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クロッキー 再開3回目 モデルが来ない! ちょっと会に緊張が走った。 あわてて事務所に連絡をすると もう着いているはずだと。 実は、公民館の部屋の予約の関係で今日はいつもと違う部屋であった。結局、いつもの部屋で待機していたようだ。とりあえず、ホッと。 けれども、なんとなく宿った不安は本当に払拭されたのだろうか。。。 本日のクロッキーは次のメニュー 10分間 4回 5分間 4回 20分間 2回 着衣20分間 1回 さて、開始されてびっくり!! それぞれのコースで輪郭をとって、影などをつけて肉付けしようとすると 腕の位置がちがう、頭がさがっている、他のメンバーからは「足を動かさないで」と声がとぶ・・・ そう、モデルはポーズをとるや、すぐに寝入ってしまうのだ。どのポーズでも。。。 途中から、かなり「気」が失せました 【上から10分、5分、20分、着衣のもの】
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「手の表現」の記事で、安易に「機能美」という言葉を使ってしまった。 だから、あらためて「機能美」について考えてみたい。 「機能美」の定義 ●建築・工業製品などで、余分な装飾を排してむだのない形態・構造を追求した結 果、自然にあらわれる美しさ(デジタル大辞泉) ●実用品として作られた物が、その機能を十分発揮することで発現する美(大辞 林 第三版) ということらしい つまり、ものの機能を果たすための構造そのものがもつ美しさということのようだ。 なぜ、ものの機能を果たす構造を美しいと人は感じるのか。 たぶん、人間が生物としての子孫繁栄能力の保持に関係しているのではないかとみっきは考える。 異性に魅力を感じる価値観というのは、原始的には例えば雌は雄に対して、獲物獲得能力であったり、雄は雌に対して卵なり胎児なりを立派に生み落とせる能力であったり、そういうものが原始的にはある。もちろん社会性を獲得して高度に精神が発達した人間の場合は、異性に魅力を感じる感性も、もっと発達しているわけだが・・・。 機能美というのもそういうものでないかな。 つまり、人間の生活を発展させることができるものに美しさを感じるというのは、原始的には「便利なもの=快」というものが発達した感性なのだろう。それが人間の発達につれて自然と「美なるもの」という価値観に高められたのだと思う。 実際に見てみると、たしかに機能を果たす上で、バランスのよい構造をしていると感じる。 パワーシャベル、柱時計、蒸気機関車 アクアラインの海ほたるPA さて、困ったことに現代の工業製品には機能美というのが感じられなくなってきている。もちろん、製品デザインとしての美しさの追求は否定しない。定義に見たような「機能美」がないということ。 それはなぜかというと、機能と構造が関与していないから。 今の工業製品はたいていパソコン、マイコン(マイクロコンピュータ)制御になっていて、機能を制御するための物理的な構造を必要としないケースが多いから。 多くの製品には、規模は異なるがコンピュータ(マイコン含む)基盤(↓参照)があって、それでいろいろなことができてしまうため。 だから近年の工業製品はみんなノッペリしていて、機能美どころではない。
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「灯台下暗し」で書いたように、10年ぶりのクロッキー会への参加がはじまった。 |




