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このごろはやりのおんなのこぉ〜 おしりのちいさなおんなのこぉ〜♪
昭和40年代前半生まれの元オトコノコなら誰もがソラで歌える「キューティーハニー」の主題歌、 原作はもちろん、永井豪である。 このアニメーションがTVに放映されたのが1973年から1974年、 当時の私は7歳、もちろんPuvertyには達していなかったが、 わたしのハートはぁ〜 チュクチュクしちゃうのぉ〜♪ の歌詞通り、私のハートもチュクチュクしていたのである。 しかし、この番組をここオーストラリアで放映することは、困難なことと思われる。 文化の違いと言ってしまえばそれまでなのだが、 オーストラリアの子供向けのTV番組は、日本のそれと比較して非常に牧歌的である。 Pedophiliaとは、幼児や児童に対する異常な性欲、あるいはそのような性欲を示す者を指すが、 このPedophiliaに関連した犯罪防止のための規制が厳しく、 また、その規制を設置するオーストラリア社会全体として(一般論として)、 このような番組を嫌う傾向がある。 オーストラリアと日本のTV番組の大きな違いは、 「こどもの露出度」、この一言に尽きると思う。 子供と大人の境界線がはっきりしているオーストラリア社会では、 TV番組においてもその境界線が明確で、 ABCの子供向けチャンネルを除いて、夕方6時以降、子供向けの番組は皆無、 8時以降の番組には、子供はほとんど登場しない。 また、ABCの子供向けチャンネルも9時以降は放送を休止する。 このような国に長く住んでいると、 幼少の頃、キューティーハニーを見てチュクチュクしたのに、 「こども」を扱った番組や、いわゆる「アイドル」と呼ばれるお子様芸能人が苦手になってしまう。 国民的アイドルと称されるAKB48というお子様グループに関しては、 何故にこんな子供達にいい歳こいたおっちゃん達が熱狂するのか... と理解し難く、彼女達のPVをYoutubeで観た際には、 後ろめたい気持ちになり、最後まで観ることができなかった。 こんなものを観ていたら、逮捕されてしまうのではないだろうか... とすら、思ったものだ。 私が育った昭和の日本は、まだ「こども」と「おとな」の境界線が比較的はっきりしていたと思うのだ。 アイドルはあくまでも子供達の間のアイドルで、 一般的な大人は、このようなお子様アイドルや子供番組に、非常に批判的であったと記憶している。 それがいつの間にか、「おとな」の社会に「こども」が入り込むようになり、 ひいては「こども」が「おとな」を圧倒するまでにも至ってしまった。 もちろん、その圧倒する「こども」達の後ろには、「おとな」の存在は欠かせないのだが。 「お子様アイドル」や「こども番組」の作り手は結局、「おとな」なのだ。 このようなことを考えると、日本社会において、 「こども」と「おとな」の境界線が薄くなるのもある意味、必然で当然であるように思える。 「こども」相手に金儲けができる市場があるということ、 つまり、「こども」にお金をかけることのできる「おとな社会」、 そして、「おとな社会」に「こども」達が進出することを容認する日本の「おとな社会」、 すなわち、マーケティングの原理と、それを規制する社会構造とのバランスが、 ここで私が言う「こども」と「おとな」の境界線につながっているように思えるのだ。 しかし、「こども」を重用する社会構造は何も日本に限ったことではない。 程度の差こそあれ、東南アジア諸国も含めたアジア諸国に比較的共通した現象であるようだ。 私は、東洋、西洋と区別することを好まないのだが、 文化の違いとして 、際立った違いがあることは確かで、 歴史的に西洋からの移民が大部分を占めるオーストラリアが今ひとつアジアの文化圏に馴染めないのは、 このようなことが影響しているのではないだろうか... とチュクチュクと考えたりするのである。 |
出羽の守のたわごと
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前回の記事で、ブログ友のプチポアさんとのコメントのやり取りで出てきた、
Do not Call Registerというシステムについて、もう少し詳しく述べたいと思う。
(画像はインターネットから)
2000年代の前半のオーストラリアでは、
それこそ毎晩のように、晩御飯の時間になるとTelemarketingの電話がかかってきたものだ。
内容は旅行クラブ、ワインクラブ、電話会社、クレジットカード会社、マーケティングリサーチ...
なんでもありであった。
彼らはいつも晩御飯の時間を見計らって、電話をかけてくるのである。
それはもう、見張られているような正確さで、晩御飯を一口食べたところで、必ず電話が鳴ったものである。
この現象に、苛立ちを感じていたのはどうやら私一人ではなかったようだ。
2006年、オーストラリアの連邦政府は、Do not Call Registerといって、
一切のTelemarketingの電話の拒否ができる登録制度を確立する。
実際にDo not Call Registerが施行されたのは、2007年の5月1日から。
私は待ってました!とばかりにインターネットを通じて登録をした。
登録された電話番号に、Telemarketingの電話をかけた場合、
その会社には多大な罰金が科せられる。
Do not Call Registerに登録以来、ぴたりとTelemarketingの電話が止まった。
過去、一度だけTelemarketingの電話があったが、
その時、Do not Call Registerに登録さている電話番号に電話しているって知っている?と訊いたら、
とても恐縮して丁寧に電話を切られた。それほど威力のある登録制度なのである。
チャリティーの勧誘は除外されているようで、
時々、チャリティーへの勧誘の電話はあるが、半年に一度くらいの頻度。
全く気にならない。
このDo not Call Registerと同じ制度は、世界各国に存在し、
お隣のニュージーランドのName Removal Service、
US(アメリカ)のNational Do Not Call Registry
UK(イギリス)のTelephone Preference Service
そして、カナダのNational Do not Call List
がそれに当たる。
オーストラリアでは、このDo not Call Registerの導入に関しては、
なんら反発もなくすんなりと法制化された。
もし日本に導入しようとしたら...またごちゃごちゃ言う人が多いんだろうなぁ。
ここでもやっぱり物事の本質が見えない人が多いのかもしれない。
(画像はインターネットから)
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オーストラリア人が日本へ行って驚くものの一つに、温水洗浄便座というものがある。 いまさら温水洗浄便座を説明する必要もないと思うのだが、 元々はUSで医療・福祉用に開発されたもので、 TOTOによる国産化と、1980年の「ウォシュレット」の発売に伴って、急激に普及したらしい。 普及率は1992年の14%対して、2010年には71.3%にも達しているという。 いわば、温水洗浄便座は一家に一台の必需品で、 温水洗浄便座の無い家庭は「文明文化から遅れている」家庭であって、 普及率の進まないオーストラリアは「文明文化から遅れている」国なのかもしれない。 この温水洗浄便座、驚くことに様々な機能があるらしい。 私は熱海のホテルに泊まった時に、トイレに様々なボタンが付いていて戸惑ったものだが、 最近のモデルはリモートコントロール操作式に変わりつつあるらしい。 トイレにリモートコントロール... 便器に落としたりしないのであろうかと余計な心配をしてしまう。 さて、これらの温水洗浄便座に付く機能だが、温水による洗浄機能のみならず、 暖房便座、脱臭、乾燥、自動洗浄、便蓋・便座自動開閉、音楽、騒音装置、 さらに便座部分を照らす「ほのかライト」機能などもあるらしい。 いやはや、さすがテクノロジー立国ニッポン、たいしたものだ。 しかし、ちょっと待ってくれよ、だ。 日本民族は、いつからてめぇのケツをてめぇで拭けないない民族になってしまったのか。 節電、節電と大騒ぎする前に、 まずはてめぇのケツはてめぇで拭くことをお勧めする。 |
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"Whatever...." 最も聞き手をいらいらさせる言葉(Irritating words, annoyoing phrases)だそうだ。 指摘されて、最近でこそ使わないが、以前はかなり頻繁に使っていた。 使用する場面は様々だが、 なにもかもが面倒くさくなってどうでも良くなった時の切り札の言葉で、 この言葉を言われると、怒り心頭になるらしい。 "You know..."、"Actually..."、"Anyway..."... これらの単語・フレーズを会話に多発する人も多い。 私自身もこれらの単語を頻繁に使う。 次の言葉を捜すための小休止的に使われたり、 あるいは会話のリズムをつかむために使われる場合が多いが、 あまり多発されると聞き苦しい。 故大平正芳総理ではないが、 「あ...」、「え...」、「えっと...」のようなものか。 誰にも、知らず知らずに使う「人をイライラさせるフレーズ」というものがあるものだ。 生前の親父は私に何かを言い聞かせる時には必ず、 「正直言って...」というフレーズを使っていた。 正直言って、この「正直言って」というフレーズは私をイライラさせるだけであった。 普段は正直では無いとでもいうのか。 最近では口語だけでなく、文語でも割と頻繁に使われる言葉「やばい」、 やばいとは、江戸時代から盗人や的屋の間で使われていた隠語で、 「危ない」「具合が悪い」「悪事が見つかりそう」などの不都合な状況を意味する。 口語では「やべぇ〜」、「やばいっす」、「やべやべ」などに派生するが、 最近では否定的な意味合いではなく、 肯定的な意味合いで「やばい」という言葉が用いられるらしい。 日本語も随分やばい状態になってきたものだ。 「マジ!?」、これもマジいらいらする。 何を勘違いしているのか、年上に向かって「マジっすかぁ?」と言葉を発する人々、 尊敬語にも謙譲語にもなっていない。 同年代の仲間内で使うのならまだしも、公で使うにはあまりに幼稚すぎる。 「マジムカつく」に関しては、私のいらいら度は2乗、 この言葉を耳にするたびに、目にするたびに、マジムカつくのである。 |





