蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

短い話を書いてみよう!

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私と一郎氏 2

「一郎氏!」

「な、なんですか? 七瀬君、いつもより顔が怖いですよ」

「そ、そ……」

 そんなことは、彼に言われなくてもよくよく解っている。

 こういう無神経と無邪気の狭間の彼は、私の知る私の大好きな鈴木一郎なのだが……。

 私は深呼吸をし、強引に微笑んでみせた。

 微笑むとは言ったが、まだまだ表情は怖いはずだ。

 彼は不思議そうな顔のままだ。

「私の表情は、どうでもいい」

「いいんですか?」

「ああ、いい」

「では、なんでしょう?」

「一郎氏は、今日、なにか悪いものでも食べたのか?」

「いいえ。今日はいつもと一緒で、メロンパンとみかんの缶詰をいただきましたよ」

「何か拾い食いでもしたのか?」

「失礼ですね。私は、そんなにいやしんぼうではありませんよ」

「では、どこかで転んだか? 頭をぶつけなかったか? エレベーター、または教室の扉に頭を挟まなか

ったか?」

「最初の二つはNOと答えますが、最後の一つはなんだか失礼ですね。私はそんなにおまぬけさんではあ

りませんよ」

「……」

 とっさに考えた原因は、全て空振りだった。

 それは、ほっとすることであり安心する。

 だから、彼が可愛らしく頬を膨らませ不満を露わにしてようとスルーした。

 スルーすると同時に、私は彼の問い掛けについての答えを求め頭を素早く回転させた。

 しかし、それはすぐにあきらめた。

 いくら考えたところで、彼がなぜあのようなことを言ったのか彼にしかわからないからだ。

「で、一郎氏。私は話を戻したいと思う」

「かまいませんよ。どこまで戻しましょうか? 私をおまぬけさんと呼んだあたりでしょうか?」

「……」

 笑顔で了承したわりには、無邪気のわりには、なかなか毒のある言葉だ。

 そんなにおまぬけが気に入らなかったのだろうか?

「一郎氏、細かいことを気にする殿方は、世の女性に嫌われるという相場があるのをしっているか?」

「そうなのですか?」

「ああ、そうだ」

 私が強く頷くと、彼は……。

「私はそれでもかまいませんよ。もともと、モテないですから」

「いや……かまわないならそれはそれでいい……いや、やっぱよくない。よくないぞ! 一郎氏! 君

は、とてもよい容姿だ。それに、頭もいい。それに性格は三重〇だ。文句なしの優しい男だ。君がもてな

いなら、世の中間違っている!」

 私は墓穴を掘った。

 心にもない言葉を重ねて、寂しげな表情の彼を元気づけるための嘘をてんこ盛りで並べ連ねた。

 モテなければモテないで、いいじゃないか。

 そうすれば、彼は永遠に私の近くにいてくれる。

 私が告白しなくても、彼はずっと側にいてくれる。

 今、それを私は自らの言葉で失ったのだ。

「うーん、うーん」

 私は私の失態に、その場で頭を抱えて唸り始めた。

「七瀬君、おなかでも痛くしましたか? 拾い食いでもしましたか?」

 頭を抱えているというのに、彼は私のおなかの心配をする。

 ふつう、ここは「頭が痛い」とか「風邪気味なのか」とか、そういう方を心配すべきなのだ。

 やはり彼は少しズレている。

 そんなズレが、私はたまらなく好きだったりする。

 頭を抱えるのをやめ、そっと顔を上げる。

 すると、彼と目が合った。

 彼は、心底ほっとした顔をしていた。

「よかった。見た感じ、元気みたいですね」

「……心配させてしまって申し訳ない」

「いいえ、いいえ、七瀬君が元気なら、私はとても嬉しいですよ」

 素直で正直な気持ちなのだろう。

 私は、抵抗することなく彼の「嬉しい」を受け入れることが出来た。

 だから、私は冷静に彼の言葉を聞くことにした。

「なあ、一郎氏」

「はい」

「一郎氏は、なぜ、あんなことを私に問いかけた?」

「あんなこと?」

「そうだ……あ、あ、あ、あ、愛をなんとか……」

「愛? ああ、愛を語ろうですね」

 彼は納得したような顔で、声がやけにはずんでいた。

 私は冷静にとは思ったが、緊張してしまい慌てて下を向いた。

 顔から火が出るんじゃないかってほど、熱かった。

「なぜ、そんなこと、私に……」

「お正月休み、この研究室に籠っていた私は考えたんです。そして、新しい発見になるかもしれないこと

を考え付いたんです。七瀬君は、大切な生徒ですよ。それに、私の研究を熱心に耳を傾けてくれる、優秀

な生徒です。愛すべき生徒です。だから、一緒に私の考えについて語りたいじゃないですか。今夜は帰し

ませんよ。徹底的に、大いに語ろうではないですか」

「あはは……」

 彼の理由に、私は力なく笑い声を立てた。

 そうなのだ。

 彼は、根っからの学者だ。

 数字と化学式が、彼の世界全てでそれ以外のものは全部同じ同一色なのだ。

 いくら私が彼に好意を寄せていたとしても、それは秘めたる想いであり、彼には決して通じないモノな

のだ。

 ただ、側にいるだけでいい。

 私を七瀬君として認識してくれるだけで幸せだ。

 そう思っていたのに、そう決めていたのに、私は何を浮かれていたのだろう?

 自分の馬鹿さ加減がおかしくなってくる。

 小さく笑ってから、私はスッとかっこよく立ち上がった。

 情けない気持ち、淡い想い、全てを内に飲み込んで、私はトートバッグが置いてある机に戻ると、おも

むろにその中から二つの箱を出した。

 それは、彼と食べようと思っていた、きのことたけのこの形をしたチョコレート菓子だ。

 私も彼も、絶対たけのこ派だ。

「私がたけのこで、一郎氏がきのこだ。一緒に語る条件は、それだけだ」

子供の様な意地悪だと思っていたが、こうでしないとなんとなく気が収まらないのだ。

 彼は私の出した条件を必死に悩むはずだ。

 その表情でチャラにしようと思った。

 だが、彼は私の考えの上をいっていた。

「それでよいのでしたら、私がきのこを食べますよ」

 彼はあっさり私の条件を飲んだ。

 もう、これ以上の意地悪も思いつかなくて私は彼のところまで戻っていき近くの椅子に腰を落ち着け

た。

 それを合図ととったのか、彼は自分の考えを話し出した。

 もちろん、なにを言っているのかさっぱりだが、彼は本当に本当に嬉しそうな顔で、わくわくしている

子供ような声で、私に自分の考えを語りだした。

 そんな彼の顔を見つめ、声に聴きほれながら、私は静かに頷いた。

 それから願った。

 こんなユルイ時間が永遠に続くようにと……。


                                         おわり

私と一郎氏 1

「愛を語ろうか」

 彼が、唐突にそんなことを言ったのは、お正月休み最後の日曜日のこと。

 とても暖かく、初冬ではないが小春日和という言葉が似合う穏やかな昼下がり。

 彼は研究室の椅子に座り、なぜか足を組んでやたらと恰好をつけていた。

 いつもは、そんな姿勢などとらないので、私は彼が何をしたいのか解らなかった。

 いや、そもそもなんだ?

 彼は開口一番、なんと言った?


 愛を語ろうか


 たぶん、そんな日本語が羅列されていたはずだ。

「………似合わない」

 少しだけ黙考して、私はポツリと彼には聞こえない程度の声で呟いた。

 それから、なぜ彼がそんなことを急に言い出したかを考えた。


 彼の名前は、鈴木一郎。

 まあ、どこにでもあると言えばどこにでもある名前だ。

 裏を返せば、初対面でもすぐに覚えてもらえるという特権はある。

 というのは、私の主観であり、もしそれで世界の鈴木一郎さんが気分を害したのならここで素直に謝り

たいと思う。

 すまない。

 私の知る鈴木一郎の職業は、学者だ。

 数字とか化学式が全てを構成するような世界に、頭のてっぺんからつま先までどっぷりつかっている、

根っからの研究熱心な青年だ。

 長身で細身、度の強いメガネの下がなかなかのイケメンということを私は知っている。

 でも、彼、鈴木一郎はまるっきりと言っていいほどモテない。

 会話が不味いのだ。

 すべてが研究につながり、最終的には己の研究の話に全てがすり替わっている。

 だから、大概の異性は、鈴木一郎に好意を寄せても一度会話を交わせば二度と会いたいとは思わない。

百年の恋もいっぺんに冷めるというやつだ。

 彼は、そんなことを自覚したことはないだろう。

 食事に誘われても、翌日にはその相手のことなど忘れて研究に没頭している(もちろん、誘った相手か

らの二度目は絶対にない)。

 数字や化学式とにらめっこしているときの彼は、本当に生き生きしている。

 子供の様にわくわくしている。


 いっそのこと、数字や化学式と結婚してしまえ!


 と言いたくなるほど楽しそうだ。

 しかし、私はそんなことはしたりしない。

 なぜなら、そんなことを言ってしまえば、三次元でもないモノに負けたことを私が認めてしまうという

ことにほかならないからだ。

 そんなことは、私は絶対に認めない。

 なぜなら、私は鈴木一郎に惚れているからだ。

 そう! 私は鈴木一郎が好きなのだ。

 年齢はちょうど一回り違う、年の離れた彼が私の片恋相手なのだ。

 しかし、彼は私のことを「自分の研究室に通ってくる研究熱心な学生」くらいにしか思っていないだろ

う。

 彼の研究を熱心に聞いてくれる学生は、私くらいだ。

 同じゼミのみんなは、私の根気よさに驚くやら感心するやら……。

 だが、私はその気持ちを全て否定しよう。

 私は彼の研究の内容などさっぱりといっていいほど解らない。

 ただ、ゆっくり頷き同意を示したり、すこし難しい顔をしたりしている。

 それだけなのだ。

 あとは、彼の熱心な講義姿をただただ眺めて幸せに浸っているのだ。

 それだけで十分。

 片恋でも、相手が数字と化学式にしか興味がなくても。

 十分だった。

 反対に、愛を真面目に語られたら、そっちの方が恐怖だ。


 で、


 その恐怖が今、突然目の前に降ってわいてきた。

 私は何が書いてあるのかさっぱりの書籍をパタリと閉じて、鈴木一郎に視線を向ける。

 相変わらず、無駄に長い脚を綺麗に組んで私の方を見ている。


「愛を語ろうか?」


 私と目が合うと、同じ言葉を口にした。

 一字一句間違えることなく……

「はっ!」

 私はたちあがりあたりを見回した。

 三日ほど前、「私が鈴木一郎の教室にどれだけ通えるか?」を学生たちが賭け事の対象にしているとい

う話を友から聞かされていた。

 そんな話を聞かなければ、警戒などしたりしない。

 研究室を隅から隅まで見回り、誰か隠れていないか? 盗聴などされていないか? 目視できる範囲で

やってみた。

 しかし、なにも出てはこなかった。

 とりこし苦労のようだ。

 安心してもいいようだ。

 噂は、本当に噂であったみたいだ。

 ほっと息を吐くと、同時に鈴木一郎が話しかけてきた。

「どうしたんだい? 七瀬君?」 

「いや、なんでもない」

 私の行動を不信に思ったのか、鈴木一郎は首を少しだけ傾げた。

 私は自分の行動に少しだけ恥を感じ、頬を赤らめた。

 それから、恥を隠すかのように咳払いを一つ。

 座っていた椅子に、座りなおした。

「なあ、一郎氏」

「はい、なんですか?」

「私は今、理解に苦しむ問いかけをされたような気がしたが……気のせいか?」

「いいえ、気のせいではありませんよ。七瀬君、私は愛を語ろうかと、きちんと言いましたよ。聞こえま

せんでしかた?」

 無邪気な笑顔と返答に、私は大きくたじろいだ。

「な、な、な、なにを! 一郎氏! なにを言い出すんだ!」

「なにって……愛のつもりですが?」

 そういって、鈴木一郎はかわいらしく首をちょこんと傾げた。

 私より一回り上なのに、大人なのに……。

 あまりのかわいらしさに、脳みそがクラクラしてきた。

 気を抜くと、鼻血が吹き出しそうだ。

 私は立ち上がると、口元に手を当て親指と人差し指を使って鼻をつまむ。

 つぅぅんと、鼻の奥で生暖かい感じが起こったが私はそれを数字と化学式を思い浮かべることで回避し

た。

 鈴木一郎の講義が初めて役に立ったことに、ほっとする。

 そんな私のどこが面白いのか、鈴木一郎はクスクスと笑った。

 綺麗な声で、透き通るような白い手を口元に当て、メガネ向こうにある優しい瞳が嬉しそうな色をして

いた。

 全てが私の好み。

 私の気持ちに気付いてもらえなくても、根っからの学者で俗世間に疎くても……。

 私は、そんな彼が大好きだ。

 なのに、今の彼は、私の知る彼とはなんだか少し違う。

 極端なこと言ってしまえば、まるで別人だ。

 あの鈴木一郎が、浮かれたような日本語を口にするなど、あってはならないはずだ。

 私はカツカツとヒールを鳴らし、足取り強く彼に近付いた。

 正面に立つと、彼の肩をおもむろに掴んだのだ。

神様の祝福

 暖かな陽射しの差し込む明るい部屋に、四人の大人がいました。

 彼らは部屋の真ん中にあるテーブルを囲み、熱く語り合っていました。


「海です。海ですよ」

 一番手は、老人でした。

 老人はテーブルとセットになっている樫の木で出来た椅子へ座らず、車椅子に座ってい

ました。

 そして、車椅子に座りながら、海の良さを熱く語っています。

「あの水平線を目にして御覧なさい。地球の素晴らしさに感動し、心から神様に感謝をし

たくなりますよ」

 老人は若い頃、船乗りをしていました。

 ある日、船の事故に合い自分の足で歩くことが出来なくなってしまいました。

 自分の足を奪ったというのに、老人は海を嫌いになるどころかその良さをみんなに知っ

てもらおうとしていました。

 大好きな海だからこそ、老人は輝く笑顔で熱く語ることが出来ました。

 しかし、そんな老人に異を唱える人がいました。


「何をいっているんですかね。海などという自然を相手にしているから、そのようなこと

になるのですよ。やはり、知識です。知識さえあれば、海ばかりでない他の世界をもっと

視野を広くして見ることができるのです。その知識を与えてくれる神様に感謝するべきで

す」

 海でなく、知識を熱く支持するのは中年の男性でした。

 中年の男は、十年前までみんなに「先生」と呼ばれていました。

 今は、背広はくたびれ、髪はボサボサ、白衣には汚れが目立っていました。

 子供のころからずっと勉強ばかりの先生の脳みそは、どんな人よりも知識が詰まってい

ました。
 その知識のおかげで、念願の大学の教授となり世界で最も有名な賞にノミネートもさ

れ、大好きな勉強を毎日していました。

 しかし、ある日、先生は職を失いました。

 持論を実験で証明しようとして、自分の片手と助手と数人の生徒を失ってしまったから

です。

 それでも、先生は勉強を嫌いになることはありませんでした。

 大好きな知識の詰まった世界を、誰よりも熱く語ることが出来ました。

 しかし、そんな先生に異を唱える人がいました。



「自然や知識? それでは何も救えない! やはり全てを救うのは音楽だ! 優しい音楽

は人を癒し、世界を癒す。それから、喜怒哀楽ばかりでなく愛まで語ることができるん

だ!」

 音楽を熱く語るのは、若い男性でした。

 酒屋の御用聞きの姿をしていますが、全ての弦の切れたギターを肩からかけていまし

た。

 何故、そのようなものを持っているかといいますと、若い男性は一年前まで路上で歌を

歌っていました。

 たくさんの聴衆と、たくさんのファンに囲まれて、若い男性は大好きな歌を毎日歌って

いました。

 ある日、デビューをしないか? と中堅処のぷろだくしょんのスカウトマンに誘われま

した。

 若い男性は二つ返事でOKし、これでもっともっと自分の歌で人々を幸せに出来ると喜

びに浸っていた時のことです。

 いつものように路上で歌を歌っていると、彼はナイフを持ってあらわれた酔っ払いに両

腕を切り裂かれてしまったのです。

 なんでも彼の歌を聞いた彼女が、もっと自分の可能性を広げたいといって酔っ払いの元

を去ってしまったそうです。

 彼女にそんな行動を起こさせたのは、若い男性の歌だったそうです。

 これは完全なる逆恨みです。

 若い男性には、まったく予期せぬ出来事でした。酔っ払いに切られた腕は、神経を傷付

けてしまいました。

 生活をする上では支障はありませんが、若い男性自慢の繊細なギターは聴けなくなり、

それがもとで歌さえ歌えなくなってしまいました。

 それでも、若い男性は音楽を嫌いになる事はありませんでした。

 誰よりも大好きな音楽はやめてしまったけれど、誰よりも熱く語ることが若い男性には

出来ました。

 しかし、そんな若い男性に異を唱える者がいました。



「音楽なんてナンセンスよ。やはり、愛。世の中で一番大切なのは、愛。愛は全てを変え

ることが出来るわ。世界も未来も明るく変えられるわ。最高の神様の御加護よ!」

 愛を熱く語るのは、とても綺麗な女性でした。

 綺麗な女性は、勢いよく椅子を倒して立ち上がりました。

 とはいえ、現在、綺麗な女性には愛を一緒に語ってくれる恋人はいません。

 三日前に振られたばかりです。

 綺麗な女性の愛が重たいという理由でした。

 手痛く振られたというのに、綺麗な女性は元恋人のことを嫌いになっていませんでし

た。

 そればかりか、綺麗な女性は愛を語ることに今まで以上に熱心になりました。

 なぜなら、綺麗な女性にとって愛は最強な癒しなのですから。


 四人の熱い語りが一通り終了した時です。

 四人は立ち上がり、一緒に暖かな陽射しの差し込む大きな窓の方へ歩いて行きました。

 窓の側には、ゆったりとした椅子に若い母親が座っていました。

 椅子は足元に反りがあり、若い母親を乗せてユラユラと揺れていました。

 揺られている若い母親は、大きなおなかを優しく撫でながら暖かな陽射しを楽しんでい

ました。

 四人が近付いてきてことに気付くと、若い母親は椅子の動きを足で止めて、ゆっくりと

瞼を開けました。

 目の前には、部屋の真ん中で熱く語っていた四人がいました。

 若い母親にとって、四人はまったく知らない人たちです。

 自分の家に堂々といるというのに、若い母親は追い出そうとはしませんでした。

 なぜなら、四人は人の姿をしていますが人でないことを知っていたからです。

 それでも、若い母親は驚きません。

 子供のころ、「子供宿すと不思議なことに出会う」という祖母の教えを覚えていたから

です。

 四人は若い母親の前に来ると、

「「「「貴女は、どの神の祝福を願いますか?」」」」

 同時に同じ言葉を口にしました。

 若い母親は、たおやかな笑みを四人へ向けました。

「私は……」

「「「「貴女は?」」」」

 四人が聞き耳を立てます。

 表情は微かに緊張しています。

 若い母親は、優しい手付きでおなかを撫でました。

「この子が無事に生まれてくる事を願います。もし、無事に生まれることが出来たなら

ば、皆様の祝福をほんの少しずつ……この子に与えてくださいませんか?」

 若い母親は四人全員顔を順番に見詰め微笑みました。

 四人はとても優しい笑みを返し、若い母親のいる部屋から姿を消してしまいました。


 全員が消えた後すぐです。

 部屋に誰かがやってきました。

 青年です。

 若い母親の夫、おなかの赤ちゃん父親です。

 若い父親は部屋の中を見回し、首を傾げました。

「今、誰かいなかったかい?」

 若い母親は、にこりと微笑みました。

「いいえ」

「そう……」

 若い父親は腑に落ちない顔をしていましたが、若い母親の言葉を信じることにしまし

た。

 そして、若い母親へ近付きおなかを優しく撫でました。

「元気に生まれてくるんだぞ」

 若い父親のかけてくれた言葉に、若い母親は微笑みました。

「大丈夫よ。この子は元気に生まれてくるわ。だって、神様の祝福を少しずつ頂く約束を

したんですもの」

「えっ?」

 若い父親が問いただしましたが、若い母親は微笑むだけで何も答えてはくれませんでし

た。



 □■□                    □■□

GReeeeNの『地球号』を聴いて思い浮かんだお話でした。




 

キカイノココロ

 □■□

 森の奥にお屋敷がありました。

 そこそこ古く、気品を感じさせるお屋敷です。

 そこにはあるじを待ち続ける従順な人形が、今日も楽しそうに働いています。


 カチカチカチカチ

 玄関ホールの百年時計が、今日も時を刻みます。

 一日一度、百年時計に螺子をあげるのはあるじの仕事です。

 でも、今は私の仕事です。

 あるじの留守を預かる私の仕事です。

 一分一秒の狂いも出さないように、私は螺子を与えます。

 ついでに私も螺子を巻きます。

 螺子の穴が首の後ろで、回すのが少し大変です。

 以前はあるじに巻いて頂いていましたが、今は一人でも平気です。


 カチカチカチカチ

 螺子を巻いて、私と百年時計は今日も元気に働きます。



 あるじの大切にしている温室の薔薇たちを育てます。

 <以前より枯らさないようになりました。>



 あるじのために食事を作ります。

 <パンケーキを黒焦げにしなくなりました。>



 お屋敷をピカピカに綺麗にします。

 <花瓶を壊さなくなりました。>



 晴れた日にはお洗濯を欠かしません。

 <乾いたシーツにアイロンをかけるのが得意になりました。>


 成長しない私の成長を、早くあるじに見ていただきたいです。


 あと、関係ないかもしれませんが、私はマナーを覚えました。

 テーブルマナーは完璧です。

 フィンガーボールの水を飲んだりしませんし、フォークとナイフも外側から使います。

 社交ダンスも覚えました。

 パートナーはいないので、いつも一人で踊っています。

 あるじのレコードを無断で使用してしまいました。

 でも、上手に踊れるようになったので許しくださいますよね。

 あと……歌も覚えました。

 たった一曲ですが、あるじの好きな賛美歌です。

 早く聞かせたいです。

 無理なんかしていません。

 これは、全てはあるじのため。

 あるじに喜んでいただくための、私の考えた最大の奉仕なのです。

 でも……一つだけどうしても謝らなければならないことがあります。

 それは、あるじのために覚えた全ては私一人の力でないことです。

 森の奥にある古びた教会があります。

 その教会に新しく派遣された神父様が、あるじを一人で待つ私のために様々な事を丁寧

に教えてくださっています。

 歌もダンスもマナーもお洗濯もアイロンもお掃除も薔薇の育成も……全て神父様が教え

くださいました。

 それから……私の螺子も本当は一日一度いらしてくださる神父様が巻いてくださってい

ます。

 とても素晴らしい方です。

 あるじがお帰りになられたら、一番初めに紹介させてくださいませんか?

 私の初めての大切な大切な人間の友人です。 

 だから、早く……。

 早くお帰りくださいませ。

 あるじを想い続ける淋しい人形の許へ……。



 あるじよ、私の声が届いていますか?



 ■□■

 森の奥のそのまた奥に、教会がありました。

 かなり昔に造られ手を入れる人がいなかったせいで、教会はボロボロでした。

 その中の神様の前で、一人の神父が祈りを捧げておりました。


 彼女の時間は10年前で止まってしまっています。  

 結婚の約束をした恋人に捨てられてしまったあの日から。

 捨てられた事を正面から受け止め事が出来ず、彼女は自分が百年時計と一緒の道具と信

じるようになってしまいました。

 いつまでもあるじを待ち続ける従順な道具として、この10年を生き続けています。

 道具なら待っている間も苦痛を感じない。

 道具なら心がないから悲しまない。

 道具なら同じ姿で待ち続けることが出来る。

 自分にずっと言い続けていた彼女は、ある日、あるじを待ち続けるカラクリ人形となり

ました。

 もちろん、本当ではありません。

 そう信じて疑わずという意味です。

 全てはあってはならない現実だというのに、彼女はいつも微笑んでいます。

 歌を歌います。

 ダンスをして、料理も洗濯も嫌がらず、本当に楽しそうにやっています。

 恋人と一緒の時には一度も見せたことのない、幸福な笑顔をふりまいてあるじを待ち続

ける従順なカラクリ人形のふりをしています。

 僕は……そんな彼女が楽しい夢から覚めないようにずっと側で護り続けているのです。

 たった一度の過ちで傷付けキカイノココロにしてしまった彼女を護ること、僕が一生を

かけてするべきことなのです。


 
 神よ、僕の言葉が聞こえていますか?


 
                                   終



  □□■■□□   ■■□□■■   □□■■□□   ■■□□■■


 このお話を類友のhachiさんに捧げます。

 hachiさんの30000HITのお祝いです。

 リクエストは「優しい話」です。

 優しい話として、読んでくださると実にありがたいです。

 それでは、ちぃちゃん、遅くなってしまったけどおめでとう。

 これからも、たくさん素敵なお話や楽しい記事を書いてくださいな。

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また、明日

 五月のよく晴れの日曜日。

 ボクはシンの家へ行った。

「大事件発生!」

 玄関先でいきなり叫んだボクに、シンは少しも動じない。

 さすが、親友! 
 
 カエル宇宙人の地球侵略をテーマにしたマンガを手にしていても、ツッコミは入れないぞ。

「上がれよ。オレの部屋に行こうぜ」

 シンがあまりに普通な態度だったので、ボクはちょっと拍子抜け。

 それでも、素直に従った。

 ベッドと勉強机と本の詰まった本棚三つ。

 これが、シンの部屋にあるもの全てだ。

 ガンプラ好きのボクとしては、退屈な空間だ。

「新しいマンガを、買ったんだ」

 机の上にあった真新しいマンガを手に取り、パラパラ読み。

 内容は新撰組、土方歳三の物語。
 
 マンガなのに内容が難しい。これって本当に面白いの? 

 本の面白さが理解出来なかったので、ボクは本を元に戻した。
 
 そのタイミングを計ったかのように、シンがペットボトルを手に部屋へ戻ってきた。

 ボクは差し出されたペットボトルを受け取ると、半分ぐらい一気に飲む。

 ここまで全力ダッシュをしてきたので、水分補給はボクをホッとさせてくれた。

「で、何が大事件なんだ?」

 一息吐くと同時に、シンの質問が飛んできた。

 ボクはボトルをきつく握りしめため息を吐いた。

「ボク、サクラにフラレタかもしれない」

「ほー。ついに来たか、その時が」

 驚かず素直に納得するシンを、ボクは睨みつけた。

「それって、どういう意味だよ?」

「言葉通りの意味」

 ニヤリと笑う親友の態度に腹は立ったが、シン以外にこんなこと話せないのでボクは怒

りをグッとがまんした。

 サクラは神社の家の子で、ボクらのクラスメート。

 純和風なかわいい子だ。

 今年の初詣、巫女様衣装で手伝うサクラに出会い一目ボレ。

 神社の鳥居によじ登り告白するというインパクト重視なサプライズ(シンには、ただの

バチアタリと言われた)により、ボクはサクラの彼氏となったのだ。

 付き合っているといっても、ボクは子供で大人のようにお金も権力もない。

 だから、デートは近所の公園で日光浴、図書館で読書、学校の休み時間はミニバスやト

ランプ。

 サクラは楽しそうにしていてくれたから、ボクらはうまくいっている、お似合いの二人

だと思っていた。

 それなのに…。

「天気が良いからさ、公園で遊ぼうと思って誘いに行ったんだ。そこで、見たんだ」

「何を?」

「サクラがヒライと一緒いるところ」

「なんと!」

 シンが心底驚いている。

 ボクだって驚いたよ。

 ヒライは私立の中等部三年生で、超有名な代議士のジュニア。

 ボクと違ってお金も権力も持っていて(持っているのは親か…)、学校では生徒会長と

弓道部部長を兼任、眉目秀麗、性格花丸と、欠点ナシの完璧人間なのだ。

 サクラはヒライの隣で嬉しそうにしていて、サクラのお父さんに「お似合い」と言われ

頬を赤らめ俯いてしまった。

 それぐらいのことじゃ、へこたれないボクも、極めつけの「若い者は若い者同士が一番

だ」にはやられたよ。

 それって、お見合いの時に仲人がいうことなんだよ。

 少ない脳みそがそれを理解したとき、ボクは事の重大さに気が付いた。
 
 サクラにふられたという事実を認めたくなくて、ボクはシンに否定してもらいたかった

のに……。

 シンは説明を終えたボクの肩に手を置き、ため息を吐いたのだ。

「あきらめろ。元々ムリな組み合わせだったんだ。平安の世から続く超有名神社の一人娘

が、平々凡々な少年と釣り合うわけなかろう」

「親友に対して、労わりとかないわけ?」

 あまりの非情に、抗議の声を上げたけど…。

「ない。情けをかけてもみじめなだけだ」

 あっさり切り捨てられてしまった。

 それでも、ボクは食い下がる。

「でも、サクラはボクの彼女だ」

「では、質問。お前は、ジュニアに勝るものが一つでもあるのか?」

「ヴッ」

 ボクは言葉に詰まった。

 完璧人間に勝る事なんて一つもない。

 あるといえば、鳥居に登るという非常識だけだろう。

 床に両手を着いて敗者のポーズ。

 ノックアウトもいいとこだ。

「そもそもだ。コノハナは、お前が好きなのか?」

 質問をしてくるシンを、ボクは無言で見上げる。

 眉間にシワを寄せて喋るシンの質問は、まだまだ続く。

「お前がコノハナを好きだという感情は、イヤでも目に付く。だが、相手はどうだ?」

「好きに決まっているよ。でなければ、ボクの誘いを断るはずだよ」

 ボクは胸を張って答えた。

「相手が、断りきれない性格だったら?」

「サクラは、そんな子じゃない。一緒にいても楽しそうにしていてくれた」

「好きじゃなくても、そんなのは可能だな」

「でも、でも」

 反論の言葉を探した。

 でも、見つからない。

 サクラのことが宇宙一好きなのに、シンの一言で好きが不安にあっさりとすり替わって

しまった。

 混乱するボクに、シンは最終警告ともいえる言葉を口にしたのだ。

「一度でも良いから、コノハナから好きといわれたことがあるか?」

 ボクは答えない。

 だって、好きを口にするのはいつもボクで、サクラは隣で微笑んでいるだけだ。

 フラレ決定! 

 落ち込むボクに、シンは「世の中、サクラだけが女じゃない」となぐさめにもならない

ことを言っただけだったのだ。



 空には満月、鳥居の上にはボクがいる。

 ボクは、ここでもう一度サクラに告白するのだ。

 それでだめなら、男らしくあきらめるのだ。
 
 鳥居の上で待つこと数時間。

 サクラはジュニアと帰ってきた。

 ボクは深呼吸すると、告白を開始した。

「コノハナサクラさん。ボクはあなたが大好きです。サクラさんは、ボクのことが好きで

すか?」

 足がふるえているけれど、ボクはまっすぐサクラを見つめた。

 サクラは顔を真っ赤にしてボクを見てくれている。

 その隣では、ジュニアが腹を抱えて笑い出したのだ。

「サクラ、お前が好きになる意味がよく解る。実にゆかいな彼氏だな」

「兄様」

 何が何だか解らなくて、ボクは混乱した。

 彼氏、好き、兄様……それってどういうことよ。

笑い続けるジュニアと真っ赤になっているサクラを見比べていたら、急に自分がやってい

ることが恥ずかしくなってあとずさる。

「あっ」と思ったときには、ときすでに遅し。

 ボクは鳥居の上から簡単に落っこちた。

 下は頑丈な石だたみ。

 即死? 

 そんな言葉がボクの頭をかすめたのだ。

 死ぬ前にボクがやったことといえば、神様に謝ることだった。


  鳥居に二度も登ってごめんなさい


 でも、ボクは死ななかった。

 神様が許してくれて、奇跡が起こったわけじゃない。

 落ちたボクを、ジュニアが救ってくれたのだ。

 怪我はなかったが、鳥居に上ったことをジュニアに軽く諫められた。

 そこで、僕は真相を知った。

 サクラのママとジュニアの母親が実は姉妹で、サクラは子供の頃からジュニアを兄と慕

っていること。

 今日は買い物をするため一緒に出かけたこと。

「明日の放課後、お家まで届けに行こうと思ったけど先に渡しておくね」

 サクラは手に持っていた紙袋を、ボクに差し出したのだ。

「?」

 マヌケ面で、首を傾げるボク。

「お誕生日、おめでとう。ガンプラって解らないから、兄様についていってもらいまし

た。でも、選んだのは私です。だって……大好きな人の誕生日だから……」

 サクラはそういって、頬を染めた。

 ボクは紙袋を取りもせず、自己嫌悪に陥っていた。

 ボクはサクラを疑っていた。

 自分でも忘れていた誕生日を、サクラは覚えていてくれた。

 買ったこともないモノを、ボクのために一生懸命選んでくれていた。

 その間、ボクはいったい何をしていた?

 今日一日を振り返り、ボクは……逃げ出したくなった。

 でも、それをジュニアが許さない。

「これからも 大切な妹 をよろしくな」

 大切な妹の部分が、強調しているのは気のせいか?

 ボクの肩をガッシリと掴み、ジュニアは和やかな笑みを向けられていると、気のせいじ

ゃないよ……絶対に。

 サクラを泣かしたら、ボクは明日の太陽を拝めなさそうだ。

 ボクはジュニアに頬の引き攣った笑みを返したのはいうまでもない。

 それから、ジュニアは帰りボクはサクラと二人っきり。

 綺麗な満月の下を歩き、サクラの家までの短い距離をお喋りしながらゆっくり歩いた。

 とんでもない一日が終わりを告げるけど、ボクは幸せだった。

 サクラの気持ちと、サクラの心のこもったプレゼントにニマニマするボク。
 
 玄関までサクラを送り届けると、ボクはサクラに「また、明日」といって手を振った。

 サクラも「また、明日」と言って手を振ってくれた。

 凄く素敵な響きだな。

 初めて、そう思ったよ。

「また、明日」

 ボクは、その言葉を噛み締めて家路を急いだ。

                          おわり

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