蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

春夢少年

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「夏華少年」
 上田誠の物語です。
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毎日寒いですが、いかがお過ごしですか?

どうも、三日月です。

使い捨てカイロと湯たんぽがお友達のような毎日を送っています。


「春夢少年」


 終了しました。

 短編小説って、やはり難しいです。

 もちろん、短い話が簡単かと言われれば、もちろん、どっちも難しいですよ。

 そんな苦手意識を持ちつつも、「春夢少年」を書きました。

 えーと、この小説は始め断っておきます。

 テーマは「家族愛」です。

 多少間違った方向に進んでおるかと思われますが、書く前はそうだったのです。

 上田と清十郎の間に存在する「家族」というやつを書いてみたかった。



 本当です。


 もし、最後まで読んでくださったかた、新しい「家族」の形がここにあると無理矢理

納得してください。

 さて、三日月には珍しく、この小説はタイトルから考えました。

 『夏華少年』のスピンオフ作品なので、どうしても、春・秋・冬のどれかを入れたかっ

た。

 で、漢和辞典で調べました。

 上田にしっくりする言葉。



 「春夢(しゅんむとよんでください)」


 意味は……


 春の夜の夢

 人生のはかないことのたとえ

 (俗)空想。幻想


 などです。

 この中で、上田の人生を表現するのにしっくりいったのが、空想、幻想。

 だから、タイトルは『春夢少年』に決定!

 てな具合で、書き始めました。

 
 テーマ曲(というか、ひらめきを頂いた曲)は、

 アジアンカンフージェネレーションのアルバム「ソルファ」から

 「Re:Re:」

 です。

 あの曲の歌詞のところどころと、上田の感情をリンクしているかと……

 ええ、今回もずっとアジカンを聴いてましたよ。

 そして完成した作品です。


 次にキャラ解説を少しだけ。

 上田誠……沈着冷静な優等生。でも、本当は真面目すぎて不器用な子。
      元になったものは、アジカンの歌だけです。
      実在した人物は、いませんよ。

      煙草については、結構悩みましたよ。
      なんせ、上田は未成年なので、そういう事は教育上アウトなんだろうな〜。
      でも、これは大切なアイテムなんです。
      清十郎との繋がりを示す、数少ないものなので。
      採用しました。が、みなさん、「煙草は二十歳になってから」ですよ。
      ちなみに、三日月は煙草を嗜みません。
      人が吸っているのを見ているのは好きですけどね。
      とくに煙草を挟んだ手の形が……


清十郎……彼はチョイワルでいいかげんな役どころです。
     でも、誠に対する思いは誰にも負けません。
     とにかく、オヤジを書きたかった。
     聞いているほうが恥ずかしくなる言葉を平気で(誠にだけね)吐ける奴。
     それが清十郎です。
     カッコイイオヤジなのに、清十郎って意外と子供でした。
     だからこそ、誠とバランスがいいのかなー。


真下冬流……彼は、愉快な子の一言につきます。
      「女装はポリシー!」
       と言い切る彼は、謎多き方です。
       自分というものがハッキリしているし、
       ズバッと言い切るところがなんともねー。
       男気のある人なのです。
       だから、チョイワル、いいかげんな清十郎は苦手なのかもしれません。
       上田をアメリカに連れて行っても、
       冬流は冬流なりの守り方と突き放し方を使い側にいる事でしょう。


 以上です。

 こんな感じの小説を、楽しんでいただけたら三日月はとても幸せです。

 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

 また、別の作品をよろしくです。

 では、本日はここまで!


                         2008.1.28     
 

春夢少年 その21

 真下冬流は、準備を始めると言い残し帰っていった。

 ウキウキしていたのは、私が留学を決めたからだけではないような気もするが……真実

は時として知らなくても良いものだ。と自分を納得させた。

 清十郎は、真下冬流を見送りに行った。

 私はオハナさんと理事長室で別れ、そのまま廃庭園へ向かった。

 平日なので、校舎と運動施設は騒がしい。

 が、ここは静寂そのものだ。

 とはいえ、ここは常に静寂が保たれている。

 なぜか知らないが、ここへ立ち入るものはほとんどいない。

 古ぼけたベンチに腰を下ろす。

 理事長室の清十郎の私物から拝借してきた煙草を取り出し、これまた拝借したジッポで

火を点ける。

 いつもの爽やかな香りに、私はすぐに包まれた。

 ホッと、初めてまともに呼吸をした気分だ。

 昨夜から先程まで、信じられないほど様々なことが起こり、私を翻弄した。

 しかし、本当に全てが現実だったのか? 

 自問して、「はい」と答えてよいものかな? 

 あまりに夢のような出来事だったので、私は返答に困っていた。

 煙草を銜え、手を見下ろす。

 以前は、両手が鮮血で染まったように見える幻覚が発作的に起こっていた。

 今度は……

 しっかり清十郎の手を握った私の手は、もうその色には染まらないはずだ。

「手がどうかしたか?」

 不意に問い掛けられ、私は銜え煙草のまま見上げた。

 そこには、清十郎がいた。

 真下冬流を送り返し、ここへ直行してきたようだ。

 隣へ腰掛け、私を見てニヤリとする。

「?」

「煙草を吸っている姿を始めてみた」

 清十郎に言われて、私は慌てて煙草を銜えている口から取り消そうとした。

「いいよ、もったいないから、そのまま吸いな。その代わり、俺にも一本」

「理事長職についている者の言い草ではないな」

 ツッコミを入れてみると、煙草に火を点けながら清十郎は喉を鳴らして笑ったのだ。

「俺はチョイワルだしー、いいがげんだしー。それに……誠の吸っている姿をもう少し見

ていたいからな。ノープログレムってやつだな」

「……理由になってない」

 私は眉根を寄せて、清十郎を批判した。

 それでも、清十郎は嬉しそうに笑い煙草を吸い始めた。

 ベンチの背凭れにもたれ、空を仰ぎ見、とてもだらしない格好だ。

 誰にも見せられない姿だ。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜くたびれたぜ。誠は、あのテンションについていけるの

か? これからずっと、あのテンションだぞ。俺はもうアウトだ」

 清十郎は、どうやら真下冬流が苦手のようだ。

 私は……どうだろう?

 少しだけ考えてみた。

 帰り際。真下冬流に、それ(女装のことだ)は趣味か? 本気か? 問い掛けた。

 真下冬流は妖艶な笑みを浮かべて、堂々と言い放ったのだ。

「これは私のポリシー!」

 と、何に対してなのかは良く解らないが、真下冬流はいい人だ。

 だから、私は清十郎へこう答えた。

「平気だ。八重樫を少しおとなしくした程度の相手だ」

「お〜〜言ってくれるね。って、あの直球ストレート勝負好きの我甥はどうした? たし

か、誠を探しに行ったはずだけど? 会ったのかい?」

「会った」

「で、我甥は、今何処?」

 私は炭酸で慌てている八重樫の姿を思い出し、少しだけ口元に笑みを浮かべた。

 そして、こう答えてやった。

「そろそろ」

「そろそろ?」

「とんでもないことが起こるはずだ」

「はい?」

 清十郎が体を起こし、こちらへ顔を向けた。

 私はニコリと微笑んだ。

 その刹那、オハナさんが慌てた様子でこちらへ向かって飛んできた。

「セイジュウロウ! 大変だよ。アキラが捕まった!」

「なぬっ?!」

 清十郎が、素っ頓狂な声を上げオハナさんのいる空中を見上げた。

「早く一緒に来て欲しい」

 オハナさんに頼まれ、清十郎は慌ててベンチから立ち上がった。

 私に小さく謝り、オハナさんと一緒に廃庭園から出て行った。

 取り残された私は、煙草を吸い始めた。

 春の空は、微かにピンク色に染まっているようにみえた。

 銜え煙草のまま、私は目を閉じ、思い出した言葉を心の中で呟いた。





『俺は……自由に世界を飛ぶ翼を君の背中に見た。俺は、君の翼を羽ばたかせる手伝いを

してあげよう。ただし、帰る場所は俺の所にして欲しいんだ。本当の自由は帰る場所があ

るからこそ存在する。なぜ、そんなことを言うかだって? それは決まっている。なぜな

ら、君は今日から俺の大切な家族になるのだから。ずっと、側にいて欲しい』




 私は必ず帰ってくる。

 そのためにも、綺麗に片付けておかなければならない問題は山済みだ。

 明日から、頑張ることにしよう。

 そんなことを考えながら、私は春の空に向かって煙草を吸い続けた。



                                 終
 

春夢少年 その20

「誠、何を言い出すんだ。俺の側が嫌なのか? それとも……俺よりも見た目は若い異性

だが、中身がおじさんというパターンが好みだったのか?」

 清十郎が面白いほど動揺している。

 とても可愛いと思ってしまった。

「それは聞き捨てならないわね。私は中身も十分若くて優しいわよ」

 真下冬流は、あたふたしている清十郎を睨んではいるが、どこか楽しげだ。

 オハナさんは、この状況に参加する気はないらしく天井辺りでフワフワと傍観中だ。

「俺は決めた! 誠のためにイメージチェンジをする。誠が若いのがいいなら、変えてや

る。誠、お前の好みはなんだ? 言ってみろ! 俺はどんなものにでもなってやるぞ」

 清十郎の必死さは本当に可愛かった。

 ソファーから立ち上がり、先に立っていた私の肩を掴んで真剣な眼差しを向けてきた。

 そんな清十郎をいつまでも見ていたいが、このままだとためらいなく何かしてしまいそ

うな勢いだ。

 今の清十郎が一番好きな私としては、それは望まない行動だ。

 そろそろ、この騒動を終いにしなくてはいけない。

 そして、それを終いにするのは私の役目なのだ。

 私の肩をしっかり掴んで離さない清十郎の手を、静かに払う。

 力が籠められていたはずなのに、私が払ったことで簡単に外れた。

 同時に必死だった清十郎の表情に、戸惑いが生まれた。

 私は清十郎へ腕を伸ばし、そっと抱き締めた。

 清十郎の体がビクンと震える。

 震えが私の腕へ伝わり、心に響く。

 私は目を閉じ、心に響く清十郎の震えを感じ続ける。

 清十郎に抱きつく事は、子供の頃から望んでいた。

 しかし、同時にしてはいけないことと堅く自分に禁じていた。

 いつも、いつも、清十郎に抱きつきたかった。

 そうすれば、どんな思いが私の中に生まれ、どんな清十郎を感じることができるか知り

たかった。

 十二年。

 私を律し続けた甲斐はあった。

 あの頃……清十郎の背丈の半分しかなかった子供のころに抱きついていたら、清十郎の

息遣いをこんなに近くで感じることは出来なかった。

 今の状態のまま、私は清十郎の耳元へ囁いた。

「昔も今も私の一番は清十郎だ」

「一番なら、どうして側にいてくれない?」

 私を拒絶することなく、清十郎は同じよ耐えるように囁いてくれた。

 清十郎の声が耳朶を擽る。

 くすぐったかった。

 清十郎もそうなのだろうか? 

 知りたかったが、今は清十郎の問いに答えるのが先だ。

「世界」

「はぁ?」

 清十郎が、最も適切な言葉を返してくれた。

 そんな短い言葉では解らないのは、私とて承知している。

 だから、私は言葉を続ける。

「一人で外の世界を見てみたくなったんだ」

「なら、俺が見せてやる。自由は奪わない、束縛もしない」

 その言葉に、私はクスリと笑ってしまった。

 真剣な清十郎は、こんな私に憤慨するかもしれない。

 だが、私は謝らず言葉を続けた。

「清十郎の気持ちは、よく解る。約束を守ってくれ、私に世界を見せてくれる」

「なら、いいじゃないか」

「帰る場所があるからこそ、自由は存在する。そして、私の帰るべき場所は、清十郎。あ

なたのところだ」

 清十郎が突然笑い出したのだ。

「そうだな、そうだったよな」

 私の理由に納得してくれたみたいだ。

「私はアメリカへ行く」

「解ったよ」

「必ず帰ってくる」

「当たり前だ」

「私は清十郎が大好きだ。出会った時から、ずっと大好きだ」

「……」

 これには返事が聞けなかった。

 清十郎の耳が赤くなっている以外は、静かなものだ。



「あのね、同性の抱擁って好きじゃないんだけど」

 真下冬流のつまらなそうな声がした。

 その瞬間、私は清十郎と二人きりでないことを思い出した。

 慌てて清十郎から離れ、真下冬流へ目を向けた。

 つまらないといわんばかりの声だったというのに、真下冬流は私と目が合うと本当に嬉

しそうな顔をした。

「目の保養にはなったけどね」

「……」

 反論や言い訳なんて、なにも出来なかった。

 ただ、彼とアメリカへ行っても大丈夫だという事はよく解った。

 私は何も言わず微笑みを返すだけにした。


                                つづく




 

 

春夢少年 その19

「私はね、優秀な助手が欲しいの」

 真下冬流は、来客用ソファーに座った状態で堂々と言ったのだ。

 正面のソファーへ座る私は、その清々しいまでの態度の真下冬流を凝視する。

 私の隣に座る清十郎は、なぜか渋い顔で無言を貫いていた。

 真下冬流の望みに嘘はないことは、すぐに解った。

 だが、私はニコリと微笑んだ真下冬流を睨み返した。

 優秀な助手を欲しがる真下冬流。

 その相手が、どうして私でなければならない?

 私は相手の事を何も知らないというのに……。

 だから、私は尋ねてみた。なぜ、私なのかと。

「だって、清十郎が君のことを凄く自慢するのよ。可愛いとか、賢いとか、一番大切な人

とかね。会う度に同じ事を言われているとね、実際に会っていない私でも君の事が好きに

なるのよ。清十郎と同じように、心配したり喜んだりしちゃうわけ。さしずめ心の置き場

はお母さんよ。まぁ、清十郎は違うかもしれないけど、私はそうなの」

 真下冬流は一端言葉を切り、唇の端を上げて意味ありげな笑みを私へ見せた。

「でね、擬似お母さんとしては、可愛い息子の将来が心配になったの。清十郎は学園を卒

業しても、君を側に置くつもりみたいだけれど。私は反対したの」

「だから、どうして、冬流に反対されなきゃいけないんだ。これは、俺と誠の問題であっ

て、冬流には関係ないだろ」

 渋い顔で無言を通していた清十郎が、異論を唱えた。

 その異論に対し、真下冬流は冷ややかな視線を清十郎へ突きつける。「あんた、バッカ

じゃないの? 何も分かっていないのね」と言わんばかりの迫力があった。

 迫力負けした清十郎は、「ぐぐぐ……」と呻き声をだしただけだった。

「関係ない? そんな風に思っているのは、あんただけだよ、清十郎。いい? 説明をし

たはずだけど、この場でもう一度バカな親友に説明してあげるわ。誠君は、ここで終わっ

てはいけないだけの才能があるわ。もちろん、それは頭脳だけじゃないわ。誠君は否定す

るかもしれないけれど、私には解るの。今は清十郎という世界以外を知らないわ。でも

ね、もっと広い世界を見るべきなの。感じるべきなの。色々経験して、自分の物にして、

成長するの。それが、誠君には可能なの。私はその可能性を伸ばしてあげたいの」

「だから、どうして、そんなに断言するんだよ」

「決まっているわ。私がそうだったらか」

 真下冬流は、自信満々に胸を張ったのだ。

 間違ったことは言っていないと言っているみたいだ。

 清十郎は、収拾のつかない話相手に対しため息を吐いたのだ。

「冬流は、それでいいかもしれないが、誠は違う。俺の側に置く」

 はっきりした口調で宣言した清十郎は、私の手を強く握り締めたのだ。

 決意を感じる。

 守られているのも感じる。

 それが嬉しくてたまらなかった。

 ここには絶対的安心がある。そう思うと、頬が自然と紅くなってきた。紅さや気持ちを

知られるのが嫌で俯いた。

 私と清十郎の気持ちは一致しているというのに、真下冬流は徹底的に否定を繰り返すの

だ。

「そんなに庇護してどうするのよ。清十郎の優しさしか知らないなんてダメよ。いつか、

目の前に大きな壁が現れても対処するのは誠君なの。クリアしなくちゃいけないのは誠君

なの。清十郎ではないの。だからこそ、必要なの。世界を知ることが。世界は、もっと楽

しくて、優しくて、辛いこともあるけれど、少しも嫌じゃないことを誠君には教えてあげ

なくちゃいけないの」
 
「それも冬流の経験か?」

「そうよ。私は一人でこの難題に立ち向かって答えをだすしかなかったけど、誠君が私と

同じように答えを出せるとは限らないわ。だから、私は誠君に多くの選択枝を与えてあげ

たのよ」

 真下冬流のいいたいことは、なんとなくだが解る。

 ここに留まれば、清十郎の側にいれば、私は安心を得続けられるだろう。

 だが……

 感情の置き所が違うだけで、私の立っている位置というやつは5才の時と変わらない。

 四角い白い箱の中にいた私が、清十郎のいる学園という名の四角い箱に移動しただけな

のだ。

 真下冬流は、そのこと指摘したのであろう。

 私の事を心配してくれる人が、私の知らないところにいた。

 正直、嬉しかった。

 頬の筋肉が緩みそうになる。

 だが、私はそうはならなかった。

 それは、釈然としない疑問が解決されていなかったからだ。 

 なぜ、私に直接言ってくれなかったのだろう?

 それだけ自信を持っているというならば、私とて耳ぐらいは貸したはずだ。

 遠回しの言い方では、私には伝わらない。

 そのことを真下冬流へ伝えると、彼は眉間にシワを寄せたのだ。

「伝えたかったわよ。でもね、そこのおじさんが大反対するのよ。箸にも棒にもかからな

いって、こういう事をいうのかしらね。だから、私は清十郎に賭けを持ちかけたの。君が

清十郎から離れたら私の勝ち。留まったら清十郎の勝ち。好きにしなさいって感じでね。

そのために君を傷付けたことは正式に謝罪するわ。でも、私も大変だったのよ。葛城って

子を目撃者にするために、あの子の親族の結婚式をわざわざあのホテルでするように仕向

けたし、私と清十郎の結婚話のでっちあげとか大変だったのよ。それなのに、失敗だわ、

誤算だわ、オハナさんの存在も、内緒の約束もなかったら、絶対に私の勝ちだったの

に……」

 真下冬流は、悔しそうな顔をしていた。

 私といえば、大掛かりな賭けが知らないところで行われていたことに対して怒りより呆

れてしまった。

「そんなことをして、ホテルに迷惑はかからないのですか?」
 
「ああ……。それは大丈夫よ。だって、あれは私の持ち物だし、少しのむちゃぶりで怒る

のは支配人ぐらいだしね。君を外の世界へ引っ張り出してあげるためなら、可愛いイベン

トよ。失敗したけどね」

 本当に気にしていないのか、真下冬流はイタズラを完了した少年のような笑みを浮かべ

たのだ。

 その笑顔を向けられた瞬間、私は真下冬流のいう外の世界というものが少しだけ想像し

てみた。



 八重樫のような奴がいっぱい登場した。

 
「………」

 想像して、少しだけ後悔をした。

 そんな私の隣では、清十郎が真下冬流のデコピンを喰らっていた。

「冬流、何をするんだ!!」
 
「私からの約束。誠君を泣かせたら、私は速攻でアメリカへ連れて行くデコピンよ」

 清十郎は痛いのか額を擦っていたが、顔は喜びが零れまくっている。

 真下冬流は呆れたのか肩を竦め、ソファーから立ち上がった。

 そして、私に微笑みかけてきた。

「幸せにしてもらうのよ。この私の誘いをフッて、そのおじさんを選んだのだから。泣い

たら」

「アメリカへ連れて行ってください」

 真下冬流の声を遮り、私は気持ちを伝えた。

 その刹那。

 部屋の空気が緊張で凍ったようだが、私は無視して真下冬流に微笑みかけた。


                           つづく

 
 

春夢少年 その18

 大好きな匂いがする。

 清十郎の気に入りの煙草の香りは、まるで魔法だ。

 全てを委ねてしまいそうになる。

 だが、それはだめだ。

 いつまでも、このままでいいわけなのだ。

 心の中にあるちっぽけな感情、拒絶というものを無理矢理引っぱってきて、清十郎から

離れようとした。

 だが、清十郎の強さに私はビクリとも動かないのだ。

「清十郎、離してください」

「いやだ」

 駄々をこねる子供のように、断られた。

「せっかく捕まえたんだ。いくら、誠がそれを望んだとしても、俺は徹底的に反対する」

「反対って……。それは変だ。清十郎は、私を必要としないはずだ」

「俺がいつ、いらないなんて言った?」

「それは……」

 なんと答えればいい?

 清十郎から直接言われたわけではない。

 よく考えれば、私の先走りと言われかねない。

 私が黙り続けていると、清十郎が話を続けたのだ。

「さっきの話だと、俺が結婚すると誠が邪魔になるよーな言いっぷりだったよな」

「……」

「それは、ハズレだ」

 清十郎の突飛な答え。

 私は思わずキョトリとし言葉を反復してしまった。

「ハ、ハズレ?」

「そう、ハズレ。商店街のくじびきじゃあ、さしずめポケットティッシュだな」

「何を言っている! なんで、そうなる!! 私の考えはポケットティッシュほどだとい

いたいのか!」

 私が真剣に考え決めたことだというのに。

 声を上げると、清十郎はクックックッと喉を鳴らして笑ったのだ。

「ここは、驚くところでも、怒るところでもない。誠は俺の気持ちに感動して……」

 清十郎の声が不意に止まる。

 どうしたというのだろう?

 清十郎は、何を言いかけてやめたのだ?

 私が静かに待ち続けていると、清十郎が囁くように問い掛けてきたのだ。

「もしかしてだけど、誠は覚えている? 俺が君に贈った言葉」

 私は何も答えられなかった。

 清十郎のいう『言葉』を、不覚にも忘れてしまっていたからだ。

 黙する私から答えがわかったらしく、清十郎はわざとらしく盛大にため息を吐いたの

だ。

「誠、俺はおおいに傷付いた。あの言葉を忘れてしまうなんて、一生分の勇気を使って誠

だけに贈ったというのに」

「すまない。今、すぐ、思い出す。だから、傷付かないでほしい」

 シュンとする清十郎に、私は慌てた。

 そして、言葉通り今すぐ思い出そうとしたのだが……

「今はいい。あれは、誠だけに向けた俺の気持ちだから。他の奴等になんか聞かせない。

それよりも」

 清十郎は腕の力を抜き、私から少しだけ離れた。

 私は少しだけ自由を得て、清十郎を見上げた。

 反対に清十郎が私を見下ろし、いつもみたいに笑ったのだ。

 子供みたいな無邪気な笑み。

 私は嬉しくて、ついつい微笑み返してしまった。

「冬流。俺の勝ちだ。だから、手を引け」

「?」

 清十郎が何を言っているのか解らなかった。

 私に向けられている言葉でない事はすぐに判断がついた。

 だが、理事長室にいるのは清十郎と私の二人だけのはず……。

 そう思った私の前で、清十郎が横を向いた。

 視線の先には、来客用のソファーがある。

 私も清十郎に習って、ソファーへ目を向けた。

 ソファーには人がいた。

 その人物は立ち上がり、コチラを向いたのだ。

 美人だった。

 栗色の髪はフワフワにカールされており、まるで雲のようだ。

 完璧なまでに整った顔立ち、唇にはピンクのルージュ。

 それに合わせているらしく、シフォンのように柔らかな桜色のワンピースを抜群の肢体

に纏わせていた。

 この瞬間、私は彼女が清十郎の結婚相手で……理由なく負けたと思った。

 美人は私と目が合うと、ニコリと微笑んだ。

 笑顔まで完璧だ。

「初めまして。上田誠君。負けたのは残念だけど、これは清十郎との取り決めだから悔し

いけど手をひくわ。本当に残念だわ。君みたいに、美人で賢くて不器用な子なんて、必死

に探したって見つかるものじゃないもの……」

 美人は頬を膨らませ、不満を顕わにした。

 だが、本気ではなかったらしくすぐに笑みを取り戻した。

「ねぇ、そんなおじさんやめて、私に乗り換えない?」

「おじさんとはなんだ! 同じ年だろうが! 俺がおじさんなら、おまえも十分おじさん

だ」

 沈黙していた清十郎が口を開き、私を自分の方へ引き寄せたのだ。

「あら、私は清十郎とは造りが違うのよ。まだ、おねーさんなんだから」

 美人はケラケラと笑いだしたのだ。

 私はなにがなんだかサッパリ解らず、二人を交互に見た。

 対照的な二人の表情だった……。

(困った)

 心の中で呟くと同時に、オハナさんが現われた。

「もういいかい?」

「あら、オハナさん。……? 今は春よね。どうしているわけ?」

「ボクも進化するのさ」

 八重樫が関係していることは言わないつもりらしい。

 美人の問いに、これ以上聞くな的な笑みを返したのだ。

 美人も負けてはいなかった。

「進化するゆうれいね。それは実に興味深いわ、今度私の部屋へ招待するわ」

「遠慮しておくよ。君の部屋に行ったら無事に帰ってこれそうにないからね」

「残念だわ」

 美人は気分を害したことはないらしく、嬉しそうな表情をした。


 私といえば……なにも解らないのに全てが丸くおさまりそうで戸惑ってしまった。

 そんな私に気付いたのは、オハナさんだ。

 美人の隣へ立ち、私へ微笑みかけたのだ。

「マコト。紹介するよ。彼は、この学園の卒業生。君をアメリカへ連れてきたがってい

る、愉快な子。マシタトオルだ」

「そういう紹介っていうか、フルネームを言われるのは好きじゃないけど……。まぁ、そ

ういうことだから。よろしくね、上田誠君」

 美人……真下冬流はニコリと微笑んだのだ。


                            つづく

 

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