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映画をつっついてみる

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宣伝コピーに“感動巨編”や“全米が泣いた”ってフレーズが付いていながら、ミジンコから涙の1ccも流させることが叶わなかった作品たちを振り返る。
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相変わらずスピルバーグの「愛」の描写は押しつけがましい。サメとか恐竜とか描くのは上手いのだが、人間は全く描けないスピルバーグ。
それとダコタ・ファニングがうるさい。
まぁ、あれだけ宇宙人に怖がらせられれば、そりゃ叫ぶのはしょーがないんだが、延々と続くダコタ嬢の悲鳴がうるさいのなんのって・・・。

オリジナルの方は人間の愚かさを描いており、映像は今観たら学生の自主制作レベルだろうが、結構考えさせられるものがあった。
今度のは「にげろー!→にげろー!→地下室に隠れろー!→ダコタうるせーんだよ!→にげろー!→にげろー!→トム・クルーズのアップ」の無限ループで、ストーリーなんぞ、あってないようなもの。
パニック・ムービーなんで、そういうのはありだと思うのだが、たった2時間の映画なのに同じ展開を繰り返すのはどうかと思う。
映画中にマンネリを起こしてしまうなんて、スクリプトの段階で気がつかなかったのだろうかと大疑問。

最初にトライポッド(宇宙人が地球侵略に使った3本足の乗り物)が登場して、おもちゃ買ってもらえないからって大暴れするガキのように街を破壊するシーンが最大の山場だったかと。
映画の最初30分までがスピルバーグの本領発揮といったところで、あとはオマケみたいなもん。
あんまり過度の期待をしないで劇場に行かれることをオススメする。

↓↓↓以下ネタバレ↓↓↓(ちょっとお怒りモード)




こんな映画にまで「アメリカ軍万歳!」って描写は虫唾が走る。
ここまで絶望的な状況でも『アメリカ軍は“アメリカ市民”を守ります!』ってプロパガンダみたいで本当に呆れ果てた。
オリジナルではあった水爆を使うシーンも無かった。
アメリカはこんな状況でも核を使用しませんよ〜っていう意味なんだろうか。
まだ「インディペンデンス・デイ」のアメリカ軍の方が馬鹿なりに攻撃し、正直に核を使っていた。

なによりアホらしかったのが、既に地球の微生物への耐性が無かったために死にかけの宇宙人のトライポッドへの攻撃シーン。
なんでここでもアメリカ軍が出てくるかなぁ〜。
先にビルにもたれかかるようにして動かなくなっているトライポッドがいるんだから、わざわざ撃たないでも良かったんじゃないだろうか。
撃ったせいで倒れちゃって被害拡大してるっちゅーの。

なんでこう無理矢理にでもアメリカ軍は世界の平和を守りますよっていう風にするかなぁ・・・。
どっちかっていうと侵略する側の軍隊だろうに。
ミジンコはアメリカ軍人の友人が多数おり、その軍人たちの日々の鍛錬や愛国精神には一目置いているのだが、いかんせん映画でこういう描写をやられると拒絶反応が出る。

関係ないが「大阪市民が強い」ってのはスピルバーグのアイデアなんだろうか?
デマ情報だったのかもしれないが、世界で唯一宇宙人を倒した市民が大阪市民とは、よくわかっているじゃないかw
世界中を巡っているミジンコも大阪が最強だと思う。
“だんじり”なら宇宙人バリアーを突破できるな、きっと。

個人的にはトライポッドからE.T.が降りてきてくれたら、「シックスセンス」を超える衝撃のラストで永久保存版だった。

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今回はネタバレなし。
内容には一切触れないでいたいと思う。
だってストーリーはあんまりにも平凡。
物凄い感動があるのかと思って観てしまい、肩透かしにあった気分。

そもそも映画の宣伝でよく使う『感動』という言葉。
この『感動』という言葉はしばしば『涙を流す』と同意語のような意味で使われることが多いが、ミジンコは『感動して流す涙』と『かわいそうだから流す涙』では全く意味が違うと考える。

先に言うと「ミリオンダラー・ベイビー」で流す涙は間違いなく、かわいそうだから流す方の涙。
老トレーナーの最後の決断に感動するのは難しい。かわいそうだとは思うが。
必死に生きてきた女ボクサーへもその精神力は感動するが、だからといって泣きどころで流す涙は感動のわきゃない。

涙は流させれば良いというものではないと思う。
悲しくてかわいそうで流す涙をあたかも感動のように取り扱い必死で集客をする配給会社の姿勢が情けない。
もっと誠実に映画の内容を伝えて、ド〜ンと「名作です!」って言い切れる骨のある広報はいないのだろうか?
なにしろ「ミリオンダラー・ベイビー」は映画として名作。実によくデキている。
ただ、感動作とは違うだけのこと。

この作品には、「ショーシャンクの空に」のラストの浜辺の再会のような心地よい感動はない。
「南極物語」でタロ・ジロを発見したときのような「良かったね〜!」というような喜びもない。
「レオン」で最後に「マチルダの今後はどうなるのだろう?」というような今後の展開への興味も出しようがない。
ひたすらズ〜〜〜ンと重くなって劇場を去る映画である。これで感動作なんだろうか?

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フォーガットン

なにを書いてもネタバレになってしまう困ったちゃんな映画。
タイトルのフォーガットン(忘れる)通りに、来年は映画ファンからも忘れ去られているであろう内容なのだが、ミジンコは一生忘れないと思う。
その位、ミジンコのツボにはハマったシーンがある。
劇場内の他の5人(いくら昼間とはいえ公開2週間目でミジンコ入れて合計6人ということが注目の低さを示しているが・・・)は全然笑っていなかったが、ミジンコは腹筋壊れるかと思うほど笑いたかった。
本当は怖いはずのシーンであり、他の観客に迷惑になるので必死に声を出して笑うのをこらえたがきつかった。
それほど衝撃的なアホシーンが、この映画にはある。

もしDVDで観ていたら、そのシーンがクライマックスの直前であるにも関わらず繰り返しそこばかり観て、ラストを観なかったかもしれない。

↓↓↓以下ネタバレなのでご注意を(今回は短文)↓↓↓






とにもかくにも、宇宙人が逆切れして
『You must forget!!!(忘れろーっ!!!)』って叫ぶシーンで大爆笑。
そんなことで顔変形させてまで怒り狂うなよ、落ち着けってのw
あの「ターミネーター2」のT-1000並に無表情な宇宙人がいきなりキレるとはw
自分で実験と言っていたのだから、どういう実験結果になろうが、それは仕方ないことなのでは?
なんで自分の思うようにならないとキレるかなぁ〜。
人類なんか目じゃないほどのテクノロジーを持っているお方とは、とても思えないよ。

そもそも、勝手に人様のお子さんたちを誘拐しておいて、その両親が子供のことを忘れるまで必死に追い詰めるなら、そりゃ実験じゃなくて脅迫&暴行だ。
大体、部屋の壁紙を上から覆うだけとか、やることがしょぼいんだよね。
人間の記憶を消せるなら、同じところに住まわせないで引越しさせておけば、あの元ホッケー選手のパパだって思い出すこともなかったろうに。

一番、気になるのは・・・・・
あの目のクリっとした女刑事の行方。
逆バンジーの強力版のように空に消えていってしまわれたが、ちゃんと戻してもらえたんだろうか?
ホッケーパパが戻っていたのに、彼女が戻っていないのだとしたら悲しすぎる。

夜ご飯に馴染みのカフェのほうれん草サラダと豚の角煮のみな為、現在、大変空腹。ウェイトを落とす時期なので減量がきつい。
食事に行こう・・・いや、食べないどこうという葛藤の狭間の中、「そうだ、ブログになにか書けば時間が過ぎていくさ、そうすれば無駄なカロリーを取らずに済むんだよ、ママン♪」と思ったので、記事を書こうと思う。
こういうグダグダなときには最適なテーマもある。

そう、日本映画界がまたやっちゃった珍作、「戦国自衛隊の新しい方」をボコボコに叩きのめすことである。もしくはミジンコを「フォーガットン」のように記憶を消された人間にしてもらって構わないので、サイフにチケット代を返却してくれ、戦国自衛隊製作者たちよ・・・。

あ、返済は江口くんからでもいいよ。君、森高千里をミジンコから奪っただけでは飽き足らず、こんな映画の主演までしちゃってもう完全にミジンコの「一生許さない奴リスト」に登録済み。「アナザーヘブン」での主演のときは、まぁ人間1度くらいは過ちも犯すさって思ったし、あの映画のラストで原田芳雄とのドリフばりの黒塗りコントでは笑わせてもらったので許したけども、今回のこの主演は受けるべきじゃなかったな。演技の幅が1ミリしか無いのなら、おとなしくERもどきのドラマ出演で我慢していて欲しいもんだ。加賀丈史とのセリフ回しの上手さの違いがありすぎちゃって、ミジンコは見ているのが辛いのなんのって、んもうっ!

とにもかくにも、ストーリーの矛盾点やら、しょーもない演出は数限り無いのである。

↓↓↓以後ネタバレ↓↓↓
(伏字は使いません。ミジンコは伏字サイトはあんまり好きくないので。←理由:どうせ文字色反転させて見るから手間がかかるだけに思えるので。)



そもそも、先に行った的場実験中隊は実験の被害者である。歴史を変えようがなんだろうが、2年間も戦国時代に放置されて生き残る為に必死(実際、ほとんどの隊員が既に死亡していた)だったわけで、彼らをあそこまで悪者に描いていても、ミジンコはむしろ彼等に同情してしまった。
ミジンコだって戦国時代にあんな小規模な部隊で送られたら、そりゃ最初のうちにどっかの武将の勢力を乗っ取って補給ができるようにしようと考える。
なにしろ、戦車やヘリは燃料が無いとただの鉄クズ。前作の戦国自衛隊でも燃料切れの戦車を琵琶湖に隊員自らが沈めていた。更に装備のほとんどを失った前作の自衛隊員たちは無残な最期を遂げることになる。

ストーリーとしては織田信長に成りすましていて、なんてひどい奴なんだってことなのだが、生きる為には仕方のない選択肢だったのではないだろうか?
しかし、そこらへんの的場実験中隊と救助に向かったヘッポコ中隊との葛藤は一切描かれない。
元々面識もある隊員もいただろうに、なんであっさり敵だと割り切れるんだ。
最初に救助隊のコブラを撃墜したミサイルを発射した隊員は、よくもミサイルのトリガーを引けたもんだと思う。
2年も戦国時代で生き残り、やっと現れた救助隊のヘリを躊躇することなく撃墜できるとは恐れいった。
ミジンコなら的場隊長のことなど放って、さっさと「現代に帰してくれ〜!」とヘリに駆け寄っちまう。

これは救助隊の隊員にも言えること。
救助部隊は極秘命令で的場中隊の抹殺があったにしろ、あっさりとし過ぎている。
もう戦いがほとんど終わった後に戻ってきたヘリを躊躇なく撃墜する救助隊って・・・。
ヘリの方が攻撃するつもりなら、とっくに撃っていると思われる状況でだ。
まさに“話せばわかる”が全く存在しない。

同士討ちほど辛いものは軍人としてないと思うのだが、なんでここまであっさりと「事故で戦国時代に送られてなんとか生き残った隊員たち」と「その実験の犠牲者たちを救う任務の救助隊」がなんの葛藤もなく殺し合えるものなのか?
そもそも、隊員たちにはまるで人格がないかのごとく個性がない。
江口以外で、個性のあるのは救助隊の隊長で意味のない囮になって作戦途中でさっさと死んでしまう隊長、丸々太った元ヤンキーの嶋大輔、あ、あとなんで実験責任者が同行しているのか謎な鈴木京香も、本当に有り得ないくらいの存在意義の無さで目立っていた。
加賀の愛人だったからって、なにも戦国時代まで追いかけることはあるまいに・・・。

結局のところ、どうあっても「歴史を捻じ曲げようとしている悪者」と「歴史を変えようとする悪者を倒す正義の味方」を描きたいがために、一切の人間の自然な感情が入らないストーリーになってしまったようだ。
この強引さは、そもそも“自衛隊”でないと困るために、日本各地にあんなでっかい穴が出現しているにも関わらず、アメリカやロシアは全く動かない設定にもつながる。世界の危機なのに、なんたることだ。
日本だけの極秘だって設定は説得力が無さ過ぎる。あんな穴はとっくにスパイ衛星に撮影されているはず。
どーでもいいが、あのブラックホールは、吸い込む力がウチのふっるい掃除機くらいしか無さそうだった。
あんなの放っておいてもいいんでは?あんな温泉が湧きそうな穴なんかに吸い込まれても、出てこれそうな気が・・・。

ところで織田信長が誰になろうが、世界の歴史には影響が無いと思ったのだが、それは言いすぎだろうか?
あ、だから、なんでも介入大好き合衆国が出てこなかったのか。
暗殺部隊を送るなら、訓練しててその体型はないだろっていう大人になってもヤンキー嶋大輔率いる普通の人たちっぽい部隊よりも、米国の部隊の方がずっと確実そうだしな。
なにしろ、イラクにて治療を受けて入院していたジェシカ・リンチを強引に奪還して、ジェシカ・リンチを守っていたらしき警備兵を殺せる軍隊だから、タイムスリップした瞬間にミサイルを城に撃ち込みそうだ。

最後にひとつ。(ほんとはあと100は言いたいことがあるが・・・)
将来の秀吉を味方につけたからってなんで勝てるって江口は思ったのだろう?信長の本物はあっさり加賀丈史に殺されてたじゃん。あの江口の自信はなに?せめて明智光秀が味方だったら、勝てそうな気がしたんだが・・・。

ディープ・ブルー

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↑の画像はミジンコが描いたわけでもなく、ましてや三歳児が描いたわけでもない。
ミジンコ妻の親友であり、ミジンコをパシリに使う恐ろしい女、“かまくら子”(鎌倉市在住のほんまもんの令嬢だけど、現在いわゆる負け犬側)が、ミジンコが大事にとっておいたカマンベール・チーズを食べちゃったことのお詫びにミジンコのパソコンにインストールされている最新のイラスト作成ツールとタブレットを使ってお描きくださりやがったものである。

今回は「ディープ・ブルー」ということで、この作品を観たことがあると自信満々に言うかまくら子に描いてもらったわけだが・・・ほんとに、観たんかっ!
少なくともミジンコの記憶では“角の生えた魚”は出てこなかったんだが・・・。

さて、本題。このコーナーでは、宣伝などで“感動”を謳っておきながら、実際に観てみるとそれほど心が動かなかった作品を取り上げているのであるが、今回の「ディープ・ブルー」には異論が多数出るかもしれない。
あったりめーの話だが、100人いれば100の感想が映画ってものであり、別にこの作品で感動した人がいたとしても、不思議とは思わない。
しかあぁぁし、やっぱりミジンコはやはりこの作品は感動できなかったということだけは主張したい。

先ず、映画の宣伝ではアリガチなフレーズによく登場する「撮影に関する苦労話」が、この作品でも出てくるのだが、そんなことと映画のクオリティーは関係ないのではないだろうか?
苦労と作品の質が比例するなら、100年かけて作った作品が世界最高の作品になってしまうことになる。
実際はそんなことがあるわきゃないのである。
この作品「ディープ・ブルー」の場合はフィルムを7,000時間も回したってことを散々主張しているのだが、「7,000時間回したから凄いものが撮れているはずだ」という主張なのだろうか?よくクールの節目に「世界の衝撃映像集」などという番組が放送されるが、あんなのに出てくる映像はフィルム1分も回してないときがあると思うのだが、映像は確かに決定的瞬間である。
撮影クルーがいかに苦労しようが、時間をかけようが、観客としては知ったこっちゃないわけで、要は素晴らしい映像が観たいだけである。
で、出たきた画像はNHKで連日のように放送される動物ドキュメンタリーやディスカバリー・チャンネルで毎日観れる映像とほとんど同じ。
どうしても大画面(映画館のスクリーン)で観せたかったのだろうか?

もちろん、ミジンコだってペンギンが海から飛び出てくる映像を見れば「うお〜、ミサイルみたいだ〜。」とか、シャチのオットセイの子供を使っての狩りの練習を見れば「ああ、オットセイかわいそ・・・。」くらいの感想は持つのであるが、そこ止まり。
別に感動とか、涙がボロボロ出るような映像ではなかった。

ちなみに、あのシャチのオットセイ・バレーボールには、続きがあるのだ。
映画ではオットセイが空高く放り投げられるシーンで次のお題に移るのであるが、実はあのオットセイはちゃんと生還するのである。
なんと、シャチが狩りの訓練を終えると、オットセイを浜辺までアマ噛みで運んで解放するのである。
なんでそんなこと知っているのかというと、この映画を観る前にTVで観ちゃったから。
番組名を忘れてしまったのだが、多分、「世界丸見えTV特捜部」だった気がする。
「世界丸見え〜」自体が、海外の番組を取り扱う番組なので、本当の大元の番組はまた違う番組。
映画に使うための映像を先に小出しで販売していたのだと思う。
まぁ、そういう事もあるとは思うのだが、観たことがある映像を金払って入った映画館で観ると結構ガッカリした。
大体、シャチの残忍さを前面に出したかったのか知らないが、なんでオットセイを解放するところまで流さないのだろう?
この映画でしか、このシーンを知らない観客は、あのオットセイは確実に死んだものと判断すると思うのだが、演出意図が理解できない。

とにもかくにも、200日も追っていたシーンが結局撮れず仕舞いだったなど、撮影クルーの苦労は計り知れないのだが、ミジンコにとっては、よくある自然ドキュメンタリー映像。
91分も集中して観るほどの作品には思えず。

更に最後の最後で「人類は自然を破壊し続けている」という陳腐な台詞がアッタマきた。
そんなことは言われないでも分かっている。
撮影に使った船やヘリの7年分の燃料燃焼から発生するニ酸化炭素は地球温暖化につながり、映画のかなりのシーンで登場する南極や北極に深刻な状況を与えている。
91分の映画の為に消費された7,000時間分のフィルムも地球には優しくない成分で作られている。
こんな奴らに説教されたくない。

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