戦争の事

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◇ 地中海の守護神と称えられた日本  
 
                                                 平成30年1月5日産経ニュース

 
第一次世界大戦で日本が「地中海の守護神」と称賛されたことをご存じだろうか。休暇で滞在した英連邦マルタ共和国で旧日本海軍の戦没者が眠る墓碑を訪ね、認識を新たにした。

第一次大戦で日本は、日英同盟を結んだ英国の要請で、英領マルタを拠点に、連合国側の艦船をドイツの潜水艦Uボートから護衛するシーレーン(海上交通路)防衛の任にあたった。

348回の出動で延べ788隻の艦船を護衛したが、駆逐艦「榊(さかき)」が魚雷攻撃を受けて大破、艦長ら59人が命を落とした。カルカーラの英連邦軍墓地に戦病死者12人を加えた71人をまつる慰霊碑が建てられた。

Uボートによる魚雷攻撃はすさまじかったが、日本の駆逐艦は危険をかえりみず、英客船が撃沈された際、全力で約3千人を救助した。この貢献に英国王ジョージ5世が艦長らに勲章を授与、英議会は、感謝決議を採択、初めて日本語で「バンザイ三唱」した。

「日露戦争に勝利した日本が第一次大戦でフランスと地中海を守った」。マルタの戦争博物館では、日本の功績を語り継いでいる。

今日本が世界で信頼を集めるのは、こうした先人たちの努力があったからだ。今年は明治維新から150年。維新後、わずか30年余で英国と同盟を組み、先進国に肩を並べた輝かしい歴史をかみしめたい。(岡部伸)






◆ では日本建国の理想とは!つづきを
  
理想ー理念を失ったものは、すでに内容のない形態ばかりのものになっている日本も久遠無窮の理念が失われたとき弱体化するのである。理念が本当の「日本」であって、形はその影にすぎない。日本を大いに復興しようと思うならば、「日本」の理念を復興しなければならぬ。



◎ 日本天皇の靈的系譜



◯ 人民主権は「国家の生命」に包摂されてのみ成立つ



民主主義という語が流行していて、猫も杓子もすべての国家も、掻(か)いなでに、人民主権、部分品主権でなければならないように錯覚している人が多いのでありますが、

「人民主権」などという語は、人體に對して細胞主権をとなえるようなものであって、「人體」全體が生き生きと元気旺盛である間は、その餘慶(よけい)を享(う)けて個々の細胞も生き生きとして活気があり、「細胞主権」だなどと称えておられますが、

「人體」全體が活気がなくなりますと、個々の「細胞」も活気がなくなり、「細胞主権」だなどと、えらそうな事もとなえられなくなるのであります。



それと同じように「国家」全體が栄えておりますと、その国家に属する「人民」も活気旺盛であり、世界に對してその「人民」の権利と自由とを主張することができることあたかも明治時代の日本国の如くでありますけれども、



「国家」全體が衰微してしまいますと「人民」の権利も自由も失われて、李承晩ラインなどと勝手に公海に線を引かれて、そこへ入る者は船を拿捕(だほ)され乗組員は刑務所に入れられるという理不盡なことをやられても何の抗議も出来ないなどという「現実」の状態は、国家が生き生きと栄えなければ「人民主権」も有名無実で成立たないことを示しております。



だからいくら「人民主権」などと誇称してみましても、その人民の「主権」とか「自由」とか「権利」とかいうものは「国家」という「全體者」の生命の旺盛を背景としてのみ存在し得る「人民主権」であって、「国家」全体の生命の中に包摂されてのみ主張し得る「人民主権」だということを知らねばなりません。



これが現実事実であります。


机上の空論で「人民主権」を唱えるのは自由でありますがそれは抽象的願望にすぎないのであって、それよりも現実の事実にもとずいて立論するのが科学的なのであります。



こうして科学的立場から論ずるならば「人民主権」と仮に申しましても、国家の厳然たる生命の確立があって、はじめて、その人民の自由と権利とが主張されるのであり「人民主権」は事実上、国家の生命の中に包摂されているものでありまして、国家の生命の興隆と衰頽(すいたい)とによって、「人民主権」も、完全に力を備えたものにもなりますし、名称だけのものにもなるのであります。



人民主権が、事実上、国家の生命の中に包摂されて成立ち得る以上「国家」の生命というものが個々の人民に先行しているのは當然でありまして、国家の生命の中に胎動する「理念」(精神原型)が天降って来て、国家を形成する部分たる国民を、その精神原型の相に集結し団結し有機的組織化することによって具体的なそれぞれの特色ある個性的国家となるのであります、決してバラバラの個人がその利益関係によってのみ集まったところの、国家全體としての理想も理念もない、烏合の衆の集まりが「国家」ではないのであります。



つづく


谷口雅春 著  「第二青年の書」



◆ 現実の北朝鮮の拉致被害者も救済できない国家が日本です。それに核ミサイルを持たれたら今後日本はどうなるか、お寒い状態です。
    尚、舐められてはいけないが、恐れられてもダメという事です。日本は日露戦争後段々と軍備を増強して恐れられるようになったのかもしれないですね。
    中国は先日4隻の航空母艦を持つと発表しましたが、今後アメリカ、ヨーロッパや、ロシアはどう出るか?

◎ 天皇・日本の使命と終戦の眞相



※ 今朝の産経新聞に真珠湾攻撃から76年と下記の記事がありました。



日本によるハワイの真珠湾攻撃から8日で76年。英国立公文書館が所蔵するウィンストン・チャーチル英首相とフランクリン・ルーズベルト米大統領の往復電報によれば、ルーズベルトが開戦13日前に日本の「軍事行動」を予測していたことがうかがえる。チャーチルも返電で対日譲歩に反対し、ルーズベルトが日本に最後通告の「ハル・ノート」を提示した後の開戦直前に米英合同で事実上の“宣戦布告”を呼び掛けていた。米英指導者は戦争回避より先制攻撃するように日本を追い詰め、開戦へと誘導したとの見方が専門家から改めて示されている。
(平成29年12月8日 産経新聞)より



これはもう前から解っていた事で、アメリカが欧州戦線に参戦したいが、アメリカ国民が反対していたので、アメリカ国民を戦争にむかせるように、日本を怒らせ開戦させる為にこれでも怒らないか、各、と(ハルノート)を日本に迫り、結局、日本国民もマスコミもさすがに我慢しきれなく開戦となったのである。その時天皇陛下は戦争に反対されました。その事を谷口雅春 著  「古事記と現代の預言」に書いてありますので下記に、



◯ 天皇杉山大將を叱咤し給う



"九月五日――天皇は永野と杉山陸軍参謀總長とを呼んで、「一に戰爭、二に外交という様子だが、日米が開戰したら、どのくらいで片づくか?」と、杉山にたずねた。



杉山が、「南洋方面だけで、三カ月ぐらいです」と答えると、天皇は、「お前は支那事變勃發のときの陸相で、そのときも一カ月ぐらいで片づくといった。が、四カ月たっても片づかないでは な い か」と詰問。恐れいった杉山が、「何分、支那は奥地が廣いので」と釈明すると、天皇は、「大平洋はなお廣いではないか」と、杉山を叱った――というようなことがあったにもかかわらず、



東條たちは開戰論をとって譲らなかった。……十月十二日近衛首相の私邸――荻外荘に、東條、及川、豊田、鈴木氏が集まった。東條は「支那からの撤兵は譲れない、陸軍の生命だ」という意見だった。及川海相は、陸軍と正面衝突を避けるために、「總理一任」といって、反對といわなかった。豊田外相は「交渉が決裂しても武力行動は不可」と考えていた。



この會議のあとで、豊田氏は「東條によく話してこい」というので、たしか十四日の夜だったと思うが、折からの仲秋の名月、夜おそく、私は東條をたずねた。「撤兵したっていいじゃないか」というと、東條は、「支那駐兵は一番大事なものだ。男子のキンタマ」と言って譲らなかった……こうして、ついに十月十四日の閣議で、豊田外相と東條陸相とが衝突し、収拾がつかなくて近衛は内閣を投げ出してしまった。そして十月十八日東條内閣が誕生した。"



それは天羽英二氏の回顧談でありますが、恰度、この直前のことだったのだろう。近衛公の内命を受けて、民間外交の平和工作を行うために紫雲荘の橋本徹馬氏と久保久治氏とがアメリカに旅立ってアメリカの有力者と話し合って、相互に平和を維持するために、これ以上、アメリカが日本を刺戟しないように愼重に行動して貰うように懇談して廻ったのであった。そして日本へ帰って來ると、東條内閣の憲兵隊につかまって橋本氏は監禁された、当時、平和運動工作者は國策に反くものとして、厳重に拘束されたのであります。

中略……



橋本徹馬さんは憲兵隊から釈放されて帰って來られた時に、久保久治さんと一緒に私の宅にやって來られて、その時の事情を報告して御禮をいわれたのであります。以上の話はその時の私の記憶によるものであります。

ともかく、そういう状態で、東條内閣の出現と共に、急角度で、戰爭せねばならぬように情勢が展開して往ったのであります。



だから、天皇陛下だけが、



よもの海みなはらからと思ふ世に
など波風のたちさわぐらむ



と、明治天皇の御歌を朗詠なさって戰爭は嫌いだと言われても、アメリカから「日本軍は支那全土から撤兵すべし。満州からも軍隊と警察をひけ」というハル・ノートが來るに及んで、満州國をやめて後退することのできない日本は、アメリカをたたくより他に、日本を救う血路はないのだと結論するより仕方のないような、もうギリギリの線に來てしまったのであります。



併し、今から考えて見ると、それはアメリカが悪いのでも、日本の軍閥が悪いという訳にもゆかんのであります。



つづく

天皇陛下  ・ 日本国家の素晴らしさを書いています!
今こそ中国を知らなければならない



◆根強い「パクス・ペキーナ」の思想


―中国は、わが国の領土である尖閣諸島に公船を毎日派遣したり、日中両国の排他的経水域となっている東シナ海でガス田調査を行うなど、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に海洋侵出をはかっていますが、どのようにお考えですか。


高木

中国は、自ら4千年、5千年の歴史と称していますが、民族の本質は何ら変わっていません。彼らの特徴は「中華思想」にあります。一言でいえば、「世界の中心は自分たちだ」という考えです。



私たち日本人は、公的な基準にもとづいていろいろ考察しますが、彼らにとって国際基準はまったく関係ありません。あくまで自分たちが価値判断の中心なのです。


そのため彼らは「パクス・ペキーナ」を唱えます「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)という言葉があります。これは、ローマ帝国の支配下における平和という意味です。



その考え方とは、世界にどうして戦争が起きるかといえば、それは国家があるからであり、すべての国がローマ帝国に統一されれば戦争はなくなる、というものです。それと同様に、中国人は「パクス・ペキーナ」といって中国(北京政府)を中心とした平和を唱えているのです。



南シナ海の領有権問題についても、国際司法裁判所が「中国の主権を認めない」という判決を出しましたが、その判決ですら「そんなものは紙クズだ」と撥(は)ね付(つ)けています。決めるのは中国人なんだと、平気で言うわけです。


要するに、自分たちはアジアの盟主(めいしゅ)であって、決めるのは自分たちだと思っている。善いか悪いかの決定権は、自分たち中国人にあると。そういうところは昔も今も全然変わっていないのです。


また中国人は、日本人と違って、“本音”“建前”は別です。“口”と“心”は別なのです。そのことを「口是心非」と言います。口では「イエス」と言っても心は「ノ―」である。つまり、建前と本音は別で、絶対に本音は言いません。



本音を言ったら政治的に危ないからです。これが、彼らの歴史を通しての生きる知恵なのです。民衆は、中央政府を絶対に信用しません。


中国の歴史を通じて、上層の人間は下層の人間を常に搾取(さくしゅ)してきました。だから民衆は、口では「ハイハイ」と言いながら、腹の中では絶対信用していないのです。


いま、中国人が盛んに日本に買い物に来ています。「爆買い」ですね。日本製品は絶対に間違いがないし、日本人は信用できるからです。


日本の店はどこに行っても商品に値段があって、100円のものは誰が買っても100円です。日本人でも外国人でも同じです。600円のコーヒーならば、誰が飲んでも600円です。


ところが、中国ではそうではない。相手を見て、100円の物でも千円にふっかけたりする。値段がないのです、それで日本人は、千円にふっかけられたものを値切って500円に負けさせ、「ああ儲かった」と喜んでいるけれども、実は100円だったりするのです。100円の物を、英語をしゃべる外国人は千円、日本人は500円と、平気でするわけです。これが中国です。



これではいつまで経っても近代国家にはなれません、近代国家で大事なことは、「一物一価」です。ーつの物に値段はーつ。



誰が買っても100円の物は100円ということです。ところが、中国にはそうした伝統がない。


相手を見て値段を付ける。約東は破っても平気。「悪いのはお前だ」と言って、デイベート(討論)をすれば、論争のうまい方が勝つのです。


本人とは合わない気質で、中国人のそういうところは絶対に直りません。


つづく


静岡県立大学名誉教授  高木 桂藏 
特別インタビュー より 掲載





◎  日本を守る者は日本人以外にいない



◯ 自分の国は自分で守る気概



軍備は必ずしも戦争のためのものではなく、国家の威厳の象徴であり、人間に侵入する微生物を自然に殺菌するための白血球が生理的に存在する如く、国家が生きた有機体としてあるといふことを、これまでもたびたび説いて来たのである。



「国際紛争には武力を用いない」と日本国憲法が、日本国の自主的人格的行動を自縄自縛しているからである。



国家が「生きた人格」として独立した生命的存在であるためには、自己の生命的存在をおびやかすものがあるならば、時に応じ、処に応じ、相手に応じて自由自在に反撃できる権威と実力とをもたなければならないのである。



反日国への反撃には、勿論一定の危険が伴う。



しかし、それが極楽ならざるこの世の現実に他ならない。



反撃しなければ事無きを得ると考へるのは、重大に進行する病気の手術をただ徒に回避するに等しい。



「外堀を埋めたら許してやる」と言う徳川家康の和平案に従った、豊臣秀頼率いる一族・郎党が、如何なる運命を辿ったか。



政治的折衝といふものは、さういふものである。



それが分からずに、馬鹿の一つ覚えの平和ばかりを唱へてゐる政治家は、「イソップ物語」に出てくる山羊か羊の類であって、政治家の名には到底値しない。



この期に及んで、未だに「本当の心からの謝罪と補償を…」 等と公言して憚らない政治家は、マキャヴェッリの「君主論」それが難解と言うなら、せめて「イソップ物語」でも腰を据えて熟読すべきであらう。



我々一億日本国民は、お人好しの山羊か羊でしかない、使命感無き、善人、政治家に身を委ねて、狡猾獰猛な狐や狼の餌食になる訳には行かないからである


つづく

谷口雅春  著
「限りなく日本をを愛す」より


注:  随分、前だが、外交関係の人から聞いたことがるが、当時のソ連(ロシア)と交渉していたら、じゃあ戦争しようか?と言ってくるようである。これが現実である。核を持たなくても来たらやるぞという気概と最低の軍備は必要である。それがなければいじめられるだけである。いじめられて黙っていると周りも誰も助けなくなるだろう。



◯ 余く逆転した人種の立場


香港に住んでいたイギリス人やユーラシア人は、驚天動地の出来事に狼狽した。



無敵のはずだったイギリス軍は、あっという間に日本軍に降伏してしまった。



ここでも、映画『猿の惑星』の世界が現実として起ったことに、白人たちは恐怖のどん底につき落とされた。



有色人種を自分たちが扱ってきたかを思い起こすと、その立場が逆転することにパニツクとなった。



『人種戦争』の記述では、日本軍が捕虜にした白人たちを、「市内引き回し」にした様子も描かれている。



それまで居丈高に、傲慢な態度や振る舞いをしていた白人の支配者たちが、縄に繋がれた猿のように、怯え、隷属していた。



その様子を見た中国人たちの態度は、一変した。



白人に媚びる黒人「アンクル・トム」同様だった中国人が、白人を見下すようになり、白人の言うことには從わなくなった。



白人の女性たちにも、同様の変化が起こっていた。それまで強いと思っていた白人男性が、黄色い小人に指図され、從う姿を見た白人女性は、あろうことか日本人将兵に恋慕するようになっていった。



もちろん、それはサバイバルの必要性からでもあったろうが、人種階層の逆転劇が起こっていた。




中国人にとって日本軍は、白人による搾取と奴隸扱いから自分たちを解放してくれる「救世主」だったのだ。



大東亜戦争は日本が勝った
ヘンリー・s・ストークス  著 より


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