蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

世界は僕らを待っている♪

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yanaさんの一周年を記念して作りました。
でも、かなり時間が経ってしまったです。
このお話のモトは、yanaさんのイラスト『制服』です。楽しんでいただけると嬉しいです。
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 俺は亜姫の手を、もう一度握った。

 でも、亜姫は隣りには帰ってこなかった。

 亜姫の両親は離婚をする時、亜姫の親である事を放棄したのだ。放棄するにあたり、両

親は亜姫にあの家を与えた。

「手切れ金みたいなものだよ」

 亜姫は平然と言ったが、俺は親子の間でそんなものが存在するのは間違っていると思う

のだ。でも、口にはしなかった。亜姫は何かを割り切っているらしく、思い出の詰まった

家を、不動産屋に売り払ったからだ。

 家はすぐに買い手がついて、亜姫は大学へ進学してもおつりがくるほどの金額を手にし

た。

 岩井先輩の父親の奨学金は丁重に辞退した。

 でも、岩井先輩の妹のカテキョーはやめないので、マンションにそのまま住むことにな

ったのだ。

「ルナちゃんとの約束を破る事は出来ないよ」

 亜姫はニコリと笑ったのだ。

 ルナとは岩井先輩の妹の名前だ。お人形みたいに凄く可愛いと、亜姫は教えてくれた。

 俺と俺の両親としては、同じ家で暮したいと思った。

「亜姫には亜姫の”世界”があって、テッチャンにはテッチャンの”世界”があるんだ

よ。でもね、亜姫の”世界”とテッチャンの”世界”は、二人が手を繋ぐことで、一つ

の”世界”になることもあるの。その”世界”も亜姫は大好きだよ」 

 亜姫の決意を聞いた気がして、俺は何も言えなくなってしまった。

 今もまだ、何かに夢中になりすぎて危なっかしいこともあるけれど、以前に比べてその

回数は減っていた。

 亜姫は自分の事は自分ですると言ったが、御飯だけは毎日食べにきている。


 一緒に住めないなら、一緒に御飯を食べること。


 おふくろの絶対命令が下ったのだ。

 亜姫もおふくろの絶対命令には逆らうことが出来ないらしく、毎日御飯を食べにきてい

る。

 俺は目覚ましが鳴る前に起き出し、制服を着る。

 そして、門のところで自転車でやってくる亜姫を待つのだ。

 おやじのサンダルで表に出る。

 この三日ほど、となりは引越し業者や庭師やホームクリーニングなんかが来ていて騒が

しかった。

 この家を買った新しい主が、昨日、俺の留守中やってきて、おふくろに挨拶をして言っ

たそうだ。

 おふくろ曰く

 『王子様』

 だそうだ。

 女子中学生みたいに、キャッキャはしゃぐおふくろを見て、俺は肩を竦めるだけだ。

 南の制服姿の亜姫が、微かに見えた。

 同時に、隣の家の門が静かに開いた。どうやら、新しい主の登場のようだ。

 どんな奴か見てやろうとして、俺は一瞬固まった。

「岩井先輩?」

 門から出てきたのは、学校一のモテ男。

 おふくろが『王子様』と言った意味が、すげー解った。

 岩井先輩が俺に気付き、爽やか過ぎる笑顔を向けてきた。

「やぁ、一君。おはよう」

「先輩、どうしてここを買ったんですか?」

 挨拶をすっ飛ばし、俺はストレート勝負をした。

 この勝負に、先輩はルール無視の球で勝負をしてきやがったのだ。

「一君、忘れたわけないだろ? 私は君にライバル宣言したはずだよ。彼女……亜姫を絶

対に振り向かせてみせるよ」

「………はぁ?」

 俺はすっとんきょうな声を上げた。

 あの時、亜姫の住所の紙を握らせてくれたとき、肩をポンと叩いた意味は?

 なんだったんだ???

 俺が何も言えず、口をパクパクさせていると、亜姫が到着した。

「あれ? 先輩。おはようございます」

 亜姫はバカ丁寧に挨拶をしたのだ。

「おはよう、木之下さん」

「亜姫でいいですよ。先輩には、色々お世話になったし」

 亜姫はニコリと微笑んだ。

 岩井先輩は面食らった顔しつつも、口を開いた。

「では、改めて。亜姫、おはよう。私の事は義彰と呼んで……」

「はい、おはようございます。で、どうして先輩はここにいるのですか?」

 亜姫は岩井先輩の頼みを、あっさりスルーした。

 岩井先輩が少しガッカリした顔をしていた。なんかいい気味だ。

 岩井先輩がガッカリしている間に、俺が説明してやる。

「岩井先輩が、亜姫の家を買ったんだと」

「へー、そうなんだ。売っちゃった私がいうのもなんですが、大切にしてくださいね」

 亜姫が岩井先輩へニコリと笑いかけた。

 岩井先輩は復活したらしく、微笑み返した。

「大切にするよ。亜姫は自分の家だと思って、帰ってきていいんだよ」

「それは、まずありえません」

 亜姫は見事ともいえるストレートを、岩井先輩にぶち込んだ。

 今度こそ岩井先輩は撃沈した。

 ショックのあまり、微動だにしていない。

(亜姫、よくやった)

 俺は心の中でガッツポーズを作った。

 
 玄関のドアが開き、おふくろが登場した。

「亜姫ちゃん、おはよう」

「おばさま、おはようございます」

 亜姫は御辞儀をして、自転車を俺の自転車の隣りへ置くと家の中へ消えていった。

 おふくろは、その後に続くかと思いきや、

「岩井さん、おはようございます」

 岩井先輩へ少女みたいに微笑んだのだ。

 岩井先輩は、爽やかな笑顔で対応。

「おはようございます」

 挨拶をすると、亜姫に続いて家の中へ……。

(はぁ?)

 俺は岩井先輩の後ろ姿に見とれているおふくろの前に立つ。

 おふくろは、あからさまに嫌な顔をした。

 俺は、そんなの気にせず、おふくろに詰め寄る。

「どういうことか、説明を求める」

「あら? 説明していなかった? 岩井さんがね、家庭教師のバイト先を探しているって

いったの。あんたのこと話したら、即刻OKしてくれたのよ。全国模試第1位の現役学生

に勉強をみてもらえるなんて、しあわせ者♪ 格安の料金でね、それじゃあ悪いから、毎

日の食事をつけたのよ」

(なに!?)

 今度は俺が微動だにできなかった。

 呆然とする俺の耳に、家に戻るおふくろの陽気な笑い声が聞こえたが、それにたいする

ツッコミさえ出来なかった。

 俺は動けるようになってから、俺は頭を抱えて叫び声をあげた。

「うだー!!」


 俺を待っている俺の”世界”は、どうやら順風満帆といかないみたいだ。

 だが、亜姫と一緒の”世界”は、今始まったばかりだ。

 失敗もあるが、二人で手を繋いで歩いて行こうと思う。


                              おわり


 

 星見台に、亜姫はいた。

 あの時と同じように星見台に座り、夜空を見上げていた。

 とても小さく見えた。

 俺が近付こうとした……。

「誰にも話したことのない秘密を、教えてあげるよ」

 亜姫が、小さな声で言ったのだ。

 俺は慌てて、近くの木に隠れた。

 一瞬、俺に気付いて、話しかけてきたのかと思った。

 しかし、亜姫の視線は俺ではなく星に向いていた。

 そして、ゆっくりと手を夜空へ伸ばしたのだ。

「アキは初めから解っていたんだよ。アキが、イラナイ子だったことぐらい。だって、マ

マはアキに言ったんだもん。出来たら産んだだけだって……。でもね、アキはパパもママ

も好きだから、側にいたかった。それはアキの夢だったもん。テッチャンがね、夢は見る

ものじゃなくて叶えるものだって教えてくれたから、アキはどうすれば側にいることが出

来るか考えたんだ」

 亜姫は星に伸ばしていた手を、硬く握り締めたんだ。

「パパとママは、自分のお仕事しか見えてないの。二人ともまるで反対の方向を向いてい

るのに、二人は絶対に別れなかった。だから、アキも何かに夢中になれば、パパとママが

側にいていいよっていってくれると思っていた。でもね、何をしたからいいかわかんない

から、思いついたものなんでもやってみたの。でも……パパとママをアキの側にはきてく

れなかった。虹を追いかけたときも、空を掴もうと思って二階から落ちちゃったときも、

怒ってくれたのは、テッチャンのパパとママだった」

 俺は、昔の事を思い出してみた。

 虹を追いかけて迷子になったとき、迎えにきたおやじに二人ともこっぴどく怒られた。

亜姫が涙をこぼしたので俺が亜姫の手を握り「泣くな」と怒鳴ったら、今度は俺一人がお

やじに怒られたのだ。

 二階から飛び降りた時、俺は亜姫の側でオロオロしただけだったのに対し、おふくろは

テキパキと最善の対処を行ったのだ。その時、亜姫が涙をこぼしたので、俺は手を握り

「泣くな」っていったら、俺はおふくろにゲンコをもらったのだ。

(………あんまりいい思い出じゃねー………)

 あの時、亜姫を叱ったのは、俺の両親だった。亜姫の両親はどちらも仕事で、家政婦さ

んが面倒を全て見たのだ。

『大丈夫、痛くないよ。でも、こんなに一生懸命頑張っても夢が叶わない方が痛くて辛い

よ』

 ベットの上で言った亜姫の言葉の意味が、俺は今になってやっと解った。

 亜姫の夢。

 でも、それは……。

「亜姫ちゃんのご両親、離婚したのよ」

 おふくろの言葉が、よみがえる。

 亜姫の夢は、完全に叶わなくなってしまったのだ。

 俺は無力で、亜姫の夢なんて知らなくて……俺は悔しくて唇を噛み締めた。

「アキの夢は、パパとママが家を出た時、消えちゃったの。でも、テッチャンが手を握っ

てくれたから、アキは辛くなかったんだよ。テッチャンは側にいてくれるって約束してく

れた。手も握ってくれるって言ってくれた。アキが無茶しても、テッチャンはいつも側に

ていくれた。安心できてたの。でも……」

 亜姫は手を胸の辺りに置いたのだ。

 そして、ずっと喋りつづけていたのが嘘のように、何も言わなくなってしまった。

 ジッとすること数分。

 亜姫が、キッと星空を睨み付けたのだ。

「ねぇ、教えてよ! アキは何を間違ったの? テッチャンがひとりで出来る事は自分で

しろって言うから、アキは一人で頑張ったよ。うううん、少しだけ手伝ってくれた人がい

たけど、テッチャンに迷惑がかからないようにしたの、泣かなかったよ。でも、テッチャ

ンが怒ったの。側にいてくれるって言ったのに、手を離されちゃったの。ねぇ、教えて

よ。あなたたちが本当に未来を知ることが出来るなら、アキの『”世界”の明日』が、ど

うなっているか教えてよ! 覚悟が必要なんだよ。一人ぼっちになるのには!!」

 急に怒鳴り出して、星見台の床をドンドンとたたき出したのだ。

 俺は隠れていた木から飛び出して、星見台に飛び乗った。

 そして、震える亜姫を後ろから抱き締めた。

「それ以上、何もいうな! それから、泣くな!! 手を一度離しちまった事は謝る。も

し、もう一度、亜姫がいいって言うなら、俺にもう一度、手を握らせてくれ」

 亜姫の震えは小さくなり、コクリと頷いた。

 でも、亜姫は泣き止まなかった。

 俺は亜姫が泣き止むまで、ずっと亜姫を抱き締めた。

 俺よりも華奢な亜姫。

 強く抱き締めると、壊れてしまいそうだったので、俺は優しく亜姫を抱き締め続けた。

                                 つづく

 俺は自転車をこぐ。

 夜風を楽しむ余裕なんてどこにもない。

 ただ一秒でも早く、亜姫のところに辿り着きたかった。

 向かった先は、岩井先輩が教えてくれたマンションだ。

 到着したはいいが、俺は困難に陥った。

 玄関の自動ドアを開けて入ったはいいが、そこで管理人におばさんに呼び止められた。

 女性専用のマンション。

 一生懸命説明するが、おばさんは俺を疑いの目で見たっきり動じようとしない。

「岩井先輩、話を付けておいてくれてもいいじゃねーの」

 ぶつくさ文句を言う俺を、おばさんは上から下までジッと観察を始めたのだ。

「あなた、南高ね」

 制服のままでよかった。

「はい」

「本当に知り合いなの?」

「知り合いも何も、俺の家は、亜姫の家の隣です」

「ああ、あなた」

 おばさんは納得したように頷いてから、前置きなしに俺を指差したのだ(失礼にもほど

がある!)。

「テッチャンね」

「はい……」

「本当、亜姫ちゃんが教えてくれた子に良く似ているわ」

 おばさんは関心(というより興味本位だな、こりゃ)しながから俺を観察して、それか

ら口を開いたのだ。

「亜姫ちゃんなら出かけたわよ」

「どこですか?」

「よく解らないけど……『”世界”の明日』を星に聞いてきますですって。解るかしら」

 『”世界”の明日』と聞いた俺は、目を大きく見開いた。

 俺はおばさんに一礼すると、マンションホールを飛び出し、再び自転車をこぎ始めた。

 
 俺は、なんてバカなんだ。

 今、すげー後悔している。

 俺が亜姫にやったことは絶対にやっちゃいけないことだったのだ。

 やっちまってから、思い出すなんて…。

 俺は自分の限界を無視して、自転車を漕ぎ続けた。

 向かうのは、亜姫が『”世界”の明日』を聞くことが出来る信じている星の下だ。



 小6の夏休み。

 亜姫は町外れの山にある神社で過ごした。

「アキ、巫女様になってみたい!」

 というのが事の発端だった。

 そのために亜姫は7月に入って毎日神社に通っては、夏休み中の巫女さんアルバイトを

頼み込んでいたのだ。神社の人も亜姫の根に負けて、夏休みの間だけという条件で亜姫を

預かることにしたのだ。仕事の忙しいおじさんとおばさんの許可はなくてもあるような適

当なもんだ。

 亜姫は夏休み初日から、巫女衣装で御機嫌だ。

 俺は俺で友達付き合いがあるから昼間は、亜姫のことはほったらかしにしておいた。

 夜になって、おふくろが心配だから俺に亜姫の様子を見て来いと命令した。

 俺は心配ないと思っていたが、我が家では亜姫に関する命令は絶対だ。

 神社の人に亜姫を呼んでもらったが、亜姫は神社にはいなかった。

 神社裏の階段を上がった星見台にいると教えてくれたのだ。

 俺は星見台へ急いで、そこで亜姫を見つけた。

 亜姫は……巫女衣装のまま体育座りで星を見詰めていた。

 いつもの亜姫とは違い、とても寂しそうだった。

 俺が近付いても、亜姫は星を見詰め続けていた。

 しかたないので、俺は亜姫の隣りに座り星を眺めた。

 学校の星を見る会などで見たときよりも、断然綺麗な星空にあの時の俺は心を奪われ

た。感動していると……。
 
「ねぇ、テッチャン。知ってる? 今見ている星の光は凄く過去の星の光なんだって」

「知ってるよ。一学期に理科で習ったからな」

「だったら、星を研究することで地球の生まれた瞬間がわかるっていうのは?」

「そうなのか?」

「うん。そうみたいだよ」

「そうなのか」

「凄いね」

「そうだな」

 それだけ言って、俺たちは、まだ黙って星を眺めたのだ。

 暫くして、亜姫が再び話しかけてきた。

「星で過去がわかるなら、『”世界”の明日』が解ると思わない?」

「星で未来が? そんなのムリだろ」

「そうかな〜。だって、”星見”とか未来が見える魔術師がいるよ」

「ばーか、そりゃあ、漫画の世界だろ。それに、亜姫が言っている『”世界”の明日』っ

ていうのは、俺と亜姫の明日の話だろーが」

 あの頃から、亜姫は自分と俺を取り巻く全ての現実を”世界”と呼んだ。理由はよくわ

かんねーが、亜姫が呼んでいるので勝手に呼ばせていた。

「本当の世界の話なんてどうでもいいけどな。”世界”は解ったらつまんねーだろ。解ら

ないから、ワクワクするだろ」

「そうだね、解ったらつまんないね。でも……解ったら少しだけいいな。覚悟が決められ

るから」

「覚悟? なんだそりゃ」

 問い掛けたが、亜姫は何も答えなかった。言わずに唇を硬く噛んでいた。何か辛いこと

でもあったのだろうか? 亜姫は、辛いを辛いと言わない事を俺は知っている。

 だから、俺が代わりに言ったのだ。

「辛いなら、俺の手を握れよ。俺は亜姫の伸ばしてきた手を絶対に離さないからな。約束

だからな」

「ありがとう」

 亜姫は小さな声でそれだけを言った。

 
 翌日、俺は亜姫の両親が亜姫を残して海外へ行ってしまった事を知った。

                             つづく



 











   


 

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 亜姫を泣かせるつもりなんて、本当はなかった。

 昔からあいつは泣き虫で、俺はいつも亜姫が泣き止むまで手を握ってやっていたのだ。

 どんな時も、俺は、亜姫の手を離したことなどなかった。

 それなのに……。

「うだー!!」

 むしゃくしゃして、俺は両手で髪の毛をぐしゃぐしゃにした。

「テツ……何を一人でしている?」

 げた箱に辿り着いたとき、夏目が声をかけてきた。

 靴と上履きを交換している途中の夏目は、下校するつもりだ。

 俺は夏目の首根っこに自分の腕を絡ませた。

「夏目、ヒマか? ヒマだな! いや絶対にヒマだ!! 今からカラオケに付き合

え!!」

 俺は夏目の返事も聞かずに、いきつけのボックスへ直行した。

 そこで二時間。

 俺は知る得る限りのアニソンを熱唱し続けた。

 夏目は何も聞かず、俺の歌に付き合ってくれた。

「理由は聞かない。けど、困ったことが出来たら協力するから、一人で悩むなよ」

 帰り際、夏目はそういい俺の肩をポンッと叩いて帰っていった。

 持つべきものは親友だ。

 誰が言ったか知らないが、たぶんそれは本当のことだと思う。

 まだ気分が落ち着かないが、これ以上遅くに帰るとおふくろは本気で俺を家に入れてく

れなくなる。

 だから、イソイソでなくグダグダと家路に向かった。

 亜姫の家の前を通る。

「?」

 いつもは門柱の電燈がついているのに、今夜はついていない。そのうえ、屋敷の方も真

っ暗だった。もしかし、もう引越しをしたのか?

 やっと静まったはずの怒りが再燃しそうになった。

 その時だ。

 俺は自分の家の前に、誰かがいるのに気が付いた。

 それは、たぶん、今、一番会いたくない相手だ。

「やぁ、一君。少し話をしたいが、時間をくれるかな?」

 岩井先輩が、俺に気付いてにこやかに微笑んだのだ。




「彼女は言いといったが、私ははっきりさせないといけないと思う」

 岩井先輩は、そんな前フリをつけて話し始めた。

「彼女……木之下さんは、今日から一人暮らしをする」

「そうなんですか。で?」

 俺は努めて無関心を装った。

 岩井先輩は気に入らないらしく、渋い顔だが知ったこっちゃない。

 俺の方が怒っているのだから。

「一人暮らしの理由は、私の口から説明するわけにはいかない。木之下さんから直接聞い

て欲しい」

 俺が直接聞いて話すか甚だ疑問だが、俺は無言のまま岩井先輩を睨み続けた。

「木之下さんには、相談を受けていた。南の奨学金は、今からでも申請すればもらえる

か? 学生のアルバイトで住めるアパートはあるか? 学生でも出来る高給なバイトを知

っているか? の三点だ」

「?」

 岩井先輩が何を言っているのか、俺にはさっぱりだ。っていうか、亜姫が、なぜそんな

事を心配しなくちゃいけないのか、そこがわからなかった。

「奨学金の申請は、既に締め切られてしまっていたからムリだと説明した。それから、他

の相談もムリだと説明した。木之下さんが男なら、それなりに対策はあっただろう。だ

が、彼女は私が本気で好きになった異性だ。その彼女に男と同じ生活をさせることなど私

には不可能だ。だから、彼女の気の済むまで不動産巡りもしたし、バイト探しも付き合っ

た。しかし、彼女も自分が思っていた以上に厳しい事をしり、一時は途方にくれたみたい

だよ。諦めてくれるかと期待をしたが、彼女の意思は強くてね、もう一度探すといったの

さ。だから、私は木之下さんを父に紹介した。父は優秀な学生を援助していてね。彼女の

熱意が伝われば、父は必ず助けてくれる。彼女の熱意は無事に父へ伝わってね、奨学金の

ほかに住む所も、アルバイトも提供したんだよ」

「……」

「住む場所は、父の所有するセキュリティー完備の女性専用のマンション。アルバイト

は、私の妹の家庭教師だ。マンションへ住む許可をしたのは、妹の家庭教師をするのが条

件だ。もちろん、報酬付だ。木之下さんは、悩まずに即答したよ」

「じぁ、鍵を預かるって……」

「提供した部屋が、妹が勉強を見てもらう場所でもあるかね」

 岩井先輩の話が全て真実なら、全て俺の早とちりだ。

 呆然としている俺に、岩井先輩が紙を手渡してくれた。

「君がちゃんと木之下さんの話を聞きたいと思ったら、行くように」

 といって手渡してくれたのは、一つの住所と部屋番号だった。

 亜姫の新しい住処なのは一目瞭然だ。

 紙の住所を見詰めていると、岩井先輩は俺の肩をポンッと叩いて帰っていった。

 最後、何も言わなかったが、「しっかりしろ」と言われた気がした。

 紙を手の中でクシャッと丸めると同時に玄関が開いて、おふくろが慌てて出てきたの

だ。

 どこに行くつもりだったかは知らないが、俺に気付いてこんなことを言った。

「亜姫ちゃんから今、電話があってね、両親が離婚をしたので、私も一人で暮しますって

いうの。慌てて隣りにいこうと思ったけど、亜姫ちゃん、帰っている?」

 俺は、おふくろの言ったことに、呆然とした。

 何を聞かれても、答えることなんて出来なくて、さっきもらった住所の紙をきつく握り

締めた。

                                つづく










 

 10日が経過した。

 亜姫は相変わらず岩井先輩と、行動を共にしている。

 どうやら、俺は本格的に亜姫から解放されたみたいだ。

 ホッとするのが普通なんだろうけど、望んでいた現実のはずなのに……。

 毎日がつまんねー。

 放課後、俺は屋上にある建物の上でいつもみたいにコンクリートへゴロ寝だ。

 ゴロ寝をすると、学ランが汚れるとおふくろが文句を言う。

 かまうもんか。

 俺は今、つまんないが、蒼い空を流れてく雲を眺めていたい気分なのだ。

 それに、こうしていることで少しだけ期待していたのだ。

 亜姫が、ひょっこり顔をだしていつもみたいにニコリと笑ってくれることを……。

 だが、この期待も俺の希望だけで終わりそうだ。

 となると、俺の思考は毎日聴かされる亜姫の行動へとベクトルが傾けられる。

 岩井先輩と一緒に行動する亜姫。

 市役所の戸籍課で目撃された。

 賃貸の不動産屋で目撃された。

 実際、物件を見て回っている時もある。

 生徒会室では、二人で求人情報誌を見詰めながらあれこれ言い合っているらしい。

 ホームセンターで生活用品を購入しているのを目撃されている。

 極めつけは……岩井先輩のお宅訪問をしたという目撃情報だ。

 この目撃情報を全て統合すると、俺の中で一つの答えに行き着いてしまう。


 同棲


 俺は、慌てて頭を振った。

 それは飛躍しすぎだ。うん、そうだ。もしだ、もし、本当に……なら、もっと隠れてコ

ソコソやるべき準備だ。あまりに堂々としすぎている。

 でも……。

 疑えばキリがなくなってくる。

「うだー!!」

 俺は一人で悶々と考えるのをやめた。

 人の噂ばかりを集めて独りよがりの思考をめぐらせるのは、性に合わねー。

「亜姫に直接聞けば済むことだ」

 口にしたら、少しだけ楽になった。

 俺は実行に移すため、身軽に立ち上がり制服についた埃を手で叩いた。

 その時だ。

 足元でドアが開く音がした。

 屋上へ上がるためには、階段を使う。

 その階段は、俺が今いる建物の中にあるのだ。

 ドアは年季が入っていて、錆びた音がする。

 俺は、何故か、反射的に伏せてしまった。

 悪い事をしていないので、隠れる必要はないのだ。


 何やってんだ? 俺。


 起き上がろうとしたが、俺はそれが出来なかった。

 屋上に上がってきたのは、亜姫と岩井先輩だ。

 こんなところへ二人でやってくるということは、秘密の話なのだろうか?

 そう思ったら、俺はますます出て行くことが出来なくなった。

 慌てて二人の死角になる場所へ移動して(亜姫は背中を俺に向け、先輩の顔は良く見え

る格好だ)、二人の会話に聞き入った。


「ありがとうございました」

 亜姫が丁寧に御辞儀をした。

「いいや。大変なのは、これからだよ」

 岩井先輩が、ニコリと微笑んだ。

 それに対し、亜姫は頷いたのだ。

「わかっています」

「そうかい。それならいいけれどね」

 亜姫の真剣な声に、岩井先輩は少し心配そうな表情だ。

「私を頼ってくれたままでいいんだよ」

「先輩には感謝で一杯です。だからこれ以上は……」

 亜姫は言葉の途中で、頭を振った。

「もっと甘えてくれた方が、嬉しいんだけれどね」

「だめですよ」

 亜姫がクスクスと笑った。

 すると、岩井先輩も心配そうな顔を微笑みに変えたのだ。

「わかっているよ。だが、新しい部屋の鍵はもらっておくよ」

「はい。約束ですからね。いつでもお待ちしています」

 この瞬間、俺の中にあった疑いは確信に変わってしまった。

(同棲じゃないが、半同棲は確定だ)

 なんだか、現実味があまりになくて、俺の思考は確定しているのに心の底ではまだ、信

じていない部分があって俺の中で二つが格闘していた。

 そんな俺を無視して(まぁ、当たり前だが)、二人の会話は続いていた。

「父は君みたいな子で、良かったといっているよ。いつもで、遊びに来るよう、伝言まで
 
ことづかっているよ」

「本当ですか? 私は初めてお会いした時、緊張ばかりで失敗をしてしまいましたよ。呆

れられていると思っていました」

「もし本当に父が呆れていたなら、君を認めたりしてない」

 それって、岩井先輩の両親公認と解釈していいのか?

 目の前の現実を信じてない部分が、確定に押されている……。

 俺は急な脱力に襲われた。

 岩井先輩にのしをつけて渡すとは言った。それに嘘はないが、どうしてこんなに虚脱な

気分に襲われるのだろう?

 俺のことなのに、わかんねー。

 俺は唇を強く噛み締めた。

「しかし、彼に説明はしなくていいのかい?」

 岩井先輩が、不意にそんな事を言ったのだ。

 彼とは、名はでないが、俺のことだとすぐに解った。

 だからと言うわけじゃないが、俺は亜姫の答えを聞くのが急に怖くなって両手で耳を塞

ごうとした。

 だが、遅かった。

「説明はしません。これは私の問題で、テッチャンには関係ないからです。それに、いつ

かは必ずテッチャンの耳にも入る事を、今、私が言わなくてもいい……いいえ、直接会っ

て説明するのが怖いだけですね」

 努めて明るくしようとしているが、亜姫の体が震えているのを俺は見てしまった。

 何も言えねー。

 強張ったままでいると、岩井先輩が亜姫の肩を抱き寄せたのだ。

 亜姫は抵抗せず、岩井先輩に抱かれたままじっとしている。

(!?)

「君は本当に強いね」

「そんなことないですよ。先輩がいてくれたから、ここまでこれたと思います。それに、

先輩の言う通り、大変なのは今からです」

「私は、いつでも君を助けるよ」

「ありがとうございます」

 この時点で、俺の中の疑いは完璧確定に変わった。

 すると脱力感は吹っ飛び、代わりに説明不可能な怒りの感情が生まれた。

 俺はスッと立ち上がり、建物を飛び降りて、二人の前に出た。

「亜姫!」

 俺が叫ぶと、亜姫は岩井先輩の中で振り返ったのだ。

 その表情には、驚愕が張り付いている。

 岩井先輩は年上の余裕か? 驚きもせずに平然としている。

 なんかすげームカつく。

「テッチャン……あのね……」

 亜姫が何かを言おうとした。だが、俺はそれを手で制したのだ。

「説明なんかいらん! 俺は今マジで清々しているんだ。もう、お前に付き合わなくてい

いんだからな。今度から、岩井先輩が付き合ってくれるからな」

「テッチャン、話を聞いて」

「君は亜姫の話を聞くべきだ」

 二人で同じ事をいうのか。
 
 しかも、岩井先輩は亜姫を呼び捨てにしている。

 俺は二人を睨み付けた。

「今後一切、俺に近付くな!」

 亜姫が大きく目を見開き、涙が零れる。

 だが、そんなのかまったことじゃねー。

「テッチャン、話を聞いて」

 亜姫が岩井先輩から離れて、俺に手を伸ばしてきた。

 俺は亜姫の手を叩いて、掴まれることを拒んだ。

 亜姫が本格的に泣き出してしまったが、もうひっこみが付かない。

 俺は自分でもどうしていいのか解らなくて、屋上から逃げたした。

                              つづく
 


 
 




 

 
 

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