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THE WIND FROM TERRANORA
オーストラリアのTweed Coastからの便り

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最後の日は、午後3時半過ぎには母の家を出なければならないので、遠出はせずに近所のスーパーマーケットで買い忘れたお土産やたくさんの純米酒を購入した。今回購入した純米酒は900ml入りの紙パック8箱、7.2リットル分。駒ケ根で頂いた一升を加えて9リットルの純米酒を持ち帰えった。
 
荷物はケンタロウのプラモデルや割れ物が多かったのと、ホームベーカリーがどうしてもどのバッグにも入らなくて、単体の荷物になってしまったので合計5個。腕の数はケンタロウと私の両腕合わせて4本だから、5個の荷物は非常に都合が悪いのだが、幸い、京浜急行が都営浅草線と京成線に乗り入れており、北久里浜駅から成田空港までプラットホーム対面の乗り換え1回で行くことができたので、それほど苦労をせずに済んだ。成田空港第二ターミナル駅で降りてから約1㎞程歩いて第三ターミナルへ向かい、混雑するJetstarのチェックインカウンターからビジネスクラス専用のチェックインカウンターを探し出し、全ての荷物を預けて、ようやく一安心した。あと12時間もしたら、また蒸し暑い中での生活が始まる。
 
思い起こせば、前回の凸凹旅行では子供のケンタロウであったのが、今回の旅行では青年のケンタロウに成長していたことに気が付いた。また、単に成長していたわけではなく、私の想像以上に素晴らしい青年に成長していることに歓喜すら覚えた。だから、前回は確かに凸凹旅行だったけれども、今回はもう凸凹ではなく限りなくFlat、平らに近づいた旅行であったということにも気が付いた。実際、私自身、この連載を始めるにあたり、凸凹という言葉はもう当てはまらない、ということが判っていたので、あまり使いたくはなかったのだが、シリーズの便宜上使うことにしたのだ。だから、もしまた、ケンタロウと日本旅行に行く機会があって旅行記を書くことがあったら、その時はもう凸凹ではなくて、他の言葉を使うことになるだろう。
 
私はケンタロウの父親で、もちろん、父親と息子という立場は変わらないものの、その関係は日々変遷しつつあり、私の想像以上に素敵なものになりつつある。そして、今後もさらに素敵なものになると、この旅を通じて感じることができた。もちろん、五年前の子供のケンタロウも大好きだったけれども、今こうして青年になったケンタロウも子供の頃のケンタロウと同様、あるいはそれ以上に大好きなのだ。これから先数年かけて、青年のケンタロウが大人のケンタロウへと成長してゆくわけだが、その過程でもちろんたくさんの困難もあるだろうけれども、このまま大きく外れることなく大人になってゆくのだろうな、と確信に近いものを感じている。
 
さあ、ケンタロウ、これで旅行は終わりだ、おうちに帰ろう。次はもう君独りで来れるだろ。その時、きっと父さんが独りでオーストラリアに来た時の気持ちが判るはずだよ。そして、旅が終わって帰ってきたら話を聞かせておくれ。君が一体、何を見て、何を経験して、何を思ったのか、父さんは知りたいんだよ。君が独りでも大丈夫だということを父さんは知りたいんだよ。それまで父さんは死に物狂いで働くからさ。ケンタロウも全力を尽くして、やれることをやれる範囲でやっておくれ。それが父さんの願いさ。





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上野の博物館をめぐり、アメ横を通り抜け、御徒町から山手線と京浜東北線に乗り継いで横浜まで戻ってきた。コインロッカーに預けておいたケンタロウの荷物を引き出し、西口にあるヨドバシカメラでホームベーカリーを購入したところで午後の4時半頃、少し中途半端な時間になってしまったので、北久里浜駅前で惣菜を購入して、帰宅してから晩御飯を食べることにした。しかし、帰宅して晩御飯を用意するのは母。私はそれが嫌なので、どこか途中で晩御飯を食べたかったのだが、母は世話をされるよりする方が良い人なので、これはこれでもう良いものと思うしかない。

 

帰国が近づいてきた。明後日の木曜日の午後には横須賀を出て、午後830分発ゴールドコースト行きのJetstar便に搭乗しなければならない。というわけで、水曜日は朝から横須賀中央でお土産などのお買い物に費やすことにした。朝、9時過ぎのバスに乗ろうとケンタロウと二人で家の前の通りで母が家から出てくるのを待っていたら、何故か妹の旦那さんのケンジさんの車が通りかかり、助手席の窓が開き中から「おはようございま〜す」とケンジさんの声。ケンタロウと私は「へ?」の間抜けな顔をしてお互い見合わせてしまったが、どうやらたまたま近くまで来たので様子見に通りがかったそうだ。父の墓参り後の横須賀中央駅での妹といい、今回のケンジさんといい、どうやら妹夫妻は超能力者のようで、良いタイミングで迎えに来てくれる。


3時過ぎに横須賀中央での買い物から帰宅後、ケンタロウと二人で妹家族の家へ歩いて出かけた。従妹弟達は午後の部活動とスポーツクラブを休み、妹夫妻も6時過ぎには帰宅してくれたので、晩御飯を一緒に食べることができたのだ。晩御飯は寿司や唐揚げ、焼き鳥など、これまた豪華な内容、とても楽しく過ごすことができた。今後、従兄妹弟達はSkypeなどを通じて、コミュニケーションをするらしい。もっとも、忙しい妹家族のことだから、それもなかなか難しいことではあるだろうけれども。でも、こうして、従兄が英語圏の国で生活しているわけだから、それはそれでうまく活用すれば、従妹弟達にとって、英語を学ぶ良い機会になるのではないかと思う。


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9時過ぎに宴会は終わり、母の家に戻った。お風呂に入り就寝、そして、この日本旅行の最後の朝を迎えた。

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ホテルをチェックアウトした後、一路、上野へ向かった。博物館巡りである。ケンタロウが零戦を見たがっていて、上野の国立科学博物館に零戦があるのを思い出し、どうせなら国立博物館や国立美術館も訪れようと母とケンタロウに提案したのだ。


上野に到着後、まず最初に国立科学博物館へ行った。最初のフロアーは自然科学の展示で、動植物の進化に伴う変遷が上手に展示さている。上手に展示されているものの、何か物足りない。それは何か...様々な国の博物館を訪れて一つ気が付いたことがある。それは日本の博物館の展示物の行儀の良さである。確かに上手に、綺麗に展示されているのだが、Interaction Interactiveといった相互的な展示物が非常に少ない、そんな気がするのだ。もっとも、これは私のOpinion、あるいはPrejudiceではあるのだが。


この自然科学のフロアーを見学していた際に、ケンタロウがぼそりと言った言葉。


“Dad, I’m not interested in this kind of nature stuff,nature is great, but I like things build by human… not new one though, old one,like old engines, old plans, old guns…“


(父さん、僕はこういったものにはあまり興味がないんだよ、それよりも、人間によって作られた機械に興味があるんだよ。新しいものじゃないよ、古いエンジンとか飛行機とか銃とか...)


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この子は、15歳だけれども、もう自分が何に興味があるか、自分が将来何をしたいかということが判っているんだね。よくよく考えてみたら、自分だって12歳の頃には何に興味があって、将来に何がしたいって判っていたじゃないか。海の仕事がしたい、オーストラリアへ行きたいって考えていたじゃないか。子供のころから何かに興味があって、何かをしたいと思うことなんて、当たり前のことだと思っていたんだけれども、実はそうではなくて、多くの人々は行き先を見つけらずに悩んでいる、ということを最近知ったんだ。 ケンタロウ、良かった、もう大丈夫だ。あと数年したら、独りで生きてゆかなければならなくなるけれども、きっと大丈夫だ。さあ、この先数年で、行き先が決まるぞ。やれるときにやっておけよ。これが父さんからのアドバイスだ。

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自然科学のフロアーの上階は、近代科学、人工衛星やその他、いわゆるテクノロジーと言われる分野の展示。ケンタロウの目が活き活きとしてきた。ハヤブサのモデルやスペースシャトルによって回収された日本の観測衛星などの展示物があり、そしてその奥にケンタロウの憧れの零戦(Zero-Fighter)があった。

 
“Dad! Bigger than I thought!”

(父さん、思ったより大きいよ!)

 

この零戦は、最近、といっても1972年だけれども、海底から引き揚げられたものをリストアしたものらしく、座席も単座ではなく複座、元々、壊れた2機を使って作り上げられた機体らしい。ケンタロウは盛んに写真を撮りながら、あーでもない、こーでもないと独りごとを言っている。一通り写真を撮り終えると、さぁ、次へ行こうとすたすたと歩きだしてしまった。あまりのあっけなさに、本当にもういいの?ずっと見たかったんでしょ?と問いたら、もう見たし、写真をとったから十分だという。このテンポの速さ、父親譲りだな...思わずニヤリとし、ベンチから立ち上がり、ケンタロウの後を追ったのであった。


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ケンタロウ、零戦はね、ニュージーランドのオークランド博物館にもあったのを思い出したよ。上野の博物館の零戦は二十一型、大戦初期の作品だけれども、オークランド博物館の零戦は二十二型だから、中後期の作品かな、ケンタロウのイメージしている零戦に形が近いと思うよ。オークランドへは片道4時間くらいだから、今度、一緒に零戦を見に行こう。ちゃんと貯金しておけよ!

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翌朝のホテル・ビュッフェでの朝食は、前回のディズニーランド周辺のビジネス・ホテルの朝食と違って豪華なもの。私は朝からネギトロ丼といくら丼のコンボ、ケンタロウはチップスとクロワッサンとダニッシュロール。超変革したとはいえ、僕はこんな食事も好きなんだよ、と洋風コーナーの食べ物を選んでいた。一方、母は、画像が無いけれども、ブレッドロールにサラダにフルーツの盛り合わせ。満喫してもらえただろうか。

 
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母が食事中に、唐突という感じで今回のホテル代はいくらかと聞いてきた。答えたくなかったので、値段は一部屋分だから独りで泊まると高くつくんだよ、だから三人で泊まると少し割高だけれども、いいじゃん、滅多にないことなんだから...と言葉を濁していたが、何かの時に参考したいからということなので、一部屋当たりの値段を教えた。私はずうっと貧乏だったから(今でも貧乏だけれども)、母は私が無理をしているのだと思ったのだろう。その証拠に、旅の最終日にホテル代と同等の現金を私に渡そうとした。私は丁重に断り、そのお金はケンタロウのお年玉用に貯金して欲しい、来年か再来年、今度はケンタロウ独り、あるいは友人を連れてくるから、その時に使って欲しいということで、手元にしまってもらった。

 

こんなこと、偉そうに人様に言えることではないのだけれども、私は、父が健在であった頃は、金銭的に何かあると両親に頼っていたし、父が亡くなってからは、頼ることは無いにせよ、独りの母を援助したりはしていない。それは、独りで日本国外で暮らすにあたり、頼れるのは自分自身だけで、母を含めて人の面倒を見るだけの余裕がなかった、ということに尽きるのだけれども、今、こうして、ある程度金銭的に余裕のある生活を送ることができるようになっても、母は私の援助を拒否する。

 

過去、母にオーストラリアに遊びに来てはどうかということを何度か示唆したことがある。いつもは言葉を濁していたが、今回はっきりと、人に面倒をかけるのが嫌だと言われた。だからオーストラリアへは行けないと。人って...息子だよ、と言ったら、息子だからなおさらなのだそうだ。母のそういうところを良く知っていたので、もうそれ以上は何も言うことはなかった。だから、今回の横浜の宿泊だって、母は喜んでいたのかどうか、本当のところは良く判らない。何故なら...母は世話をされるより世話をする方が良いと思う人だから。それは、自分自身もそうだから良く判るのである。母の世話をされるのを嫌がる理由は、私の理由と同じなのか判らないが、結果的に、世話をされることが下手な母子なのである。

 

でもね...家族で遠慮もなにも無いじゃん、とも思う。今まで散々迷惑をかけてきたのだから、少しくらい贅沢してもいいじゃん、とも思う。しかし...将来、私が母の立場になり、そしてケンタロウが私の立場になったら、私はどう対応するのか...そんなことの堂々巡りである。


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今振り返ってみても、なぜ、みなとみらいから中華街へ向かったのかが判らない。中華街で一体、何をしたかったのだろう...特に良い思い出があるわけでもなく、特にしたいことがあったわけでもなく、特に食べたいものがあったわけでもなく、あてもなく中華街を散策したのだが、特に目新しいものをみつけたわけでもなく、特に美味しいものを食べたわけでもなく、なんとなく時間が過ぎてしまった。しかし、しいて挙げるなら...

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電球の形をしたプラスティックの容器。この容器欲しさに三本もの美味しくもないジュースを購入。容器だけ売ってくれと頼んだのだが、「それ、ダメあるよ!」とあえなく却下されてしまった。

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角煮入りの肉まん。この肉まん、有名なシェフのシグネチャー料理であるそうなんだけれども、美味い、不味いとかという以前の問題で、味が全くしなかった。食べて思わず「これ、ダメあるよ!」と呟いてしまった。
 
中華街を歩いたが、あまりに寒いので、地下鉄に乗ってみなとみらいまで戻り、本屋さんや文房具屋さん、雑貨屋さんなどに立ち寄った後、ホテルにチェックインし、夕方、6時頃に晩御飯を食べに行くことを決めてしばらく休憩。ケンタロウはWi-Fiにアクセスができ、水を得た魚のよう。300件ほどのメッセージが入っていたらしい。
 
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晩御飯も、母に何を食べたいのかをあらかじめ聞いておいたのだが、何でもいいとのこと。それならばと、ケンタロウと相談して、廻転寿司に行くことに決めた。○ちゃんが色々と情報を送ってくれて、その情報を参考にし、通りの向こう側のMark Is4階にある「まぐろ問屋 めぐみ水産」に入った。カウンターの席に三人並んで座ったのだが、ここで私は失敗をしてしまう。人を接待する場合、接待する側は接待される人を両脇から挟むように座るべきと、その昔習ったことがある。今回、接待するのはケンタロウと私、接待されるのは母であるから、母を中央に座らせなければならないのだけれども、母は左端に、ケンタロウが中央に、そして私が右端に座ってしまったのだ。お店に入ったとたん、目の前に美味しそうな寿司がグルグル廻っていて、ウハウハ、パブロフの犬状態になってしまったので、接待のルールなんてことは全く思い浮かばなかった。
 
結果、ケンタロウと私の間の距離が近くなり、母が少し離れてしまった。この場合の距離というのは、物理的な距離ではなくて、会話的な距離という意味なのだが、廻ってくる寿司にエキサイトするケンタロウと私の会話はもちろん英語であるから、母が少し蚊帳の外に外れてしまったのである。またケンタロウと私は勢いよく食べるのに、母はあまり食べずに、3皿食べてもうお腹が一杯になってしまい、手持ち無沙汰になってしまったのも良くなかった。結局、ケンタロウと私は21皿、母は最期にお吸い物を頂いて4皿、合計25皿のお会計であった。

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会計時、ケンタロウはかなり心配そうであった。オーストラリアでこれだけ食べたら150ドル(約12,750円)は下らないからだ。大丈夫、大丈夫、6000円とちょっとだよ、と言ったら大げさに驚いていた。ちなみに今回も沢山の魚種の寿司に挑戦していたが、アジの寿司が一番おいしかったそうだ。Scad(アジ)なら時々刺身を造るじゃない、いつも嫌がっていたから勧めもしなかったけれども...と言ったら、今度造るときは教えてねとのこと。

帰国したら早速PKG(魚屋さん)でも覗いてみよう、美味しい〆アジを作って、あじ寿司を作ってあげよう。いや、色々な魚の刺身を造ってあげよう...これでまた、帰国後の楽しみがまた一つ増えた。外は木枯らしが吹きとても寒かったかけれども、お腹も心も満たされて部屋へと戻ったのであった。

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