田空港で記者団に、「出処進退は自分で決める。今晩、女房(中山恭子・首相補佐官)と相談する」と語った。
マスコミの揚げ足取りもいい加減にして欲しい。

実際に成田空港の拡張工事に反対している者の中にはひたすら「ゴネている」と取られて然るべき政治結社がいるじゃないか。
「日本は単一民族」という発言を問題視するのもマスコミの揚げ足取りもいいところだ。厳密には正しくないからといって、広く知られている「日本は単一民族」という表現に対してハチの巣をつつかれたハエの群れ(ハチほどの存在には感じない)のようにギャーギャーギャーギャーと騒げばいいってもんじゃないだろうに。

そして以下の発言は中山国交相も撤回していない(素晴らしい!)のだが・・・
「日教組が強いところが学力が低い」との発言は撤回せず、「日教組を解体しないといけないと思っている。(日教組を)ぶっ壊す運動をしたい」と発言した。会合後も、記者団に、「日本の教育のがんは日教組だと思っている」と強調

そのとおりじゃないか!どこもおかしくない。

こうやってまともな感性で日本を良い方に導いてくれる人材をわざわざ失うんだ、この国は。

残念だ。本当に残念だ。日教組が解体されればどれだけ日本の未来が開けたか。少なくとも馬鹿な教員は減ったはず。
日本の選択がこんなことで良いのだろうか?今のままで良いと考えているのならば、なぜに大分の件があれだけ批判されているのだろう?

まともなことを言うと「痛いところを突かれて騒ぐ連中」の思うがままの日本で良いのだろうか?
本当に酷い辞任劇だ。

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なんとか最近名前を覚えた柔道100キロ超級の石井慧選手。最近やっと顔と名前が一致するようになった。
あのヤケにインタビューで寒いこと言っている若者だよね?
内柴正人選手や解説者の篠原さんなどが彼に対して苦笑いしているということでしか印象が無かったのだが、なんと金メダリストだったのか!

・・・・・・すまぬ、本当に今回のオリンピックは開催されたことだけでも憂鬱になるほど、観たくもなく、興味も無いものだった。

そういや金メダルとったデカい青年がいたなぁという記憶があったような無かったような・・・。ミジンコにはオリンピックってものはその程度のもの。
大会自体が利権にまみれ過ぎていて、公平な競技会という印象すら無い。

そんでもって、こんなことを21歳のジャリタレに言うのもなんなのだが、「最近、金メダルを取ったから周囲が許してくれること」ってことがあることを自覚しないと、とっても痛くて“コイツは馬鹿だけど金メダル取ったから大目に見よう”ってな態度を取られちゃう大人になっちゃうぜ?ってこと。
こうなっちゃうと本当に本人にとって悲劇。亀田兄弟なんかが最近の悲惨な例か。
まぁ、亀田兄弟の場合は、石井選手のように強さすら無かったのだが・・・。

もしかしたら、石井慧選手はなんとか場を盛り上げようと必死になって面白いことを言おうとしているのかもしれないが、周囲が気を使って「笑い声」をあげている程度。なんだかなぁ・・・。
まぁ、彼の冗談は、あとでVTRを観たら恥ずかしくってどーしようもなくなる程度のイタ寒いトークだと俺は思うね。

石井慧選手よりもタチが悪いのが周囲の大人。
篠原解説員が「彼は少し喋らない方がいい」と発言したり、内柴正人選手が石井選手にかるく蹴りを入れて注意していたりしたのが同じ柔道界の先輩たちは解っているんだなと救いはあるが、ほとんどの大人、つまり石井慧という男の将来は全く気にしないで「今この時(本当はちっとも面白くないが)オモシロい画」が撮れれば良いとしているマスコミにいいように利用されて、金メダルを獲った馬鹿として脚光を浴びても、石井慧という柔道家の前途は困難ばかりになってしまう。

馬鹿な金メダリストよりも、常識や礼節をわきまえた21歳の方がカッコ良い、メダルが無くても。

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川田龍平参院議員に関する逸話には毎度のこと残念な気持ちになる。
彼の言動を見ているとどうにも世間知らずというか、社会人としての甘えというか、国会議員以前に身につけるべき「社会の一員としての自覚」に欠けているような印象。
彼が若いときにもっと周囲が「叱る」ことがあっても良かったんじゃないか?という疑問が今は湧いてくる。

さて、今回の彼の残念なエピソードはコレ→妻の旅券「公務」と申請(asahi.com)

 川田龍平参院議員(東京選挙区、無所属)が昨年12月に渡米した際、通訳で同行したフリージャーナリストの妻(当時は婚約者)の旅券を、私費での視察だったにもかかわらず「公務による視察」として、東京都旅券課に緊急発給させたことが朝日新聞の調べでわかった。川田氏は「事務所がやった」と自らの関与を否定している。
(須藤龍也)

 川田氏が渡米したのは昨年12月26日〜今年1月4日。当初は公費の視察を計画し、米海兵隊基地や下院議員を訪問する視察内容を国会に提出した。しかし、外務省から「基地の視察は困難」と回答があり、下院議員との約束も取り付けられなかったことから、川田氏の秘書は国会議員が公務目的の渡航に必要な「公用ビザ」の取得を断念。「私費で行って欲しい」と川田氏に伝え、了解を得たという。

 しかし、渡航当日、成田空港で川田氏の妻の旅券の期限が切れており、出国できないことが判明。先に渡航した川田氏は翌27日、都旅券課に電話をかけ、緊急発給を要請したという。

 関係者によると、この際、川田氏は「公務遂行のため通訳として(妻が)必要だ」と告げ、日本に残った妻が日程表を同課に提出。同課は公務の視察と信じ、通常ならば1週間以上かかる発給を特例で翌28日にしたという。

 都に提出された日程表には、実際に川田氏が訪れたとしている大学施設や元米軍関係者などは含まれておらず、断念していた当初の公費視察の日程が記されていた。

 川田氏は「旅券発給は事務所の判断で事務所がやった」と自らが都に要請したことは否定。私費による渡航であったことは認めた上で、「年内に視察日程を組んでいたことから、焦って旅券発給を進めたことは軽率だったと反省している」と文書でコメントした。

先ずは日米共通の大人の常識で考えても、12月26日〜1月4日の期間に視察者を受け入れる基地や議員は気の毒だ。
この位は先方に「迷惑」だと判断できないと。
「下院議員との約束も取り付けられなかった」のに、なんで現地に赴く?相手の都合よりも自分のレジャーかよ、ふざけるな!

これだけでも国会議員以前に常識ある社会人としてダメのダメダメ。

更に話は続く。
川田氏は「公務遂行のため通訳として(妻が)必要だ」と告げ、日本に残った妻が日程表を同課に提出。同課は公務の視察と信じ、通常ならば1週間以上かかる発給を特例で翌28日にしたという。

嘘をついて日本の法律を捻じ曲げているじゃないか。
日本国民は1週間以上かかるパスポートの発給を翌日に受けられるようにはならない。ならないはずなのだが「川田龍平参院議員の嘘」で実現してしまった。
こういう立場を利用した嘘、更に執権乱用をする人間ってのは国会にはいて欲しくないものだ。まだ若いのにこの振る舞いでは将来どんなモンスター議員になることやら。
タイゾー議員とは別の意味でアタマが悪く、状況認識力が低いんだろう。
そういう状況認識力ってものも社会で揉まれていくと自然と身についていくものなのだが、彼はそういうことを学ぶチャンスを得ていない雰囲気が漂っている。

更に最も唾棄すべき点は↓コレ。
川田氏は「旅券発給は事務所の判断で事務所がやった」と自らが都に要請したことは否定。

事務所がやった。秘書が勝手にやった。俺は知らない。俺はやっていない。
こういう見苦しい言い訳を最も嫌う男なのかと思っていたが平気で言えるんだな・・・。
自分が都に要請していないなんてこの状況でよく言えたものだ。
自分が妻としたかった正月旅行だろうに。事務所に罪をなすりつけるとは卑怯じゃないか。

ある面では被害者であるからといって、他者への加害者になっちゃダメだろうに。
川田龍平参院議員は、薬害エイズ訴訟で注目されていた頃は、人の痛みが解かる人間なんだと将来を期待していたが、こんな議員になるとは残念ではある。
今はただただ川田龍平参院議員は議員を辞職をするべきだという感想しか浮かばない。彼の自分のことは棚に上げた政治活動をもう注目することもないだろう。

余談だが・・・
川田龍平参院議員は、妻は通訳として必要だったと述べているようだが・・・・・
しょ〜〜〜じき言って「英語くらい勉強しろよ」って思う。
国会議員だろうが・・・。薬害HIV問題でも英語の資料を読めた方がいいに決まっているんだけどなぁ・・・。
別に日本人全員が英語を理解しろと言うつもりはないが、国会議員ならばそのくらいの自覚は持たないと。いつまでも「できない」で済ませない姿勢が必要だ。別に中国語やフランス語をやれって言っているわけじゃない。英語だよ、英語。(社会人の皆さん、これが国会議員に対する厳しい注文だろうか?)
大手町で石を投げれば川田議員と同年代の英語を喋るサラリーマンに当たる時代なのに。
映画「闇の子供たち」の上映館数が増加中とのニュースを聞いた。大ヒットとは言わないまでも低予算作品にしては興行的に健闘しているのだろう。

ミジンコはどうにもこの作品の存在自体に違和感を感じる。
映画の内容が「臓器売買ビジネス」への批判ではあるので、作品自体を叩き難い、要はネットで毎度現れる“本質は全く理解しないで感情的にギャーギャー「かわいそう」をキーワードに騒ぐ馬鹿たち”から粘着されるので批判し辛い作品である。
それでも自分が作品を観た後に感じたどうしようもない「日本とタイへの敵意」は拭えないし、正直、今、自分のメイントピックの一つである児童の保護(強制労働、児童買春、少年/少女兵など)の知識や見聞きする実態と照らし合わせても、この作品をあたかも「ノンフィクション作品」のように宣伝する製作者・役者・広告制作者の姿勢に疑問を呈したい。

公式ウェブサイトのトップページには【これは「闇」に隠された真実の物語】とある。
製作サイドは「真実」、即ち「事実」、過去にそういう事件があったとしているわけだ。でなければ「真実」という表現はおかしいだろう。
ところがそういう事実、つまり「タイで日本人が心臓手術を受けた事例」はいくら調べても出てこない。
そもそも、この映画のベースは小説なのだ。
十数年前に書かれた梁石日(ヤン・ソギル)の小説(フィクション)が、映画化されると「事実」とされるとはどうしたことだろう?
小説はいくら時間が経過しても事実にはならない。
ところがこの「闇の子供たち」はなぜか「真実」に化けた。日本人がタイの子供たちの臓器を買っていることになっている。
そして子供の臓器売買がされていることにされたタイ社会をも貶めている。

先ず、映画製作者たちは「移植手術を舐めるなよ」ってところもある。
この映画「闇の子供たち」の取材協力までした福嶌教偉医師がこう述べている。「闇の子供たち」が映す臓器移植の課題(日経ビジネス・オンライン)
「まずはタイで、日本人が心臓移植を受けた例はないということですよね。

 次に、心臓移植を受けようと思っている子供の両親が、よその子供を殺してまで自分の子供を助けたい、精神的にそう思っている人は、一人もいないということです。

 親だから、子供をなんとしても助けたいという思いはあっても、みんな我慢して死んでいっている。人を殺してまで、生きたい、生かしたいという親はいません。

 もう一つ、心臓移植はリスクが高すぎて、儲けということでは成立しないかもしれない。

 というのも、心臓移植をしようと思ったら、心臓を止めている間に人工心肺の器械を動かしていないといけないし、手術するためにはたくさんの人がいる。

 腎臓移植なら、ある程度うまい人がいたら、助手と二人で手術をすますことができる。でも心臓の手術はぜったい少人数ではできませんから。それはありえない」

 心臓麻酔の専門医と、人工心肺の器械をまわすのに1人、手術医が3人と看護婦という具合に計算していくと、エキスパートが8人は揃わないと心臓移植は行えないという。

「8人を口止めして、儲けも出そうなんて考えたら、ビジネスとして儲からへん。それに、見つかったときには心臓だったら死刑でしょう。タイの外科医といえばエリートの人たちです。その人たちがいくらなんでも、そんな危ないことに手を貸すとは思えない。映画では、なんらかの事情があってということにしているけれど、そこは医療の現場にいる者の目からすると、映画のフィクションといえるでしょう」

この医師の弁からしても、「闇の子供たち」の製作者たちは、先ずは「タイ人(貧しい人)から金で命を買おうとする日本人」そして「自国の子供たちを金で売るタイ人マフィア」を描くことを優先しているために、本当に子供の移植手術に直面して苦悩する日本人の親を描こうとはしなかったと言える。
先に前提事項が決まった上で「ノンフィクション映画」を作ることなんて不可能なのに、なんでかこの映画ではまるで実際に「今、このときにも日本人がタイ人の子供の臓器を買っている」という印象操作が存在する。
これがこの記事タイトルにもした『映画「闇の子供たち」に潜む悪意』である。

実際に虐待を受けている子供たちはいるのだろうし、臓器売買ビジネスも存在するのだろう。
だからといって、「そういうことが存在するのだろう」というイメージだけで、製作した映画作品を「真実である」とか「ノンフィクションである」と公言するのは間違っている。
これはとても危険な行為だ。嘘やデタラメ、信憑性の無い話が氾濫してしまうと、本当のことまでもがボヤかされてしまうからだ。
人々が児童虐待の事実に対して「どーせ、これも大袈裟な話だろう。だってあの映画は事実無根だったし。」なんてことになることが恐ろしい。
本当に児童の臓器売買があるとして、それをなんとか阻止、撲滅しようと活動している人々の足かせになる。

「あの映画が嘘をついていたのだから・・・」といった理由が今後、本当の自動の臓器売買への関心を持ってもらえる可能性すら阻害する。
どんなに苦労をしてでも「事実のみ」を提示して国際世論に訴え、悪い奴等を炙り出す、これが最優先される。
「こうだろう」「こんなことがあるかもしれない」で映画を作って訴えかけても、情に脆い日本の観客はその映画を観た後の数時間だか数日だかは少しは真剣に考えたりもするかもしれないが、いったいそれがどんなムーブメント(失笑)になるというのか?
はっきり言えば、なんにもなりはしないだろうに。この世のどこに「フィクション映画に触発されたので活動します!」ってな能天気な馬鹿を相手にする機関があるというのか。
それこそ現実を見ろ!って話だ。

タイ国際映画祭では、この映画は上映中止になった。
「闇の子供たち」タイで上映中止 人身売買の内容に反発(asashi.com)
 【バンコク=山本大輔】タイを舞台に、子どもの人身売買や渡航移植の問題点を描いた映画「闇の子供たち」(阪本順治監督)が、23日開始のバンコク国際映画祭で上映中止になったことが分かった。「内容が不適切」とするタイ政府観光庁などの判断で、タイ国内の映画館での上映についても難色を示している。

 東京にある阪本監督の事務所によると、「タイ国内で無許可で撮影した」ことを理由に最近、上映は不可能だと説明された。阪本監督らは24日にもバンコクで記者会見を開く予定だという。

 当初、映画祭実行委員会は「タイ国内で撮影された外国映画」として25日に上映を計画。その後、映画の内容を知った主催者の観光庁などが、「子どもの人身売買はタイ社会にそぐわない内容で、タイの印象を著しく損ねる」と上映に反対した。

 映画は、闇ルートでの臓器密売に貧困家庭の子どもたちが巻き込まれていることを突き止めた日本人の新聞記者が、人身売買や買売春から子どもを救おうとするNGOの日本人女性とともにタイ国内で奔走する内容。梁石日(ヤン・ソギル)の同名小説が原作で、日本では8月2日から公開されている。

無許可で撮影はダメだろうに。随分とお粗末な製作者たちだ。
許可を取っての撮影、これは製作者として最低限持つべきモラルだ。
自分たちが勝手に妄信する正義の名の下に、法律やルールを破って良いという発想で物事を通してはいけない。
それがアリならば、国連もユニセフも世界の各支援団体も苦労はしない。

タイ側の言い分にも耳を傾けるべきだ。「臓器密売の事実をつけとめた日本人記者」も「その臓器売買を阻止しようとしたNGOの日本人女性」も存在しない中、なんでかこの「闇の子供たち」が非常にネガティブな題名と供にノンフィクション映画として公開されていることに、タイ人の意見も聞くべきだ。

さて、この映画「闇の子供たち」の忌むべき事実。それは↓これ。
日本ユニセフ協会は映画『闇の子供たち』を応援しています。
またしても日本ユニセフ協会の登場だ。ユニセフではない。日本ユニセフ協会だ。ユニセフとは別団体なのに「ユニセフ」を組織の名称に組み込んだ組織。
なんというズーズーしさだ。

どうか、目を背けないでください。

こう日本ユニセフ協会はこの映画の宣伝で主張している。

これはおかしいだろう。フィクションの小説を基にした映画に対して「目を背ける」もなにもないだろう?
これでは「嘘でもなんでもいいから子供たちがカワイソウだと思ってもっと寄付してください」と言っているのと同じだ。
要は募金ビジネスっていうのは、「事実がどうであれ、募金がより多く集まる方法」を優先しているということか。人に「なにかをしてください。」と言う人間の取る姿勢ではないな。

映画「闇の子供たち」を観てショックを受けた人々は多いのだろう。
しかしながら、ショックを受けること、悲しむこと、この世に恐怖感を感じることだけでは誰も助かりはしない。
誰かを助けないと生きてはいけないというルールさえない。助けたい奴だけが助ければいい。
ただ妙な情報に操られて、怪しげな団体の思うツボとなってしまう人々が増えるのはいただけない。

タイでは悲惨な事件だってあるのかもしれない。虐待されている子供たちだっているのかもしれない。
それでも、映画「闇の子供たち」は真実の物語と言うべきではない。実際にノンフィクションとは言い難い内容なのだから。製作者たちも事実である根拠は一度も提示していない。
映画「闇の子供たち」はフィクション映画。これが通る日本じゃないと絶望的だ。そこから始まるタイの児童保護活動の方がよほど健全であるし、良識のある日本人たちの支持も得られるはずだ。

映画「闇の子供たち」に潜む悪意に惑わされてはいけない。

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一票の行き場が無い

今日、自民の総裁が決まったけれど、もうこの総裁選の茶番劇で自民党は終焉を迎えた感がある。
自民党の議員たちはもはや感覚が鈍すぎて自分たちの茶番劇が国民に通じると「勘違い」しているのか「妄信」しているのか「ダメだとわかっていても止められない」のか。
たぶん、その全部がミックスジュース(関西風)のように入り混じっていて、自分たちが「馬鹿げたことをやっている」と解ってはいても止められないってところだろうか。

もう今回のチンパン福田辞任宣言後の茶番・総裁選で死んでも自民党には票を入れないと決めた。

かといって民主党に入れたいのかというと・・・・ぜ、全然投票したくねぇ・・・。
小沢民主なんぞに日本が売国されたらたまったもんじゃない。そもそも民主党の議員たちの中堅どころを見るに絶望的な気さえする。人材不足だ。
では、中堅ではなくて幹部たちは?・・・・・中堅どころよりもアタマが悪そうな幹部ばかりで失笑もの。

そもそも無理矢理にダメな政党2つで二大政党制にする必要は無い。
二大政党制の米国とイギリスがイラク戦争を始めたことを忘れてはならない。イラク戦争後の世界はどうなっただろうか?テロ組織と軍事産業だけが元気な世界を誰が望んだのやら。
二大政党制が優れているなんてことは必ずしも言い切れない。

自民、民主以外の国内の主な政党を見ると・・・・・

公明党 ← 世界で一番辛い拷問にあったとしても、創価学会にプラスになることなんか、知能を持つ人間としてできない。政教分離が原則の社会で公明党が存在すること自体が矛盾している。

共産党 ← 一見、正論のように見えてトンデモ理論しか出さないお子ちゃま集団という印象。良くも悪くも一貫している点“だけ”は支持できる。党首は見ている分には面白い。面白いというのは江頭2:50やエスパー伊藤を見ているときの面白いだが。

社民党 ← 反日組織にしか思えない。いつもここの党首は「国民の声」というフレーズを使うが、そうは言いつつ、どこの国民の声なのか怪しい言動ばかり。あとなんでか通名を使う議員が多い。本当の名前を使うことから始まる改革もあるのではないだろうか?

国民新党 ← 少ない議員数の割には“一応”はテレビに映る議員もいるところは頑張っている。ただ頑張ってはいてもダメなものはダメ。所属議員のことごとくが、日本ではなく自分と自分の支持母体のことしか考えていない印象。好感度の低い議員ばかりで構成している点はネタとしては評価している。




・・・・・一票の行き場が無い。

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