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"How to avoid wombat's bum"は、子供のみならず、大人も楽しめる英語本で、 様々なジャンルの様々なFact(真実)がおもしろおかしく描かれています。 例えば、表題のHow to avoid wombat's bumを含むWombatsのセクションは... Wombats are nocturnal marsupials, found only in Australia. (ウォンバットはオーストラリア固有の夜行性の有袋類。) Prince William was called Wombat as a child. (ウィリアム王子は幼少の頃ウォンバットと呼ばれていた。) Wombats have a slow metabolism - it takes them 14 days to digest their food - and because of this they move slowly. However, they can run very fast if being chased. (ウォンバッの代謝速度は遅く、14日間かけて食物を消化する。そのため動きが遅い。しかし、非常時には速く走ることができる。) When being chased, a wombat can reach 25 miles per hour.It can then stop dead in half a stride. It killed its predators this way - the predator runs into the wombat's bum-bone and smashed its face. (ウォンバットは捕食者に追われると40km/hのスピードで走ることができる。そして走っている途中、半歩で止まることができる。捕食者は突然止まったウォンバットのお尻の骨に激突し、死に至ることもある。) It also uses its bum-bone to crush intruders against the wall of its burrow. (お尻の骨を使って、巣穴への侵入者を押しつぶしたりする。) It would be illegal to keep a wombat as a pet. (ウォンバットをペットとして飼育することは法律違反。) Most Australians have never seen a wild wombat. (大抵のオーストラリア人は野生のウォンバットをみたことがない。) There are two kinds of wombat: the common wombat and the hairy-nosed wombat. (common wombat他に、hairy-nosed wombat(鼻に毛が生えているウォンバット)の二種類のウォンバットが生息。) Wombats often sleep on their backs with their legs in the air. and they frequently snore. (ウォンバットはしばしば、足を放り投げて仰向けに眠ることがある。そして良くいびきをかく。) う〜ん、誰かさんみたいですねぇ。 Page 24 Around the world にはこんなのもありました。 Japan has 24 recorded instances of people receiving serious or fatal skull fractures while bowing to each other in the traditional greeting. (日本では、伝統的なお辞儀によって、重症、あるいは死に至る頭蓋骨損傷が、過去24例記録されている。) お辞儀をするときは、お辞儀をする相手と距離をとることをお忘れなく。
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移民の感想文
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私は、内舘牧子氏に一度もお会いしたことが無いから、 あくまでも雑誌やインターネットの画像からのイメージでしかないのだが、 彼女の画像を見て連想するのが、秋田の伝統行事の「なまはげ」である。 大きな出刃包丁や鎌を持ち、 「わるいごぉはいねぇがぁー!」 「なぐごぉはいねぇがぁー」 と民家を廻るなまはげと内舘牧子氏のイメージがどうしても重なってしまうのだ。 こんなにおどろ恐ろしいイメージとは裏腹に、彼女の創り出す文章は美しい。 彼女の文章との出会いは、週刊ポストに連載されていた「朝ごはんたべた?」という読みきりの連載エッセイ。 週刊ポストは日本出張の際、成田空港の本屋で買い漁っていた週刊誌のひとつで、 宮部みゆき氏の「模倣犯」もこの雑誌から発掘した。 彼女の文章を一言で言い表すのなら、「理路整然」であろう。 「起承転結」という言葉も当てはまるかもしれない。 読みきりのその短い文章の中には、ひとつのテーマがあり、 そのテーマに沿って小気味良いリズムで日本語が書き並べてあるのだ。 結果、単に単語の羅列である文章が、まるで生き物のように頭の中に入り込んでくる。 「言霊(ことだま)」という言葉がある。 一度、口から発せられた言葉、あるいは、文章として発せられた言葉は、 発せられた瞬間からその輪郭を現し、 聞き手(読み手)のみらず、発した言い手(書き手)自身の心にも響き、 時には共鳴し合いながら、次第に大きな力を持つようになるものだ。 それはまるで、生き物のように、人々の心に染み渡る。 まるで、魂をもったもののように、人々の心に響き渡る。 私には、内舘牧子氏の文章から、この「言霊」を感じることができるのだ。 悲しみも、喜びも、憎しみも、「言霊」と共に増幅されると言っても過言ではない。 こらえきれなくなった感情を言葉に表した瞬間に、 それまでもやもやしていた雲のような感情の輪郭が現れ、 まるでその輪郭をなぞるように、さらなる言葉が湧き出てしまう... そんな経験は誰にもあるはずだ。 私が内舘牧子氏の文章に共感を覚えるのは、
彼女の文章からは「憎しみ」という「言霊」が感じられないからなのかもしれない。 憎しみという「言霊」」ほど、おどろ恐ろしく、醜いものはないものだ。 (画像はインターネットから) |
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網川浩一は最後の最後までいい男の模倣であった。 |
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もし仮に、私に人の心を読むことのできる能力が備わっているのならば、 |
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本棚の中の数少ない和書の間に並ぶ手垢で汚れた文庫本八冊。 |


