蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

夏華少年

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hachiさんのイラストとコラボしました。
うへへ……、嬉しいな。
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夏華少年 その15

 道なき山の斜面を俺は駆け上がる。

 壁は元に戻っていて、こちからは入れない仕組みだったらしい。

 だから、俺は山の斜面を駆け上がり続けているのだ。


 月の傾きが大きくなった頃、学園の見慣れたレンガ造りの壁まで辿り着いた。

 脱走するため熟知した壁の一部を、俺は思い切り蹴った。

 壁は老朽化でもろくなっており、蹴っただけで崩れるのだ。

 急いでなければレンガを元に戻すが、今は緊急事態だ。

 崩れて出来た穴から潜りこむと、俺は庭園へ走り出した。

 庭園では、オハナさんが元に戻したアシダンセラの中心で佇み、白み始めた空を見つめ

ていた。

 オハナさんの全身が透けている。

 俺は酷くうろたえ、オハナさんの前へ飛び出した。

 オハナさんは、俺の登場に本気で驚いていた。

 いつもニコニコしている目が、大きく見開かれている。

 まるでゆうれいでも見ているかのような顔付きだ。

 俺はアシダンセラを踏まないように、オハナさんへ近付いた。

 目が合うと、俺は二ヤリと笑った。

「ど、ど、どうしたんだい?」

「忘れ物をしたんだ」

「えっ?」

 意味が解らないらしく、オハナさんはキョトリとしている。

 俺は、また一歩オハナさんに近付いた。

「俺に憑いている、ノー天気なゆうれいを置いてきちまった」

 手を差し伸べると、オハナさんは大きく見開いたままの目から大粒の涙をこぼした。

 その涙が、どんな高価な宝石よりも綺麗に見えた。




 オハナさんの家庭環境は、ドラマやマンガでありがちなものだった。

 父親は一代で財を成した成り上がり。

 母親は落ち目の華族のお嬢様。

 2人は出会い、お互いの利害関係が一致して夫婦になった。

 父親は自分に足りない地位を手に入れるため。

 母親は失った華やかさを取り戻すため。

 だから、家族という形態を取っていても全て偽りなのだそうだ。

 外では夫婦らしく振舞っても、後は2人とも別々の方向を向いている。

 温かみなどない家庭。

 財と地位を手に入れた父親の目は、今度オハナさんに向けられた。

 父親に逆らうことは許されず、オハナさんは今より厳しい規則で縛られ、当時から有名

進学校だった北斗学園へ放り込まれたそうだ。

「僕はここにくるつもりなど少しもなかった。夢も希望もなかったし、やりたいこともな

かった。父の命令をきくのも嫌いだった。でもしがみつくほど好きな家でもなかったか

ら、僕は学園へきた」

 淡々と語るオハナさんは、まだ宙に浮いたままだった。

 俺はオハナさんを見上げたまま、ジッと動かずにいた。

 学園は家ほど嫌いな場所ではなかったが、興味を惹くほど素晴らしい場所ではなかった

そうだ。退屈で、生きながら死んでいく感覚が毎日、オハナさんを襲っていたそうだ。

 その感覚が、俺にはいまいち解らなかった。

「どうすれば逃げ出せるだろう? 父は力を持っていたから、ただ逃げただけでは直ぐに

見つかり学園に逆戻りだ。その方法を考えるだけをしていた僕の前に彼は現れた」

 オハナさんの言う彼とは、学園にやってきた修復師。

 由緒正しき歴史を持つ学園の建築物を、直しにやってきたそうだ。

 彼は自分の仕事の合間に、様々なカラクリを作り生徒たちに喜ばれていた。

 勉強と規律と礼儀作法だけを教え込まれる生活に、誰もが窮屈を感じていたからなのだ

ろう。彼の人気は、あっという間に学園中に浸透した。

「そんな彼を、僕は利用することを考えたのさ。僕は父親の理不尽な命令により学園に監

禁された。本当は外でやりたいことがある。そのために、ここを抜け出すのに協力してほ

しいと……迫真の演技で彼に迫ったのさ。彼は一瞬戸惑ったけれど、最後は僕の願いを叶

えてくれると約束してくれた」

 その時、実験的に作ったカラクリで地下通路を許可なく作った事を彼はオハナさんだけ

に教えたそうだ。

 それを使って逃げればいいとも、教えてくれたそうだ。

 どうしてそんなものを作ったのか?

 その問いに、彼は子供みたいに笑ったそうだ。

 何年か先、誰かが見つけてビックリする姿を思い浮かべるのが楽しいからと答えた。

 オハナさんは、呆れたそうだ。だが、彼の素直さを憎む事が出来なかった。

 だから、彼の提案を受け入れた。

 彼はまだ仕事が残っていて、一緒に行く事は出来ないが、ここを脱出したら彼の家族の

ところに一時的に隠れていいといってくれた。

 ただ逃げただけでは、路頭に迷うだけだと、本気で心配してくれた。

 オハナさんは、彼の親切を全て利用した。

 通路が完成し、彼は扉を隠すようにアシダンセラを植えた。

 彼は、この花が一番好きだと教えてくれた。

 彼の奥さんに告白の時、贈った花とも教えてくれた。

 花を植えたのは、みんなが幸せになってほしいと願ったから。

 でも、植えてしまえば使えない。

 訴えると、

『君が出て行くときは、私が扉を魔法で開けてあげよう』

 彼はそう言ってオハナさんの頭を優しく撫でてくれたそうだ。


 オハナさんが、不意に唇を強く噛んだ。


「初めて受けた優しさを、僕は素直に受け取ることができなかった。幸せな彼、疑う事を

しらない彼、僕にないモノ、僕が手に入れることが出来ないモノを、彼は持っていた。僕

は、そんな彼に初めて嫉妬という感情を抱いた。そんな感情を抱いているとは知らない彼

は、僕に言ったのさ。

『アシダンセラの花言葉を知っているかな?』
 
 僕は調べて知っていたが、黙っていた。

『純粋な愛。私より君にピッタリな言葉だ』

 恥ずかしげもなく、彼はその言葉を口にした。

 その瞬間、僕の中に新たな感情が生まれた。

 少しだけ意地悪をする感情だ。

 完成した地下通路を使う日どりを、僕は雨の日にした。

 大雨の日の方が、捕まりにくいとか、逃げやすいとか、嘘を言ったのさ。

 彼は疑わなかった。

 固く約束を交わし……僕は行かなかった。

 それなのに、彼はずっと待っていた……僕が来るのを雨の中ずっと待っていた……」

 オハナさんが、宙から落ちてきた。

 そして、力なくしゃがみこんだ。

 頭を抱え、搾り出すような声で言ったのだ。

「彼は死んだのさ。元々丈夫な人ではなくてね、雨に濡れすぎると肺炎を起こすからとか

かりつけの医師から強く言われていたそうだ。夏でも、あの日の雨は冷たかった。今でも

覚えているよ、あの冷たさは」

 オハナさんの手が震えていた。

 辛いのだろうが、俺にはかける言葉が見つからない。

 だから、黙り続けていた。

「人の命を儚いという人がいるけれど、僕はそんなのは信じていなかった。でも、それが

本当で、怖くて、僕は学園の寮の部屋に逃げ込んだのさ」

 誰にも会わないオハナさん。

 それを心配したのは、生徒でも先生でも両親でもなかった。

 彼の奥さんだった。

 彼は週一で奥さんに手紙を書いていた。



 可愛い弟が出来たみたいだ。

 奥さんに会わせたい。

 きっと、仲良くなれるよ。

 素直で優しい、アシダンセラのような少年だ。



「奥さんの見せてくれた手紙にを読んで、僕は胸が苦しくなった。そして、涙が止まらな

かった。僕のくだらない子供っぽい嫉妬が、彼と彼の奥さんの幸せを奪った。それさえ怖

くて告白できない僕を、何も知らない奥さんは励まし続けてくれた」


 最後に奥さんは、オハナさんの耳にアシダンセラの花を飾ってくれたそうだ。

『失礼かとおもったけれど、あなたに会ったら絶対にしてあげようと思っていたの。よく

似合うわ』

 そう言って奥さんは、終始笑顔で帰っていったそうだ。

 オハナさんは、自分のしでかした事の重さに耐え切れず、それさえからも逃れたくて、

花の中で消えてしまいたいと強く願ったそうだ。気付いたら、オハナさんはゆうれいにな

ってアシダンセラで佇んでいたそうだ。

 全てを話し終えたオハナさんは、最後に小さく呟いた。

「花を守る事は、罪滅ぼしだ」

 と……。


 花を見れば辛いだろうに、オハナさんは守り続けている。

 成仏の仕方を忘れたわけでなく、しないだけなのだ。

 真実を知り、俺の胸は痛くなる。

 このまま、永遠に救われないのだろか?

 誰かが十分頑張ったから成仏しろと言っても、オハナさんは花を守り続けるのだろう。

 この辛さを、俺が少しでも引き受ける事は無理なのだろうか?

 オハナさんには、泣き顔より笑顔でいてもらいたい。

 本気で思った。

「顔、上げろよ」

 俺の声に素直に従い、オハナさんが顔を上げてくれた。

 泣きはらした顔だ。

 綺麗な顔が台無しだ。

 俺はクスクス笑ってから、オハナさんにもう一度、手を差し伸べた。

 キョトリとするオハナさんに、俺は満面の笑みを浮かべた。

「憑いたのなら、最後まで、きちんと憑いてろよ。途中で放棄するなんて、ゆうれいのか

ざかみにもおけん」

「君は……」

「君じゃねー。俺はアキラだ。間違えんな。それから、脱走はしねー。上田や蒼はかなり

個性的だが嫌いじゃねーから。それに、こんな泣き虫を置いていけるわけないだろ。アシ

ダンセラ、一緒に守ってやるよ」

 俺は気持ちを言葉にした。

 オハナさんは、また泣き出した。

 こんな泣き虫なゆうれいは初めてだ。

 手を触れることは出来ないから、俺はオハナさんの頭を優しく撫でる仕草をした。



 そんなこんなで、俺の脱走は終了した。

 勝負に負けて、俺は上田にこき使われている。

 蒼は上田の愛人とか言っているくせに、相変わらず俺にべたべたしてくる。

 理由を尋ねたら、上田にヤキモチを焼かせる作戦だといった。

 その作戦、絶対に成功しないと思うぞ。

 オハナさんは、相変わらず楽しそうに笑っている。

 アシダンセラの花が枯れても、オハナさんは消えなかった。

 その事に、生徒は驚いていたが、ここの奴らは順応性が高いらしい。

 直ぐに、事実を受け入れた。

 まぁ、オハナさんの人徳(?)もあるのだろうけどな。

 あと1年と少しで、俺は学園を卒業する。

 するが、オハナさんと交わした約束を守るため俺は必ず戻ってくる。

 上田に山ほどの雑用を言いつけられ、サクサクこなす俺の横にオハナさんがやってき

て、こんなことを言った。

「花言葉をしっているかい?」

 俺は「YES」と答える。

 アシダンセラの花言葉。

 それは、『純粋な愛』

 オハナさんにはピッタリな花言葉だ。

                              おわり

 

 

 

  
 
 

 

 



 

 

 


 

 
 

 

 


 


 



















 

 

夏華少年 その14

 ジャスト0時。

 学園のあちこちの建物で、警報機が鳴り出した。

 それは手始めで、奴があちこちでポルターガイスト現象を起こしまくる。

 それから奴の指示で作った手製の発炎筒が発動し、学園の建物以外の場所を煙が支配し

ていく。

 これぐらいで上田が、慌てるわけないのは解っている。

 この騒動は上田以外、学園に残っている人間を慌てさせるのが目的なのだ。

 慌てれば、みんな沈着冷静な上田に対処を求めに押し寄せる。

 上田がそちらに時間を割いている間が、俺の勝負の時なのだ。

 騒ぎが起こりだす。

 俺はタイミングを計って、窓から外へ飛びだした。

 真っ直ぐ、アシダンセラの庭園には向かわない。

 奴の指示にしたがい、一番怪しまれないルートを俺は必死に走り続ける。

 学園の喧騒が、次第に遠くになっていく。

 変わりに俺には自由が近付いてくる。

 数分後、庭園に辿り着いた。

 奴はアシダンセラの真ん中で、フワフワ浮いていた。

 俺の到着に気付くと、奴はこちらを向いた。

「時間通りだ。さぁ、早くこっちへおいで」

 奴は、そう言い小さく微笑んだ。

 今宵の月は、破鏡の月。

 破鏡とは満月でなく、片割れ月の別名だ。

 これは、奴が教えてくれた。 
 
 その月の光に照らされた、奴はアシダンセラと一緒に輝いていた。

 どこか儚げで、どこか神秘的な光景だ。

 スッと差し出された制服の袖へ通してない手が、透けている。

 それを目にした俺は、こいつがこのまま消えてしまうのではないと思った。

 一瞬……嫌な予感がした。

 でも、奴は透けている事など気にしていなのか手を引っ込めようとはしない。

 奴がそういう態度でいるのに、俺がビビッてどうする!

 俺は言われるままアシダンセラを踏まないように進み、奴の前に立つと見上げたのだ。
 
 奴は俺と目が合うと、微笑みを強くした。

 俺と言えば、

「一つ質問してもいいか?」

 この期に及んで問い掛けたのだ。

 奴は嫌な顔一つしない。

「時間がないから、一つだけだよ」

 俺は了承の証として頷いた。

「何故、俺を逃がす? オハナさんにとって得なことなど一つもないだろ?」

「質問が二つだ」

 奴は呟き、愉快げにクスクス笑った。

「君は昔の僕にそっくりなのさ。逃げたくて逃げたくてたまらなかった、あの頃の僕に、

本当、よく似ているよ。僕は結局逃げず、今でもここに止まっているけれど、君は逃げる

べきだ。ここを出て、君の好きな道を進むべきだ」

 そういってから、奴はポルターガイストで一輪のアシダンセラを折ると俺の耳に差した

のだ。

「地下通路は闇の世界だ。君に差したアシダンセラには、月の光をたくさん浴びさせてお

いたよ。花が君を導いてくれるよ。さぁ、早く行くんだ」

 奴が再びポルターガイストを使う。

 今度は、俺の目の前の地面がアシダンセラごと持ち上がった。

 その下から現われたのは、錆びた鉄の扉。

 扉がゆっくり開き、月の光で階段が少しだけ見えた。

 その奥は、奴のいうとおり闇だ。

「There is no time like the present.(現在ほど

の好機はない)」

 奴は俺に綺麗な英語を聞かせてくれた。

 俺は奴に礼を言い、闇の広がる階段を駆け下りた。

 同時に、扉の閉じる音が聞こえ、暗闇に俺は放り出された。

 しかし、俺は騒がない。

 耳にかかるアシダンセラが、暗闇に柔らかな光を灯しているくれているからだ。

 俺は灯りを頼りに、走りだした。

 コケズにいられるのは、地面にレンガが敷き詰められていたからだ。

 人の手によって作られた通路。

 奴は教えてくれなかったが、誰がどんな目的で作ったのか気になった。

 それとも、奴自身が作ったのだろうか?

 そうだとしても、奴はこれを結局使わなかった。

 成仏の仕方を忘れた奴。

 いつもニコニコ笑っていた奴が、アシダンセラの真ん中に佇み、初めて見せた悲しげな

顔。

 その表情が、俺の脳裏から離れない。

 奴は何を悲しんでいる?

 あの顔が本心で、笑っている顔が偽りなのか?

 約束を守り続けるため永遠に縛り付けられているという、蒼の説明通りなのだろうか?

 胸が少しだけ痛んだ。

 俺はこうして救ってもらったというのに……。

 俺は奴を救わずに、今、走り続けている。

 どれほど走っただろうか?

 通路はなくなり、行き止まりとなった。

 俺は戸惑った。

 奴の説明には、そんなことはなかった。

 長い間に、出口が閉じてしまったのだろうか?

 ならば、俺の逃走もここで終了だ。

 かび臭く、ひんやりする通路で、俺は汗だくになりながら口元に薄い笑みを浮かべた。

 やはり好機なんて、存在しないのだ。

 俺は休憩の意味で、行き止まりの壁へ手を付いた。

 壁が少し動いた。

「!?」

 驚いた。

 それから、少しだけ期待した。

 俺は壁を少し押した。

 押しただけ、壁は向こうへ動いた。
 
 どんなカラクリかは知らないが、俺は外の世界へ戻ることが出来る。

 隙間から新鮮な風を感じ、俺は壁をまた押した。

 俺が通れるギリギリの隙間まで、壁は動かなくなった。

 その隙間から、俺は慎重に出る。

 さっきより強く、新鮮な風を感じる。

 俺は疲れも忘れ、走りだした。

 暫くすると、光が見えた。

 俺は光に飛び込むように走り……外へ飛び出した。

 あのイカレタ世界から、逃げ出せる。喜びが俺の心に沸き起こる。

 俺のいるべき世界で、今度こそ間違えず青春を謳歌するのだ。

 そう決意した瞬間、俺は悪態を吐いた。

「ちくしょう!!」

 俺の前に現れた、アシダンセラの群生地。

 それを取り囲む木々たちは、まるでこの群生地を守っているかのように見える。

 守られたアシダンセラたちは、月の光を受けて輝き俺を歓迎してくれていた。

 だが、この歓迎を受けるのは俺じゃない。


 オハナさんだ。


 俺は、来た道を引き返し始めた。


                                つづく

 

 
 




 

 

夏華少年 その13

 ノリと勢いほど、俺にむいてないものはない。

 冷静になって考えて……俺は策士上田に連戦連敗中なのだった。

 負けたら、上田にこき使われる日々が待っている。

 俺は地図を机の上に広げて、頭を抱えた。

「Repentance comes too late.だね」

「?」

 見上げると、ナナメ上で奴が浮遊していた。

 俺は、眉間に皺を寄せた。

 奴は今、なんと言った?

 習っていねーぞ。

 問い掛けると、奴はクスクスと笑った。

「後悔、先に立たず」

「……」

 俺は沈黙。

 現在、そのような状況なのは確かだ。

「アオから聞いたよ。昼休憩の時、付いてくるなというから付いていかなかったけれど。

マコトと勝負するなんて……無理無茶無謀なことをするね。アキラの入部は確実だよ」

 肩を竦めてから、奴はため息を吐いたのだ。

「うるさい! なんとでも言いやがれ」

 俺は奴を睨んでから、地図へ目を戻した。

 しかし、地図を眺めたからといって最善策が浮かぶわけないことを思い知らされただけ

だった。

 再び頭を抱える俺に、奴が声をかけてくる。

「ねぇ、アキラ」

「あんだよ」

「学園のゆうれいとして一言言わせてもらうけれど、マコトと真っ向勝負で脱走しようと

しても無理だよ」

「そんなの嫌っていうほど解っている。真っ向勝負がダメなら、オハナさんみたいに空を

飛べってか? 言っておくが俺は人間だ。人間は自由に空は飛べない生き物だ」

 怒鳴り散らすと、奴はクスクス笑いやがった。

「そんなことは、百も承知さ。だから、マコトの裏をかいて潜るのさ」

「モグル?」

 俺の問い掛けに、奴は悪戯を思いついたガキのような表情で頷いた。

 


「ここには、秘密がいっぱいある」

 と言って、連れていかれたのは奴に初めて会った庭園だ。

「秘密?」

 問い直すと、奴は頷いたのだ。

「踏めば音のでる石段、太陽の光で自動に動く噴水、夏至と冬至の朝日を眺めることの出

来る小窓、天体独り占めできる舞台。それから……もっとたくさんあるのだけど説明しき

れない」

 俺は奴の説明に、どんな言葉を返すべきか悩んだ。

 既に廃墟と化した庭園に、そんな装置があるとは思えない。

 何も言わずにいると、

「全て壊れてしまってね、残ったのは、このアシダンセラだけさ」

 奴は小さく微笑んだのだ。

 俺は、まだ黙ったままだ。

 脱走の方法を教えてくれるというので付いてきたのに、奴の思い出話に付き合うつもり

はない。

 学園に俺を縛り付けるつもりで、邪魔をしているのか?

 それとも真剣な俺をからかって、遊んでいるのか?

 どちらにしても、ムカついてくる。

 俺は奴を睨んだ。

 奴は俺の前までフワリと降りてきて、

「からかいはしないさ」

 と真剣な眼差しを向けてきた。

「僕の計画を聞いて、無理と判断したのなら、この話は終わりだ。他の方法を探してあげ

よう」

 真剣さを通り越して、奴は少し怖かった。

 呪われては困るので、俺は奴から離れて近くにあるボロのベンチへ腰掛けた。

「聞いてやるよ。最善の策なら使うし、ダメなら一緒に考えろ」

「ありがとう」

 奴はいつもの見たいに、微笑んでくれた。

 俺は、奴が元に戻ってホッと胸を撫で下ろした。



「アシダンセラの下には、地下通路への扉があるのさ」

「扉?」

 俺の疑問符に、奴はコクリと頷いた。

「そうさ。扉の向こうの地下通路を進むと、この山の中腹まで簡単にいけるのさ。少し歩

けば山道へ抜けるし、山道からは麓の村が見えるんだよ。時間にして、三十分かそこらで

脱走は完了さ。不都合なのは地下通路に灯りがないだけで、それ以外は最高だ。おススメ

できる方法だけれど、どうかな? アキラ君」

「それ、マジ?」

「そうだよ。ついでを言えば、この扉の存在は僕と……いや、マコトは知らないよ。だか

ら、安心して使えるさ。あと必要とされる事は、マコトをここに寄せ付けないようにする

事だ。それについては、僕が協力してあげよう」

 これは、この方法は……いけるかもしれない。

 希望が見えてきた。

 俺は奴に礼を言った(ゆうれいじゃなけりゃ、抱きついているところだ)。

 奴は「どういたしまして」と言い、微笑んだ。



 次の日から、俺は奴の指示の元、様々なトラップを仕掛けてた。

 上田には見つからないようにするのは一苦労だが、俺はワクワクしていた。

「わっははは」

 俺は笑いながら、午前の予定終了後、奴を探しに建物の外へ出た。

(補習の間、奴はナナメ上にいなかったのだ)


 奴は、アシダンセラの中心に佇んでいた。

 目を閉じ、風を感じているつもりなのか、髪が揺れている。

 奴はゆっくり深呼吸をし、静かに両手を前に出した。

「夏だよ、聞こえるかい?」

 誰かに、話しかけているのか?

 それとも独り言?

 どっちにしろ、脱走していく俺には関係ない。

 俺は大声で呼び、奴はこちらを向いて柔らかく微笑んだ。


 昼休憩の間、俺たちは作戦の最終確認を念入りに行った。

 失敗は許されない。

 失敗は地獄を意味するからだ。

 俺は心を落ち着け、気合いを入れた。


 決行は今夜だ。


                           つづく

夏華少年 その12

 奴の元気がない。

 それに気付いたのは、8月半ば、旧盆の少し前だ。

 いつもみたいに、冗談をいったり、笑ったりする回数が減った。

 勉強をみていてくれても、ボンヤリしていることがある。

 数学の問題の解き方で質問をするが奴からの返答はなく、見上げると奴は窓の外へ視線

を向けているのだ。その顔が少し悲しげに見えるのは、俺の見間違いなのだろうか?

 俺の視線に気付くと、奴はいつもの何を考えているか解らない笑顔を造り何事もなかっ

たかのように勉強を見てくれる。

 変だ。

 明らかに変だ。

 俺の脳裏に成仏という言葉が浮かんだ。

 


「そろそろ、アシダンセラの時期が終わるからな」

 昼休憩中。

 俺は執行部へ行き、上田にストレートに聞いてみた。

 上田は上田で、ストレートに答えてくれた。

 花が枯れれば消える。

 一番初めに受けた教えを反復してくれた。

 さいですか。

 上田は心配などしてなくて、奴が消えるのは年中行事その1程度ぐらいにしか捉えてい

ないのだ。

 そりゃあ、学園に5年も暮していて、奴が登場して消えていくのを5回目撃しているな

ら、当然なのかもしれないが……。

 憑かれている俺としては、どうしても気になってしかたないのだ。

「オハナさんが消えるのが、悲しいのか?」

 上田の問いかけ。

 核心に触れられたみたいで、俺はソッポを向いた。

「オハナさんがそろそろ自発的に消えてくれるのだ。八重樫としては好都合だろ?」

「……」

 それは、そうなのだ。

 上田の言う事はもっともなのだ。

 夜、臨場感たっぷりに、己のポルターガイストを駆使し怪談話をする。

 日曜は、早朝という時間に叩き起こしラジオ体操をさせる。

 口は出すが、手は出さない。

 能力と称するポルターガイストで、俺に物を当てたり、転ばせたりする。

 部屋の荷物を浮かばせて、遊んだり……。

 エロ本を横から覗いたりする(奴は綺麗な女の人のような顔立ちだから、俺か落ち着い

て読んでいられねーんだ)。

「……」

 ロクでもないことばかりが、次から次へと浮かんでは消えていく。

 悲しいなんて気持ちは、一気に吹っ飛んだ。

 そうだ。

 よく考えなくても、奴が消えてくれれば、俺は平穏な日々を取り戻すことが出来るの

だ!

「ふっふっふっ……」

 俺は小さく笑った。

 蒼があんな話をするものだから、同情心が俺をかく乱させたのだ。

 そうと解れば、奴が消えようと成仏しようと、俺には好都合な事実だ。

 心も気持ちも軽くなったところで、俺は執行部から意気揚々と出て行こうとした時だ。

「八重樫」

 上田に呼び止められた。

「なんだよ。礼は言わねーぞ」

 ぶっきらぼうに言い返すと、上田は肩を竦めた。

「別に八重樫から礼の言葉などもらうほど、私は暇ではないし、そんなものは欲しくな

い。間に合っているからな、いろんな意味で」

「じゃあ、どうして呼び止めた?」

 眉根を寄せると、上田は口元に薄い笑みを浮かべた。

「脱走をあきらめたのか? もし、そうならば、私の勝ちだな」

「ぐっ!」

 俺は唇を噛んだ。

 奴が憑いてからというもの(補習もあったが…)、脱走を一度も実行していない。

 あきらめたわけでも、上田に勝ちを譲るつもりもない。

 俺はビシリと上田を指差し、堂々と宣言した。

「明後日。俺は、ここを脱走する! お前には絶対捕まらない!!」

「脱走予告か。なるほど、それは愉快だ。では、そんなに自信があるというのなら、私と

一つ賭けをしないか?」

「賭け?」

「そうだ、この勝負を私と八重樫のタイマン勝負とする。執行部の人間は一人も動かさな

い。受けるか?」 

「もちろんだ!」

 俺は元気に同意した。

「ならば、負けた人間は勝った人間の命令をなんでもきくとしよう」

「いいぞ」

「私は先に言っておく。八重樫が負けたら、脱走を止め執行部へ入部してもらう」

「いいぜ。入部でもなんでもしてやる。だが、勝つのは俺だ!」

 自分を指差し、二ヤリと笑った。

 キマッタな。

                             つづく
 

 

夏華少年 その11

 蒼が呼びつけた黒崎さんと帰ったのは、ジャスト0時。

 運び込んだミニテーブルやイスは、黒崎さんが片付けてくれたので、いつもの殺風景な

部屋に戻った。

 黒崎さんにお礼を言ったら、とても優しく微笑んで「若の事をよろしくお願いします」

と丁寧に挨拶をしてくれた。

 蒼が言わなきゃ、黒崎さんはモデルでも通用しそうだ。

 でも、この人もヤクザなんだ。

 世の中って広すぎる。


 さて、夜中を過ぎても奴は帰ってきてない。

 いつもなら、どうってことないのに、今日は蒼があんなことをいうものだから、気にな

ってしかない。

 帰ってくるまで起きていようかと思ったが、すぐに却下した。

 明日も朝から奉仕活動というなの草取りが待っている。

 俺はベットに入り、夢も見ずに爆睡。


 翌朝、ナナメ上を見上げると奴は帰っていた。

 宙にフワフワ漂い、背中を丸めて子供みたいに眠っていた。

 ゆうれいも眠るんだ。

 新たな発見にニヤケて、俺はジャージに着替えた。

 着替え終え、補習の支度を整えた頃、奴は背伸びをして起きだした。

「ふぁぁぁ。良く寝た。おはよう、アキラ」

「おう、おはよう」

 爽やかな挨拶をされ、つい挨拶をかえしちまったが……。

「????」

 奴は眉間に皺を寄せていた。

 しまったと思った時には、時既に遅し。

「今日のアキラ、変じゃないかい? いつもなら、ウザイとか早く成仏しやがれっていう

のに。何かあったのかい?」

「なんにもねーよ」

 俺は乱暴に返事をすると、カバンを引っつかみ部屋を出た。

 もちろん、奴も憑いてくる。

 当たり前の朝が、今日も始まった。


                              つづく



 


 

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