蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

代用少年

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下界から八重樫亮に会いに高杉くんがやってきました。
その目的とは?
まっすぐな高杉くんの行動を、生暖かく見守ってあげてください。
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代用少年 23

 健が連れてきてくれたのは、中等部の教室棟。

 三階のちょうど真ん中辺り。

 地図には、確かオープンスペースだよね。

 何かをするための空間だけあって、結構の広さがある。

 教室三個分くらいだったはずだ。

 その空間は、現在、真っ白なテーブルクロスの敷かれたテーブル、その上には、バラの一輪挿し、ナイ

スなデザインの椅子がセッティングされたおしゃれカフェになっていた。

 窓を飾るレースのカーテンは、太陽光でキラキラ輝いていた

 おしゃれカフェは、今、現在中等部の生徒であふれていた。

 みんな手に手、お弁当を抱えているから、今からお昼を召し上がるということだ。

 僕は窓際の一角のテーブル席に座っている。

 もちろん、健が座らせてくれたのだけど、本人は忘れ物を教室にしたとかで、飛び出したまま戻ってこ

ない。

「どうしたのかな? まさか! 途中で倒れているとか!?」

 健の心配をしていると、視線をバリバリと感じた。

 振り返ると、オープンスペースにいる生徒たちが僕を見ていた。

 しっかり、ガッツリでなく、チラチラとなんだけど……。

 男の子なのに、なんでそんなに恥じらっているのか解んない。

 しかも、僕を見てから、隣の子とひそひそ何か言い合って、嬉しそうに微笑んでいる。

(……)

 なんか、気分悪いな〜。

 健、早く帰ってこないかな〜

 顔見たら、そのままここから脱出だ!

「機嫌、悪そうだね。でも、みんな、遊真君の機嫌を損ねるつもりはないんだよ」

 不服で頬を膨らませている僕に声をかけてきたのは、ここでの初めての友達だ。

「十全君!」

「やぁ、遊真君」

 数時間ぶりに合う友達は、相変わらず爽やかで好感度100%だ。

 そんな彼に、僕は再会を喜ぶ前に保健室の前に置き去りにしたことを謝らなくてはいけない。

「あの、」

「すまない、遊真君。私は、君にとんでもないことをしてしまった」

「へっ?」

 十全君の謝罪に、僕は思い切り戸惑った。

 それはそうだ。

 悪いのは十全君じゃなくて、置き去りにしてしまった僕だ。

 いろんな不測の事態が起こっていようと、置き去りは事実なのだ。

「どうして、十全君が謝るの?」

 疑問をストレートにぶつける。

 十全君に、遠回しな言い方は失礼だと思ったからだ。

「保健室の前で、君のことをずっと待っていると約束したのに、破ってしまったからだよ。きっと、君は

僕がいなかったことに驚き、探し回ってくれた……っというのは、私の自意識過剰な想像だね。しかし、

現実問題、私は君との約束をたやすく破ってしまった。友達なのに、本当にすまない。破ってしまった言

い訳はできない、するべきない。こんな私だが、まだ友達でいてくれるかい?」

 十全君は、とてもさみしそうな顔をした。

 初めて見たときと同じ、世界から消えてしまいそうな雰囲気だった。

 十全君には、そんな顔は似合わない。

 いつも、穏やかな笑顔を浮かべていて欲しい。

 それに、悪いの僕だって一緒だ。

 こんなに優しい十全君が心を痛めいることを知らずに、僕は健のぶっ倒れるという非常事態に必死だっ

た。

 その間、僕は十全君のことを、これっぽちも思い出さずにしたのだ。

 十全君に声をかけられるまで、きれいさっぱり忘れていたのだ。

 どんな理由で僕を待つことができなかったか、そんな言い訳なんていらない。

 どうでもいい。

 ただ、この優しい友達の願いを僕はどんなことがあっても無視してはいけないのだ。

「十全君、本当にごめんなさい。謝るのは僕のほうだ。僕は怒ってない。むしろ、十全君には、たくさん

感謝をしているんだ。だから、そんなことを言わないで、そんな顔をしてないで、心を痛めないで。僕に

とって、十全君は大切な友達だよ」

 僕の言葉は、十全君にちゃんと伝わっただろうか?

 椅子から立ち上がり、腰が折り曲がるくらいのお辞儀をする。

「遊真君、頭をあげてくれないか」

 十全君に言われて、僕はそろそろと頭を上げた。

 その視線の先には、十全君の顔……赤い瞳があった。

 僕と目が合うと、十全君は少年のように微笑んだ。

 十全君は実際男の子なんだから、その言い方は間違っている。

 だけど、僕には正しい表現に思えてならなかった。

 そんな十全君が、微笑んだまま口を開く。

「よかったよ。早めに遊真君に謝ることができて」

「十全君?」

「遊真君に謝れて本当によかった。ここに、君がいてくれて本当に嬉しかったよ。そうだ、私は今からク

ラスの子たちと昼食にするのだけれど、一緒にどうかな?」

「十全君からの素敵にお誘いだけど、今日はごめんね。健を待っているんだ」

「そうなんだね。大和君とするんだね。じゃあ、また誘ってもいいかな?」

「もちろん、その時は絶対に一緒に食べようね」

 十全君に誘われた。

 だから、僕はその誘いを受けても悪くはないはずだ。

 健が戻ってきたら、十全君たちの輪に入れてもらえばいい。

 そのはずなんだけど……僕は何故か十全君の誘いを素直に受けることができなかった。

 まして、その誘いに健を入れることができなかった。

 理由は解んないけど、僕の心の奥が感じるのだ。

 十全君と軽く挨拶を交わし見送った。

 それと入れ替わるように、健が姿を現した。

「遊真! 待たせてごめんね」

 可愛いパンダ柄の包み袋に入った四角いなにかを両手で抱え、満開の桜のような笑顔で近付いてくる。

 途中で具合が悪くなっているんじゃないかっていう心配を吹き飛ばすくらいのキラキラ笑顔を見られ

て、僕は内心ホッとした。

「遅いよ、健」

「ごめんね。でも、これでも全力なんだ」

(!?)

 健とたわいもない会話の途中で、僕は強い視線を感じた。

 お姉ちゃんを守る時に感じる、あの敵意に似ていた。

 振り返り、辺りを見回す。

 でも、その出所を特定することが出来なかった。

 なぜなら、オープンスペースにいる生徒の目がほとんど僕と健に向けられていたし、強い視線はなく

なってしまっていたから。

 そうなってしまうと、僕でもどうにもできない。

 僕は、小さく頭を振ったのだ。

代用少年 22

 「あのね、遊真。あのね、」

 頭ポンポンなのか、僕のおなかの音なのか、わからないけど、健の表情が柔らかくなった。

 安心、安心。

 健を少しだけ守れたよ。

 でも、状況は何も変わっていない。

「う〜ん。本気で、お昼ご飯どうしよう……」

「遊真、その事なんだけど……」

「なに? 言いたい事があるなら、言ったらどう? お昼休みが終わっちゃうから、お弁当でも、アマゾ

ンでも、なんでもいいから、ごはんを食べに行ったらどう? 僕はどうにかするから、行ってよね!!」

 言ってしまってから、僕は慌てて口を手で隠した。

 いくら苛立っているからって、健に文句を言うのは間違っている。

 八つ当たりもいいところだ。

 非は僕にある。

「ごめん」

 だから、素直に謝った。

 健が傷つき、辛そうな顔になってしまうのは、嫌だ。

 僕が結構辛い。

 でも、僕の思っていた未来は違っていた。

「遊真! ちょっと来て!!」

 健は僕の名を呼ぶと、同時に僕の手を掴んで走りだしたのだ。

 行先も告げず、健は僕を引っ張り続けた。

 もちろん、健の強さなんかじゃ僕を動かすことなんてできないけど、今は素直に従った。

 でも……健が何を考えているか解んなかった。

 僕の言葉をちゃんと聞いていたのだろうか?

 僕のことは、ほっといてて言ったよね?

 健だけ、ごはんを食べに行けっていったよね?

 というか、健はわかっているの?

 そんなに走ったら、また具合が悪くなるよ?

 体力ないんだよね?

 保健室の常連だって、尾崎先生から聞いたよ?

 なのに、どうして全力で走っているの?

 バカなの?

 また、保健室に逆戻りしたらどうするの?

 健ってバカなの?

 だったら、僕はどうやって止めていいの?

 僕だって、バカなのに……。

 バカの突拍子もない考えなんて、理解不能なんだよ?

 心配だから本当は止めなきゃいけないのに、僕は健を止めることができなかった。

 だって……

 健が、めっちゃ嬉しそうなんだもん。

「いいこと、ヒラメイタ!」

 って言葉を全力で表現しているのに、止めらることできないじゃないか。

 もし、途中で健が力尽きたら、僕は健を抱っこして全力で保健室に戻ればいいだけなのだ。

 いろいろ大変かもしれないけど、今はそれでいいんだと思うのだ。

 健の笑顔に釣られて微笑んだ。

代用少年 21

「うはっ!?」

 健に名前を呼ばれて、ドキッとした。

 そのまま、健に顔を向けて二度びっくりだ。

 どこかよそよそしかった健が、なぜかキラキラ輝く瞳で僕とチケットを交互に見ていたのだ。

 その動きの速さに、訳のわからない僕のドキドキは止まらない。

「な、なに? これってそんなに珍しいものなの? 役に立たないチケットだよ?」

「ゆ、遊真、これ、どうしたの!?」

 再びため口になった健は、それだけでは物足りないのか僕に迫ってきたのだ。

 これって、そんなにすごいものなの?

 亮ちゃんママは、美味しいごはんが食べられる魔法の紙ってしか言ってなかったよ?

「はい」

 とりあえず、迫ってきている健にチケットを手渡した。

 そうすることで、僕と健の距離が少しは正常化した。

 手にあるチケットを、何か宝物を見るかのような健を見ながら僕はホッと息を吐く。

「ねぇ、遊真。これ、どうしたの?」

 健はチケット見つめたまま、同じことを聞いてきた。

 おんなじ質問に、今度はちゃんと答えることにした。

「もらったんだよ」

「本当に!! すごい、すごい!」

 何がそんなに嬉しいのか、チケットを大切そうに抱きしめた健が子ウサギのようにピョンピョン跳ねま

くっている。

「そんなにすごいのかなぁ〜」

「もちろん! このチケットを持っているの、きっと中等部だと遊真だけだよ」

「ふ〜ん。でも、食堂に入れないなら、僕にはただのごみだよ」

「ゴミじゃないよ!」

「ふ〜ん。じゃあ、それ、健にあげるよ。いつか、そんな先輩が出来て一緒に行きなよ。見たところ期

限ってないみたいだから」

「えっ!? でも……遊真だって、いつか」

「いいから、いいから、もらってよ。それより、お昼ごはんどうしよう? お目当ての学食がダメだとす

ると……購買でパンを買うしかないな〜。でも、もう、時間がかなりすぎちゃったし、まだあるかな〜」

 これからの対策を考えている僕に、テンション高めの健が追い打ちをかけてきた。

「ねぇ、遊真。こうばいって、なに?」

「何って、そんなの決まっているだろ? 購買っていうのは、文具とか体育着とか学校に必要なものが

売っていて、お昼になるとパン屋の業者さんが、低価格だけど美味しいパンを売りに来るんだよ。コロッ

ケパンや、ハムカツサンドや、メロンパンや、売っているけど、僕は焼きそばパンが一番す……き?」

 そこまで説明して、僕はハッとした!

 ゆっくりと健へ顔を向け、キラキラ輝く彼の顔を見てすべてを悟った。

 悟ったうえで、聞いてみた。

「ねぇ、ここって、購買は?」

「ないよ。遊真の通っていた学校は、面白いね」

 ああ〜、やっぱり。そう来たか。

「面白い……かな? あははは」

「くすくすくす」

「あはは…、じゃない! ねぇ、健たちは、何かほしいものがあったらどうするの? 急にのりがなく

なったとか、ノートや、シャー芯とか、買わなくちゃいけなかったらどうするの?」

「えっとね、実家に電話をすれば、その日のうちに届くよ」

 健は、当たり前じゃないことを当たり前のように口にしてニコニコしている。

 アマゾンじゃないんだから、当日お届けって、なに?

「あとは、日曜日に学校専属の業者さんが来てくれるのもあるよ」

 ……。ありがとう、健。絶対に役に立たない情報だよ。

 それよりなによりだ。

 午後からのエネルギー源確保が絶望的になったというのに、目の前で何もかもにキラキラしている健の

姿が少しだけ気に入らない。

 ぶぅと膨れてみたが、あと一つだけ望みを見つけた。

「学食に入れないのはしょうがないにして、入れない生徒はどうしているの?」

「入れない?」

「そう、初等部や中等部の生徒だよ」

「みんな、前日に寮に申請を出すんだ。朝食の時までに、寮専属のシェフが用意してくれんだ」

 健は答えてくれた。

 すっきり、はっきり、気持ちいいほど間に何も挟むことなどできない、素晴らしい答えだった。


 絶望的だ。


 僕は、もうお昼ご飯を食べられないのだ。

(専属シェフって何? まったく、お金持ちの考えることなんてわかんない! できることなら、滅んで

しまえ!)

 どうにもならない苛立ちを、心の中で呪いとして吐き出していると、

「遊真、遊真」

 さっきとはまるで違う十割増しの元気な声が、僕の名前を呼んでいる。

 健だってことは、わかっているのに……

「なに! 僕は今、超忙しくて、おなかが空いてて、腹が立っているの!」

 振り向きざま、健を睨んでしまった。

「ご、ごめんなさい」

 明るかった健が、シュンと小さくなってしまった。

 いくらおなかが空いていたからといって、健を怒るのは間違っている。

 健がこうなってしまうのはわかっていたのに、僕は止めることができなかった。

 八つ当たりもいいとこだ。

 僕は最低なやつだ。

 唇を噛みしめて、僕は健の前に立った。

 何度か深呼吸をして、健に頭を下げたのだ。

「ごめん! 本当にごめん! 健が悪いわけじゃないのに、僕がイライラしていて、健に八つ当たりをし

たんだ。本当に、ごめん」

「遊真が謝らないで。僕は、のろまだし、空気は読めないし、機転は利かないから、一番困っている大切

な遊真の力になれないんだ。ごめん、本当にごめなさい。僕はサポーター失格だよね。他の子に変えても

らうように、お願い…」

「ちょ、ちょっと待った! どうして、そんなに話が飛躍するのさ!」

「えっ? だって……、役に立たない子は、そういうものだから」

 瞳を涙で潤ませて、 震える声を必死に絞り出している健が、なんだかおかしかった。

 かと言って、笑うわけにもいかないので、僕は健の頭を優しくポンポンと叩いた。

 いつも亮ちゃんが僕にしてくれていた元気の出る魔法を、健にも分けてあげる。

 今日、初めて会った男の子なのに、僕は僕の大切な行為を分けてあげた。

 十全君の時は、そんなこと全然まったく分けてあげたいなんておもわなかったけど、健には悩まず分け

てあげることができた。

 僕を知ってもらいたいと思った。

 ……ううん、違う。



 僕は、僕は、



 健が抱えているもの先端をちらりと聞いてしまった時から、たぶん守ってあげたと思っていた。

 でも、それが、今、確定した。

 健は僕が守ってあげるのだ。

 ここにいる間だけ。

 短い期間だけど、僕は命に代えて健を守るのだ。

 お姉ちゃんの代わりじゃない。

 同情じゃない。

 同類意識じゃない。

 純粋に、この少年を泣かせたくなかったのだ。

 決意を固め、かっこよく決めたとたん、僕のおなかが鳴ったのだ。

代用少年 20

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 健となんかいい感じになったと同時のチャイム。

 そのチャイムと同時に、僕は大声を張り上げた。

 健はビクッ!って、肩を震わせた。

「健、健!」

「な、なんですか?」

 あっ、丁寧語に戻っている。

 さっきはなんとなくいい感じだったのにな。

 健のよそよそしさに少しの悔しさを感じたけど、今はそれどころではない。

「今のチャイムって、四時限だよね?」

「はい」

「四時限の次って、なに?」

「昼食と一時間の休息ですが…どうかしましたか?」

「ふ〜ん、そっか、そっか」

 僕は腕を組み、黙考する。

 そんな僕を健は心配そうな顔で見ている。

「遊真?」

 心細い声の健の手を、僕はギュっと握った。

「ねぇ、健! お昼に行こう!」

「えっ?」

「お昼ご飯だよ! ここって学食があるんだよね」

「がくしょく……ですか?」

 学食という単語に、健が不思議そうな顔をしている。

 亮ちゃんママに教えてもらってチェック済なので、無いってことはありえない。

 だとしたら、健のこの表情から考えると……

「もしかして……学食、知らないの」

「えっと…ごめんさい。僕、サポーターなのに知らなくて……ごめんなさい」

「あっ、いいよ。知らないなら、しょうがないじゃないか。えーと、じゃあ、なんていえばいいのなか

〜? ん、そうそう、お昼ごはん食べるところ! 安くて美味しくて、AランチとかBランチとかがあっ

て、今日はどっちを食べようかなって悩む場所。そういう場所、ない?」

 学食という単語以外、僕はわからないから、イメージをそのまま説明した。

 健は、少し考えてから、何かひらめいた表情になった。

「学食はわかりませんが、カフェテリアはあります」

「かふぇて……りあ? う〜ん…なんだからわかんないけど、そこはご飯を食べられるの?」

「はい、食べられますけど……まず、一度教室に戻らないと」

「教室? そんなの、あとあと。どうせ、戻ったって、あそこに僕の居場所はないよ。それよりも、か

ふぇて……学食だよ。前いた中学は、給食だったから、学食を楽しみにしていたんだよね」

 健の言葉を無視して、頭の中に入っている地図から食堂への最短距離を取り出し歩き出そう出した。

「だから、遊真。カフェテリアはダメなんです!」

 僕の制服の裾をギュっと握って、健が頑張っている。

 おなかが空いているので、僕だって引くつもりはない。

「教室はいかないよ。しつこいな〜」

「じゃあ、教室はあきらめます。でも、あそこはダメです!」

「だから、なんで? 僕はただ、学食にごはんを食べにいくだけだよ」

「だから、それがダメなんだよ! どうして分かってくれないのさ! あっ!!」

 制服の裾を握っていた手を健は慌てて離し、その手で口を塞いだのだ。

 自由になったから、そのまま逃走してもよかった。

 よかったんだけど……よそよそしさがなくなったフレンドリーな健の言葉遣いが嬉しかったのだ。

 逃走せず、僕は健の怒った理由、ダメな理由を聞くために立ち止まっていた。

 それを感じてくれたのか、健は少しだけ呼吸を整え言葉を続けた。

「カフェテリアは、主に高等部の先輩がたが使用しています」

「ふ〜ん。で?」

「えっ?」

「高等部が使っているからって入っちゃいけないっていうルールはないんでしょ」

「で、も! 初等部と中等部は高等部の先輩のお誘いがないとカフェテリアには入れません」

「お誘いは絶対なの? お誘いないと入れてもらえないの?」

「はい。入口には、当番の生徒が立っていて、チェックが入ります」

「えっ! うそっ! まじ! そんなに徹底しているの!? 亮ちゃんママ、そんなことひっことも言っ

てなかったし、食券チケットが三十回分あるのに一枚も使えないってこと!! あ〜あ、残念」

 僕はジャケットの内ポケット(ここは大切なものの収納場所)に入れておいた十回分のチケットを取り

出した。

 僕の中では、いつでも好きなものが食べられる魔法の紙だった。

 それが一瞬にしてごみくずに変わってしまったのだ。

 気落ちなんてレベルじゃない。

 元魔法の紙の処分を見つめ、溜息を吐く。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 僕のがっかりとほぼ同時に、今度は健が叫んだのだ。

 

代用少年 19

「ねぇ、大和君」

「はい、なんですか?」

 僕が呼ぶと、大和は不思議な顔をしていた。

 今から僕が言うことに、想像がつかない。

 そんな顔だった。

 うん、いい。

 あんまりカンがいいと、喜びのサプライズじゃなくなっちゃうからね。

 僕は満面の笑みを浮かべると、そのまま大和の前に回り込み彼の顔を少し屈みこんで見上げた。

「ねぇ、健って呼んでもいい?」

「えっ?」

 僕が顔を覗き込んだことと、思いつきの提案に、大和は笑うのを止めて戸惑っていた。

 そして、なんと返事をしていいのか迷っているみたいだ。

 その瞬間、僕は、あることを思い出した。

 大和は僕のサポーターだ。

 僕は、山中先生を投げ飛ばした問題児。

 大和は僕のサポーターで、嫌でも僕に付き合わなければならないのだ。

 ほんわかし過ぎていて、僕は僕の置かれている立場をすっかり忘れていた。

「あー、今のはナシ! ナシナシ!! ナシだからね。忘れる、OK?」

「あの! 僕は嬉しいです。どうか、お願いします! お友達になってください」

「そうそう、そうだよね。僕みたいな奴と仲良くしちゃだめだよ……へっ?」

 驚いたのは、お願いした僕のほうだった。

 ハトが豆鉄砲を喰らった顔というやつを、リアル再現しているだろう。

 そんな僕に対して、大和は花が綻ぶように微笑んだ。

「高杉君、僕は嬉しいです。とっても、嬉しいです。僕みたいな子と、友達になってくれるなんて、本当

にありがとうございます。これから、よろしくお願いします」

「あっ……うん……僕もお願いします」

 大和の勢いに気圧され、思わずうんって言っちゃった。

 っていうか、今にも踊り出さんとする大和の姿に僕は大いに戸惑っていた。

 ほんの軽い気持ちだったのだ。

 名前を呼ぶことを頼んだだけなのに、大和にとっては、それは友達なると同等の意味を持っていたなん

て……。

 僕としては嬉しいより困ってしまう。

 ここで、友達なんて作る気なんてまるでなかったのだから。

 ………。

 まあ、いいか。

 大和が、あんなに喜んでいるのに水を差しちゃ悪いよね。

 それに、大和って人畜無害っぽいし。

「それじゃあ、僕のことは遊真って呼んで」

「えっ!? でも……」

 大和は動揺し、目が少し泳いでから俯いてしまった。

 ……。

 人畜無害だけど、少しめんどい奴みたいだ。

 でも、まあ、お姉ちゃんの取り巻きの大人ほどめんどくないから、まあ、いいか。

 僕は、俯く大和の肩を軽く叩いた。

「大丈夫、大丈夫。健は僕のサポーターだし、僕は健の……う〜ん、なんだ? まあ、そのへんは説明で

きないけど、僕らは、そうゆう関係だから、友達だよね。だから、名前は呼び捨てにしよう!」

「はい……わかりました」

 気持ちが通じたのか、健は消え入りそうな声で快諾してくれた。

 友達なんだから、言葉の丁寧さが気になるけど、そこまでどうにかしてくれというのは、まだハードル

が高そうだから、僕はぐっと言葉を飲み込んだ。

 僕は、両手を広げ健を受け入れる準備をした。

「さあ! 呼んでみて!」

「ゆ」

「うん」

「ゆう」

「あと、もう一声!」

「ゆ、遊真」

 健の声は、小さくて、うっかりしていると聞き逃してしまうほどだ。

 恐る恐る僕を見上げている姿は、小動物そのものだ。

 出会ったときはマジでイラッとしたこともあったけど、今は可愛かった。

 頭をヾ(・ω・*)なでなでしてあげたい!

 そんな衝動を、僕はぐっとこらえた。

 僕は基本、男の子には強さを求めるタイプだ。

 腕が立つという強さもだけど、心の強さ、だれにも負けない魂の強さだけでも十分だ。

 亮ちゃんはバカだけど、腕も驚くほど強くないけど、誰よりも強い、芯の強い、心根を持っている。

 一度決めたこと、守るべきものは、絶対に守る。

 お姉ちゃんと別れてしまったのは、予想外、想定外、衝撃的だったけど、亮ちゃんはたぶん、きっと、

お姉ちゃんを最後の最期まで守る強さは絶対にあったんだと思うのだ。

 そんな亮ちゃんだから、僕は好きになった。

 気持ちに嘘はないけど、それは理由のほんの一部だ。

 健に亮ちゃんのような強さを求めたりはしない。

 体の弱い健には無理はさせてはいけない。

 人には、その人の持ち分……わきまえが大事なのだ。

 僕の持ち分は、身分不相応の夢を見ないことだ。

「ゆ、ゆうま、あの……」

 いろいろ考えていた僕に、健が小さな声で呼びかけてきた。

 両手をバカみたいに広げていたことに、いまさらながら気が付き、僕は両手を後ろに組みなおした。

 そして、遊真の顔を覗き込み問いかける。

「なに? やっぱりやめる? 僕は少しもかまわないよ」

「ちがう! やめないよ!」

「そっか、それならよかった」

 にっこり笑いかけると、遊真は顔を赤くしておんなじように微笑んでくれた。

「それじゃ、教室に戻ろっか」

「うん」

 本来の目的に立ち返った僕と健が歩き出そうとした時だ。

 ハンドベルの音色を使用したチャイムが、学園中に響き渡った。

 四時間目終了の合図だ。

 

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