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俺は決意した。
ここでウジウジしていても、解決しない。
椅子から離れ、世緒と歌を歌っているアリアの腕に触れた。
アリアがガクリと項垂れる。
世緒が突然のことに驚いているが、今は説明しているヒマはない。
俺はアリアの腕を掴み、彼女を呼び出す。
「リリア」
俺の呼びかけに答えたのは……
「どうした、一城?」
リリアだ。
俺はアリアとリリアが交代した事を確認すると、リリアの腕を引っ張り居間を出た。
二人だけで話をした方が、いい。
世緒には誤解を再び招いたが、この行動は間違っていないはずだ。
渡が呆れ顔で肩を竦めていたが、無視をした。
世緒は……
顔を見ていないから解らない。
廊下で二人きりになると、俺はリリアへ向き直る。
「お前に質問したいことがある。とても大切なことだ」
「なんだ?」
俺の真面目な顔に、リリアの表情も引き締まる。
「もと、アリアの望みが突然消失したら、あいつはどうなる?」
リリアの目が大きく見開かれる。
そして、真っ青な顔で俺の腕を強く握り締めてきた。
「一城は、おかしなことを言う。もしかして、旅人を探すのを諦めたのか? ならば、そ
れはそれで構わない。初めから無理な願いを私が押し付けたのだからな。私は覚悟してい
た。今日まで、本当に世話になった。明日、出て行く。気にするな。私は平気だぞ。だか
ら……」
「違う!」
俺は語気を荒げた。
それは、子供のくせに気を使うリリアにでなく、リリアに今にも泣き出しそうな顔をさせた俺にだ。
俺は一度息を吐き気持ちを整え、リリアに微笑みかけた。
リリアの手を取り外し、なるたけ優しく丁寧に話かける。
「そうじゃない。そうじゃない。望みが叶った場合、アリアは幸せに暮らすことが出来る
んだろ?」
「そうだ」
「だったら、教えてくれ。もし、望みが永遠に果たせないと解った時、アリアはどうな
る?」
「魔女は言っていた。姉上が望みを諦めた時は……消……」
リリアの声は、最後まで声にはならなかった。
俺は、壁に寄りかかり力尽きた。
「ひでぇ、冗談だ」
リリアが俺の腕を強く握り締めてきた。
「一城。何を知っている? 何を聞いた? 何を隠している? 教えてくれ。奴は旅人
は、どうしている? 姉上の全てを奪った人間は!!」
リリアの口調はとても強かった。
我慢していたもの全てを吐き出すかのように、俺へ気持ちをぶつけてくる。
俺は俺の持つ全ての感情を遮断した。
「もし、間違いなければ。俺の判断が間違いなければ、アリアの探す旅人は五年前に死ん
だ」
「……嘘だ。そんなバカなことが……。なあ、何かの間違いだろ? 一城、そうだろ?」
「俺もそう願いたい」
俺は、あの写真集のあのページを見せた。
リリアは動かなくなった。
写真集が手からこぼれ、バサリと廊下へ落ちた。
「姉上」
たった一言。
それだけ言って、リリアは糸の切れた人形のように、その場へペタリと座ってしまっ
た。
「リリア」
俺も座り呼びかけると、リリアはゆっくり顔を上げ俺を見詰める。
縋るような目だ。
静かに腕を挙げ、俺の服の袖口を力なく握った。
「どうしよう。姉上が消えてしまう。私は、どうしたらいいんだ? 一城、教えてくれ
。私は姉上を失いたくない。私は……」
リリアの言葉が、唐突に切れた。
そして、リリアはガクリと項垂れた。
アリアと交代の時間が来てしまったのか?
それにしては、少し早い気がする。
以前は、もっとリリアは俺の前で俺を混乱させていた。
いぶかしむ俺。
その俺の前で、彼女は静かに立ち上がった。
「すまなかった。リリアが迷惑をかけたな」
迷惑?
アリアの謝罪の意味に、俺は引っかかるものを感じた。
まるでリリアの行動を全て知っているようだ。
「まさかとは思うが……」
アリアは、口元に小さな笑みを浮かべた。
「全て知っている。最初から全て。私の体だ。リリアが表に出ようと、眠りについたりし
ない」
「じゃあ、リリアが魔女と交わした契約も」
「リリアに悪い事をしてしまった」
アリアは無感情に淡々とした声で言った。
それが、俺の何かに障った。
「それだけなのか? それでいいのか? お前の幸せだけを願い、リリアは全てを捨てた
んだ。それを、愛情の欠片も感じない言葉で片付けるのか?」
俺はアリアを責めていた。
俺の中に生まれた憤りを、こんな形でアリアにぶつけるのは間違っている。
けれど、あのひたむきで一生懸命なリリアに、俺はもう何もしてやれないのが悔しくて
たまらない。
俺が睨みつけるが、アリアはどのような感情も見せずこちらを見詰め返してくる。
「君はリリアの願いを知っているのだろ?」
「あいつの願いは、お前の手助けをすることだ」
「では、私の願いが永遠に叶わなくなった時は?」
「それは……」
俺は答えられなかった。
答えは解っているが、言葉にしてしまったら現実になってしまいそうで恐ろしかったの
だ。
アリアは、また口元に小さな笑みを浮かべた。
「願いが永遠に叶わないとなれば、私は世界から消える。だが、私が絶望しない限り有効
だ。私が彼の死を受け入れず、いつまでも彼を探し続けていれば、私は存在し、リリアは
私の中で行き続けることができる」
俺は耳を疑った。
アリアを凝視する。
今のアリアからは、どんな感情も読み取れない。
アリアは廊下に落ちたままの写真集を拾い、問題のページへ目を落とす。
「果ての蒼穹だ」
「?」
「彼は私の事を、そう呼んだ。アリアという名を知らないのだからしかたないが、悪くは
ないと思う。君は、どう思う?」
「ああ、そうだな。悪くはないが、センスはいまいちだ」
アリアが、小さく笑った。
本当に小さくだ。
今にも消えてしまいそうな小さな笑いに、俺の心へ陰を落とす。
「アリア」
「なんだ?」
「明日、この個展へ行こう。お前は旅人の顔を魔女に奪われたんだろ? なら、個展に行
けば写真の一つぐらい飾ってあるだろう。それを見て、思い出せ。そして、生きろ。絶望
しなければ、お前たちは、生き続けることが出来るんだろ?」
「個展は君と彼女が仲直りするために行くものだ」
「あのな……」
俺は頭を掻いた。
今の俺の気持ちを表す言葉が、どうしても見つからないのだ。
「少し待っていろ!」
俺は言葉を探すより行動に出た。
居間へ戻り、渡と会話を楽しんでいる世緒の腕を引き寄せた。
世緒は、突然のことに驚いた顔をしている。
俺は世緒を真っ直ぐ見詰めた。
「世緒」
「はい」
世緒の小さな声を聞き、俺はゆっくり深呼吸をした。
「俺を信じて欲しい。そして、俺のやる事を見ていて欲しい。もし、信じてもらえるのな
ら、明日もう一度会って欲しい。時間と場所は、この間と全て一緒だ」
「……はい」
世緒は少しだけ迷ってから、頷いてくれた。
それを確認すると、俺は部屋を飛び出した。
廊下で待っていたアリアに笑いかけた。
「これでいいだろ?」
「君は強引な奴だ」
「今は、それで構わないと思う。だから、明日は約束だ。時間がないなんていわせない」
「分かった。ただ、一つだけ私も言わせて欲しい」
「なんだ?」
「彼女は君のことが好きだ。君は彼女を大切にすることが望ましい。というより、私と約
束して欲しい」
「分かった。約束する」
俺が頷くと、アリアはさっきとは違う優しい笑みを浮かべた。
「君と初めて会ったあの日、私は彼の死を知り自らも消えようと考えていた」
「えっ?」
俺は、耳を疑った。
アリアの告白は、それほど俺を驚かせた。
しかし、アリアの告白の意味する行動は出会ったときから会った事を俺は遅まきながら
理解した。
あの時、アリアは両手を広げ十字架を作っていた。
そして、空を仰ぎ、ジッとしていた。
今、思えば、あれは死を受け入れようとしてた行動なのでは?
俺は髪を掴みクシャクシャと掻いた。
本当に遅まきな理解力だ。
「けれど、空色の傘を差した君と出会ったとき、私は絶望から救われた。ありがとう。君
が彼ならば、私は……いや、なんでもない。明日は楽しみにしている」
アリアは俺に再び笑いかけ、パーティーへ戻っていった。
俺は……理解力は遅かったが、失敗は絶対にしないと誓った。
アリアとリリアを生かすのだ。
彼女たちには、生きる権利はまだあるはずだ。
俺たちは夜遅くまで騒ぎ、眠りに就いた。
翌朝。
アリアは消えていた。
居間にも客間にも俺の部屋にも台所にも風呂場にも、どこにもいない。
アリアが消えた代わりに、親父の『ブループラネット』が咲いていた。
真っ青な青。
アリアとリリアの瞳と同じ色をしていた。
まるで二人が、そこにいる錯覚に襲われるほどバラは綺麗に咲いていた。
俺は顔を隠し、泣いた。
この気持ちが何なのか、俺にはさっぱり判らない。
だが、とても辛く胸が痛かった。
俺は世緒へ正直に全て話した。
今の気持ちと、世緒への気持ち。
世緒は俺の気持ちを、まとめて受け入れてくれると言った。
世緒は強い。
アリアとリリアも強い。
今の俺は……彼女たちのように強くなれそうもない。
それでも、はにかむ世緒を見た俺は、彼女を大切にしようと心に誓った。
アリアとも約束をしたからな。
親父が帰宅。
青いバラに喜んでいた。
俺は親父のバラに『アリリア』と名付けた。
親父は名を気に入ってくれ、『アリリア』は庭の見える暖かい場所に今でも咲いてい
る。
終
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