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THE WIND FROM TERRANORA
オーストラリアのTweed Coastからの便り

書庫風景(シティ編)

文字通り、周りの風景です。ここではシティでの風景を集めました

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それは突然やってきた。
朝は快晴で、今日も暑い日になるなと思っていたのだけれど、
お昼ちょっと前に急に外が暗くなり始めたなと思ったら....
瞬く間に黄茶のダストに街が包まれてしまった。
そう、ダスト・ストームだ。

内陸のトップ・ソイルが強い西風によって舞い上がり沿岸部に舞い降りる現象で、原理は黄砂現象と同じものだ。
シドニーでは赤茶であったらしいが、ブリスベンでは黄茶のダストであった。
ブリスベンだけでも16,000トン、
東海岸全体では一時間当たり75,000トンものトップ・ソイルが内陸から飛ばされてきたらしい。

お昼休みに外を歩いてみたら、口の中がじゃりじゃりした。
毎年、ダスト・ストームに見舞われるが、これほど大規模なダスト・ストームは初めてで、
このダスト・ストームのおかげで今日は暑い日にならずに済んだ。
街のあちこちで写真を撮っている人々を見かけた。

Kangaroo Point(カンガルー・ポイント)からCBDの眺め。
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普段はこんな感じ。
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Story Bridge (ストーリー・ブリッジ)。
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普段はこんな感じ。
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日中の太陽
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こちらは同僚のLand Rover。ダストですすけている。
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こちらは私のLand Cruiser(ジェニー)。普段から洗わないからすすけているのかすら判らない。
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ところで、黄砂といえば中島みゆきの「黄砂に吹かれて」が思い浮かぶ。久し振りに聴いてみた。



ちなみに中島みゆきの曲の中で一番好きなのが「時代」。
若いみゆきさんが初々しい。
久し振りに聴いて涙してしまった。私は過去この曲に何度も救われた。


http://www.youtube.com/watch?v=p-9QV2L50Ck

この人、かなりの夜更かし名人らしく、
普段昼間に寝て、夕方ごそごそ起き出すらしい。

大学のラグビー部には、それはそれは硬派で恐ろしい感じのA先輩がいた。
長崎の五島列島出身の方で、カチカチの長崎弁を喋られる。
軟弱な都会っ子だった私は、そんなA先輩に怒られてばかり、

「オイSonglark!、そんなことも判らんかんとかぁ!」
「そんなばかなプレーはなかとよ!」

怖くて、近づくことも出来なかった。
そんな怖いA先輩のアパートへ一度行ったことがある。

そこで見たものは...

壁一面に貼られた中嶋みゆきの歌の歌詞であった。
人間、見かけでは判らないものである。
実は芯根は優しい先輩である、ということをその時知った。

さて、肝心のダスト・ストームだが、夕方には随分収まってきた。
明日には晴れ渡るであろうとの予報。
締めくくりは本日の夕日、青白かった。
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巨大少女、街に現れる

画像の日付を見たら4月19日の日曜日となっていた。
ミニと一緒にシティへ行った時のことだ。街の通りの角を曲がったら、
突然目の前に巨大な女の子が出現した。

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久しぶりに「へ?」の気分になってしまった。
しかし、良くみてみると何かの撮影用の巨大な女の子の人形だ。
それにしても気味が悪い。巨大な女の子もかわいくない。
その時はオカルト映画か何かに使われるのかと思っていた。

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そして先日TVを観ていたらAllen's Confectioneryとう、
オーストラリアのスーパーマーケットへ行けば必ず見かけるお菓子メーカーのTVCMの中で、
このジャイアント・ドールが使用されていた。
オーストラリアに住んでいたら、このTVCMのバックグランド・ミュージックは一度や二度は耳にしているはずだ。

MintiesやCoolmints、Snakesといったお菓子が有名で、オーストラリアを代表する菓子メーカーなのだが、
今では本部をスイスに置くNestlé AusraliaがこのAllen's Confectioneryを所有しているらしい。

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Youtubeを検索したら、もうすでにこのTVCMのクリップがアップロードされていた。



撮影風景をずうっと見ていたわけではないのだけれど、確か10人くらいの子供達が駆け回っていた。
実際のTVCMでは数百人の子供達に囲まれているように画像処理されている。
一体何が本物で何が偽物なのか、わかりづらい世の中になってしまったものだ。
でも、このTVCMのバックグラウンドがブリスベン・シティ。
街の雰囲気が伝わるかな?
GoMAを後にして訪れたのがQueensland Museum (博物館)です。
博物館はアートギャラリーと共にサウスバンクのCultural Centerの老舗的な存在で、
途中、改修などもありましたが、もう20年以上も前に建てられた建物です。
数年前、シティにあったサイエンス・センターが博物館の1階に引っ越してきました。
この部分は有料ですが、それ以外は特別展を除いて無料です。
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ちなみに、サウスバンクに引っ越す前の博物館は、チャイナタウンから少し上がったところにあって、
今でもQueensland Youth Orchestrasによって建物は使用されています。
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私は、訪れる国々、訪れる街々では必ず博物館を訪れます。
博物館を訪れることによって、
訪れた先々の地理、環境、文化、風習、伝統、全てを短時間で見ることができるからです。
また、博物館を比較することによって、
その国々、あるいは地域の教育に賭ける情熱というものが伝わってくるのです。

私が一番恐れることは、無知です。
無知ほど悲しく、恐ろしいことは無いと思うのです。
もちろん、私も様々なことに関して無知です。
しかし、私には向上心があります。
その向上心を付け焼刃ながらも満たしてくれる場所が博物館なのです。

さて、サウスバンクの博物館に関しては、意見が分かれるところですが、
私の個人的な感想は「お粗末」です。
何がお粗末なのかというと、子供の視線から観て、
わくわくするような展示物が少ないということです。
言い換えれば、「古いタイプの博物館」ともいえるかもしれません。

まず入り口では大きな恐竜の骨格標本が迎えてくれます。
以前は、3階に恐竜の展示コーナーがあって、吹き抜けの3階からはこの恐竜の骨格と、
恐竜の足跡が眺められるようになっていたのですが、
現在3階はアボリジニーやトーレス・ストレート・アイランダーの
インディジネス・カルチャーのコーナーになっています。
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恐竜の陰になって少し判りにくい場所なのですが、
様々な動物の毛や表皮を実際触って、これらの動物を当てるというのもあります。
このようなディスプレーが私は好きなのです。
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最初のコーナーはクイーンランドの暮らしについての紹介。
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次のコーナーは海洋生物のディスプレー。
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特別展のコーナーがあり、乗り物のディスプレーが1階の端です。
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2階へエスカレーターで上がりると、そこには様々な動物の大きさを比較したディスプレーがあります。
これは、以前特別展として展示されたものを常設したものです。
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さらに進むと、クイーンズランドの絶滅危惧種達のディスプレー。
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ディスプレーの下の穴にはウォンバットがいます(もちろんぬいぐるみ)。
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そして標本室に突き当たります。
とても古いタイプの標本室なのですが、ここが私の最も好きな空間なのです。
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ノコギリエイの吻。これを振り回して小魚を捕るらしい。
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世界最大のゴキブリはクイーンズランドにすんでいます。掌ほどの大きさ。
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Stick Insect(ナナフシ)。この画像の中にもたくさんいます。
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蟻の巣
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カソワリの剥製。古代種で北クイーンズランドに生息します。
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レッドバック・スパイダーの巨大模型。毒蜘蛛で、家の周りにたくさんいます。
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3階はインディジネス・カルチャーの紹介と、特別展のコーナーです。
今現在、チャールズ・ダーウィンについての展示がなされているようです。

インディジネスのコーナーでは、画像を撮ることは許されていません。
私は、3階へは滅多にゆきません。それはこのコーナーがあまりにも内向的で、
博物館のディスプレーとしてのメッセージが良く伝わってこないからです。
インディジネス・カルチャーというのはそういうものだ、と言われればそれまでなのですが、
判りにくい内容だからこそ、判り易くディスプレーするのが博物館の腕の見せ所、と思うのです。
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2階の標本室前のエレベーターで地階に降りると、そこは恐竜の庭です。
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端折ってご紹介しましたが、このブログの狭いスペースで紹介できるほどのものなのです。
少し辛口の博物館案内となってしまいましたが、
無料ですので、気軽に立ち寄ることができ、私達も頻繁に出向きます。
この気軽さが、サウスバンクの博物館、美術館の良いところだと思うのです。

アート・ギャラリーもご紹介しようと思ったのですが、
こちらはAmerican Impressionismの特別展のご紹介と共にまた次の機会に。
とりあえずここでは画像だけを載せておきます。
というわけで、文化・芸術を楽しむのに最高の小春日和の週末でした。
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サウスバンクのCultural Centreには劇場、博物館、図書館、そして美術館が立ち並びますが、
3年前の2006年、一番西よりに出来たのがQueensland Gallery of Modern Art (GoMA)です。
元々、美術館(Queensland Art Gallery, QAG)が博物館の隣にあったのですが(今でもあります)、
このQAGから近代美術を切り離して展覧しているのがこのGoMAなのです。

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私は、美術に疎い人間で近代美術というものがどうも良く理解できません。
今現在、中国の近代美術の特別展が開かれていますが、
残念ながら、これも私には理解できない代物です。
美術ですので、理解する必要もないとも思うのですが、
感性もデリカシーも無い私の脳ミソは、やはりサイエンス向きなのかもしれません。

近代美術は理解は出来ませんが、GoMAへはかなりの頻度で訪れています。
GoMAの施設は、近代美術館の名に恥じない素晴らしいもので、
この建物が生み出す空間が私は大好きなのです。
私にとって美術館とは、空間を楽しむ場であるようです。

オープンした当時、ギャラリーの中はいつもフレンチフライのにおいが漂っていました。
おそらく付属のレストランの空調と、ギャラリーの空調がダクトを共有していたがためだと思うのですが、
昨年末頃から、フレンチフライのにおいがしなくなりましたので、それぞれの空調のダクトを切り離したのでしょう。

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このGoMAでは昨年、南半球では最大のピカソ展が開かれ、
ピカソの生涯を通じての様々な作品が展示されていました。
ミニはスケッチブックを持参し、ピカソの絵の前に座って模写をしていましたが、
私には、どう見てもミニのスケッチの方が上手に見えてしまうのです。

私は遠くに座ってその様を眺めていましたが、
周りの人々の反応がとても好意的であったことを覚えています。
もし日本で彼のように、ピカソの絵の前にどか〜んと座って模写などをしていたら、
警備員がすっ飛んでくるでしょうし、観客もしかめ面をして通り過ぎることでしょう。

人の多い日本、そしてお行儀の良い(礼儀正しい)日本ですので、
それはそれで仕方が無く、批判をしているわけではないのです。
しかし、こちらでは皆さん、ニコニコしながらミニの周りを通り過ぎてゆきますし、
立ち止まり、ミニの絵と実物を比べて、色々と彼に話しかけたりもしています。
警備員も他の観客と共にミニの絵を眺め、話しをしています。
オーストラリアという国のおおらかさを表しているようで、
私はその時、とても暖かい気持ちになりました。

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GoMAには子供のコーナーが付属しており、子供に美術を親しんでもらおうと、
半年に一度くらいの頻度で、テーマを変え様々な催しが開かれています。
単にお絵かきだけでなくて、子供達の創造力を伸ばすような催しも含まれ、
個性や創造力を大切にするオーストラリアらしい催しです。
もちろん、大人も参加できますし、楽しむことが出来ます。

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因みにGoMAもQAGも博物館も、特別展を除いて入場は無料です。
そんなこともあって、頻繁に足を向ける場所なのかもしれませんが、
私は、この気軽さが、美術館や博物館にとって、とても大切な要素だと思うのです。

GoMAはトイレの流しも芸術的でした。
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最後はアートギャラリー(QAG)と博物館です。
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6月の6日から9月の6日までの3ヶ月間、
ブリスベンのサウスバンクのCultural Forecourtの一角で、
Da Vinci Machines Exhibitionという特別展示会が開催されています。

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レオナルド・ダ・ビンチというと、
かの有名な『モナリザ』や『最後の晩餐』といった絵画がまず頭に浮かぶと思うのですが、
秀でた才能は芸術のみならず、建築学、土木学、医学などの様々な科学技術分野に精通しており、
まさしく「真の天才」と呼んでも過言では無いでしょう。

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レオナルドは1452年、イタリアはFlorence地方のVinci村で、
Messer Piero Fruosino di Antonio da Vinciの私生児として産まれます。
レオナルドには本来姓が無く、「da Vinci」というのは元々「of Vince」、すなわち「Vince村の」という意味です。
彼の本名、Leonardo di ser Piero da Vinciは、(son) of (Mes)ser Piero from Vince
「ビンチ村の(メッ)サー・ピエロの息子、レオナルド」という意味なのです。

幼少時代を自由奔放に過ごしたレオナルドは、
ティーンエイジャーですでにその才能の頭角を現し始ます。
同時期の芸術家、ミケランジェロが気難しがりやで人を寄せ付けにくい性格であったのに対し、
レオナルドは「この世で最高の美男子」と呼ばれるほどの美貌を持ち、
人付き合いも、面倒見も良かったらしいのです。
異性には興味が無く、彼がホモセクシャルであったということは、言わずとも知れ渡ったことのようですが、
彼が残した偉業とは全く関係ありません。
ただ残念なのは、彼には子供がいなかったということです。

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1519年、67歳で亡くなるまでに、芸術や科学技術など、
多岐にわたり数々の業績を残したのは前述したとおりですが、
彼の研究の多くは13,000ページにも及ぶノートに、
芸術的な図表と共に書き留められていました。
これらのノートは彼の死後、厳重に保管されていたらしいのですが、
今ではその3分の1ほどしか残っていないとされています。

当時、レオナルドの指導の元、いくつか現物が作られたようですが、現存しているものはありません。
しかし、数々のレオナルドの考案図を元に復元模型製作を携わってきたNiccolai Familyの協力の元、
Teknoart Groupによって作られた数々の精密模型がここブリスベンにやってきました。

展示会場は60の展示物が4つのコーナー、兵器、海運機器、飛行機器、その他の機械部品に分かれて展示されています。

(ギア)
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(ばね仕掛けの自動車)
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(自転車のベルトドライブ)
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(ヘリコプターの原型(昔ANAのロゴにも使われていました))
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(ハンググライダー)
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(パラシュート)
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(ゼンマイ)
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(ベアリング)
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(プーリー)
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その他、時計、計算機、ポンプなど、
レオナルドの発明品は今現在でも、私達の暮らしの中で必要不可欠になっているものばかりです。

今までは、レオナルド・ダ・ビンチという「おぼろげな」人物像しかなかったのですが、
今回の特別展で、レオナルドという人の偉業をくまなく見ることができました。
実際に自分の目で見て、触って確かめるということがとても大切なことだと痛感しました。
観察と実験、それはサイエンスの基本でもあるのです。

この特別展示会を後にして、次はGoMA(Gallery of Modern Art)へ。
芸術三昧の週末はまだまだ続きます。
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