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↑の画像はミジンコが描いたわけでもなく、ましてや三歳児が描いたわけでもない。
ミジンコ妻の親友であり、ミジンコをパシリに使う恐ろしい女、“かまくら子”(鎌倉市在住のほんまもんの令嬢だけど、現在いわゆる負け犬側)が、ミジンコが大事にとっておいたカマンベール・チーズを食べちゃったことのお詫びにミジンコのパソコンにインストールされている最新のイラスト作成ツールとタブレットを使ってお描きくださりやがったものである。
今回は「ディープ・ブルー」ということで、この作品を観たことがあると自信満々に言うかまくら子に描いてもらったわけだが・・・ほんとに、観たんかっ!
少なくともミジンコの記憶では“角の生えた魚”は出てこなかったんだが・・・。
さて、本題。このコーナーでは、宣伝などで“感動”を謳っておきながら、実際に観てみるとそれほど心が動かなかった作品を取り上げているのであるが、今回の「ディープ・ブルー」には異論が多数出るかもしれない。
あったりめーの話だが、100人いれば100の感想が映画ってものであり、別にこの作品で感動した人がいたとしても、不思議とは思わない。
しかあぁぁし、やっぱりミジンコはやはりこの作品は感動できなかったということだけは主張したい。
先ず、映画の宣伝ではアリガチなフレーズによく登場する「撮影に関する苦労話」が、この作品でも出てくるのだが、そんなことと映画のクオリティーは関係ないのではないだろうか?
苦労と作品の質が比例するなら、100年かけて作った作品が世界最高の作品になってしまうことになる。
実際はそんなことがあるわきゃないのである。
この作品「ディープ・ブルー」の場合はフィルムを7,000時間も回したってことを散々主張しているのだが、「7,000時間回したから凄いものが撮れているはずだ」という主張なのだろうか?よくクールの節目に「世界の衝撃映像集」などという番組が放送されるが、あんなのに出てくる映像はフィルム1分も回してないときがあると思うのだが、映像は確かに決定的瞬間である。
撮影クルーがいかに苦労しようが、時間をかけようが、観客としては知ったこっちゃないわけで、要は素晴らしい映像が観たいだけである。
で、出たきた画像はNHKで連日のように放送される動物ドキュメンタリーやディスカバリー・チャンネルで毎日観れる映像とほとんど同じ。
どうしても大画面(映画館のスクリーン)で観せたかったのだろうか?
もちろん、ミジンコだってペンギンが海から飛び出てくる映像を見れば「うお〜、ミサイルみたいだ〜。」とか、シャチのオットセイの子供を使っての狩りの練習を見れば「ああ、オットセイかわいそ・・・。」くらいの感想は持つのであるが、そこ止まり。
別に感動とか、涙がボロボロ出るような映像ではなかった。
ちなみに、あのシャチのオットセイ・バレーボールには、続きがあるのだ。
映画ではオットセイが空高く放り投げられるシーンで次のお題に移るのであるが、実はあのオットセイはちゃんと生還するのである。
なんと、シャチが狩りの訓練を終えると、オットセイを浜辺までアマ噛みで運んで解放するのである。
なんでそんなこと知っているのかというと、この映画を観る前にTVで観ちゃったから。
番組名を忘れてしまったのだが、多分、「世界丸見えTV特捜部」だった気がする。
「世界丸見え〜」自体が、海外の番組を取り扱う番組なので、本当の大元の番組はまた違う番組。
映画に使うための映像を先に小出しで販売していたのだと思う。
まぁ、そういう事もあるとは思うのだが、観たことがある映像を金払って入った映画館で観ると結構ガッカリした。
大体、シャチの残忍さを前面に出したかったのか知らないが、なんでオットセイを解放するところまで流さないのだろう?
この映画でしか、このシーンを知らない観客は、あのオットセイは確実に死んだものと判断すると思うのだが、演出意図が理解できない。
とにもかくにも、200日も追っていたシーンが結局撮れず仕舞いだったなど、撮影クルーの苦労は計り知れないのだが、ミジンコにとっては、よくある自然ドキュメンタリー映像。
91分も集中して観るほどの作品には思えず。
更に最後の最後で「人類は自然を破壊し続けている」という陳腐な台詞がアッタマきた。
そんなことは言われないでも分かっている。
撮影に使った船やヘリの7年分の燃料燃焼から発生するニ酸化炭素は地球温暖化につながり、映画のかなりのシーンで登場する南極や北極に深刻な状況を与えている。
91分の映画の為に消費された7,000時間分のフィルムも地球には優しくない成分で作られている。
こんな奴らに説教されたくない。
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