蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

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 ついていない。
 
 今日から冬休みだというのに、朝から冷たい雨が降っている。
 
 天気予報によると、雨はお昼頃から雪に変わるという。
 
 ますます、ついていない。
 
 俺はため息を吐き、再び朝のニュースをぼんやりと眺める。
 
 テレビの中では中高年に人気沸騰中の女性天気予報士が、

『今日から冬休みはいる学生さん。お天気は明日から回復しますよ。今日一日は残念なお天気ですけれど

我慢してくださいね』
 
 などと、くだらないことを笑顔で言っている。
 
 あんたは、本気でそんな事を言っているのか? 

「何事もスタートが肝心。って習わなかったのか? 冬休み初日からケチが付いたのに、笑顔で「ねっ」

はないだろう」
 
 俺はテレビ画面に文句を投げつけてから、手近にあったリモコンでチャンネルを変えまくる。
 
 お堅いニュース、株式情報、外国語を喋り捲る外国人と日本人アシスタント、子供向けのアニメ番組、

全国各地のアナウンサーの中継を混ぜつつ様々な話題を提供する情報番組。

 朝の時間帯は様々な番組を放送しているのは知っていたが、ゆっくり観るのは初めてだ。

 感想から言えば、つまらない。

 雨の不快指数も手伝っているかもしれないが、最悪だ。

 俺は再びため息を吐き、テレビを消した。

「一城(かずしろ)。テレビを消すな、時間が分からなくなるだろ」

 背後のテーブルで朝食の支度をしていた親父から、不満そうな声が飛んできた。

 親父は朝のテレビ番組を、時計代わりに使用する。

「台所の時計で、時間を確認しろよ」

 俺は寝転がっていたソファーから上体だけを起こし、親父に顔を向ける。

 白いエプロン姿の親父は、眉間に皺を寄せている。

「何を言う。時間を正確に知ろうと思えば、テレビが一番だ。その上、今時のニュースは朝刊記事をピッ

クアップして読んでくれるから一石二鳥だ。さぁ、分かったらサッサとさっきのチャンネルに合わせろ。

それが出来たら飯だ」

 親父が鍋の蓋を振り回しながら、台所へ戻っていく。

 その後ろ姿に、俺は肩を竦めた。

「何が正確な時間だ。何が一石二鳥だ。女子アナ好きの、だだの親父が何をぬかしやがる」

 不平を言いつつ、テレビの電源をもう一度入れチャンネルを合わせる。

 画面に丸顔で造りの可愛らしい女子アナが、笑顔でたどたどしく喋っていた。

 この番組のアシスタントに抜擢されて、そろそろ十ヶ月になるはずだ。

 少しも成長しているのを感じないのは、俺だけだろうか?

 俺はテレビの上にある写真立てへ、顔を向ける。

 そこには、一人の女性がロココ調の椅子へ腰掛け微笑んでいる。

 女子アナなど目じゃない美人だ。

 何を隠そう、彼女は俺のおふくろだ。

 背景にバラを飾ったら、一枚の名画になりそうだ。

 おふくろは、俺が三歳の時に、あの世へ旅立った。

 生まれつき体の弱い人で、俺を生んでからというものその弱さがますます酷くなったそうだ。

 俺の中のおふくろは、いつも白くて四角い部屋の殺風景なベットの上で微笑んでいる。

 友達の母親のように石鹸の匂いはしなかった。

 おふくろは消毒薬の匂いのする両腕で、俺をぎゅっと抱き締めてくれていた。

 口数は少なく声は忘れてしまったが、心をホッとさせてくれる笑顔だけはよく覚えている。

 たった一枚。

 我が家に残るおふくろの写真に、俺は二ヤリと笑いかける。

「どう思います? 御宅のだんな、今は女子アナブームですよ。中年親父が、若い子を鑑賞する姿は?」

 この問い掛けに、当たり前だがおふくろは微笑んでいるだけだ。

 いつもと変わらない笑顔なのに、

「大丈夫よ。彼は私を一番愛してくれているから。少しも心配にならないわ」

 と言われている気がしてきた。

「う〜ん」

 さすがに、俺も脱帽だ。

 一生、誰もこの写真の彼女に勝つ事は出来ないことを改めて思ってしまった。

「恐れ入りました」

 俺は写真に頭を下げ敗北を認めると、立ち上がり食卓へと向かった。

 おふくろが亡くなる前から、食事の支度は親父の仕事だった。

 今朝の食卓は、真っ白い御飯、ワカメと豆腐の味噌汁、焼塩鮭、漬物、厚焼き玉子、海苔。

 これぞ『日本の食卓!』だ。

 俺は食卓の席に着き、親父の着席を待つ。

 親父がフリフリエプロンを外し着席すると、大の男が二人で合掌。

(これを行なわないと食べてはいけないルールがあるのだ)

 我が家の食卓が始まった。

 
 食事の間に、俺の事を紹介しよう。

 名前は、三雲一城。

 名前は「いっき」でも「かずき」でもない。

 一国一城の主になれるぐらい度量のでかい男になるように、親父とおふくろが必死に考えてくれた名前

だ。

 現在高校三年生。

 季節的には大学入試の勉強で必死になっている時期だが、俺は十二月早々に進学先の推薦枠にもぐりこ

むことに成功した。

 この冬休みは、悠々自適な学生身分といったところだ。

 身体的特徴。

 身長は平均値より十センチオーバー。

 体重は反対に三キロダウン。

 容姿は親父に言わせると、

「奈々緒さんによく似ている」

 らしいが(ちなみに奈々緒は、おふくろの名前だ)、俺はおふくろより男らしい造りだと信じている。

 成績は上。

 得意科目は理数系で、将来はロボットを造る現場に行けたらいいと思っている。

 趣味は空と空の写真集を眺めること。

 ただし、自分では決して空の写真は撮らない。

 理由は簡単。

 ヘタクソなのだ。

 以前、心に残る空に出合った時、手持ちのデジカメへ納めたのだが、まるで別物になっていた。

 それ以来、空の写真は撮っていない。

 性格を自己分析すれば、聞き役に回る方だ。

 ゲームや流行物は友達と話しを合わせる程度の知識しかないし、率先してやろうとは思わない。

 そのような時間があるならば、空や空の写真集を眺めていたほうが何倍も有効だ。

 それでも友達はいるし、全員気の合う奴ばかりだ。

 中でも渡は小学校からの腐れ縁で、とりあえず俺の親友という席に収まっている。

 どんな奴かと言えば……

「空を追い続けるような一城は、彼女を作らず空と恋でもしていなよ」

 そんなことを笑顔で言う失礼な奴だ。

 空と彼女の分別くらい、俺だって最低限理解している。

 空は自然。

 彼女は女性。

 まるで別物ではないか。

 俺の見解に渡は微笑んでいたが、あの笑みは何を意味しているのか俺には未だに解らない。


「…………」

 朝からくだらない事を思い出し、自然と眉間に皺が寄る。

 難しい顔で食事を進めていると、

「なぁ、一城」

 不意に親父が声をかけてきた。

「なんだよ」

 顔を上げると、正面には真摯な表情の親父が姿勢を正して俺を見詰めている。

 真剣さを感じ、箸の動きがピタリと止まる。

「もう一度聞くが、本当に頼んでも平気か?」

 俺は、本日何度目かのため息を吐いた。

 決まったことに、親父はまだ不安がっていた。

 俺は全然OK大丈夫だというのに。

「平気だ。親父は、心配せずに出張へ行けよ」

 親父に安心を促すため、俺は二ヤリと笑った。

 しかし、親父の顔色は優れない。

 さて、どうしたものか?


 親父が何をそんなに心配しているかというとだ。

 俺の二週間限定のプチ一人暮らし、ではない。

 親父は今日から二週間の出張。

 大学の推薦枠に納まっている俺は、一人暮らしを満喫する予定だ。

 親父も俺の一人暮らしについては、異議申し立てをしなかった。

 のだが…。

 三日前の事だ。

 親父宛の手紙届いてから事態は一変してしまった。

 親父の趣味は、バラ園作り。

 おふくろの大好きなバラを、今でもせっせと育て続けいる。

 命日と誕生日には百本のバラを(全て棘は除去済みだ)、おふくろの写真に捧げている。

 手紙は親父のバラ作り仲間から。

 なんでも新種のバラが出来たから、苗を送るというのだ。

 バラが届くのが、残念なことに今日だったりする。

 親父は新種のバラを拝めず、二週間も仕事に打ち込まなければならない。

 俺は二週間、バラの世話をしなければならない。

 親父が不安になっているのは、まさにそこだ。

 世話の方法を嫌になるまで教えてもらったのに、親父はまだグチグチ言っている。

「世話の方法は、解っている。教えた通りにやればいいんだろ? 大丈夫なんだろ? そのブルーなんと

かっていうバラは」

「ブループラネットだ。それでもな…」

 子離れ出来ない親ほど厄介なものはないと誰かが言っていたが、バラ離れ出来ない親父も厄介だ。

「少しは息子を信用しろよ。それに、渡も手伝ってくれるから心配ないって」

「そうか、そうだよな。信用も必要だな。それに、渡君がついているから安心だ」

 親父が、安堵の息を吐く。

 やっと諦めてくれたのはいいが、俺は納得いかない。

 息子より渡を信用するって、親としてどうよ?

 ?マーク付きで、親父を見やる。

 親父は不安や心配など消えた清々しい表情で、朝食を喰っている。

 俺は小さく舌打ちし、残りの朝食を平らげた。
                                     

閉じる コメント(4)

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こちらから読ませていただきます。一城さんのキャラがすごく好きです。話の中で、お母さんに話しかける場面も微笑んでしまいました(^^) これからどんな話になっていくのか楽しみです

2007/5/14(月) 午後 8:24 hachi

〈hachiさん〉ありがとうございます。楽しんでもらえると嬉しいです。

2007/5/14(月) 午後 9:27 [ 三日月 ]

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はじめまして。hachiさん(貴女としてはちぃちゃんというのかしら?)のとこから来ました。あっ、はっちんもここから読んでるんだね。うんうん。僕も登場人物が好きになりました。一城さんもいいけれど、その父もいいねっ!そしてなにより、食事の前の合掌。これ、かなりポイント高いです。手を挙げて賛同します。はいっ!!

2008/2/25(月) 午後 5:33 [ 一有 ]

〈kazuさん〉はじめまして(>▽<)! はい、わが類友のちぃちゃん経由なのですね。大歓迎でございます。
おおー、この未熟者の小説を読んでくださったのですか!
ありがとうございます!
登場人物を好きになっていただけて嬉しいっす。これから、一城さんは、頑張ります。ぜひとも応援してやってください。
食事前の合掌は、やはり大切ですよね。三日月も手を挙げて賛同します。

2008/2/26(火) 午前 0:21 [ 三日月 ]


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