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「理事長、真下さん、ご心配をおかけしました。でも、僕は大丈夫です」 僕は二人に、笑みを向けます。 もちろん、この場合は元気100%のものではなく、少しだけ弱々しくがポイントです。 この学園に入る前に、会得した表情デパートのうちの一つです。 ちょっとやそっとでは、見破られるものではないと自負しております。 もちろん、というか当たり前のように、この大人たちも僕の笑みにホッと安堵の息を漏らしていま す。 まったく……ちょろい大人です。 「よかった。具合が悪くなったなんてこと、誠の耳にでも入ったら口をきいてくれないからな。なん ともないなら、一安心だな」 「そうよね。誠君、ああ見えて部下思いなのよね〜。もし、下僕君が私たちと一緒にいて具合が悪く なんて知られたら、本当困ることになるからよかったわ」 「ご心配おかけしました」 僕は律儀に、もう一度お辞儀をしました。 それから、少しだけ収穫がありました。 この二人、上田先輩には頭が上がらない。 ということです。 実に好都合です。 本当に、僕はなんとラッキーなのでしょう。 うっかり漏れてしまいそうな笑い声を、グッと飲み込みました。 垂れていた頭をゆっくり上げた僕は、二人と目が合うと真剣な顔をしました。 そして、二人に顔を近づけ、声を潜めます。 「さて、お話は変わりますが、お二人に教えていただきたいことがあります」 「俺たちに?」 「何かしら?」 「お二人は僕が今現在抱えている案件が何件かご存じでしょうか?」 僕の問い掛けに、二人は心底難しい表情になりました。 何をそんなに考える必要があるのでしょう? 「瀬羽君の抱えている案件は解らん」 「数えきれないって感じ? よね♪」 ……多すぎるのも問題ですね。 しかし、ここまで清々しく情けない答えを口にしてくれると、怒りより笑いが起きてきそうです。 しかし、今は堪えどころ。 神妙な表情を崩さず、会話を続けます。 「そうなんです。私はこの学園にお世話になって以来、生徒会というすばらしい活動の一端を担って きました。それは、僕の中では僕に役職を与えてくださった先生方、先輩方、同期のみんな、後輩に 至るまで、感謝するところであります」 「いや、瀬羽君の面倒見がいいからだよ。見ていて、よくわかる」 「そうね、いまどき珍しいほどの堅物真面目君だもんね」 「いえ、そんなことはありません。」 僕の返事に、お二人は「「事実なんだから、そんなに謙遜しなくていいのよ」」と口をそろえて言 いました。 謙虚ではなく、謙遜なのですが……訂正は後にすることにします。 それに、僕の場合、堅物真面目とか、面倒見がいいとかではなく、ただ単に役に立つことが好きな だけなんです。そのための手段を選ばないことも多々ありますが、基本僕は平和主義者です。 自分のテリトリーといいますか、生活範囲内での揉め事にイラッとするだけなんです。 そのイライラが臨界点を超えてしまいますと、少しだけ毛並みの違う僕が現れるだけで、本当にい つもは平和を好むんです。愛しています。 気に病むなんて行為をしなくていいように、生活をしたいんです。 しかし、そろそろ限界が近いみたいです。 早急に、八重樫君とオハナさんの問題を解決しなければなりません。 そのためには…… チラリと視線を前へと向けますと、大人二人が僕の問い掛けを待っているらしくウズウズしていま す。 まあ、世の中『当たって砕けろ』といいますし(僕は砕けるつもりは毛頭ありませんが)、今一番 困りごとについて聞いてみようと思います。 「オハナさんの誕生日をご存じですか?」 |
憂患少年
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でも、その存在は誰もが知る超真面目!
誰かの悩みを「関係ない」と割り切れない、不器用な子。
そんな彼の気苦労の日々が、本日も始まります。
ヒヤヒヤするかもしれませんが、どうか温かく見守ってください。
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「では、真下さん。理事長との賭け事は楽しかったですか?」 「そうね、途中までは私の勝ちが決まっていたから楽しかったわ」 「それは素敵なことですね」 「そう? ありがとう♪ 下僕君」 真下さんは、嬉しそうな顔をしました。 美人なのに、賭け事好きとは実にガッカリです。 僕は賭け事をする大人が心の底から嫌いです。 当てにならないものを、真剣に当てにする……悪い例の大人を「これでもかっ!」というぐらい知 っている僕としては、真下さんのその部分は賛成できかねます。 心の欠片探しに、賭け事から更生させることをプラスする必要が出てきました。 真下さんに向けていた視線を、もう一度理事長へと向けました。 「理事長はいかがでしたか?」 「そうだな、俺の場合、勝ち負けより、その過程が楽しければ、なんでもいいんだけどな」 「では、今回の過程はいかがでしたか?」 「ん〜、いろんな意味で最高だな」 理事長は、ニヤリと笑いました。 「……」 もし、別の場面でこの笑顔を見せられたのなら、好印象だったことでしょう。 でも、今は残念なことでしかありません。 賭け事……というか、勝ち負けとは、勝ちが良いに決まっています。 過程が好きだから、勝負ごとにはこだわらない? はっ、ちゃんちゃらおかしいというものです。 世の中、勝ってなんぼのなんです。 最終的には、勝者が全てなんです。 善意なんて善意なんて……。 「瀬羽君。大丈夫かい?」 「急に黙っちゃったけど、具合悪いの。下僕君」 はっ! いけません、いけません。 僕はウケのいい、頼りになる瀬羽先輩(または瀬羽君)で通っているのです。 一瞬の黒さで、せっかく築きあげた良質のステータスを捨ててしまうところでした。 ちょろい大人のくせに、気を許させてしまうとは……気をつけなくてはいけません。 「瀬羽君、本当に平気かい?」 「顔色がよくないわ、保健室に行く?」 僕の内なる戦いを知らない二人は、どうやら本気で心配をしてくれています。 ちょろい大人と思ったことを、反省しました。 が、その反省は1%にもみたい微々たるものです。 残りのパーセンテージは、反撃のために使用される行動力で構成されています。 賭けの内容は、大方の予想はつきます。 学園一、バカ真面目と言われている僕が、妖艶な大人の女性に翻弄されるかどうか? ……あまりにばかばかしい、情けない賭けなのでしょう。 そして、僕がその対象に選ばれたことに、落胆です。 考えれば考えるほど、腹が立つより、冷静になってきました。 頭はクリア、いつもの僕を取り戻すことが出来るまであと一歩です。 1・2・3 心の中でカウントを取ります。 7までカウントしたところで、ゆっくり深呼吸をしました。 この僕に、余計な心配をさせたお礼をしなくてはなりません。 さあ、奉仕開始です。 |
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「真下さん! あなたの心の欠片を一緒に探しましょう!」 「えっ……あの……」 真下さんは、僕の言葉にぴっくり顔をしています。 何か言いたそうにしていますが、声が言葉になっていなくて意味不明です。 …… そんなに驚くことなのでしょうか? 僕は、いつでもバカ真面目です。 誰かの役に立つ、その中心は現在のところ上田先輩なのですが、基本は誰かの助けになる! それが、僕の使命といいますかやらなくてはいけないことなので、僕は間違ったことはしていな いはずなのですが……? まだ、驚いたままの真下さんに、僕は首を傾げて返事とします。 その次の瞬間です。 「ぶはははは!」 新たな笑い声の侵入です。 その声は、僕が座っている壊れかけのペンチ裏手から。 木の植え込み中から、はっきりばっちり聞こえます。 一瞬ぎょっとしましたが、声の主が笑いながら植え込みから出てきたので声を出さずに済みまし た。 「いや〜、ひさしぶりに笑ったぜ。さすが瀬羽君だ。こいつをここまで黙らせることが出来るなん て、……素質あるよ。うん、あるある」 植え込みから出てきたのは、三十歳になるかどうかのおじさんです。 今風の髭を蓄え、まっとうな大人らしくない大人。 おじさんは、上質なスーツを、どうすればそこまでというくらいだらしなく着こなしていました。 「理事長!?」 「清十朗!」 おじさんは、この学園の理事長。 現在、僕の悩みの種となっている八重樫君の叔父さんです。 「よっ! ただ今、期待度急上昇中の瀬羽君、順調かい?」 理事長は僕を見てニヤリと笑い、 「冬琉、お前の負けー」 真下さんを見て再びおなかを抱えて笑い出しました。 僕は、何をそんなに笑われているのかさっばり解らないのでポカンとしてしまいました。 が、真下さんは理事長の爆笑理由を知っているらしくご立腹です。 「清十朗、そんなところで見ているなんてルール違反よ」 「そりゃあ違うぞ。『賭け事は常に公平に』を順守する俺は、ルール違反なんてしてないぞ」 「少しも公平じゃないわ! ディーラーとお客が同一人物なんて、ありえないわよ!」 「そんなこと言ってもな〜、オハナさんがディーラー役をしてくれないんだぞ。可愛い生徒に賭け事 の一端を背負わせるわけにはいかないし……だから、俺がやるってなった時、反対でもすりゃあよか っただろう? 冬琉、納得済みの賭け事のはずだろ?」 「そのつもりだったけど……どう考えても不公平だわ! やっぱり、蒼君の黒い人にお願いしたらよ かったのよ」 「黒い人って、黒崎さんだろ? 冬琉、いいかげん、黒崎さんの名前を覚えたら?」 「嫌よ。あの人、なぜか敵視するから」 「お前の容姿と言動が、若様に悪影響を与えているからだろ」 「……まあ、なんて理由なの! 最悪ね、というか、敵だわ。そんな敵に貸を作るのは、私の沽券に かかわるわ。清十朗、よくやったわ! あなたにしては、上出来よ!」 真下さんは、右親指をぐっと立て理事長へと向け微笑みました。 理事長さんといえば、呆れているというよりニヤッと口元を歪めて笑いました。 その意図するところが、なんであれ、この二人ほど息の合う人はいないでしょう。 異性間を超えて、それは大変すばらしいことです。 が、今の会話はよろしくない事が満載です。 今も、意気投合している理事長と真下さん。 普段は温厚で通っている僕も、少しだけ腹が立ってきました。 「あの、ちょっといいですか?」 和気藹々な二人の間に、挙手して割って入ります。 「なんだい? 瀬羽君」 「なぁ〜に? 下僕君」 二人は息を合わせて、返事をしてくれました。 「あの、今のお話について、少しだけ僕に理解の時間をいただけませんか?」 二人は同時に頷きました。 「ああ、どうぞ」 「ええ、いいわ」 ここでも、息はぴったり、まるでユニゾンをみているかのようです。 「まずは、理事長」 「んっ?」 「さきほど、理事長は、植え込みから登場する際、真下さんに対して「お前の負け」といいました ね」 「ああ、言ったな」 「……そうですか」 意外とあっさり認めてくれました。 ごまかされたどうしようかと思いましたが、いらぬ心配だったようです。 「では、真下さん」 「なにかしら?」 「理事長はさきほど、『賭け事は常に公平に』と言っていましたが、理事長は常に正々堂々、その辺 りは信用に値するものなのでしょうか?」 「そうね。私の知る限り、清十朗はインチキをしないわね。信用してもいいわ」 「それは大変すばらしいことですね」 「そうでしょ。見た目がいい加減だけど、その辺りは大丈夫よ」 真下さんも、あっさりと自分の言葉に責任を持ってくれました。 これはこれで、大変潔いというか、素直というか……。 実にやり易い大人で助かりました。 僕は、涼やかな気持ちで微笑み二人を見つめました。
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「ねぇ、瀬羽君」 |
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「ねぇ、ねぇ、下僕君。今、凄く急がしいんですってね」 歌を歌っているからと、安心したのは間違いでした。 座ったことが、僕との会話の許可と勘違いしたみたいです。 真下さんは一番をサビまで歌わず、僕に話かけてきました。 言葉が間違っていることは自覚して言わせてもらいますが、黙って歌っていて欲しいです。 そうすれば、僕に超めんどうくさいとも思われないし、僕が集中して考え事ができるというものです。 大人のくせに、それぐらいことも解らないのでしょうか? ここはきちんと説明するのが、親切というものです。 「こほん」 僕は咳払いをしてから、真下さんへ顔を向けました・ 「あの、真下さん」 「なに? 下僕君」 「……」 僕の呼称は訂正される様子は、全く見られません。 つっこんでもいいんですが、やはり面倒なのでそのままスルーすることにしました。 「真下さんの仰る通り、僕はとても忙しいです。それをご存知でしたら、そこで黙っていてくださいませ んか?」 「それは無理」 「……」 頼んだ僕がバカでした。 この真下さんは、誰が頼んでも「うん」とは首を立てに振らないことでしょう。 本当に面倒くさい人です。 一つ溜息を吐くと、真下さんが僕の隣に自然に座ります。 「な、なんですか!」 いくら面倒くさくて、どうでもいい大人でも、こう至近距離にいると……。 危機を感じます。 大切にしているものを土足で踏みにじらせそうな気がします。 理由はとくにありませんが、僕は胸の辺りを両腕でサッと隠します。 それが真下さんのなにに引っかかったしりませんが、彼女は本当にええ、本当に嬉しそうな表情になっ て僕の手を握ったのです。 「ま、真下さん!? な、なにを!!」 「シッ、少しだけ黙っていて」 そういって僕の声を遮ると、真下さんは僕の耳元に艶やかな色をした官能的な形をした唇を近づけてき たのです。 「ねぇ、下僕君」 「あ、あの」 「私はね、君の事、結構気に入っているの」 「は、はぁ!?」 あまりに突然のことで、うっかり素っ頓狂な声を上げてしまいました。 ついでにというか、うっかり顔が真っ赤になってしまった。 沈着冷静、非の打ちどころのない生徒会長の最高の補佐官である僕であることで、真下さんに対抗して いたというのに……。 守るべき鎧を脱いでしまった今の僕は、 「あら、赤くなった♪ 結構かわいいじゃない、瀬羽君」 真下さんの言葉一つ一つに反応してしまう 弱者です。
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