蓂莢亭の物書きペンギン

泣いても一生、笑っても一生、ならば今生泣くまいぞ。

サクラ雪

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桜が咲き誇る、どこかの世界の話です。
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サクラ雪 終章

 僕の命令に従い『ゼロ』は吉乃様へ絡みつき……。




 吉乃様の気配が世界から消えた。



 消えることを悲しんでいるヒマは僕にはなさそうだ。

 僕の中の力が、暴れ始めたのだ。

 もう少し

 もう少しだけ

 待ってほしいな。

 空の青さ

 雪のように舞い散る桜

 僕が心から綺麗と感じていたものたちを、心に刻んでおきたいんだ。


 お願いだよ。


 僕は僕の中に眠る力へ懇願したけど、無駄みたいだ。

 無数の『ゼロ』が僕の中から飛び出し、世界を覆い始めたからだ。

 あとは……よく憶えていないや。

 気付いたら、真っ白な砂の大地がどこまでもどこまでも広がっている中で、砕破に抱き

締められていたんだ。

 『ゼロ』も『アマハラ』も僕の中のどこにも感じない。

 その代わりといっては変だけど、僕の心が少しずつ欠けていっているのを感じる。

 僕の頬を涙が伝う。

 なんでかな?

 悲しいのかな?

 嬉しいのかな?

 それとも……僕をずっと抱き締めてくれている砕破の温かさを失う事を後悔しているの

かな?

 よく解らないや。

 でもね、砕破が抱き締めてくれていると、とても安心するよ。

 ありがとうって言いたいな。

 ずっと一緒にいたいな。

 でも、僕には許されない事なんだ。

 僕の心が壊れる音が聞こえる。

 その音には僕の犯した罪も苦しみも悲しみもあって、僕が懇願しても音は僕を許さずな

り響く。

 これは当然の償いだ。

 だから、砕破。

 僕を救おうなんて思わないで。

 砕破が一人で辛さを背負うのなんて、もう嫌だよ。

 僕の一番大切な……だもん。



 最後のお願いを、素直に口に出来たらいいな。

 
『僕が完全に壊れてしまうまで、ガラクタになるまで、ずっと抱き締めて欲しい』


 でもね、口から出てきた言の葉は違うんだ。

「砕破」

「なんだ?」

「おやすみ」

 砕破からの返事はなかった。

 代わりに、僕を強く抱き締めてくれた。

 優しいね。

 僕はゆっくり声を出さずに口だけを動かした。


 壊れる音は、まだ僕の中で鳴り響いている。

 いつまで続くか解らない、この苦痛。

 どこまで持つか解らない、僕自身。

 時間を早めることは出来ない。

 ゆっくりと時間をかけて、僕は全てを忘れいくのだ。

 ここには、僕には、たくさんの時間があるのだから……。



                               おわり
 

 


 


 

「破鏡君……何をするつもりなんだい?」

 訳がわからないみたいだね。

 僕は僕の足元で困惑しているモノに、残酷な笑みを造ってあげたんだ。

「そんなに、驚かなくていいんじゃない? サクヤ。廉が銃弾に倒れて意識を失った瞬間

に入れ替わり廉を演じたみたいだけど、やらないほうがよかったんじゃない」

 僕の言の葉は聞いて、廉の優しい顔が見る間にサクヤの不遜なものへと変化した。

 でもね、銃弾がけっこう効いているらしく動く事は出来ない。

「気付いていたのか」

 僕は「はい」とでも「いいえ」とでも取れる笑みを浮かべた。

「廉は優しいから、自分がどんな状態であろうと僕を救うことを最優先してくれていると

思っていた。でもね……それが僕の心の中で少しだけモヤモヤしていたんだ。どうしてか

解らなかったけど、サクヤが間違いを犯してくれたから、僕はこのモヤモヤに気付くこと

が出来た」

「私の間違いだと?」

 サクヤは本当に解らないらしく、眉間に皺を寄せている。

 だから、僕は教えてあげることにした。

「廉は世界を救うことなんて考えていないよ。この世界を破壊し何もない状態にするこ

と。それが、廉の望みなんだ」

 地下牢で、僕を呪具にして実行しようとしたこと。

 先程、僕を腕に抱き締めていたとき囁いてくれ言の葉。

 廉は少しだけれど、その願いを混ぜて言の葉を紡いでいた。

 サクヤはそれに気付かなかったらしく、僕にあんなことを言ったんだ。

 サクヤが喉を鳴らして笑った。

「そうか……。そこで間違ったか。で、”アマハラ”、その願いを叶えるつもりなの

か?」

「どうしようか?」

 答えは解っていたけど、サクヤに問い掛けるマネをしてみた。

 すると、サクヤは……

「やめておけ。そのような事をすれば、お前は本当に壊れてしまうぞ。それよりなによ

り、砕破が悲しむぞ。廉の苦しみを無駄にするぞ。それでも良いのか?」

 はっきりと言わないけど、命乞いをしたんだ。

 神様から、そんな事をしてもらえるなんて……ちょっぴり優越感?

 もう少し意地悪しようと思ったけど、やめたんだ。

 この部屋に立ち込めていた、僕の破壊した部屋の上部から差し込む日の光に曝されて黒

い靄が揺らぎ始めたんだ。

 多くの神の力や成れの果てが、徐々にだけけど蒸発しているのがよく解る。

 ここの空間が、窓のない薄暗い仕組みになっている理由はここにあるのだろね。

 一歩堕ちたら、魔のモノとなる靄たち。

 魔のモノは闇を好むもの。

 大差ない靄たちだって、日の光に曝されたら消滅するんだうね。

 それを阻止するために、この空間でどんな力も使えなかったのかもね。

 サクヤが弱っていたから僕は『ゼロ』が使えて、建物を壊すことができたのかもね。

 真相は、どうなのかな?

 でも、そんなのどっちでもいいや。

 僕はサクヤを見下ろし、ニコリと微笑んだ。 

「僕に出来る事は、壊すこと。砕破の気持ちも廉の努力も、全て壊すんだよ。だから、構

わないだ」

「しかし、廉が世界を壊すと望んでいるのは、アマハラの勘違いかもしれぬぞ」

「それはないよ。だって、世界を壊すことを望んでないなら、吉乃に僕の使い方を最後ま

で教えていたはずだ。それをせずに、吉乃をこの国に招き入れ、吉乃に僕の『アマハラ』

を目覚めさせるように仕向けたりしないよ。自分の命を目の前にチラつかせればいいん

だ。宿儺の死に僕が係わっていることを囁けばいいんだ。それだけで、吉乃は動くんだ

よ。廉が直接動かなくてもいいんだ。それにさ、もし、吉乃を本気で逃がしたいと思って

いたら、僕と砕破の目の前で連れ去ったりしない。砕破を挑発して追いかけるように仕向

ければ、僕は砕破を追いかけるでしょ。そして、ここへ全てを集結させて、ここで全てを

終わらせる。廉が、ここにいないのは残念だけど、廉が本気でやろうとしていたことは、

今の説明で間違っていないと思うよ」

 サクヤの顔色が見る間に、焦りに変わっていく。

 誰も彼も、廉の策にハマっていたんだもんね。

 なら、僕は最後まで廉の策にはまってあげようと思うんだ。

 なぜなら、僕が知りたかった宿儺の言の葉を教えてくれたからね。

 

 僕は世界を壊すんだ。


 無抵抗になったサクヤから、僕は空へと視線を移した。

 青い空。

 気持ちよいほど青い空。

 もっと眺めていたいけど……

 本当は廉の家でみた、あの風景をもう一度見たいけど……

 それをしたら、僕の決意は鈍ってしまうから、この空でよしとしよう。

 思う存分、空の青を心に刻む。

 たぶん……絶対に忘れてしまうけど、僕はこの空の青さを忘れないようにしよう。

 僕に関ってくれた人間たちの優しさや心や楽しかった思い出を、忘れないようにしよ

う。

 僕は空に向かって深呼吸をする。

 心がやけに静かだよ。

 穏やかだよ。

 そんなことを感じながら、僕はゆっくりと腕を上げた。

 吉乃様に微笑みかけると、微笑み返してくれた。

 




 僕は呟いた。







「壊れろ」



                                つづく
 


 

 

 


 

 乾いた銃声が聞こえたのは、それからすぐだ。

 立て続けに三回。

 僕の耳を劈き、廉の体が微かに震えた。

 そして……僕を抱き締めている廉の力は急速に薄れた。

 腕から何かが消えていくような感じ……。

 廉は静かに僕から離れて、ドサリと床へ落ちた。

 その時、僕の目の前を紅い粒がいくつもいくつも舞っては落ちていった。

 その紅い舞の向こうには……銃口をコチラへ見せて構えている吉乃だ。

 廉が撃たれたのは、すぐに解った。

 でも、なんで?

 吉乃は撃つことが出来たの?

 サクヤに捕まって……。

「あっ……」

 僕は小さく声を上げた。

 簡単なことじゃないか。

 僕がサクヤの呪縛から解かれたのだから、それは吉乃とて同じことだ。

 廉が僕の中の力をおさめてくれている間に復活し、丁度の頃合いに……廉を撃ったん

だ。

 そうなんだ、そうなんだね。

 僕はチラリと下へ視線を向けた。

 廉は銃弾に倒れて動かない。そればかりか、背中を穿つ穴は三つ。

 それからは、止めどなく廉の鮮血が流れ続けていた。

 このままでは、廉は……。

 その先の言の葉に、僕は恐怖を感じ小さく頭を振った。

 吉乃へ視線を戻す。

 目が合うと、吉乃はいつもみたいにニコリと微笑んだのだ。

 銃を持たない手を、僕へ差し出した。

「破鏡。こちらへいらっしゃい」

「?」

「その者から離れなさい。そうして、私の元へ来なさい」

「何故?」

 僕は問い掛けた。

 この人は、聞いていたはずだ。

 捕まっていても、聞く事は出来たはずだ。

 僕の中の力を目覚めさせた者は、いかなることがあろうと僕によって殺されることを。

だから、お互い近付いていけないということを。

 なのに、吉乃は僕を迎えようとしている。

「廉の話、聞こえていたはずですよね? 僕は、どのような事があろうとあなたを殺すの

ですよ。死んでしまうんですよ」 

 もう一度、問い掛ける。

 すると、吉乃は頬を上気して微笑んだ。

 まるで、祈願成就を喜んでいるかのような笑みだ。

「ええ、解っていますよ。だからこそ、私の元へいらっしゃい。そして、私を殺しなさ

い。あなたの持つ最凶の力。全てを無に還す『ゼロ』と言う名の力で私を殺し、そして全

てを無きものしなさい。それが、私の願いを叶える唯一の方法なら……」

 吉乃は言の葉を、一端切った。

 そして、先程僕に殺される事を恐れていた人間とは思えないほどハッキリした口調で言

ったんだ。

「私は破鏡に殺されましょう」

「!?」

 僕は驚きで声が出なかった。

 大きく目を見開き、吉乃を凝視した。

「兄様も砂空もいなくなってしまった、この世界にどのような未練があるというのでし

ょう。二人は志半ばで、世界から消えてしまいました。残され私がすることは、二人の願

いを叶えること。そのために、私の命が必要不可欠というならば喜んで差し出します」

 声にあるのは、決意だ。

 それ以外、僕は何も読み取る事は出来ない。

 人間って、解らないよ。

 僕なんかより弱いのに、全然ダメなのに、どうしてそんなに願いを強く持ち続けられる

のさ。

 僕は小さく頭を振った。

 そして、どうしていいか解らなくてその場に立ち尽くしていると……。

 廉の手がゆっくりと動き、僕の足へ触れたんだ。

「は……破鏡君。ダメだよ。吉乃ちゃんの言うこと聞いてはだめだ」

 弱々しい廉の声。

 戸惑い、今後を決めかねている僕に優しく語りかけてくれる。

 血はまだ流れ続けて、顔は真っ青だというのに。

 僕の事を気遣ってくれている。

 廉の言うことを素直に聞くべきなのだろうか?

 聞いたら、僕は……たぶん……平和に生きることが出来るかもしれない。

 それとも……

 吉乃の言うこと聞くべきなのだろうか?

 聞いたら、僕は……必ず……ガラクタになり下がるだろう。

 どうするべきか決めかねてしまう。
 
 でもね、はっきりどちらと決められない理由がもう一つあるんだ。

 それは、心のどこかでずっとひっかかっていること。
 
 優しい廉の、優しい言の葉。

 僕の心の中で、さっきからモヤモヤしているんだ。

 なんだろう?

 解らなくて、ジッとしていると、廉が再び口を開いたんだ。

「君は逃げるんだ。吉乃ちゃんの事は気にしなくいい。サクヤの知らない僕の知り合いに

頼んで逃がしてもらうようにするから。だから、君は逃げるんだ。吉乃ちゃんを殺して、

この世界を壊してはいけないよ」

 廉の優しさを表現するには、最高の言の葉だ。

 でもね、この瞬間。

 僕は声を上げて笑った。

 そうだ、そうだったんだ。

 こんな単純なことなのに、どうして心がモヤモヤしていんだろう。

 自分の素直さを嘲るように、笑い続けた。

 戸惑う吉乃。

 眉根を寄せている廉。

 この状況が理解出来ないみたいだね。

 でもね、僕は解ったよ。

 僕が本当にやらなくちゃいけないことが。


 僕は二人に微笑みかけて、僕にしか聞こえない声で『ゼロ』を発動させた。

 『ゼロ』は迷いのない僕の心を映すかのように、背筋がゾッとするほど輝いている。

 そして、僕は……

 舞を舞うかのように腕を振り”ゼロ”で、この忌々しい建物を粉砕した。


                             つづく

 

「そんなに自分を否定してはいけないよ。優しい君、宿儺を想う君、誰の呪具にならず健

気に頑張る君。それが全て偽り、サクヤが造ったモノだとは言い切れない。君の心や性

格、本来の楽しい記憶をベースにサクヤは慎重に君の心の壁を厚くしていったんだ」

 廉の大きく息を吐く音が、耳元でしたんだ。

 辛いの?

 そろそろ限界なのかな?

 サクヤが、これ以上おとなしくしているとも思えないし……。

 でもね、廉の話を聞いていて解ったことがあったよ。

 サクヤは僕を絶対に呪具にしない。

 そんなことをしたら、死んじゃうからね。

 それから、まさかとは思うけど……

 サクヤは廉と入れ替わるための条件を知っていたんじゃないのかな。

 そうすることで、入れ替わり、全てを廉に喋らせる。

 事前に聞かされていた廉の過去と、廉の優しさ。

 それらによって、僕の気が変わり少しでも心を許した廉を救うために僕はサクヤの命令

を聞く道具になる。

 サクヤの中では、そんな事を計画していた……ような気がするけど……

 そんなわけないか。

 だってさ、そんなややこしいことされても、僕の心は揺り動かされたりしないよ。

 僕は誰もが恐怖する呪具だ。

 僕は誰のモノにならない。

 サクヤの思惑にだってのらない。

 僕は僕だ。

 僕は当初の目的通り、



     全てを壊すよ。

 
 
 廉は僕を救ってくれると言っている。

 サクヤの気持ち悪い呪縛からは逃れたけれど、まだ少し体が自由に動かないから廉の優

しさを利用しよう。

 自由に動くようになり、”ゼロ”を思うまま発動させられるようになるまで、廉に縋っ

ているんだ。

 完全を取り戻した時、世界が滅びる瞬間なんだ。

 まずは廉を壊そう。

 廉とサクヤは一心同体。

 廉を壊せば一石二鳥♪

 僕を理不尽に呪縛する変なものを作り出す、愚かな神も同時に滅ぼす。

 廉とサクヤを壊したら……

 次はあの女の人だね。

 あの女の人を殺すが僕の必然らしいから、

 そうだ!

 女の人には自ら命を絶ってもらおうかな。

 僕の心をズタズタにした時みたいに、女の人に心が壊れてしまうようなことを囁けばい

い。

 僕はまだ壊れたくないからね♪

 最後は砕破だ。

 この中で、砕破は一番簡単だよ。

 だって、僕のことが好きなんでしょ。

 僕がこれ以上ない甘い声音で囁いてあげればいい。

 必要なら、砕破が欲しがっている事をしてあげればいい。

 そして僕は弱々しさを演出して、砕破を見上げて「守ってくれるよね」ってねだればい

いんだよ。

 ちょっと恐いけど、未経験な世界だけど、平気だよ。

 僕の楽しい時間を手に入れる前の、ちょっとした事故だと思えばなんでもない。

 うん♪

 なんてステキな計画なんだ♪

 廉の腕の中で、僕は自分の残酷さに酔いしれた。

「ねぇ、破鏡君」

 突然、廉の声が耳の近くでした。

 その瞬間、僕の心はドキリと跳ね上がる。

 廉は僕の顔を見えていない。

 バレてはいないと思うけど……気をつけなくっちゃ。

 「な……なに?」

 ドキドキが今にも口からこぼれそうだったけれど、何とか堪えて廉の呼びかけに答え

た。

「君が思っているほど、君は残酷じゃないよ」

 えっ? 何をいいだすのさ??

 廉が続いて口にした言の葉は、僕の心に生まれた熱い気持ちを一瞬にして冷やしてしま

った。

 あまりにつまらないよ、廉。

 そんな話、聞きたくなんかない!

 なのに、廉の言の葉は僕の気持ちを無視して続くんだ。

「本当の君は、宿儺の愛を受けて育った呪具だよ」

 何を今更……。

「この世界、特にこの国は病んでいるんだ。存続している事自体おかしな国なのさ。生ま

れたモノには、必ず、そう平等に死が訪れるのさ。永遠の栄華なんて、ありえないんだ。

この国を終わらせるのは僕の役目だ。君は被害者だ。だから逃げるんだ。君は逃げて、ど

こか別の国で本来の君……優しい破鏡君として生きるんだ」

 僕は小さく頭を振った。

 そんなのムリだ。

 優しい僕は廉の理想だ。

 あなたは本来の僕を勘違いしてるよ。

 僕はそんなに綺麗な心なんて元々持っていやしないだ。

 解っているのに……

 あなたの声で語られる言の葉を聞いていると……

 僕は心が苦しくなるんだ。

 止めて欲しい。

 それ以上、僕を美化しないで。

 でないと僕は……

 どれが僕なのか解らなくなってしまう。

 僕は小さな子供のように、廉の腕の中でイヤイヤと身をくねらせた。

 なのに、廉は語る事を止めてくれなかった。



『大丈夫さ。君は優しい子だ。他者の痛みの解る最高の呪具だ』 



 廉の声に宿儺の声が重なり……僕の心に突き刺さる。

 宿儺の言いたいことが、こんな時に解るなんて酷いじゃないか。

 僕の頬を涙が伝う。

 泣きたくなんかないのに、涙が勝手に出てくるんだ。

 ルール違反だよ。

 ずるいよ。

 そんな事を言われたら、僕は何も出来なくなっちゃうじゃないか……。

 僕は僕の意思で廉の背中をギュッと強く抱き締めた。

  


 
 

 

 そんな僕は、どうして……。

「どうして、その事を何も覚えていないの? 全部、忘れているの? ……ううん、全て

じゃない」

「そうなのかい?」

 僕は一つ頷いた。

「なんとなくだけど、はっきりしないけど、記憶の隅っこにあるみたいな、そんな感じ。

でもね、それを思い出そうとすると、気分が悪くなるんだ。頭がガンガン割れるみたいに

痛いんだ」

 それは、もう、はっきりいって最悪だよ。

 あのとき、サクヤがなんかしてくれなかったら、僕は気が狂って壊れてしまっていたか

もしれない。それほど最悪だ。

 僕の感想を聞いて、廉はとても辛そうな顔をしたんだ。

「心の壊れはじめた君を抱き締め、砕破は僕のところへやってきた。重苦や悲傷、そんな

言の葉でしか語れない表情で、自分を壊してくれと言わんばかりに、僕を見詰めて言った

んだ。



『サクヤと交代してください』


 その言の葉を聞いた僕は、何も言えなかった。

 この惨劇を招いたのは僕だ。

 こんな僕にずっと付き従って、心の支えとしてずっと側にいてくれた砕破の小さな望み

さえ僕は叶えてあげることさえできなかった。……そう思ったら、僕は何も声にすること

が出来なかった。

 だから、僕はサクヤと入れ替わった」


 砕破の感情を重苦と悲傷で表現したけれど、その言の葉は今の廉にピッタリだ。

 僕が失くしてしまったモノ。

 それで、誰もが傷付いている。

 でも、僕にはどうすることが出来ないよ。

 今、出来ることは廉の辛さをいじめるだけだ。

「サクヤと入れ替わって、砕破は何をするつもりだったの?」

 廉は悲しい笑みを浮かべた。

「この国の神となったサクヤ。僕はサクヤの命に従い、世界の神を脅しその力を奪った。

奪った力はサクヤのモノとなり、サクヤの力は強大化していった。その力に砕破縋ったの

さ。サクヤの持ちうる神の力で、君を救ってもらおうとした。もちろん、そこには無償な

どというものは存在しない。砕破は自分の身をサクヤへ差し出した。決して僕のモノにな

らなかった、君を守るためだけに持ち続けていた意志やプライド全てを捨てて、砕破はサ

クヤのモノになった」

 廉の命令には従わなかったけど、サクヤの命には逆らえなかった。理由がやっと見えて

きたよ。

 そうなんだ、そうだった。

「サクヤが、よく砕破の願いを聞き入れたよね」

 廉は口元に酷薄な笑みを浮かべた。

「砕破の申し出は、サクヤにとって願ってもないものさ。世界の神さえ無に返す君

の……”ゼロ”の力は、サクヤにとっても厄介なもの。でも、君の力を唯一、そう、少し

でも制御できる砕破を手中に収めることができるんだ。砕破の願いぐらい簡単に聞き入れ

るさ。砕破を手に入れたサクヤは、本当意味で神としての地位と安泰を手に入れた瞬間

だ」

 その時のサクヤ。

 うん、なんとなくだけど想像ができるよ。

 だから、あんなに尊大不遜自己中な神になれたんだ。

 そんなことを考えている間も、廉の話は続いている。

「サクヤは、君が十年前に犯した全てを封印した。その封印で、君の心の破壊は一時的だ

けれど停止した。でも、それは痛み止めの薬と一緒で一定の時間が経つと君はまた苦しみ

だす。サクヤの力で築いた封印を、君は内側から破壊し、その度にサクヤは封印していっ

た。最初は押さえ込むことだけをしていたけれど、それだけでは足りなくなってきて、今

度は君に偽りの記憶を混ぜ込むことにした」

「偽りの記憶?」



「宿儺や砕破と生活を楽しんだ時間、全てだよ」


「……」

 そうなんだ。そうだったんだ。

 全部サクヤが造った嘘なんだ。

 がっかり……?

 あれ?

 なんでそんな風に思ったんだろ?

 キョトリとしている僕に気付かないのか、廉はいまだ話し続けていた。

「君への作業は、サクヤ造った特別な空間でほぼ十年の歳月をかけて行われ、君の心が偽

り記憶で強固に封印されたのが確認された時点で、君は世界に戻ってきた。でも、細心の

注意を払い、君の力に繋がる言の葉や記憶は世界の最重要機密として扱われていた。誰も

が君の力の再現を恐れ、君に近付き心を許そうとはしなかった。


 辛かっただろ」


 廉に問われて、僕は首を微かに傾げた。

「よく解らないよ。あの頃は、辛かったんだろうね。辛くなるたびに、僕は桜の樹の側で

恋に浮かれた人間みたいに宿儺を思い続けていたんだもん。でも、それも偽りなんだよ

ね。サクヤが僕に植え付けた嘘だったんだよね。だから、『辛いか?』なんて問いかけし

ないでよ。なんかイライラするよ」

 僕の吐き捨てるような言の葉に、廉は今にも泣き出しそうな顔で小さく首を横に振っ

た。

「違うよ」

 小さな、それは弱々しい声で、僕に訴える。

「何が違うのさ? 何も違ってはいない。僕は……本当の僕なんてどこにもいないんだ」

 心が、また痛んだ。

 痛みがさっきより、強くなっていく。

 自分の言の葉なのに、心は壊れているはずなのに……

 どうして、正常に動いているようなことをするのさ。

 僕は悔しくて唇を強く噛み締めた。

 そんな時だ。

 僕を縛っていたサクヤの力が完全に消え去った。

 理由は解らない。

 でも、僕は自由を得た。

 また、楽しく壊すんだ。

 そうすれば、この心の痛みなんてすぐに消えてしまう。

 さぁ、世界を壊さなくっちゃ。

 そう思ったけれど、捕まっていた時間が長かったのか、僕はその場にへたり込んでしま

った。

 僕の動きに合わせて廉が座りこみ、僕を優しく抱き締めたんだ。

 触れた瞬間、僕は驚き捕らわれているでもないのに動くことができなかった。

                              つづく





 

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