チェッキッキーの日記ッキー♡♪

すいません、忙しくって更新遅れてます。

mikicianのお仕事

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Modenaより

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お久しぶりです。
今頃すいませんが、今年もよろしくお願いします。

大晦日は荷造り、
お正月は移動、2日からお仕事開始で新年の挨拶をする暇もありませんでした。

今はモデナにいます。
オペラカルメンの公演がモデナ、ピアチェンツァ、フェラーラ、ラヴェンナであります。
初日は1月23日モデナです。

去年からTeatro comunale Luciano Pavarottiと言う名前に変わりました。
彼は確かモデナ出身。
劇場のなかには彼の実物大の写真が飾ってあります。
そのうち大理石で作られた像になるんだろうか?
街のあちこちにもPavarottiの写真が見かけられます。
Grazie Maestro!と写真には書かれています。

モデナはFerrari,Lamborghiniの車の工場、バルサミコ酢、Lambrusco(赤発泡ワイン)、
Mortadella(ハム)、FINI(ハム、パスタの工場)などで有名な町でして、
ここにいると世界的に騒がれている不況と言う事が実感できません。

モデナの市長さんは働くことだけがモットーのようです。
市の中心には若者が夜遅くまで集まってお酒を飲めるような場所は認められていません。
唯一、Piazza Grandeにある大きなBar は夜中の3時までやっていますが、
高級すぎ!毛皮のコートを着たマダムや、カシミヤのコートの紳士でいっぱいで若者の姿は見られません。

だから夜遅くリハーサルを終え一人で街を歩いても全然平気です。
このあたりはこの時期霧が多く夜になると視界が悪くなるので最初は怖かったのですが、
イタリアでは珍しく安全な街です。びっくりでしょ!
お隣のボローニャとは大違い!!!

お仕事のほうは順調です。今回のキャストはロシア、ウクライナ、チェコ、ハンガリーの西側からとウルグアイ、アルゼンチン、ベネズエラなどの南アメリカからの歌手ばかりでリハーサルではイタリア語にロシア語とスペイン語が加わり、ビゼーのカルメンではフランス語なのでいつものように頭の中は滅茶苦茶です。

チェキも元気です。
がんばって!?マリちゃんの近くで寝ています。

マリちゃんは6ヶ月ぶりにお稽古を教えに行きましたが、その日は生徒全員が泣き崩れてしまいお稽古にならなかったそうです。
彼女も1時間半スタジオにいただけでとっても疲れてしまったそうですが、皆の顔を見れてとても喜んでいました。

ミシオさんのおば様はマリちゃんの病気を知ってからとってもいい人になりました。
マリちゃんのことをとっても心配し、「パリに来る時間があるならマリちゃんの所へ行きなさい。」
と言うようになりました。
もう、殺されるとか、お金を盗まれた!などとは言わなくなりました。

ミシオさんはただでさえ忙しいのに。
イギリス、フランス、イタリア合作のミュージカルの演出、振り付けのお話がきたので
大変な騒ぎです。
今年の夏にはヴェローナで初日なので時間がありません。
でもこれができると日本にも行くかもしれませんね。
お金がかか
る巨大スペクタクルは日本人の好みでもあるので。

2009年皆様にとっていい年になりますように。
オバマがんばれ〜〜〜〜(関係ない?)

p.s
今私たちの間ではやっているrapがあります。
♪ コモ セ ディッセ ♪ (バラック)
♪ コモ セ イアーマ ♪ (バラック)
♪ オバーマ ♪  (バラック)
♪ オバーマ ♪  (バラック)

バラックは小声で歌ってください。

Le Voyage

地元のバレエスタジオなどで子供たちとその両親のために小さな公演をしています。
私たちのいくつかの公演の抜粋とその公演の説明をします。

私はLe Voyage というの公演のお話を公演の前にしています。

これはそのときするお話です。



次のプログラムに移る前にそのプログラムについて少しお話をします。

振付家にとって公演を作るときのきっかけとして
何かのお話、詩、音楽などなど出発点はいろいろあります。

次に皆さんがご覧になるLe Voyage と言う公演を作るとき彼は彼の好きな音楽
ジプシー民謡から始まりました。
ジプシーによって歌われ、演奏されている音楽です。

ジプシー(Zingari)と言うと今は物乞いや泥棒などの代名詞になっています。
けれどそのメランコニックな音楽は世界のいろんな人から愛されてきました。

なぜミシオさんはこの音楽でこの作品を作ったのかをお話したいと思います。

1900年の初めのころです。
ミシオさんおじいさんはロシア(現在はウクライナ)のカルコフに住んでいました。
おじいさんはそこに金鉱を持っていたのです。
おじいさんは自分専用の汽車を持っていました。
それを使ってビジネスのための移動をしていました。
世界のカジノの行くためでもあったようです。
おじいさんは自分の家の隣に自分専用の劇場を作りました。
彼自身オペラ歌手だったからです。
彼の専門はイタリアのバロックオペラでした。

彼の大きな庭にはジプシーがあちこちからやってきてあちこちに発っていきました。
テレビのない時代です。
ジプシーの歌や音楽、カード占いや手相占いなどで
おじいさんの家族を楽しませてくれたのです。
小さいときからジプシーの歌を聞いて育ったミシオさんのママは音楽学校の声楽科を卒業しました。
ジプシーの歌も歌いカード占いも覚えました。

そんな時ロシア革命が起こったのです。

金鉱で働いていた人たちのおかげで一度は牢屋にいたおじいさんも
1918年には家族とパリに逃げることができました。
オーダーメイドの靴や洋服、カジノでの遊びに慣れていたおじいさんは貧乏に耐え切れず亡くなってしまいました。

ミシオさんのママとほかの2人の姉妹はブラッセルに行くことになりました。
一番大きなナターシャはブラッセルで結婚が決まったのです。
3人の姉妹は別れて暮らすのが心細かったのです。

お金を稼ぐためにミシオさんのママは美術学校で若い画家のためにモデルをしていました。
若いミシオさんのパパはミシオさんのママに一目ぼれしました。
そして結婚を申し込んだのです。
ミシオさんのママは言いました。
ロシア語を話せるようになり、ジプシー民謡のギターを弾けるようになれば考えましょう。
ジプシー民謡のギターは7コードです。(クラシックギターは6コード)
努力の甲斐があってみしおさんのパパはミシオさんのママと結婚したのです。

何ヶ月か過ぎたある日ミシオさんのママは妊娠したことに気がつきます。
そしてパパに「私の歌手としてのキャリアはもうおしまいだわ!」と、怒りました。
めでたくミシオさんが生まれた日には「Qu’est-ce que c’est!! cette merde!!」とさけんだそうです。ミシオさん一人でなくマリちゃんも一緒に生まれてきたのです。

4人になった家族はママのジプシー民謡のコンサートのためにブラッセルからパリへパリからマドリッドへマドリッドからパリへと移動をしました。
どこへいってもミシオさんとマリちゃんはパパの伴奏でママの歌を聞かなければ寝ませんでした。パパとママのお友達が来てるときは違います。
すぐにベッドに入り狸寝入りをしました。
お友達のためにママのちょっとしたコンサートがあるのを知っていたからです。
コンサートが始まると二人で壁に耳をつけて眠くてもがんばって聞いていました。

僕のママは料理は下手だったけど、(ミシオさんのママのにんじんスープはコンソメスープににんじんがそのまま入っていたそうです。)いろんな宝を残していった。
ジプシー民謡はそのひとつ。

ミシオさんはママが残してくれた宝で私たちに公演を創ってくれました。
今夜はお客様とその宝を分かち合いたいと私たちは思います。
ミシオさんのママがmikicianに何馬鹿なこと言ってるのと天国で言っているようです。

下手なイタリア語を最後まで聞いてくださりありがとうございました。
そして Bon Voyage!!

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マリちゃんの代わりに小さい子にバレエを教えています。
持っているクラスは12歳から15歳のクラスが3時から5時まで。
7歳から11歳までは5時から6時半。

大きい子のクラスはやりやすい、基本はしっかりしているし
テクニックを教えるのは慣れている。
この子達は私が舞台で踊っているのを何度も見ているので
分かり合いやすい。
だけどポワント(トゥシューズ)お稽古が嫌い。
「はい!ポワント履いて。」と言うと、今まで生き生きと飛んでいた子たちの動作がいきなりゆっくりとなる。
「ほらっ!そんなにもたもた履いていたら公演終わっちゃうじゃない!」
怒るときは怒ります。

一番小さい子は7歳と2ヶ月、その次小さい子は7歳と8ヶ月。
たった5ヶ月の差だけれど小さければ小さいほどこの差は大きい。
体力的にも能力的にも。
ただし小さければ小さいほど吸収力は大きい。
そんなことを考えすぎると7歳から11歳のクラスはお稽古を組むのが大変。

8歳のノエミちゃん質問するのが大好き。
「クロワゼのときのお顔はこっち?じゃあこっち向いたときは?あっちは?」
好奇心旺盛。私の説明が終わると必ず質問をしてくる。

エンマちゃんは一日目はとっても良かったのに二日目は面白くなさそうな顔、
後でお母さんに聞くと私がノエミにはbenissimoと言ったのにエンマにはbeneとしか言わなかったのですねてしまったのだ。
でも3日目はまたいつもの顔で一所懸命お稽古してた。

一番小さいヴィオラにはあんまりがんばらなくてもいいんだよと、声をかける。
ついてくるのも大変そう。でもジャンプは大好き。

7歳10ヶ月のリンダちゃん。
一番初めの日に私が注意した2番のポジションをわざと間違える。
間違えることはいけないので注意はするけれど、間違ったポジションとちゃんとしたポジションの区別ができるから偉い!

一回だけ小さい子供クラスのおちびちゃんが一人もいないときがあった。
ハローウィンで皆お友達のお家に御呼ばれしていたらしくお稽古はお休み。
お稽古は大きい子達だけ、
その日だけはいつもしっかりしているなぁと感心していた大きい子達も
おしゃべりはするし、私にこういうステップを教えてなどのわがままをしてきた。
いつもは小さい子の前で一生懸命お姉さんしてたのね。

この間日本に帰ったときお友達のバレエの先生が言ってた。

彼女のだんなさんが子供たちにお稽古を教えた次の日。
ある子供のお父さんがお稽古場にやってきた。
「うちの子供の体に先生が触った!!」
と散々文句を言ってきたそうだ。
バレエのお稽古だもん体触るのは当然じゃないと言う私にお友達は、
「今の親にそんなこと分からないわよ!
こっちも商売だと思って誤って帰ってもらったわ。」

発表会の前に親を集め、お化粧の仕方を教えたときのこと。
ある女の子に化粧をし始めた彼女はその子に一言、
「一重のお目目だから書きにくいわね。」
その次の日はその子のおじいさんが怒鳴り込んできたらしい。
「先生は私の孫のことをみんなの前でブスだと言ったそうですね。
人権損害として訴訟を起こします。」

日本ではおかしな事になっているようだ。

イタリアでも子供の教育の話は毎日ニュースで問題にされています。
オバマが選挙で勝利をした日、イタリアのベルルスコーニ首相が
「彼は日に焼けていてかっこいい。」などという発言を平気でしてしまう国です。
学校教育はヨーロッパでも最低。
未成年の麻薬中毒、アルコール中毒はヨーロッパで最高。
今の親の無知さも問題になっています。

でも子供たちと接触するようになって思ったのは、
子供たちは大人が考えているよりもしっかりしていますよ。
子供の世界をもっと大切にすることはできないのでしょうか?
「かわいい子には旅をさせろ!」と言うのは今の時代難しいことなんでしょうね。

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8月16日Castiglioncello(トスカーナ地方)で公演。

公演は21時30分開幕の予定でしたが、
予定通りお客さんの数が多すぎて客席に予備の椅子を出したり
当日券も買えなく公演を見れないお客さんへの対応などで公演は30分遅れて開幕。

公演が終わり招待客の方々とお食事。
家に帰ったのは2時、5時起床。(眠い........)
7時PISAの飛行場からROMA経由でBRINDISIに出発。

BRINDISIの飛行場から迎えの車でGROTTAGLIEへ、
12時、ホテルに着くとすぐにお昼寝。(もう立っていられません!)
午後3時に起きてサンドイッチを食べてからフラフラと劇場に。

このオープン劇場は元採石場、プーリア地方独特の白い石がむき出しになっている。
La sinfonia per una Trantaと言う名前のこの公演は10人のミュージシャンと一緒。
アコーデオンより小さいOrganetto、豚の皮でできたZanponga、
マンドリーノよりちょっと大きいMandoloncello、そしてTammorraと呼ばれる大きなタンブリン。
彼らが弾く曲はタランタと呼ばれる南イタリア民謡。

民謡と言って良いのか分からないけれど本当のタランタの意味はタランチュラ。
タランチュラと言う毒蜘蛛に刺された体を治すためにタランタの音楽を弾き病人を踊らさせて
病気を治すと言うもの。
私達が来たGrottaglieの近くでは15年くらい前までこの儀式が信じられていたそう。

この元採石場での公演は白い石、埃、熱い風、土のにおいなどが
公演を引き立ててくれるはずだったのに......。

オープン劇場に着くとすごい臭いが充満している。
劇場の杮落としでもあるので劇場のまわりには新しいオリーブの木を植えた市役所のおじさん達。
科学肥料でなく新鮮な肥やしを使ったそう!!!頭クラクラするぐらい臭い!!!!うわ〜〜。

舞台に上がってみると確かに木の舞台ですが、それは石の上に直接乗っているだけで
これではセメントの上で踊るのと同じ。

音響の人はスピーカーから音がでないと騒いでいる。
ミュージシャンはサウンド チェックができない。

楽屋ではおばさん一人が衣裳にゆっくりとアイロンをかけ始めていた。
おばさん一人では公演までには間に合わない。

公演までには音響は何とかなるだろうと言う希望を持って、音なしで舞台リハーサルは始まる。
けれどリハーサルが終わってもスピーカーからは音が出ない。

一人のミュージシャンが時間通りに始まらないと「11時からの公演に間に合わない。」という。
彼は公演を掛け持ちしていたのだ。(嘘でしょ〜〜〜信じられない)
絶対に時間通りには始まらないことは分かっているので、彼のソロが終わった時点で向こうの公演に行っても良いということになった。

音響は諦めるしかない。
公演はマイクなしということになった。(どこまで声が続くのか?)

公演が始まる。
あのミュージシャンが小さくなって舞台の袖を歩いていく。
「どこ行くの?」のみんなの声に「間に合わない!間に合わない!」と言うだけで行ってしまった。
開いた口がふさがらない。

ミュージャンのリーダーが言う、次の曲の演奏は彼なしでは無理だ2曲目飛ばして3曲目にいく。
2曲目の準備をしていたダンサー達はパニクった。
「3曲目の衣裳に着替えろ!!」「エーッ私3曲目はあっちからでるのに!」と舞台袖は大変な事に。

演出席で照明さんの手伝いをしていたミシオさんもパニクった。
2曲目の照明が15秒で入ったが聞こえてきた曲は3曲目。
何があったんだと思いながらゆっくりと3曲目用の照明に変たそう。
舞台にいなければいけないミュージシャンが一人足りないので5曲目もないと照明さんに伝える。

案の定、彼のソロであった5曲目も飛ばして公演は続く。

スピーカーなしでの公演なので音はお客さんのところへ着くのは1秒後。
のって来たお客さんの手拍子が私達の耳に届くのは2秒後。
(音のスピードと言うのは思ったより遅いです)
音楽と手拍子が全然合わないのでこっちも大変。
音楽とは耳で聴くものと思っていたけれどあの夜は目で音楽を聴いていた。

夜が更けて湿気がでてくると舞台の上にあった板が波のようにでこぼこになってきた。
木が湿気を含んで形が変わってきてしまった。
安物の板を使ったらしい。
「怪我だけはしないように!」みんなの目がそう言ってる。

公演は何とか終わった。

プーリアの企画側には悪い事に、
バカンスでプーリア地方に来ていたこの公演のプロデューサーがお友達をたくさん連れて客席にいた。
公演を見ていた彼はかんかんに怒ってしまった。
プーリアでのデビュー公演をメチャクチャにしたと、企画側に訴訟を起こすそう。
ミシオさんは公演の後にプーリアの企画側にすぐに謝罪の手紙を書くようにとアドバイスをしたけれど、ローマのプロデューサーには手紙は届いていないよう。墓穴を掘ったのはプーリア側。
もうどうにもならない。

忙しい夏はここで終わり、あさってはベルギーのリエージュでオペラマクベスのリハーサルが始まる。
一ヶ月リエージュにいるので移動はない。私達にとってこういう仕事はお休みと同じ。
うわ〜〜〜いやっと夏休み!みたい。でもベルギーはもう秋の空、寂しい..........。

明日は海へ行って思いっきり泳いでこよ。

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