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(208教室での座学風景です。)
昨年の夏から、学生アドバイザーとして働かせて頂いているのですが、最近、念願かなって座学教育の一部をお手伝いさせて頂けることになりました。
自作の教材などなどを使って、訓練生の皆さんに対して授業を行うのですが、「人に物を教える」ということは「自分自身が教わる」事も多いと改めて感じます。
お任せ下さったM教官、ついてきてくれる訓練生達に感謝・感謝です。
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日記
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今日は鹿児島に出張する役員の皆様を飛行機でお連れしました。右席は昔からお世話になっているM機長,コパイが私です。
今日は長崎A-Runway18からの離陸です。冬本番の時期には珍しい滑走路方向です。
社用飛行には無駄は禁物。V-REP同士を結ぶダイレクトコースです。もちろん
VFRです。
ここ数日の寒気の影響により、高い山々は冠雪しています。墨絵のような綺麗な景色が続いていました。写真は雲仙普賢岳です。溶岩ドームも真っ白に雪をかぶっています。
・・・っと思ったら、ヘリコプターが近づいていました。空の世界は油断は禁物です。1に見張り、2に見張りです。TCAやRDRのアドバイザリーを利用したり、付近の管制機関やフライトサービスを利用して、情報を入手するとともに、自分の目で四方を確認しておく必要があります。
そうこうしているうちに、あっという間に鹿児島空港に到着です。エンルートわずか30分。日本に、もっと小型機による輸送需要が増えれば面白いのですが。。。
冬の空港の透き通った空気の先に霧島連山が見えます。
今日の訪問先はJ●Cさんです。
M教官を慕って、たくさんの卒業生達が会いに来てくれました。こうして活躍中の方々に会えるのは、いい刺激になります。
卒業生達との楽しいひと時はあっという間に過ぎます。エプロンで帰る準備をしているとANA機が降りて来ました。すごい迫力です。
なんとか、この世界で働いてみたいものです。
帰りは左席で操縦させて頂きました。ILSは70点、着陸は見事なバルーニング。Vthの重要性を再認識させられました。
フライトは毎回が勉強です。
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アメリカ航空留学中に撮影したアメリカのゴミ収集車です。人間的な動きをするロボットアームが素敵すぎます。また生で見てみたいものです。
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飛行機に関係する勉強をしたことがあれば、一度は目にする「鳳文書林出版販売」という会社。航空法や耐空性審査要領、告示集、その他テキスト類の多くが鳳文書林出版販売にて制作・販売されています。
しかし、航空関係の書籍は一般の書店で扱われていることはほとんどありませんので、主にネットショップからの購入に頼っている方がほとんどであると思います。
そうした方に有名なのが、以下↓のサイト
「航空デパート・ホーブン」です。各種書籍からパイロットグッズまで広く販売されています。
ところで私は「航空デパート・ホーブン」は「鳳文書林出版販売㈱」のネットショップ部門であると思い込んでいました。
2011.11.16日訂正
両社は昔は同一の会社であったということを読者の方から教えて頂きました。現在は全く別の会社ではありますが、協力体制をとっておられるとのことです。間違った情報を掲載して申し訳ありません。大変失礼いたしました。
鳳文書林のネットショップ部門は、別に楽天ショップ↓
として出店しています。
なんともややこしい気がしますが、私自身モヤモヤが解消しました。
「事業用操縦士 口述試験問題集 翼の友」は「鳳文書林出版販売」さんの方にて、1月初旬から発売する予定にしています。「ホーブン」さんとは現在交渉中です。
みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
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長崎での生活もあと数ヶ月。。。ということで、今日は同じ寮生のOGRくんと一緒に島原 雲仙火山災害のあとを勉強してまわるツアーを企画しました。
上の写真は、「道の駅みずなし本陣」に展示してある軽トラックの残骸です。数百℃になる火砕流の熱と火山性の酸性物質のために、骨だけになっています。
横には土石流災害によって半分埋まってしまった民家が5棟ほど、ドーム内で保存展示されています。当時、避難勧告に従っていたために土石流による死者は発生しませんでした。いま、東京などの大都市で、素直に非難勧告に従う人は何人いるでしょうか。
館内に展示されていた、一枚の写真。非難した先の学校を火砕流がかすめていきます。おそろしい写真です。
続いて「雲仙岳災害記念館」に行ってきました。島原復興アリーナの横にある立派な建物です。そこに普賢神社の写真が展示されていました。溶岩ドーム形成後もしばらくは残っていたようですが、今は、影も形もなくなっているようです。
噴火前と後で、周囲の地形がどのように変わったのか、分かり易く展示で説明しています。地球の力の底知れなさを感じさせられます。
記念館の横の公園から、雲仙を一望することができます。
次に訪れたのが「木場小学校」跡です。一見、ちょっと荒れただけの廃校にも見えますが。。。。
大火砕流の時は、すんでのところで灼熱の雪崩に呑み込まれずにすんだようです。
しかし、その後の9月の火砕流により、小学校は焼き尽くされてしまいました。
今でも、その痕跡が痛々しく残っています。
炭化した砂場の囲い木。。。
グニャグニャに曲がった鉄棒。右には炭化した木枠に囲まれた砂場。そして、奥には、熱風でなぎ倒された外柵の痕跡があります。
窓枠にビニールのようなものがぶら下がっているように見えます。実は、これは解けたガラスが垂れ下がっているものです。
理科室とおぼしき教室の跡。。。この隣は立ち入り禁止区域であり、今なお重機が工事を行っています。窓の奥に見える川の対岸は、大火砕流で多くの被害者を出した「定点」と呼ばれたポイントがあった場所です。
この辺りは立ち入り禁止区域のすぐ横になります。今でも一日中、立ち入り禁止区域をあらわす回転等が光っています。
自然の脅威に触れた後は、自然の恩恵にあずかろうと、−4℃の中、雲仙地獄名物の温泉たまごを食べに行きました。・・・が時間が遅くて、売店は閉まっていました。残念。
というわけで、小浜温泉にまで降りてきて、小浜温泉でたっぷりと温泉につかってきました。名物「小浜ちゃんぽん」と「海鮮ちらし」で腹ごしらえ。しめは諫早にて「焼きがき」2kgを二人でたいらげてきました。
今日は大自然を満喫する一日でした。ごちそうさまでした。
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