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THE WIND FROM TERRANORA
オーストラリアのTweed Coastからの便り

書庫移民のつぶやき

個人的な思い込みについて綴ってみました。

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謹賀新年 from Tweed

あぢぢのここTweedから

謹賀新年


顔面から汗だらだら流しておりまする

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SydneyのMartin Placeで起きた人質立てこもり事件は、人質2名が死亡するという残念な結果で幕を閉じた。容疑者はイランからの移民で、自称イスラム教聖職者。しかし彼は、アフガニスタンへの派兵で死亡したオーストラリア軍人の遺族たちに侮辱的な手紙を送りつけたほか、元妻への殺人共犯の罪で逮捕、さらに、「(自称)聖職者」の彼のもとを訪れた若い女性たちに性的暴行を働いて起訴されていた。こんな人間が、何故に街を歩くことができたのかは、今後、オーストラリア政府によって説明され、改善されてゆくと思うのだが、この事件に関して、私は、容疑者と同じ途中参加の移民として、オーストラリア生まれのオーストラリア人とは少し異なる憤り、そして哀しみを感じられずにはいられないのだ。

オーストラリアは、移民によって成り立っている国であることは紛れも無い事実だ。建国200年と少しのこの国は、「自由」と「希望」そして「安全」を求めた世界各国からの移民によって成り立っており、この「自由」「希望」「安全」がオーストラリアという国で暮らす人々の生活基盤となっているのだ。その生活基盤が、求めてやってきたはずの移民によって、なし崩にされてしまった。私は、オーストラリアに居住する移民の一人として、この事実に、深い憤りと哀しみを感じられずにはいられないのだ。

今回の事件では、人質のうち二人が射殺されてしまった。後出しじゃんけんのような事後での批判、論評ならいくらでもできる。しかし、今、私たちオーストラリア人にとって必要なことは...この事件を機にUnited、つまり団結し、同じことが繰り返されない社会を構築することだと思うのだ。

"Australia and Australian are resilient"

困難な時こそ団結し、そしてどんな困難に対しても乗り越えてゆくのがオーストラリアという国。そして、それをつくるのがオーストラリア人なのだから。オーストラリア人の一人として私は、この事件によって生じた哀しみを、深く胸に刻んで生きてゆかなければならない、そんなことを思わずにはいられない。

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Kewpieはキューピー?

移住したばかりの頃、オーストラリアの食べ物に慣れることができず、かなり苦労したことを思い出す。オーストラリアの食料品全般に言えることなのだが、とにかく甘い。甘さのバロメーターのレッドゾーンを振り切って、鼻血ブー!的な甘さで、この甘さに二日酔いに似た症状を引き起こしてしまうほどなのである。

甘い食料品の中でも、特に甘いマヨネーズには閉口した。貧乏な私は、鰹節と醤油とマヨネーズとタバスコを振りかけたパスタ(ねこまんま)が大好物なのだが、オーストラリアのマヨネーズは甘すぎて食べられなかったので、日本からキューピー・マヨネーズを取り寄せていた。
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あれほど入手が困難であったキューピーのマヨネーズも、今ではColesやWoolworthsのアジア食料品コーナーで入手できるのだが、もう過去十数年、キューピーのマヨネーズは食していない。長い移民生活で、味覚が変わってしまった、ということもあるとは思うのだが、値が張るものの、美味しいオーガニックのマヨネーズを入手できるようになったので、キューピーのマヨネーズが必要なくなってしまったのだ。
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WoolworthsのMacroブランドもオーガニックのマヨネーズを売り出している。こちらは安価ではあるが、味がイマイチ。
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さて、先日、近所のColesで買い物をしていた時に、Kewpieのわさび入りマヨネーズを見つけた。その毒々しいわさび色(緑色)につられて、つい購入してしまったのだが、このKewpieマヨネーズ、日本でも売っているのだろうか。
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このわさび入りのマヨネーズをお得意のねこまんまパスタに振りかけて食してみところ...

不味くて甘い...

いつの間にキューピーのマヨネーズはこんなにも甘く、そして不味くなってしまったのだろうか...あるいはこのKewpieのマヨネーズ、オーストラリア市場向けの甘いマヨネーズで、シンガポール製のKikkomanの醤油同様、日本のキューピーのマヨネーズとは異なるものだろうか...

いずれにせよ、甘くて良いのは、昔の想い出と自分自身、この二つに限る。
ショーパン「めざまし」卒業

さすがの日本通の私でも、この見出しが何を意味をするのか、まったく見当がつかない。まず、ショーパン、何だろう...アンパンやカレーパンと同様の菓子パンの一種か??「めざまし」卒業...ショーパンという菓子パンを食べると目が覚めて、卒業ができるということか??「めざまし」に鍵括弧が付いているから、「めざまし」は何か特別な意味があるのか??あるいは「めざまし」という名前の学校でもあるのか??「めざまし」は実は「目覚まし」ではなくて「女様試」、素敵な女性になるためのテストなのか??

良く判らないので、読みたくも無い元記事を読んでしまった。

ショーパン「めざまし」卒業…10月“異動”夕方の報道番組へ
スポニチアネックス 9月10日(水)5時0分配信

ショーパンが朝の顔から夕方の顔になる――。フジテレビのエース、生野陽子アナウンサー(30)が朝の情報番組「めざましテレビ」(月〜金曜前5・ 25)を卒業し、10月から夕方の報道番組「スーパーニュース」(月〜金曜後4・50)に“移籍”することが9日、分かった。「めざまし――」では、同 局の先輩アナで現在フリーの高島彩(35)の後を継ぎ、2010年10月から女性のメーンキャスターを担当。4年間、同局の看板番組を引っ張ってきた。 一方、バラエティー番組「ぶらぶらサタデー」(土曜後正午)などで見せる、ほんわかした雰囲気も魅力で、昨年の「好きな女性アナウンサーランキング」(オリコンスタイル発表)では4位にランクインしている。「めざまし――」は現在ともにメーンキャスターを務めている加藤綾子アナ(29)が引き続き担当。 「スーパーニュース」では安藤優子キャスター(55)とタッグを組む。 同局関係者は今回の“移籍”について「視聴率の低迷が指摘される“スーパーニュース”のテコ入れです」と説明。「めざまし」には、ショーパンとカトパン という看板女子アナ2人がそろって登場して好調をキープしてきたが、「“めざまし”はどちらか1人で…となった。そこで、夕方にニュースも読めるエースを 投入することになりました」としている。ショーパンの新たな顔に期待が高まる。

◆生野 陽子(しょうの・ようこ)1984年(昭59)5月17日、福岡市出身の30歳。福岡大学法学部卒。07年入社。現在は「ぶらぶらサタデー」(土曜正午)や「教訓のススメ」(金曜後7・57)に出演中。趣味は旅行、習字。血液型O。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140909-00000141-spnannex-ent

くだらん。

まず、何故にアナウンサーが異動するだけで、Yahoo! Japanの見出し記事になるのか??一般的には人事異動なんて日常茶飯事なのに、アナウンサーが担当する番組が変るくらいで、いちいち記事として、しかも見出し記事として取りあげるなんて、なんて平和な国なのか。
アナウンサーが恋におちただの、結婚しただの、妊娠しただの、何故に大騒ぎするのかが判らん。もっともっと大切なことを報道できないものか。

「卒業」という言葉も紛らわしい。芸能人が所属のグループを脱退する際にもやたらと「卒業」という言葉が使わているようだが、元々、「卒業」という言葉は、学業において、規定課程を終了することを意味し、学業成就を表す言葉だ。この
生野陽子というアナウンサーが、単にアナウンサーとしての仕事の一環として番組に起用されていただけのことで、「めざまし」という番組を通じて、何かを成就したわけでもあるまい。「めざまし」という番組は継続されているわけであるから、番組からの「脱退」、「中退」、「離脱」、あるいは元記事の文中にもあるように「異動」や「移籍」という言葉が当てはまるのではないか。

くだらん。

しかし、いちばんくだらないのは、こんなブログの記事を書いている私自身であるということに気が付いた。滅多に立ち上げることのないブログの記事なのに、こんなくだらない記事で、申し訳ない。


がんばれ、日本人!

二十数年前の私は、日本のどこにでもいる若者であった。もっとも、二十数年経過した今でも、どこにでもいるオヤジなのだが。そんなどこにでもいる若者が、片道の航空券を購入し、日本を飛び出した。行き先は、オーストラリアのブリスベン。知り合いがいたわけでもなく、到着日の宿の予約すらしておらず、無謀ともいえる旅立ちであったのだが、おやじになった今でも、こうして無事に暮らしているのだから、あながち、思うほどに無謀だったわけでもあるまい。

移住したばかりの頃は、生活習慣の違い、そして語学力の無さによって、格闘の日々であった。身振り手振りだけでは、コミュニケーションはできない。できたつもりでいても、そうではないことは、本人が一番良く判っている。コミュニケーションができなければ、生活もできない。いや、単に生活するだけならなんとかなるが、独立した生活を営むことは難しい。だから、英語が喋れない人々は、その民族どうして固まり、ひとつのコミュニティを形成するのだと思う。それは日本語を喋る人々も例外ではない。それはそれで構わないことなのだが、私はあえて日本というコミュニティを離れて、オーストラリアのコミュニティの中で、単身、独立することを選択した。あえて日本のコミュニティには加わわらないことを選択した。

今、あの頃を思い返してみると、ひとつの言葉が思い浮かぶ。それは、"Expectation"という言葉。「期待」「見込み」「望み」といった日本語訳があてはまるのではあるまいか。自分自身のイメージした海外での生活と、現実の厳しさの狭間にもがいていた自分がこの言葉と共に思い浮かぶ。

言葉や生活習慣の異なる異国での生活は、泣きたくなるような出来事の連続だ。ココロが折れ曲がりそうになることも、多々あった。でも、そんな時でも、あきらめずにしぶとく居座り続けることができたのは、「自分で決めたことなのだから…」というCommitment、つまり決意であったと思う。それは、頑固とも言える決意で、この決意が無ければ、今の自分も無いとすら思う。

毎年、多くの日本人が、様々な理由と共にここオーストラリアにやってくる。中には、多くの夢と希望を抱いてやってきたものの、厳しい現実との狭間にもがき、心折れている人もたくさんいると思う。

現実...ここでは人生と言っても良いかな...は決して優しいものではない。でも、そんな現実を受け止めて、今後の糧にしてゆくのは自分自身なのだから。人生は、自分自身で築きあげるものなのだから。


がんばれ、オーストラリアで暮らす日本人。大切なのは、誰がどう思うか...ではなくて、自分がどう思うか、なんだと思うよ。

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