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この投稿を読んで
胸を打たれました。
投稿者の深い悲しみが、短い文章に凝縮されている感じがします。
デジタル朝日の投稿欄から。
(声)人生とは試練と共存すること パート ****(愛知県 58)
「神様は乗り越えられない試練は与えない」という言葉を聞きました。多少の違和感を覚えます。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)だった夫を3年半介護しました。その間色々な人に「よく頑張ってるね」などと言われました。少なからず傷つきました。
必死でしたが、でもそれはやるしかなかったのです。24時間見守りが必要で、私が見放せば、夫は命の危険にさらされます。社会的な援助には限界があります。逃げ出すことも出来ず、日々をやり過ごすしかありませんでした。
夫が亡くなり、介護という試練は終わりました。でも乗り越えたとは思えません。今はパートで仕事をし、映画をみたり友達とランチにも行ったりします。おいしい物を食べると、夫と一緒に食べたかったと思い、日々成長する孫を見せたかったと思います。思いは常に夫へ向きます。これも私にとり試練です。
結局生きるとは何かしらの試練と共存することなのだと思います。試練とは生きることそのものであり、乗り越えるものとは少し違うと思います。
冒頭の、「神様は乗り越えられない試練は与えない」は
有名な水泳選手が闘病に当たって語った言葉でしょう。
試練というものは
その内容も、質も様々で、
また、それを受け止めねばならない人の
年齢や状況もさまざまであるので
「試練」の意味、そして
「試練」への対応も様々になるのだろうと思います。
美味しい食事や孫の成長といった
一般的には「幸せ」と解されるものが
投稿者には「夫の不在に耐える試練」として受け止められることに
投稿者の深い悲しみを感じます。
しかし
試練とは生きることそのもの、と言ってしまうのは
有名な水泳選手にはまだ10代なので
あまりにも荷が重すぎてしまいます。
乗り越える、という気力が、
若い彼女を支えているのだと思います。
お釈迦様は「生、病、老、死」と言いました。
四苦、ですね。
生きることそのものが苦しい、というのは
そうなのだと思います。
今風に言うと「生きづらさ」でしょうか。
でも、小さなことに幸せを感じて生きたい、
小さなことにも感謝の思いを持ちたい、
みけねこ姫はそう願います。
そうでないと、生きていくのが辛すぎることにならないか、と思うからです。
大きなお世話だと思いますが、
この投稿者が
美味しい食事や、孫の成長に
喜びや幸せを感じられたらいいな、と思いました。
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