蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

冬の桜

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短編小説「夏の光」に登場する千夜宙(せんやひろし)の物語。
高城真昼に出会う前のお話です。
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冬の桜 21

 季節を間違えて(間違えさせられて)早く咲いた桜たち。

 聞いたところによると、後輩たちは校長先生にこっぴどく怒られたらしい。

 当然といえば当然だ。

 雪を人工的に降らせたという噂もまことしやかに流れていたが、俺は無視することにした。

 でも……。

 後輩たちが、奴に満開の桜を贈った事は決して間違いではなかったと思うのだ。

 散り際の潔い桜は、奴の生き方に似ていた。

 冷たく降る雪は、俺の気付けなかった奴の心そのものだ。


 
 春。

 桜が本格的に咲き始める。

 俺は桜が咲くたびに、

 雪が降るたびに、

 奴の事を思い出すことだろう。

 時間がたち、もし忘れてしまっても奴は怒らない……はずだ。

 新しい学校の制服に袖を通した俺は、満開の桜に手を伸ばす。

 桜に触れて、俺は微笑んだ。

「さてと、行ってみますか」

 俺は桜から手を離し、出発をした。




 この数時間後。

 俺は彼女に一目惚れをする。

 この時の俺は、このことを気付かずにいるのだった。



                                      終

冬の桜 20

 重い気持ちを抱えたまま、俺は家へと戻った。

 部屋のベットへ座ると、俺は手に持っている封筒をジッと見詰めた。

 奴の家から帰る時、おじさんが何もかも無くなっていた奴の部屋の真ん中にたった一つ残されていたも

のだと言って持たせてくれたものだ。

 封筒には、俺の名前だけが書かれていた。

 暫くの間、ジッと見詰めていたが、意を決して俺は封を切ったのだ。

 中身は手紙だった。

 奴の綺麗な文字が一枚に綴られていた。



 宙の前から消えたこと。
 それを謝るつもりはないよ。
 これは僕が望んだことだから。
 だから、宙。
 悲しまないでほしい。
 辛さで心を痛めないでほしいんだ。

 今日。
 君が高城真昼と似合うと言ったのを覚えているかい?
 理由を教えていなかっただろ。
 だから、ここに簡単に書いておく。
 彼女は自分の世界に壁を作っている。
 それを壊れされないように、彼女はいつも自分の全てに新たな壁を築いているんだ。
 僕は、彼女の築く壁を壊したかった。
 そしてこの世界で二人で生きてみたかった。
 でも、この壁を壊すのは僕の役目ではない。
 彼女の築く壁を壊し、一緒の世界を造るのは心の痛みを知っている宙の役目だ。
 宙の真っ直ぐな心根だけが、彼女を救える唯一の力なんだ。
 それから宙の中の壁を壊せるのは彼女なんだ。
 だから、僕はここにもう一度宣言する。
 宙は必ず彼女に恋をする。
 恋をして幸せになる。
 だから、僕がいなくなることを悲しむな。
 悲しむと、呪うからな。
 宙と彼女が幸せになること。
 二人が人生を楽しむこと。
 二人には、その権利があること。
 だから、自信を持って生きて欲しい。
 それが僕の願いであり、遺言でもある。
 それじゃあ、宙。
 僕は……



 この先を読むことは、泣いている俺には出来なかった。

 気付けば、手紙は俺の手の中でクシャクシャになっていた。

冬の桜 19

「君が謝ることはないよ」

「でも!」

 おじさんの優しい言葉に、俺は戸惑いだらけだ。

「さっき来てくれた彼女にも言ったけれど、これは彼女や君のせいではないんだよ」

「彼女……高城真昼ですか?」

「高城? ………………………ああ。彼女が」

 おじさんが、何を確認するかのように頷いていた。

 俺の想像だが、おじさんも彼女は知らなくても過去を知っている一人だと思う。

 でなければ、あんな表情をするわけない。

 俺の考えている事が解ったらしく、おじさんは少し恥ずかしいような困ったような複雑な顔をしたの

だ。

「彼女……高城さんは、名前も言わずにお線香をあげさせて欲しいと願い出て、あげ終わると君みたいに

いきなり頭を下げたんだ。同じように必死に真剣に謝ってくれたんだ。彼の苦しみを理解できなかったこ

と、手を握り助けることが出来なくて申し訳ない。でも、違うんだ。君たちのせいじゃないんだ」

「でも」

「でもはナシだ。彼の望まない世界を造ってしまった我々大人だ。彼の苦しみを少しも気付いてやれなか

った私の所為だ。ずっと心配していたが、父親とのアメリカ行きが決まったとき淋しいが嬉しかった。血

の繋がりには勝てないし、彼が望むなら一緒に暮らせるほうがいいと思ったからね。でも、彼は違ってい

たんだね。だから、謝るのは私の方だ。彼に君たちに謝るのは私の方なんだ」

 そう言って、おじさんは頭を深々と下げたのだ。

 ずっと頭を下げたままのおじさんが泣いていた。

 物凄く後悔しているのが解った。

 それが辛くて、俺は何も言えなくなってしまった。

冬の桜 18

 棺桶の中は空っぽだった。

 奴は、どこにもいなかった。

『これは、どういうことか?』

 その意味を込めて、俺は後ろへ振り返る。

 男の人(おじと名乗ってくれた)は俺と視線を合わせるのを拒むかのように、目を伏せてしまったの

だ。

 暫くすると静かに口を開いたのだ。

「なにもないんだ」

「えっ?」

「何も残っていないんだ。服も体も、何もかも……」

 おじさんの話を最後まで聞かず、俺は部屋を飛び出した。

 向かった先は、奴の部屋だ。

 電車に轢かれると、人は肉片となってレールや敷石その周辺に張り付くという話を聞いたことがある。

 けど、何も残らないとは信じられなかった。

 奴のいない、形ばかりの葬式。

 空っぽの棺桶。

 どちらも奴の一つが世界から消えた事実を、知らしめているだけだ。

 奴の部屋の扉を乱暴に開け、俺はその場に座りこんでしまった。

 空っぽの部屋。

 何一つない、奴がここにいたという痕跡が綺麗さっぱり消えていた。

 どういうことか知りたくて、再びおじさんのいる部屋へと戻る。

 おじさんは棺桶の前に座り、ボンヤリと天井を見上げていた。

「小さな頃は泣き虫で、いつも私の後を付いて歩いていた。将来は私の跡を継がせたいと望んでいた。良

縁にも子供にも恵まれなかったからね。私は本気で彼を養子にしようとかん考えていた。彼の望むこと

は、どんなことでも可能にしようとした。だが……今の私は無力だ。彼の写真一枚用意してやることが出

来ない。千夜君、今、部屋を見てきたのだろ。空っぽだっただろ。あの中……彼に関する全てのものを彼

は自ら捨ててしまったみたいなんだ」

 ポツリポツリと呟く、おじさん。

 おじさんの淋しげな背中を見詰めた俺は……解ったのだ。

 奴が本気だったことを。

 本気で世界から消え、何も残らないように望んだことを。

 俺はおじさんのそばへ行き、土下座をした。

「ごめんなさい」

「?」

「本当にごめんなさい」

 それしかいえない。

 一番近くにいたのは俺だ。

 奴の本音に気付けなかったのも俺だ。

 卒業式の時に交わした握手の手を離してしまったのも俺だ。

 どんな言葉を口にしても、全て偽りにしか聞こえない。

 だから、俺に出来たことは……。

「本当にごめんなさい」

 額を床にこすりつけるようにして、謝ることだった。

 謝る俺を許してくれるつもりなのか、おじさんは手を握ったのだ。

「千夜君のせいじゃない」

 優しい声に、俺の心は少しだけ軽くなった……気がしたのだ。

冬の桜 17

 玄関から出てきたのは、高城真昼だった。

 彼女は頭を深々と下げていた。

 礼儀正しく御辞儀をすると、高城真昼はビニール傘を差して表へと出てきたのだ。

 高城真昼に続いて出てきたのは、知らない男の人だった。

 でも、俺は直感した。

 あの人が電話で俺に奴の死を教えてくれたおじさんということに。

 門のところで、もう一度高城真昼が御辞儀をし、帰っていく。

 外灯でチラリと見えた高城真昼の顔は、相変わらず冷酷だった。

 一人の死か目の前にあるというのに、あの冷静さはどこから来るのだろう?

 可能なら、揺らがない氷の心を俺に分けて欲しい。

 高城真昼の姿が、闇へと沈んでいく。

 視線で追っていた俺は、電柱の影からうっかり出てしまい……。

「あっ」

 おじさんらしき男の人に見つかってしまった。

 その場から逃げ出そうとしたが、足が一歩も動かない。

 代わりに、男の人がだんだんと近付いてくる。

 近付いてきた男の人は、よく見なくても奴に似ていた。

 真面目で、とても優しい感じ。

 笑えば素敵な笑顔だろうが、今はその素敵な笑顔もなく憔悴しきっていた。

 それでも、男の人は俺の隣へやってくると小さく微笑んだのだ。

 ムリしているのは、一目瞭然だった。

「千夜……宙君。だね?」

 少し迷いながらの問い掛けに、俺は小さく頷いた。

 すると、男の人は安堵したのかホッと息を吐いたのだ。

 男の人の声を聞き、電話の主であることは確信に代わった。

「あの……」

 言葉を出したが、後が続かない。

 近しい誰かの死に直面したのは二度目だが、なんと言えばいいのだろうか?

 こんなとき冷静な大人なら「ご愁傷様」とか「この度は大変でしたね」とか、それなりに気の効いた挨

拶をすることが出来ただろう。

 だが、俺には出来なかった。

 口にする全ての言葉が、ニセモノに化けてしまいそうだったからだ。

 それから、ニセモノが奴の存在を消してしまいそうで怖かったからだ。

 だから、俺は……。

「あの……挨拶していいですか?」

 俺の願いに男の人は一瞬困った顔をしてから、

「最後のお別れだね。きっと、……喜ぶよ」

 少しだけ微笑んだ。

 その笑みは、俺の心が痛くなるほど辛そうだった。

 男の人の辛そうな微笑みの本当の意味を、俺は奴に会って初めて知るのだった。

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