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僕がジッとすると、ほぼ同時だ。 「会長、どうにかしてください! 僕たちだけでは、もう手が回りません」 ジャージ姿の少年が開けっ放しにしているドアからは、真面目感じの少年が入ってきた。 「頼むために目をつけている中等部の子は、既に何かしら役職に就いています。かといって、希望者を募 っても即戦力にならない子ばかりで、僕たちとしては、どうにかしていただかないと本格的にこまるんで す」 話の内容からすると、生徒会の人で、人手が足りなくて困っているっぽかった。 でも、生徒会長さんは動じることなく受け答えをした。 「気にするな。もう、目は付けてある」 そう言った生徒会長さんの言葉が、僕に向けられた気がする。 「えっ? そんな子が、この学園にまだいたんですか? どこですか? 今すぐに手伝ってもらいたいこ とがあるんですよ」 「ああ。だが、無理だ」 「無理? 何故です?」 「編入が明日からと決まっている生徒だからな」 「はぁ?」 真面目な生徒が、わけのわからない表情をしている。 それは僕も同意権だ。 生徒会長さんのものいいだと、紛れもなく僕のことである。 どう考えても、僕は即戦力になるような能力は持っていない。 右京なら話は別かもしれないけど…… 「それは無茶です!」 「そうか?」 「はい、この学園に在籍しているなら内容がわかっているので説明も楽です。でも、まるでわかっていな い子となると」 「一から説明が大変?」 「当然です」 「しかし、社会に出ればそんなことも言っていられないだろ? なにもわからなくてもやらなくてならな いことは山のようにでてくる。やっている過程で覚えていくものだ。私とて例外ではない」 「そうかも知れませんが……ここは小さなテリトリーです。その中でいきなり注目をあびてしまうのは逃 げ場所がなくなるとおもいます」 「それをサポートしてくのが、私や君の役目だと思うのだが。違うか?」 「いいえ……正しいと思いますよ。でも平気でしょうか?」 「平気だ。葛城に目をつけられている彼が、生徒会の仕事くらいで根は上げない」 「葛城先輩にですか!」 真面目な生徒は、ビックリした声をあげててから、黙ってしまった。 「………………………………そうですね。平気ですね。では、編入手続きが終了しだい、僕たちに引き合 わせてくださいね」 「わかっている」 生徒会長さんの返事に安心したのか、真面目な感じの人は部屋を出て行った。 ドアが閉まる音がすると同時に、僕はベッドの下から慌てて這い出た。 今度はストップをかけない生徒会長さんの側に行き、 「生徒会長さん。今の話、聞きようによっては僕の事に聞こえました」 「そうだが? なにか問題でもあるのか?」 「大有りです! 僕には過ぎた役職です。僕は静かにひっそりと僕の時間をここで楽しみたいと思ってい ます」 僕の気持ちを伝えると、生徒会長さんは難しい顔をした。 でも、すぐにその表情は真剣になって僕を見つめた。 怖くて少し引き気味になる僕に、生徒会長さんはその表情のまま口を開いた。 「君の今の考えでは、何も変わらない。君はここで自分を変えたくてきたはずだ。私は理事長からそう聞 いている」 「うっ……」 それは正しい。 実に正しいけど、段階というものがあるはずだ。 それを全てすっとばして、いきなり大舞台にでるようなまねは僕には無理だ。 フルフルと首を振ると、生徒会長さんは残念そうなため息を吐いたのだ。 「君が私の望む役職に就けば、黒崎都築は喜ぶはずだ」 「えっ?」 「君は彼の喜ぶ顔を見たくないのか?」 「見たいですけど……喜ぶと思いますか?」 生徒会長さんは、コクンと頷いた。 「そっか……黒崎さんが喜ぶならやってみようかな……」 心が揺れた。 完璧に揺れた。 黒崎さんの笑みが見られるなら、なんか悪くない。 「えへへ……」 「では、決定でいいな。拒否は受け付けないが」 「はい! お願いします」 元気な声で挨拶をしたら、生徒会長さんは口の端を上げて嬉しそうな顔をしたんだ。 …………あれ? 僕は首を傾げた。 なんかはめられた気もするけど……黒崎さんが喜ぶなら悪くないや。 それに……。 僕はゆっくりと窓辺に立った。 おじさんの家は学園の中にあって、学園の中を遠くまで見渡せる。 ここに着てから、何度となく眺めている僕が通う学園。 新しい場所。 スタートの場所。 楽しそうで、黙っているけどワクワクしている。 ニコニコしていると、ドアが再び開く音がした。 振り返ると、黒崎さんの姿が見えた。 僕は最高の笑みを浮かべて、黒崎さんの下へと駆け出した。 僕に手を差し伸べてくれた優しい大人に、たくさんのお礼をするためだ。 それから……新しい願い、新しい宿願を伝えるためだ。 「黒崎さん。あの……聞いて欲しいことがあります」 終
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宿願少年
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□26□ 「僕は家に帰りたくありません。あの家に帰るくらいなら、僕は世界から消えます。でも、世の中の法律 は、未成年にそんな自由は許さないのを知っているから、帰らなくていい方法なんて分かりません。だか ら、僕が嫌だといっても僕は子供だからどうすることもできません。それが今、僕が考えている全てで す。嘘はないです」 「そっか……子供ってそんなに面倒くさかったけなぁ〜」 おじさんはそう言ったきり、黙り込んだ。 でも、さっきまでみたいにふざけてはいなかった。 笑ってもいなかった。 真剣に何を考え始めた。 数分経ったころ、おじさんは、僕に手を差し出したのだ。 「?」 「その気持ちに嘘がないことは、わかった。ここにいることを許可してやる」 「えっ? おじさん、僕のいったこと聞いてました?」 「もちろん」 「なら、無理だよ」 「いや、世間には子供は知らなくてもいい世の中の渡り方っていうのがあるんだよ。でも、俺は大人だか ら、その方法を知っている。だから、許可してやれるんだよ。無理はどこにもない。だから、左京は何も 心配をせず、ここで自分の人生を作れ」 「……」 「ようこそ、我が北斗学園へ」 そういって、おじさんは子供のように笑ったのだ。 僕はなにがなんだか分からないので、なんとなく笑って見せただけだった。 あれから二日が経過した。 おじさんはおじさんが宣言したとおり、僕がここに残れるようにしてくれた。 どうやってあの人たちを説得したのか、少し知りたい気もするけれど……子供が知らなくていい世界の なら、僕は知らん顔をすることに決めた。 で、ここに残ることが決まった僕は色々な手配が済むまで、おじさんの家にいることになった。 おじさんはいなかったけど、生徒会長さんがいたんだ。 昨夜の綺麗な人とは別の意味で綺麗な人は、静かに読書をしていた。 難しい本を読んでいて、優秀なのは一目瞭然だ。 生徒会長さんは手続きが済むまでの監視役だそうだが、僕は逃げるつもりはまるでないのに役は必要な いはずだ。 僕が静かに首を傾げた。 そんな時だ。 「植下左京」 「は、は、ひっ!」 本を読んでいたはずの生徒会長さんが、なぜか僕のおとなりにいて椅子に座っている僕を見下ろしてい た。 あまりの素早さに、僕の返事は悲鳴に変更していた。 生徒会長さんは、僕のおかしな返事をまるで気にせず… 「今すぐ、ベッドの下に隠れろ」 「へっ?」 疑問符を打つより早く、生徒会長さんは信じられない力で僕の首根っこを掴みベッドの下へと押し込ん だのだ。 「ふぎゅ〜」 「おかしな声を出すな。いいか、これからしばらくは黙っていろ」 「声がもれたら?」 「お前を喋れなくする」 僕は無言で何度も首肯した。 それからベッドの下で猫のように丸まり息を殺したのだ。 何事もなかったかのように、生徒会長さんが椅子に座りなおすと同時だ。 監視されている部屋のドアが開いたのは。 開け放たれたドアからは、お人形のように可愛い子が入ってきた。 フリフリの衣装に薄化粧。 でも表情は、ムッとしていてかなり機嫌が悪そうだった。 「誠! オス猫はどこ?」 女の子の声は態度同様怒りに満ちており、完璧にご機嫌斜めだった。 「猫? 私は猫という種族が好きではないから、そのようなものは清十朗の家にも置くことを許可しな い」 「むっ、嘘ばっか! 黒崎が連れた来たオス猫、ここにいるってオハナさんに聞いたよ」 「聞き出したんだろ」 「違うよ、教えてくれたんだ」 「脅して聞きだしたんだろ? どうぜあのバカを利用したんだろ?」 「違……わないけど……いいだろ、そんなこと。それより、猫だよ。小さなオス猫」 「見つけてどうする気だ?」 「もちろん! 黒崎に今後一切手を出さないように教育する!」 「そうなると、無理だな。会わせられない。私は彼の身の安全と、お前の監視を清十朗に頼まれている。 むざむざ、引き渡すわけないだろ?」 「やっぱいるんだ! 誠がそんなこと言ったって、僕は……」 「僕はなんだ? 葛城?」 生徒会長さんの声が、10℃くらい下がった。 その瞬間、元気だった女の子は驚くほどおとなしくなってしまった。 それほど、この人が怖いのだろう。 隠れている僕の方が、出て行って謝りたい気分なんだから。 反論も攻撃も無駄と感じたのか、女の子は少しだけ引き下がった。 でも完全に諦めたわけではなく、視線を部屋中に這わせている。 そんな時だ。 ドアが再び開いたのは。 「蒼! オハナさんに何を言ったんだ!」 今度は少しきつめな目元が印象的な、高校生くらいの男の人が入ってきた。 その人は何故かジャージ姿に、スコップを持っている。 お人形のような女の子に向かって、遠慮ナシに罵詈雑言を吐きまくっている。 女の子も承知の上か、言いたいほうだいに涼しい顔で「僕は何も言ってないよ」と開き直っている。 二人の言い合いはいつものことなのか、生徒会長さんは完全無視で読書している。 そのうち、ジャージの人は女の子の首根っこを掴んで部屋を出て行った。 女の子はなんとかここに残ろうとしていたけど、ジャージの人の剣幕はそれの勝っていた。 僕と生徒会長さんだけになったので、ベットの下から這い出ようとした。 「まだだ」 「は、はい!」 生徒会長さんの射抜くような声に、僕は再び身を竦ませた。
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「一つ、左京は望みどおり家に帰る。二つ、家に帰らずここで生活をする。とはいったが、俺が出来るの は、お前をここで暮らすことを許可してやるだけだ。家に帰ることを選択しちまったら面倒みれん。それ からここに残っても面倒はみれない」 「セイジュウロウ!」 「ここで生きていくと選択したからには、自分の足で歩かなけりゃ意味がない。そうだろ? オハナさ ん」 「むぅぅぅぅぅ」 綺麗な人は、頬を膨らませた。 反論しなかったのは、おじさんの言うことが最もだと思ったから。 僕もそれには反対じゃない。 おじさんの言うことは、よく解る。 僕は綺麗な人から視線をおじさんにもどした。 その瞬間、僕の頬がヒクリと動いた。 僕が綺麗な人に視線を移していた間、おじさんはずっと僕に視線を合わせていた。 というか、先ほどの問いかけの時のまま動いていなかった。 おじさんは僕と目が合うとニヤリと笑った。 なんかめちゃくちゃ悪戯を思いついた子供のようで、僕は思い切り警戒した。 だって何を言い出すかわからなかったから。 それなのに、このおじさんときたら…… 「オハナさんは綺麗か?」 「えっ?」 「だから、あいつは綺麗か? 思春期少年が心を奪われちまうほど綺麗だったか?」 「はい!? えっと……それは……その……」 さっきの真剣な問いかけとはまるで逆のふざけた問いに、僕は戸惑った。 おじさんは何をいいたいんだ? 「ここに残ると、あの綺麗なお兄さんがいるぞ。まあ、恋人付きだが、いつでも話し相手をしてくれる し、勉強も見てくれるぞ」 「こ、恋人って! セイジュウロウ、何を言うんだ!」 「なんだ? 我が甥は違うのか?」 「ち、違わないけど……今はそんなことをいう時じゃない!」 綺麗な人は顔を真っ赤にして、本格的にプイッと横を向いてしまった。 頬を膨らませる仕草は、やっぱり可愛かった。 「それが駄目なら、黒崎さんがいるぞ。まあ、葛城の若様は強力なライバルだから、勝ち目はないと思う がな」 「八重樫さん! なにを言っているんですか! 今は左京君の居場所の問題です!」 「えっ! 違うんですか? 俺はてっきり若様とデキてるって思っていのに……」 「その言い方は若に対して失礼です。訂正してください」 「えー、若様が教えてくれたのをそのまま言っただけなのに、それを否定しちゃう? それ、若様にその まま言っちゃってもいいですか?」 「うっ……」 黒崎さんが黙ってしまった。 この瞬間から世界は、僕とこの得体のしれないおじさん一人になってしまった。 僕を援護してくれる人を二人とも黙らせたおじさんは、僕を見て再びニヤッと笑った。 「さあ、左京。男なら、さっさと決めちまいな。お前は、どっちを選択する? あぁ、それから正直に な。嘘を言ったら俺がお前をデコピンする。言っておくが、俺には超能力があってな、嘘を吐く奴をピタ リと言い当てることができるからな。その覚悟はしておけよ」 実にいい加減そうなおじさんの言うにはぴったりなセリフだったけど、このおじさんに嘘を吐かなくて もいい気がして僕は正直に僕の気持ちを口にすることにした。
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「ありがとうございます」 「左京君?」 僕の突然の感謝に、その真意を測りかねたのか、黒崎さんが難しい顔をしている。 いままでだったら、僕は僕の中だけで終わらせてしまう気持ちを黒崎さんに伝えることにした。 「僕の心の部屋はいつも真っ暗でした。でも、黒崎さんに出会って、僕の心の部屋は明るいです。でも、 まだとても明るいというわけではないですが、僕の手が近くで見える程度です。それでも、僕にとっては ありがたいです」 「では、もっと、君の心の部屋を明るくしましょう」 僕は小さく首を横に振った。 「僕を僕としてみてくれる人に出会えただけで、僕は幸せなんです。これ以上何かを望んだら、きっと神 様の罰が待っています。だから、僕を……あの場所まで送ってください」 「左京君」 「たまに僕を思い出してください。もちろん、お借りしているお金は、大人になったら必ず働いてお返し します。だから、お願いします」 「左京君。私は、君に何もしてあげることは出来ないのですか?」 「もう、十分してくださっています。それに、これ以上と望まれても、僕は何をしてもらったらいいか解 りません」 「……」 黒崎さんが、悲痛な面持ちで僕を見ている。 ゆっくりと肩から手が離れていく。 うん、これでいい。 僕は、大丈夫。 一人でも平気だ。 もう、終わり。 夢のような時間は、終了するのだ。 キュッと唇を噛み締めると、同時だ。 「セイジュウロウ。君の子供の頃の夢をなんだっけ?」 「なんだよ。急に。今は関係ないだろ」 「いや、おおありだよ。君は、このままでいいと思っていない。この状況は、救うべきことと確信してい る」 「よく、解るな。俺の心を読んだみたいなことをいうし……」 「君の中にある熱い魂を、僕は知っているからね」 僕が渾身の決心をしている正面で、知らないおじさんと綺麗な人は僕の状況とはまるで関係ない会話を 交わしている。 綺麗な人は、勝ち誇った顔をしている。 反対に、知らないおじさんはふて腐れた顔で立ち上がったのだ。 「ちっ。座ったままでいるわけには行かないだろ」 ブツブツと言いながら、知らないおじさんは僕の前にやってきたのだ。 僕の前に立つと、黒崎さんとは別の意味で貫禄のある人だった。 なんか怖くて、逃げよとするけど、僕はあっさり捕まった。 僕の頭を鷲掴みにした知らないおじさんは、顔を近づけてきて目が合うとニッと笑ったのだ。 「おい、名前は?」 「ひっ!」 「名前はなんだよ。小僧?」 「セイジュウロウ。言い方がきつい」 「……ちっ、お前、名前はなんていうんだ?」 綺麗な人の指摘に、知らないおじさんは軽く舌打ちをした。 それから、なるたけソフトに問いかけてくれた。 笑顔を作ってくれたけど、僕は本気で怖かった。 でも、こうして僕のことを見てくれる人にこれ以上黙っていたら失礼だから僕はゆっくりと答えた。 「植下左京」 「植下左京。ふ〜ん……」 「な、なんですか?」 僕の名前を聞いた後、おじさんはニヤニヤ笑ったまま何も言わなくなってしまった。 なんか気に入らなくて上目遣いで見上げると、おじさんと目が合った。 怖くなって、思い切り目を閉じると、おじさんは僕の頭を撫でたのだ。 「いい名前じゃねーの。なっ、左京」 「!?」 おじさんに呼ばれて、僕は驚いた。 目を開け見上げると、おじさんはニカッと笑ってくれたのだ。 まるで新しい友達を見つけたのような子供のような笑顔だった。 僕もなんだか嬉しくて、笑ってしまった。 「えへへ……」 「時に、左京。お前はこれから人生で最初の岐路に立っている。つまり、どちらかを選ばなくていけない ということだ」 「選ぶ?」 「そう、選ぶんだぞ」 おじさんは僕の頭を撫でてないもう二本の手を僕の前に出したのだ。
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「で、お願いって……これ?」 「はい。そうです。お願いできますか?」 「セイジュウロウ。“これ”ば間違っている。それから、そんなにめんどくさそうな顔はしない。誠意に は誠意で答えなくていけない」 僕の前には、知らないおじさんがいる。 超めんどくさそうな顔で、僕を指差し「これ」と堂々と言い放った。 それから、おじさんの後ろにはとても綺麗な人がいておじさんを嗜めてくれている。 なんかいい人だ。 だから黒崎さんや綺麗な人がいなければ、僕はここから逃げ出していたと思う。 黒崎さんと綺麗な人の態度に、おじさんはさらに面倒な顔になった。 「八重樫さんしか、頼むことが出来ません。どうか、お願いいたします」 深々と頭を下げる黒崎さん。 僕のために下げてくれると思うと心が痛くて、僕も慌てて頭を下げた。 手を握った僕を黒埼さんが連れてきてくれたのは、使われなくなってかなり経過している庭園だ。 庭園の壊れかけたベンチに座るのは、知らないおじさん。 息を飲むほど綺麗な人は学ランを肩にかけて、知らないおじさんの後ろにいた。 おじさんの年齢は黒崎さんと同じくらいかも知れない。 でも、誠実さは黒崎さんの半分以下。 たくさんの彼女がいる遊び人にしか見えない。 いい加減にしか思えないのに、この人に頼んで平気なのだろうか? 僕はかなり不安だった。 綺麗な人は……学生なのだろうか? 年齢は僕より二、三歳年上に見えるのに、大人のように落ち着いた雰囲気がある。 知らないおじさんより、この綺麗な人に頭を下げたいくらいだ。 というか、心の中では僕はこの人に対して頭を下げていた。 「で、いいから、まず顔を上げてくれないかい? クロサキさん」 「いえ、八重樫さんが許可をくださるまで、私はこのままでいます」 まず、話を切り出したのは綺麗な人だ。 とても優しく相手を気遣っている声に対して、黒崎さんは頑なまでに自分を曲げなかった。 「このままって、ずっとかい?」 「はい。もちろんです。私は彼に新しい居場所をあげたいんです」 「黒崎さん! 僕は、大丈夫です。居場所なんて、そこまで、迷惑かけられません」 一緒に頭を下げていた僕は、ガバッと起き上がり黒崎さんに近付いた。 「左京君。これは、もう、君だけの問題ではありません」 「僕の問題です。僕が頑張ればいいんです!」 そう、僕が頑張ればいいのだ。 あの僕を僕としてみてくれない人たちの中で、大人になれる日まで頑張ればいいのだ。 頑張れば、黒崎さんに会える。 大人になれば、もっと会える。 そのことを心の糧にすれば、あの人たちの行為は我慢できる自信が僕にはあった。 それなのに、黒崎さんは僕の気持ちを少しもわかってくれていないのだ。 ずっとこのままと宣言しておきながら、黒崎さんは状態を元に戻し僕に向き直る。 まっすぐな黒い瞳が、僕を見据える。 僕の大好きな黒い瞳が、僕だけを見てくれている。 それだけでも幸福だということを、黒崎さんにわかって欲しかった。 それ以上の幸福を望んだら、キッと僕は不幸になってしまう。 黒崎さんは、そんなことはないと笑うだろう。 でも、そうではないのだ。 僕は僕の子供ころからの夢を諦めてしまったのだ。 散々神様に願った、あの夢を諦めて黒崎さんの手を握って生きることを選択した。 きっと、神様からその罰が下るのだ。 その罰は、僕が幸福になればなるたびにきっとそれ以上の不幸を僕に与えるくださるのだろう。 だから、僕はつらい中でも一人で頑張らなければならないのだ。 そんなことを考えている僕の肩を、黒崎さんが握った。 「頑張ればって、頑張れなかったから……」 何かを言いかけて、黒崎さんは口を噤んだ。 何をいいたかった、解っている。 解っているからこそ、僕は微笑むのだ。 「僕は平気です。僕は黒崎さんとの約束を守れれば、生きることは出来ます。だから、僕のことは」 「それはいけません」 大丈夫といいたかった僕の声を遮って、黒崎さんは頭を振ったのだ。 「それでは、私が不安です。君には幸せになってもらいたい。二度とあのような過ちを犯さないで欲しい のです。これは私のねがいでもあるのですよ」 「黒崎さん……えへへ……その言葉だけで僕はとてもとても幸せです」 「いいえ、言葉だけではいけません」 「僕は十分です」 「言葉だけでは信用できないと言ったのは、左京君ではないですか」 「うっ……」 僕は言葉に詰まった。 先ほど、葛城の若様の話を聞いたとき、僕は言葉だけでは信じられないようなことを。 それを覚えていて、僕を救ってくれようとしている。 言葉だけでなく、態度で示そうとしてくれるのだ。 僕の肩を掴む黒崎さんに、僕は笑いかけた。
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