蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

空科少年

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少年シリーズに登場する真下冬流のちょっと昔の物語。
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空科少年 37

 一年後。

 僕は学園に戻ってきた。

 土下座までしてお願いした日から一年。

 僕は黒木さんと紅さんに、嫌っていうほど生きていくための術を叩き込まれた。

 その間、学園は休んでいた。

 でも僕は留年をしなかった。

 黒木さんが学園に話をつけてくれたのだ。

 学園は一年間の留学という形で休んだのだ。

 高等部に進学するための試験も、別で受けさせてもらった。

 休んだ一年、僕は本当に大変だった。

「まじ、死ぬかと思ったよ」

 二人に容赦はなかった。 

 壮絶としか表現できない日々。

 今は「いい思い出」と、言えているのが夢のようだ。

 あと、黒木さんは父さんも説得してくれたみたいなんだ。

 父さんからのコンタクトは一年経った今でもない。

 どうしているか知らないし、僕には関係ない人だ。

 心配なんてしない。 

 僕は二度と籠には帰らないと決めたのだから。

 一年休んで、学園に復帰した僕は……。





 りっぱな女子高校生になっていた。




 髪も綺麗に伸ばした。

 化粧の仕方も覚えた。

 衣装も立ち振る舞いも、素敵な女性として必要なものは全て吸収した。

 二人はそんな必要はないと言っていたし、僕だって本気でそっち系の人間ではないのは自覚している。

 こんな姿をしているのは、僕が僕として生きていくために、強く生きるために、必要だと思ったから。

 間違ってもサイの大好きなトキワキョウコになりたかったからじゃない。

 だから、今日からこのことを聞かれたら「これは私のポリシー!」言ってやることにしているのだ。

 相手が開いた口が塞がらないくらい堂々と言ってやるのだ。




 正門の前で深呼吸。

 僕は満面の笑みで、新しい一歩を踏み出した。

 自分で選んだ未来のために……。



                                    終

空科少年 36

 黒木さんの誘いは、とても魅力的だった。

 夏休み中、ここでお世話になれば僕は父さんのところへ帰らなくていい。

 悲しい籠に戻らなくていい。

 でも……紅さんの言うことは常識としては当然だ。

 僕には父さんがいて、父さんは僕を育てることが可能だ。

 黒木さんは優しくて、いい人で、サイの幼馴染みだ。

 今日出会ったばかりだが、とても気があった。

 心を許せる人に出会った。

 だからといって、ここに居ていい理由はどこにもない。

 僕の答えは、初めから決まっているのだ。

「父さんがいるから……帰ります」

「どうして?」

「えっ?」

 答えを出したのに、疑問を返された。

 黒木さんは、不思議そうな顔をしている。

「どうしてって言われても、僕には父さんがいるからです」

「それは知っているわ。でも、私が知りたいのは冬流君の気持ちなの」

「気持ちって、僕は言いましたよ」

「そんな悲しい声が冬流君の正しい気持ちなの?」

「……」

「本心なの?」

「……」

「冬流君。君はどうしたいの?」

「僕は……」

 詰問されたわけじゃない。

 いつもどおり、優しい問いかけだった。

 優しく、僕の本当の気持ちを知りたいと言ってくれた。

 言葉に詰まった。

「僕は……」

 声が震えてきた。

「僕は……」

 僕は椅子から降りて、黒木さんの前で土下座をした。

 黒木さんには、そんなことをしても解らないし伝わらないことんなんで承知だ。

 でも、そうしないといけない気がした。

 いや、僕の気持ちを伝えるためにはしなくてはいけないことなのだ。

「お願いします。僕をここに置いて下さい。もちろん、それは夏休みだけじゃないです。これからずっと

です。ここでずっと暮らしたいです。父さんのところには帰りたくないんです。お願いします」

 床に額をこすりつけ、僕は何度も願った。

 それから、その理由を全て話した。

 母さんのこと。

 籠のこと。

 父さんとの地獄のような時間のこと。

 サイの気持ちも、

 死にたいと思ったことも。

 いろんな気持ちが、ごちゃ混ぜできちんと説明できたかわからない。

 でも、僕にできる精一杯の言葉で伝えたかったのだ。

 黒木さんは僕の説明に一言も声を挟まなかった。

 ただ、じっと聞いていてくれた。

 解ってもらえると思った。

 ここで、護ってもらえると思った。

 安堵を手にいれられると信じた。

 なのに、返ってきたのは……。

「それで?」

 突き放された疑問符だった。

 驚いて面を上げると、黒木さんは怒っていた。

 それが怖かった。

 混乱した。

 本心を聞きたいと言ったのに……。

「で、って………僕は……気持ちを……」

「私に伝えてくれたのね。それは解ったわ」

「だったら、僕をここに置いて下さい」

「それは出来ないわ」

「どうしてですか? 僕がこんな話をしたから? 僕が穢れているから? 僕が……」

 この後、何を言葉にすればいいのだろう?

 僕には、もう何もないというのに……。

「そうじゃないの」

「だったらなんで、そんなことをいうの!?」

 僕の声は悲鳴に近かったと思う。

 怒っていたはずの黒木さんの表情が、とても悲しそうになったのだ。

「そうじゃないの。ねぇ、冬流君。私が、さっきなんて言ったか覚えている?」 

「さっき?」

「未来はその人の意思が左右するって」

 紅さんとそんなことを話していた。

 だから、僕は「うん」といいながら頷いた。

「意思による選択が間違ってしまうかもしれないし、正しいかもしれない。その場に立ち止まったままだ

と、何も変わらないし始まらない。だったら、一歩踏み出して未来をみてみるの。それは怖いことよ。だ

ってどうなるか解らないもの。でもね、その場に立ち止まっていてもダメなの。立ち止まっていては、ど

んな困難も立ち向かうことは出来ないわ。誰も一緒に歩いてはくれないわ。誰もあなたを必要とはしてく

れないわ。行動しなくっちゃ。ねっ」

「………」

 僕は黒木さんの言葉を、心の中で何度も繰り返す。

 繰り返して、自分の中で自分の言葉に変化させる。

 しばらくして、黒木さんが再び問いかけてきた。

「冬流君の気持ちを聞かせて。君は、これからの自分の未来。どうしたいと思っているの?」

 いつもの優しい微笑みの黒木さんを僕はまっすぐと見つめて口を開いた。

「僕は……」

空科少年 35

 それから僕は、黒木さんとたくさん話をした。

 黒木さんがこうなってしまった理由。

 子供の頃は、僕たちと一緒で、日が暮れるまで元気に走りまわっていたそうだ。

 紅さんとの馴れ初めは、ちょっとだけ悲しくて、とっても胸が温かくなった。

 あんな恐い顔をしているのに、紅さんの優しさに口にこそしないけれど僕は驚いていた。

 黒木さんは、やっぱりあの庭園にあるお屋敷の住人で、全て私物だそうだ。

 高校生のときに黒木さんは会社を造った。

 黒木さんが経営しているもの中には、僕でも知っているホテルやデパートがあったり、ネットの中にあ

るそうだ。

 その全てのサポートを紅さんがやっているらしいが、僕から見たら一緒に何かを創っているようだ。

 信頼がなければ、絶対に不可能なこと。

 僕は、少し……ほんの少しだけ二人の関係を羨ましいと思ってしまった。

 黒木さんはサイの話をしてくれた。

 僕を気遣って話をすることを避けてくれていたみたいだけど、僕がせがんだんだ。

 僕の知らないサイの話。

 子供のころ、近所のお化けのでるという噂の屋敷にもぐりこんでサイが気を失ったこと。

 海へ行って、沖へ流されかけたこと。

 それから……容姿も成績も申し分なかったのに、サイの情熱はいつもアトムに注がれていて恋愛とは少

しも縁がなかったこと。

 自分がこんなになってしまっても友達でいてくれたこと。

 いつも心配して、暇があれば手紙やメールや直接逢ってくれたこと。

 黒木さんにサイの話を聞いていくたびに、僕はサイがもっと好きになっていった。

 僕の理想の人。

 でも、それは過去のサイ。

 現在のサイは……まだ好きだけど理想の人ではない。



 楽しい時間が終わりを告げる。

 そろそろ僕は、この家から自分の家に帰らなくてはいけない。

 それは地獄を意味する。

 寒くもないのに、体がブルッ震える。

 手が震えてきて、持とうとしたカップがソーサーとぶっつかりカチャカチャと嫌な音を立て始める。

 怖かった。

 どうしようもない現実を突きつけられて、僕は混乱し始めた。

 まず、この震えをどうにかしないと。

 黒木さんに気付かれてしまう。

 深呼吸を三回。

 気持ちを落ち着け、心に大丈夫と言い聞かせる。

「ねぇ、冬流君」

 言い聞かせている途中、黒木さんが僕の名前を呼んだ。

 気付かれたと思って、僕はドキリとした。

「もう夏休みでしょ。あと少し遊んでいかない?」

「えっ?」

 それは意外な申し出だった。

 出来ることなら、イエスといってもっとここにいたかった。

「ねっ、たくさんお話をしましょう」

「黒木様」

 戒めるような紅さんの声。

 それが聴こえないふりをする黒木さん。

「そう! 夕食も一緒にどうかしら?」

「黒木様」

 再び戒めるような紅さんの声に、僕がビクッとする。

 でも、紅さんはまだ知らん顔で両手を叩いてはしゃいでいる。

「冬流君さえ良かったら、泊まってくれてもいいんだけれど……夏休み中、ずっとここで」

「黒木様。出過ぎた真似は、だれも幸せにはいたしません。彼には帰る家があるのです。ご両親が待って

おられるのですよ。斎さんは具合が良くなるまで、置いて欲しいと頼まれただけではありませんか。黒木

様のわがままを許しません」

「そんなの……解っているわよ……。でもね……」

 二人を見ていると、サイは僕のおかれている状況を何も話してないみたいだ。

 黒木さんは唇を尖らせ、不満顔。

 紅さんは一歩も引かずに、正しいことを間違いなく言っている。

「でもでも……そうだわ。冬流君に決めてもらいましょう」

「その必要性はどこにあるですか?」

「だって、自分の意思って大切でしょ? その意思が未来を左右するかもしれない。もちろん、意思によ

る選択が間違ってしまうかもしれないし、正しいかもしれない。その場に立ち止まったままだと、何も変

わらないし始まらない。だったら、一歩踏み出して未来を見てみたらいいとおもうの」

「私には屁理屈にしかきこえませんが」

 黒木さんは呆れ顔の紅さんへ、晴れ晴れとした笑みを見せたのだ。

「ねぇ、冬流君はどうしたい?」

 黒木さんはあの笑みのまま、僕の方を向けたのだ。

「えっ……僕は……」

 僕は……どうしたらいいんだろう?

空科少年 34

 僕が泣き止むまで、黒木さんはずっと同じ格好でいてくれた。

 体勢的にはかなり無理があるのに、疲れたなんて一切口にせず僕の好きにしてくれていた。

 かなり泣いて落ち着きを取り戻すと、僕はお礼を言って椅子に座った。

 黒木さんは恐そうな男の人(紅さんと言うそうだ)を呼んで、ジュースとケーキを注文していた。

 紅さんは一礼すると、部屋を出て行った。

 数分後、注文の品を全て銀色のお盆に載せて戻ってきた。

 部屋の隅にあったテーブルを僕と黒木さんの前に置くと、部屋の隅に待機した。

 余計な心配かもしれないけれど、黒木さんは一人で平気なのだろうか?

 テーブルの上にあるのは、甘い匂いのするメロンショートと、湯気の立つ綺麗な色の紅茶だ。

 どう考えても介助なしは無理のような気がするんだけど……。

「冬流君。さあ、召し上がれ。今は、これしか用意できなくてごめなさいね。君の好きなチーズケーキは

冷蔵庫になかったみたいなの」

「メロンも好きです!」

 二人の気遣いが嬉しくて、僕は大きな声で返事をした。

 普通にしたはずなのに、黒木さんはクスクスと笑ったのだ。

 どうして笑われたのか、解らなかった。

 ちょっと不満だ。

 頬を膨らませると黒木さんは、謝罪をしたのだ。

「冬流君の元気な返事が嬉しかったの。少しは元気を取り戻せたみたいで」

「………」

 僕は何も言えなかった。

 そして嬉しかった。

 僕の事を気にかけてくれる人が、この世界に居てくれた事が。

「さあ、召し上がれ」

 もう一度、勧められて、僕は「いただきます」と言って目の前にあるケーキに手をつけた。

 僕の心配をよそに、黒木さんは上手に紅茶を飲んでケーキを口に運んでいった。

 全て置く場所がきちんと決まっていて、目を瞑ったままでも食べられるというのだ。

 ジョークのつもりなのか、黒木さんは瞼を閉じてケーキをパクリと食べたのだ。

「本当に巧いですね」

「ありがとう。これは、練習の成果よ」

 胸を張って、ちょっとだけ自慢な表情をする黒木さん。

「泣きながらの成果ですけどね」

 素早く突っ込みを紅さんに入れられて、子供のように拗ねた表情になった。

「それは解っているわよ。紅がいなかったら、私は自分で出来ることを全てあきらめてしまったわ。だか

ら、私はいつも感謝しているわ」

「それは初耳ですね」

「本当よ」

「では、今はそうしておきましょうか。珍しく黒木様が私に感謝を示してくださっているのですから」

「………」

 開いた口が塞がらないと言った表情の黒木さん。

 最後まで表情を一つも変えない紅さん。

 対照的な二人の表情なのに、とても気が合っている二人。

 微笑ましい二人の姿に、自分の顔がニコニコしてくるのが解った。

 僕がニコニコしていると……。

「黒木様。三番です」

「それは良かったわ。でも残念」

「?」

 二人は不思議な掛け合いの後、いっせいに僕のほうを見たのだ。

 なぜ、二人は僕を見ているのだろう?

 意味が解らずキョトリとしてしまう。

「あの〜、僕の顔に何か?」

「何も付いてないわよ。ただね、天使の笑顔が見られないのが残念だわ」

 残念と言っているのに、黒木さんの顔は微笑んだままだった。

 紅さんも、微笑んでいた。

 よくわからないけど、僕も嬉しくてニコニコした。 

 夏休みが始まってから、僕は初めて心から嬉しいと思った。

 そんな時間だった。

空科少年 33

「まずは、質問を受け付けようかしら? 何か聞きたいことある?」

 座った僕に、黒木さんは唐突にそんなことを言った。

 こういうシチュエーションの場合、黒木さんの語りを僕が聞くというのが普通ではなかろうか?

 いきなり質問なんて……僕は何を聞けばいいの?

 とりあえず当たり障りのないことにする。

 ちらりと車椅子を見てから、このことと目のことには触れないようにしようと硬く誓った。

「あの〜その〜……誰かに似ているって言われませんか?」

「誰か?」

「はい。有名人とか芸能人とか……たとえばトキワキョウコとか……?」

「ああ、そうみたいね。みなさん会えば、そうおっしゃってくれるのですが、ごめんなさい。自分ではど

れだけ似ている確認する術はないの……本当にごめんなさい」

 黒木さんが申し訳なさそうな顔になった。

「僕のほうこそごめんなさい……。そんなつもりじゃなかったんだ」

 そう、僕は黒木さんにそんな顔をさせるつもりなんてなかった。

 自分の気遣いのなさに、僕は悔しくて唇を噛んだ。

 傷付けてしまった……。

 そのことには、触れないように気をつけていたはずなのに。

 膝の上に置いた手を硬く握る。

 その手の上に、白くてしなやかな女性独特の手が添えられた。

 顔を上げると、黒木さんがいたんだ。

「そんなに悲しまないで」

「でも、あなたを傷付けてしまった」

「君は本当に優しいね。でも、その優しさは少し間違っているわ」

「えっ?」

「冬流君は今、私を可哀想って思ったでしょ?」

「う、うん」

 僕は正直な返事をした。

 黒木さんに嘘は通じないと思ったからだ。

 正直に答えたのが嬉しかったのか、黒木さんは微笑んだのだ。

「君は私の見た目で私の全てを判断した。でもね、私は今の私を不幸だと思ったことはないの。もちろ

ん、不自由のことは多いけれど、助けてくれる人がいる。だから、辛いと思ったことはないの。それに、

こうならなければ得られない大切な人にも出会えたわ」

 黒木さんのそれは、強がりではないことはすぐに解った。

 だって、キラキラしていたんだもん。

 トキワキョウコとおんなじでキラキラしていて、羨ましかった。

 全てから逃げ出すことに必死だったこと、心を失いロボットになってしまえたらどんなに楽かと思った

自分が恥ずかしかった。

 でも……本当に羨ましいと思ったのは大切な人に出会えた黒木さんだ。

 僕は、サイを失った。

 きっと、二度と会うことが叶わない。


 サイ……。

 
 サイの儚げな横顔が僕の中に蘇る。

 すると自然と涙が流れた。

 止めようなんて思わなかった。

 僕はワンワンと声を出して泣き出した。

 そんな僕の頭を黒木さんは手で寄せて自分の胸に抱き寄せてくれた。

 黒木さんは、抱き寄せただけで僕に何かを言おうとはしなかった。

 僕は黒木さんの胸の中で泣き続けた。

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