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♪時を超〜えて〜 君を愛せるか〜 本当〜に君を〜守れ〜るか〜♪
皆さ〜ん こんばんワ〜ン\(^_^)/ 職場が神楽坂に移転したので、1回目の特集です。(通勤時間が50分に大幅短縮で感謝♪) 神楽坂は商店街で有名ですが、一歩路地に入ると古い住宅街です。 商店街は元花街の名残りか、しっとりとした艶っぽい落ち着きのある独特の風情を残しています。 ◆神楽坂 (花街) Wikipedia かつて、ここは「牛込」(うしこみ)と呼ばれ、寛政4年(1791年)に移転してきた善国寺(通称、毘沙門天)の周辺に茶店が軒を連ね、後に岡場所として発展、これが花街の原型となる。 明治期に花街としての機能が確実となり、最盛期には700名の芸妓(芸者)が在籍していた。 しかし、昭和後期になると料亭、芸妓数が減少し、再開発などで花街の面影を少しずつ失い続けていく。現在、芸妓30名で『神楽坂をどり』や各祭礼、各行事などに参加し地元との交流を深めている。 ◆神楽坂 Wikipedia 神楽坂付近は、大正時代に隆盛を誇った花街で、飯田橋駅を背にした坂の右手に残る花街特有の路地は、日本でもここにしかないといわれている。 また関東大震災以後は、日本橋・銀座方面より商人が流入し、夜店が盛んになった。山の手銀座と言われた時期はこの時で、林芙美子や、矢田津世子の小説にも登場する。 坂沿いには商店街が立ち並び、瀬戸物屋・和菓子屋など和を思わせるお店が中心であった。田山花袋は「電車がないから、山の手に住んだ人達は、大抵は神楽坂の通りへと出かけて行った」と記しており、都市交通網の整備によって、神楽坂から銀座や日本橋に殷賑の地が移って行ったと解している。 2003年以後特にチェーン店やコンビニの進出が目立ち、それとともに、夏目漱石の通った田原屋などの老舗が急速に減少しつつある。また周辺の住宅街でも次々にマンションが建設されており、昔からの風情は失われていっている。 表通りから一歩入ると静かな路地があり、住宅街のなかにレストランや料亭などが多く見られる。 かつては江戸時代に蜀山人、明治期に尾崎紅葉・泉鏡花などが住み、尾崎紅葉旧居跡は新宿区指定史跡、泉鏡花の旧居跡は新宿区登録史跡になっている。また、坂の周辺には毘沙門天善国寺をはじめ、若宮八幡や赤城神社など多くの寺社が散在する。 周辺の学校には、東京理科大学・法政大学があり、また、東京日仏学院をはじめとし、フランス関係機関の多さから、フランス人をはじめ海外からの人も見うけられる。 5丁目から矢来町にかけては、著名人なども住む高級住宅地と、昔ながらの人たちが住む住宅地が混在している。 東京メトロ東西線の神楽坂駅を過ぎ、矢来町へ進むと矢来能楽堂がある。休日には歩行者天国になり地元の商店街は多くの人でにぎわい、生活感のある風景がひろがる。 それでは駄文を読んで頂いてありがとう! 皆さんと私たちに、穏やかな一瞬の幸福が訪れますように(拝) |
★グルメ特集



本多横丁、芸者新道。。。
いいなぁ〜〜
2013/10/7(月) 午後 9:32
渚さん、こんばんは。
さすがは渚さん、神楽坂も詳しいですね。
私は若い頃、仕事をサボって、ギンレイホールにクレイジーキャッツやら森繁久弥やらを見に行ってたくらいです。
トホホ…😁
来訪&コメントをありがとうございました〜🍁♨🐕🎃🎑🍲🍺
2013/10/8(火) 午後 7:22
ギンレイは今や数少ない名画座!!
2013/10/8(火) 午後 8:21