パーキンソン病

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落ち込み

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7月6日(月)

今日も暑くなりそう。
朝5:30分起床「観音の心」を育む祈りの書写をし終わった。
手話を通しても、自分の思いどうりにならず、落ち込み状態にある。

別れや出会い自分の心を交差し通り抜けて行く。
先生の「祈りのみち」の一節に記されてあった。

この世界で生きる以上
私たちはどこかで誰かの人生を横切らざるを得ません。
良かれと思うことばかりをなしてきたとしても
自分の思いに反して
誰かを傷つけたり、誰かの人生を狂わせてしまう。
それが、私たちが生きている世界の宿命なのです。

思いどうりの人生など歩めるはずもなく
思いもかけない悲苦が降りかかる。

大切にあなた自身の道を歩むことです。
心を込めて人生を創造してゆくことです。

高橋佳子「祈りのみち」より抜粋

少し心が落ち着いた。

人は皆自分のみちを歩む、何が大切かもその一人ひとりにかかる。

だから、それを認めよう。

あなたはあなた、私は私、誰にも変えることはできない。

泣くのはやめよう。愚痴りを留め、鏡を見て笑顔。笑顔

パーキンソン特有の表情に変ってゆくのを 注意 注意

医師とはその後メールでの出会いも行なっていない。
予約日は今週木曜日、今の主治医はどんな所見を出してくれるだろうか?

こちら次第でもある。心して相談に臨みたい。






    今日の出会いでした

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皆さんお久し振り、ブログに向き合っています。
GGP終了に向けての卒論(功徳シート)も何とか提出日に間に合い、やれやれ!  え、どんな功徳・・・・聞きたいですか?

今日は生活実践(地域の少人数での学びの場)のお世話Pがあり参加してきました。こちらも第17次が終わり近く地域会員さんで学びの場に出て来れない方も多々あります。お世話はどうだったのか、先生のお姿、御心、優しさをどれだけお伝えできたでしょうか。

お世話とは私が変わることで菩提心を発掘してゆく。こちらから声をかけさせていただく。

ミーテイングの折に出会った同志、彼女がご主人のことを一切頼らずすべて自分の判断で生活するのが当然として生きて来た。私は、そのお話を聞いて自分そのものであることを実感し、彼女と共感し合い、その後の私を語った。

私も同じだったの、そして私は自分のパーキンソン病が何でなのかずーっと疑問だったのです。パーキンソン病は、大脳のドーパミンの欠乏により運動指令がうめく筋肉に伝わらなくなっていくために、自分の意志に反して動きが鈍くなり思うようには出来なくなる病気です。

私は「稲穂の心」で救われました。
「私が前に進むことができたとしたらそれは私を支えてくれた人がいたかららです」ここの書写で気づきました。私は多くの方々の支えを夫の存在を必要ともせず自分一人で生きて来たつもり、この病を通し、支えられていた恩恵の自覚をうながされたのです。出来なくならないと、支えられたことに気づけなかったのです。、

何と傲慢な自分と泣きました。そして夫もGLAでの出来事などを聞いてくれるようになりました。

会話も多くなりました。

彼女もその後事故を起こし車は大破、だけど体は大丈夫だったそうですが
それでもご主人の存在はいかに???

それはもうご主人の存在を認めるチャンス、ピンチをチャンスに変えるとき。
チャージ、チェンジするとき、この谷の時こそ果たすべきことがあるのだと痛切に感じた。
夫と言えども一人の魂存在、彼女も私の話にも共感してくれて急に仲良しになれた感じ。
先生の教え、「魂の学」はすごい力があります。人生観も変わります。生き方も変わります。

毎日の書写も「稲穂の心」にしたいと迷いました。しかし違いを受納できる「海に心」も手放せませんでした。

皆さんは何をお感じでしょうか?どんなことでも、ご批判であろうともお受けし、次へと向かうかてにします。

地震

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     6月14日(土)
夫は休日の土曜日の朝、ゆっくりの朝食を済ませくつろいでいると、
ぐら!と揺れた、そしてぐら、ぐら、ぐら、大きく揺れた。

歯磨きをしていた夫が、洗面所から青い顔をして出て来て玄関の方へ急いで行き、玄関の戸をいきなり開けた。

私はただただ、夫へついていくだけ、ただおろおろするだけ。
多方面の電話は繋がらず、事務所から安否確認のメールに返信ができない。

八ヶ岳いのちの里ではフロンティアカレッチセミナーの最中である。
地域によってはさぞご家族の安否を気づかってのセミナーに変わっていることをお察しいたします。

新幹線は動かず、多くの被害が出ている様子をテレビで報じられている。

慌てて家を飛び出し車にはねられ、お亡くなりになった方など、その他怪我人などもでている様子。「災害は忘れた頃にやってくる」

私の咄嗟の想い、「このまま家が倒れたらどうしよう、家では地震保険はかけていないはずだ」 こんな時に打算的なことしか考えられない自分を、我に返って責めた。
自分の心の狭さ、貧しさに呆れた。

東北方面の一軒一軒の家が少しでも無事であることを願い、お祈りいたします。

地震の前の静けさの朝の写真。このときが一変して地震が振りかかるとは誰が想ったことだろう?

心に刻まれた雨の日

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   4月26日(土)
さくらも葉桜になってしまった。
今年のお花見は余り良い日がなかったような気がする。

一昨日GLAの同志であり昼のチームで一緒に学んでいる
Nさんご夫妻が我街、探訪に来てくれた。

雨の日にもかかわらず、平成18年にはお城、武家屋敷などを見学、今回は二回目である。
お二人はお世話役でもあり忙しい日々をこの日のために、私のために時間を使ってくださり。

私は嬉しくてワクワクしてどこを案内しようかと模索した、ご主人は
NPOの活動をしているので是非情報センターアテネを見てもらい
たいと思っていた。

先ず、市役所の観光課に電話して聞いた。
前もって案内個所に電話でお願いしておいた。

アテネとはギリシャのアテネと同じ北緯38度線にあるのだそうである。
担当者が各階案内を3階まで丁寧に説明してくた。
ご主人が的確に質問するので説明のし甲斐があったようである。

次に昔からの庄屋さんすまる屋敷を壽丸屋敷は、江戸東京文化園に見られる豪商の形態で土蔵作りの店蔵と、洋館の応接室、和風の居屋、更に書院座敷を伴っていて貴重な文化遺産である。
私も今回始めて見学した。イベントの時など入りたいと思いだけで実現しなかった。

そして酒造会社では、ご主人を抜きにして私たち女性だけがお酒を味見した。
「花なでしこ」は甘口で女性向のお酒である。

ここで写真をパチリ、病気以来写真が嫌いになた私ををNさんは気をきかせて
無理にシャッターを向けなかった。その気遣いはありがたかった。
でも、記念になるものがないのも寂しいと思い勇気を出して3人でパチリ。

お昼近かったが、碧水園を見てから昼食にしようと話がまとまった。
碧水園は能舞台であり、多目的ホールとして使われ以前ハープの演奏を聴いたことがある、結婚式をあげる方も入るそうです。
ここでも女性職員が能舞台からお茶室まで、庭の説明までパンフレットもいただき説明してくれた。
我街のことにもっと目を向け日本伝統、我街のよさを知る必要を感じた。
お茶室でお茶をいただけなかったのが残念でした。

お昼もとっくに過ぎちゃった!  お二人から「もらう幸せ」を頂いた一日を感じた。お二人の志、親切な行動の計らい、一つ一つもらう幸せの一日でした。

自分の傘を広げず相傘で、私の「出来る幸せ」は何だろう?
「あげる幸せ」は?この病を通して『同苦、同悲』できるように。
「他人の苦しみ我苦しみ」を生きれなければ後悔する。

今出来ること、今しか出来ないこと、心の内をしっかりと見つめ、最近もらう 幸せが目立っている。
病の中にあってもまだ出来ることはある。
病を背負いながらも懸命に生きる姿で誰かの、同病の方の少しでも励みになるような生き方を願いたい。

この日を私とご一緒してくれたNさんご夫妻に感激でした。

又来年も多少の身体の不自由を抱えても、今度は自然探訪したい。出来るうちにご一緒したいとも願っているのです。

水芭蕉の森へ私の気持はもう遥か来年まで飛んでいる。

白石う〜めん美味しかった?昼過ぎたので客足も少なくなってゆっくりと話も出来た。時間はもう3時になっていた。

 
 
                                                                                                                                                                                                                                               

  2008 1月2日
元日は何時もGLAでは「新年祈りの集い」が行われる。
その場へも参加することができた。皆さんに支えながらではあるが、
先生のお導きのありがたさが心に響く。

2007年も最後の診察日の 12月27日(木)診察室での会話。
「先生はなぜ医師を目指したのですか?」と、医師沈黙、「ご両親も医師なのですか?」「両親は公務員」そして「公務員の方がよかったなー」この言葉にショックを受けました。

つぶやき「何言っているんだか、患者の前で言う言葉か、失礼な」が私を決定付ける内語でした。

「患者の前で言える言葉か」医師を責めていたのです。
家にかえてからも、心が落ち着かず罵倒したいような心を持て余していました。
そして「祈りのみち」で「他人を許せないとき」の項目、内容が心に響きました。

私たちの学びでは、止観シートがあります。出来事に対して、感じ、受け止め、考え、行為する。そしてつぶやき、これを何枚も何枚も書くうちに自分の傾き、思い癖が透けるように見えてきます。「あぁ私はこうゆう出会いのときは、こういう反応しかできない」

とかく私たちは、というより私は「自分は正しい」と問題は相手
あの人さえこうしてくれたらと原因は相手とおもうことはありませんか。

本当にそうなのでしょうか?自分に非はないのでしょうか?

祈りのみちの導きがなく自分お思いを通そうとすれば必ず関係は壊れます。

何のためにあなたは医師に手紙を書くの?それは医師も私たち患者もよき関係に誘われる道を求める。

そんな「一歩を踏み出す」相手のためにして差し上げる。簡単なようで難しい。
内なる可能性を開きもっと素晴らしい生き方あることを、もっと強く、深く生きるために。

この出会いを無駄にせず、許せない想いだけに止めず生きる道を見出すことが問われていることを実感させられた年末。そして元旦。

今年はどんな「菩提心」のカードがいただけるのが楽しみに、みんな待っている。昨年の「稲穂の心」にも大きな果報をいただいたことが嬉しい。

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