|
このブログの書体は基本的には文語調で、その時々の気持ち次第で、「です・ます」さん、あるいは「で・ある」さんに登場してもらっていたのね。「です・ます」はとっても優しいお方で、柔らかい気持ちを表すのに好都合なんだけれど、 どうも媚びているような感じがするんだよなぁ。 それで、登場してもらったのが「で・ある」さん。おっかない感じのお方なんだけれど、きびきびとした気持ちを良く表してくれるの。でも、このお方、読み手によっては見下し目線に感じられれてしまうみたいで、何を偉そうに、と反発を買うこともしばしば。本当はそんなつもりはないのにね。 ひとつの文章に「です・ます」さんと「で・ある」さんが同時に登場してもらうことは避けていたんだけれど、「で・ある」さんがあまりに厳しいことばかり言っていると、時々最後に「です・ます」さんに、「本当は悪気はないんですよ、見下し目線での文章ではないんです、その辺を理解してくださいね」と言い訳がましく登場してもらうこともしばしば。 逆に、「です・ます」さんが媚ばかり売っていると、「で・ある」さんによって、「オイオイ、何をだらだら媚びているんだ、ばかたれ!」と締めてもらうことも。まぁ、もちつもたれつの関係を保ってきたわけですな。 「です・ます」さんも「で・ある」さんも同じ文語体同士で、まぁ、いわば兄妹関係のようなもの。厳しい兄の「で・ある」に対して優しい妹の「です・ます」という感じかな。時々、兄の「で・ある」によってがちがちの文章を作成されてしまって、後で妹の「です・ます」によって「もう、おにいちゃんはいつもそうなんだから、まったく...」と文章を柔らかくしてもらうこともあるのね。基本的に、私はお兄ちゃんだから、どしても最初に浮かぶ書体は「で・ある」兄貴の文章なんだよね。 いままで仲良く「で・ある」兄貴と「です・ます」妹に棲み分けてもらっていたブログだけれど、実は妹の「です・ます」に恋人ができたの。その恋人とは... 「で・ある」「です・ます」の「文語体家」とはまったく格調の異なる「口語体家」の出身のあんちゃん。♥や♪などの記号を多発するくだけたあんちゃんのようなんだけれど、「で・ある」「です・ます」と同じ日本国出身であることは確か。そんなあんちゃんに、妹「です・ます」が惚れてしまったのですな。 「文語体家」と「口語体家」は、さながら「平家」と「源家」の間柄のよう。格調、格式、作法...全てに関して全く正反対に位置する両家。これには「で・ある」兄貴もかなりのショックで、随分ふさぎこんでいるよう。だって、このお方が登場すると、兄貴が保ってきた格式高い「文語体家」の面子が丸つぶれなんだもの。媚びる「です・ます」といっても、それは大人の世界での媚、妹「です・ます」の我侭も「で・ある」兄貴は笑って許せたわけ。一方、「口語体家」あんちゃんによる文章は幼児化するともいえますな、これには「で・ある」兄貴も我慢がならないよう。 でもなぁ、どんなにへんちくりなんなあんちゃんであっても、必ずひとつやふたつ良いところはあるわけ。「で・ある」兄貴のふさぎようも判らない訳ではないんだけれど、ここはしばらく「で・ある」兄貴には目をつぶってもらって、妹「です・ます」と「口語体家」のあんちゃんには楽しいひと時を過ごしてもらおうと思うの。 どんな濃厚な関係も、しばらく時が過ぎれば冷めるように、きっと「です・ます」も「口語体家」のあんちゃんに冷める時がくるよ。それまでしばらく我慢してね、「で・ある」兄貴。 |
です・ます vs で・ある
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(0)
|
このブログを始めた当初は「です・ます」調であったが、ある時、自分の思ったイメージの文章が書けないという一方的な理由から、 「です・ます」を切り捨ててしまった。今現在、「だ・である」調と共にブログ人生を歩んでいる。さっき、過去ログを読み返してみた。そして気が付いた、「です・ます」の優しさが、そしてその穏やかさが。別に「だ・である」に不平、不満があるわけではないのだ。今でも「だ・である」の媚びない姿勢は大好きだ。でも「です・ます」の穏やか、優しささは、強気の「だ・である」では表現できないのだ。 「です・ます」をばっさり切り捨ててしまった自分が恥ずかしい。とはいうものの、「だ・である」と「です・ます」は、一緒に住むことはできない。それで、考えた。ある時は「だ・である」で、そしてあるときは「です・ます」を使うということを。そうだ、宮本武蔵も二刀流だったではないか、この私にもできないことは無い(もっとも、武蔵の二刀流は未完成だったけれど)。実際、「です・ます」は今でも「ブリスベンの動物」の中で細々と暮らしているのだ。 まさしく、私は昭和の優柔不断男だ。「だ・である」そして「です・ます」よ。どうかこんな私に愛想を尽かさないでおくれ。 s |
|
過去のブログは全て「です・ます」調で書いてきました。本日のブログをもって、「です・ます」調から決別いたします。まあ、さしあたって、誰に向かってというわけではないので、自分で勝手に「です・ます」調を止めて、自分で勝手に「だ・である」調に変えるだけですので、こんなおおげさな宣言をすることも無いんですけれどもね。第一、そんなにたくさんの人が読んでくださっているわけでもないし。 というわけで、「です・ます」に決別するわけですが、しかし、いざ決別となると、なんとなく寂しいような。「おいおい「です・ます」、達者でな、いつか必ずまた会おうな、また必ず使ってやるからな」と思わず、涙声になってしまって。やっぱり、このまま「です・ます」でゆこうかな、なんて後ろ髪をひかれたりします。しかし、その一方で、「だ・である」の魅力も放しがたい。「だ・である」と築く新しい人生を考えると、うきうきしてしまう。こういうのを優柔不断といい、いかに世の中には優柔不断の人間が多いことか。私もそのひとりではないかと、悩むこのごろです。というわけで、「です・ます」さようならの一幕でした。 |
全1ページ
[1]


