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16日の木曜日、翌日はアーヘンに戻ることになっていたので久々にドイツ料理でもいただきますか〜
と、いうことで偶然にも二人とも気になってたお店へいくことに。
場所はトゥルン・ウント・タクシス城敷地の前にあるお店で、タクシス家の醸造するビールが飲めるところです。
ここから少し歩くとタクシス家が経営しているであろうお店(3つ前の記事)もあったのですが、
こじんまりとしたこのお店に入りました。めちゃくちゃ寒かったんで早く入店したかっただけです。。。
店内に入ると奥のテーブルは団体様でいっぱい。20人くらいはいたと思う。
小さなお店なので私達が座った席以外で空いてるところはあと3つくらいでした。
さっそくタクシス家のビールを注文。
hiro君は以前から気になってた陶器の入れ物に入ったビールで、あたしはピルスをいただきました。
陶器に入ったビールはデュンケルでした。 少し麦を焼いたビールね!
苦いのが苦手なのであたしは苦手です。。。
ここのビールは軽めでいわゆるちょっと薄い感じ。。。
この街のビールは飲みやすいといわれるタイプが多いなぁ。
ビールを持ってきてもらう間にメニューをみると。。。
なにやら見慣れない言葉が。。。
このお店、トルコ料理のお店だったんです。
最後にドイツ料理を食べようと思っていたので自分が何を食べたいのか良くわからなくなり・・・
とりあえずメニューに ラム があったので ラムでおススメしてもらったものをオーダーしました。
パンが山盛り〜。これってよくケバブはさんでるやつじゃない?!っていう感じのパンでした。
すこしパサっとしたやつね。
カトラリー入れが可愛くてつい写真とってみた。 トルコではこういうスタイルなのかな?
お料理には前菜がついてきました。
右から白いんげんの野菜煮込み トマトの辛い煮込み 冷たいチーズリゾット
アーティチョークかなすの冷たい煮込み 人参のマヨソース和え シソの葉っぱ見たいのにくるまれたご飯。
どれもこれも美味しかったですよ〜!このあとのメインが楽しみになるくらいでした。
料理名はYogurtlu Adana 10€
Hackfleisch vom Lamm am spieß gegnillt, mit geröstetem Fladenbro, KnoblauchßJoghurt, Tomatensouce
添えてある緑のものはパプリカで唐辛子っぽい見た目ですが辛くも苦くもなく食べやすかったです。
羊の肉を煮込んだものを トマトソースとヨーグルトソースでいただくって感じでした。
ヨーグルトがさっぱりしてて美味しかったです♪トルコ料理すきだな〜☆
hiro君はラムコルトレット?っぽい名前のものでした。
骨付きのラムステーキとライスとトルティーヤ、細長パプリカと赤キャベツ、ピンクっぽい長いものはなんだろ?
このラム肉めっちゃ美味しかった〜!あたしの料理にこの肉がのってたら最高のご馳走だな!
どうやらトルコ料理って羊のお肉を良く食べるみたいです。
翌日ちょっと自分が獣くさかった。。。ラムやマトンが苦手な人は食べられないかもねぇ。
アーヘンにもトルコ料理屋さんあるかさがしてみよ〜っと♪
と、いうわけで約2週間の南ドイツは満喫して終わりました! また来年も春か夏に来たいな〜♪ |
南ドイツ
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極寒の地、ババリア地方。
民族衣装がとってもかわいいしビールのジョッキは1リットル!
食べ物も何もかもが大きくてワイルドです。
民族衣装がとってもかわいいしビールのジョッキは1リットル!
食べ物も何もかもが大きくてワイルドです。
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聖エメラム教会は後部に改装されなかった空間が残っている教会です。
パイプオルガンを境に全く違った教会が隣接しているようでした。
何気に入ってパイプオルガンの裏側が見えることに へ〜と思っていたのですが、天井を見ると
とっても古そうな絵がかいてありました。
全体を見渡してもとても狭い空間なのですがこちらの方が人の気配がするというか、
魂というか 気 を感じました。
中央にある十字架もとても古そうでした。
なんだか良くわからないですがとても悪いことしたような気がして申し訳ない気分になりました。
なんでだろ。
こちらの絵はいつごろからあるのでしょうか・・・修復もされずにずーっとこのままだった気がします。
ずっとつかわれてないような錆びたパイプオルガンもありました。
キリストが十字架にはりつけになっていく絵が11枚ほどありました。
こんなに古いものは日本ではそうそうお目にかかれないんじゃないかと思います。
キリスト教徒じゃなくても教会巡りはとてもおススメです。
写真じゃぜったい伝わらない何かがあるのでたくさんの人にもっとみてもらいたいなと思いました。
8世紀の人々はココに来て毎日お祈りしたんだろうな・・・。
って8世紀の人だけじゃなくてず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと代々来てる人もいるだろうなー。
改装されずにこのまま残していってほしいです。
あ〜あぁ、ドイツ語勉強して読めたらもっと感動したんだろうな〜! |
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トゥルン・ウント・タクシス家の入り口の前に大きな教会 聖エメラム教会 があります。
聖エメラムさんは7世紀頃にバベリア人にキリスト教を布教した聖人だそうです。
そして聖エメラム教会はベネディクト派修道院の付属教会らしいです。 教会は8世紀にバジリカ形式の教会が建てられ、11世紀中頃にロマネスク様式に拡張。
教会は何度か火災にあった後、1731〜33年に設計士プルンナーと
アザム兄弟(Cosmas Damian AsamとEgid Quirin Asam)によってゴシック化。
今の鮮やかな装飾はこの時のものだそうです。
この教会はバロック様式の空間とそうでないところがはっきりしていて, 古い箇所と新しいところが一緒になってるそうです。
ただいま実験中 参照。 http://hvanilla.web.infoseek.co.jp/
入り口の上には古そうな絵が書いてありました。
門に書いてあった言葉。
Basilika St. Emmeram
Kirche der ehemaligen Benediktinerabtei.
Grabeskirche des Märtyrerbischofs Emmeram(* um680) und des Diözesanpatrons Wolfgang(* 994).
Karolingische Anlage 8 . Jhdt. Westliches Querschiff 1052.
Barockisierung durch die Gebr.Asam 1731/33. Ehem.Pfarrkirche St. Rupert um 1100
門から教会までは石像や墓石がたくさんありました。
教会のエントランス(?)にもたくさん墓石がありました。
ココに立つだけでとても重厚感と古さを感じました。
扉が3つあってどこから入っていいか わからなかったのですがとりあえず正面きって入ってみることに。
どうやらここがゴシック調のところみたいです。 華やかでした。
中央祭壇を見て左側の通路です。
天井にも絵が描かれていて豪華な感じ。
天使がたくさんいる教会でした。
こちら側には説教壇とよばれるこあがりな演説台のようなところもありました。
キリスト教徒じゃないのでよくわかってないです・・・。
左奥が中央祭壇と呼ばれる一番奥のところ。 黒が基調で珍しい気がします。
天井の絵はアルテ・カペレほどではないですが素晴らしい感じがしました。
右側の通路には古そうな棺桶(?)もありました。
Hochgrab des hl. Wolfgang, um 1350.
Der Diözesanpatron Bischof Wolfgang starb 994 und wurde 1052 heiliggesprochen.
Seine Reliquien befinden sich in der Wolfgangskrypta unter dem Dionysiuschor im Westen der Kirche.
Das Hochgrab mit der etwas überlebensgroßen Liegefigur ist von einem spätgotischen,
dachförmigen Gitter überdeckt, das vielleicht der befestigung von Votivgaben diente.
このドイツ語が読めるようになったらガイドさんとして働けるかなー。
こちらは中央祭壇右側。
なぜだかカーテンがかかってましたが。。。 左側はあいてたのにね。
後方上部にパイプオルガン。 これも黒が基調でシックな豪華さ。
下の方に柵が見えてるんですがこの奥がとってもふるい状態で残されてるところです。
そちらはSt. Emmeram エメラム教会 改装されなかった空間 にて写真UPします。 |
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Schlocc Thurn und Taxis トゥルン・ウント・タクシス城 というのは
ヨーロッパの郵便事業を一手に行っていた一族で巨万の富を得たそうです。
1812年に聖エメラム修道院の南翼に住み始めこのお城は人の住んでる宮殿の中では
ヨーロッパでもっとも大きいそうです。
隣接する博物館ではタクシス家の豪華な調度品などが展示されてるそうです。
トゥルン・ウント・タクシス家については トゥルン・ウント・タクシス家のボロ儲けに詳しくかかれてます。
もともとはイタリアのベルガモ出身のド・ラ・トッレ家がドイツ風に
トゥルン・ウント・タクシスと名乗りだしたそうです。
1489年にオーストリアのハプスブルク家の皇帝マクシミリアン1世の郵便物を請け負ったことからはじまり
郵便事業とタクシー事業をかねてどんどんお金儲けしたそうです。
事業の成功で侯爵まで地位が上がり 皇帝妃の姉と結婚し皇帝と親戚関係を結ぶまでになったそうです。
その後郵便事業を国営化すことになり権利を売り、それを資金にさらにお金儲けをしたそうです。
日によってはお城の中をツアーでまわれたりするのでいつか行ってみたいな〜。
入場料を支払ってお城の前の広場で開かれるクリスマスマルクトに参加するのも素敵らしいですよ!
私たちは なぜグリューワイン以外にお金を支払わなきゃならないのか? という疑問の方が大きくて
入場しませんでしたが、キャンドルやライトで照らされたお城はとってもすてきでロマンチックらしいです。
ロマンチックな雰囲気を味わいに行くのもいいんですけどねー。一人で行くのもなんですし。
ココに行く際はロマンティックな方とご一緒されることをおすすめいたします。
そんなわけでお城の写真は一枚もありませんが、タクシス家が経営してるっぽいレストランがありました。
Fürstliches Brauhaus というおみせでした。 お城の西の通り沿いです。
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南ドイツの写真がまだまだ・・・
今回は歴史博物館 Historisches Museum と ミノリテ教会 Minoritenkirche
かつて重要な帝国都市のフランチェスコ会修道院に、1931年歴史博物館が創設されました。 石器時代から19世紀までの芸術と文化史の展示をしています。
コレクションの重点は街の周辺と東バイエルン地方に置かれています。
考古学の分野は、多くの発掘品と分かりやすい模型で、
紀元前の先史、古代ローマ時代から紀元400年頃までと、初期史から10世紀までを紹介しています。
多彩な展示品が中世の街の生活の印象を伝えてくれます。
また中世後期の宗教芸術の素晴らしい作品から、A.アルトドルフ ァーや“ドナウ学校” の作品、
及びヨーロッパの美術工芸のコレクションの展示もあります。
観光の国 ドイツより参照。
左の教会がミノリテン教会です。右の白い建物が歴史博物館。
教会は立ち入り禁止でしたので歴史博物館へ。
実は地図でみたとき市立博物館だと思い込んでたのですが先ほど歴史博物館だと気づきました。
館内に入ると特別展示をしているけど入場チケットはどれを買う?ときかれたので 全部 ってこたえ
8€お支払い。
入り口がよくわからず・・・出口から見てまわっちゃいました。
入り口からの様子は、はるか昔この地方の人達が使っていた生活用品(土器やヤリなど)の
出土品の展示や、衣服の再現など。古代から中世、現代へとどのように進化してきたかが
展示されてました。 中世のおうちの再現や寒さ対策、猟や漁の仕方、石橋の立て方や
この街がどうやって栄えたか等・・・ドイツ語表記でよくわかりませんでしたが展示物が多いので
みてるだけでもわかりやすかったです。
終盤はDOM 大聖堂で飾られていたマリア様やキリストなどが展示されてました。
石でほられたものでところどころ崩れてましたが中世からのものだと思います。
昔のステンドグラスだと思うのですが展示されてたのを1枚撮ってみました。
写真とってたら係りの人に何か言われました、フラッシュつけてなかったのですが写真撮っちゃダメなのかな?
でも入り口には写真のフラッシュがダメって書いてあったんだけどなー。近寄りすぎたのかな。
ミノリテ教会と隣接してるところからガラス越しに教会内を見ることができました。
ここは撮影OKみたい。
とても古い教会をそのまま残してるようでした。
歴史博物館はとても寒く、外の気温と変わらないので入り口にあったロッカーに上着を入れてしまった
あたしは凍える寒さで意識が遠のきそうでしたよ・・・。
特別展示は3階で催されてました。
BERTHOLD FURTMEYR というものでとっても古いキリスト教の本みたいのが展示されてました。
アダムとイブのお話、ノアの箱舟のお話、キリストについての話などの挿絵のページが
細かくて綺麗だったー。
本自体は結構でっかくて40×30cmくらいかな?ふとさも15cmくらいありそうで
布のごっついカバー付き。
紙は習字の紙のように薄いので直ぐ破れそうでした。
実物をみたらなんか魔法使いっているのかもって思えた。。。 |





