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安全保障法(戦争法)が成立した今必要なことは倒閣だ

この法の根拠となったのは昨年7月の集団的自衛権容認の閣議決定であるが、ほとんどの憲法学者や元内閣法制局長官、元最高裁判長や判事などが指摘するように、まさに憲法違反の閣議決定である
もちろん、内閣が憲法解釈を変更することはありうるが、もともと憲法は国民のものであるため、解釈変更をする際には、国民の中に浸透している考え方や浸透しうると判断できる内容でなければならない。仮に浸透しうると判断しても、結果として国民が受け入れられない場合は、解釈の変更を撤回しなければならない。なぜなら、首相や閣僚をはじめ公務員には憲法遵守義務があるからである。

そもそも、憲法は国民が為政者をしばるものとされている。為政者は個別法などにより国民を何らかの形で従わせるので、それが不当なものにならないように予め為政者の為政行為に方向づけをしておく、それによってどういう国の運営をすべきなのかを明確にしておくというのが憲法の存在意義で、立憲主義の本質となる。つまり、憲法に従うのであれば、その範囲で為政者としての正当性を認めましょう(個別政策での賛否とは別に為政者としての正当性を認める)ということになる。したがって、憲法に従うという点において叛意が認められれば、為政者としての正当性は消滅するわけだ。それが立憲主義というものだ。

過半数の国民が違憲であるとの疑念をいだき、冒頭にみるようにほとんどの憲法に関する専門家が違憲性を指摘している中では、いくら安部内閣が「合憲だ、合憲だ」といっても、「はだかの王様」でしかない。
安倍内閣ははじめに、憲法を改正するために、国会での発議に2/3の賛成が必要とする憲法96条を改正し、過半数でよいとしようとした。しかしこれは自民党内も含めて国民の反対があり頓挫した。ここまでは、内容はともかくも憲法にしたがった運営であった。ところが安部晋三は、解釈で改憲する道を選んだ。自分の思い(政治信条かもしれないが)を、憲法の上においた。これによって安倍晋三は独裁者であったと「後世の歴史家」を待たずに評価されることとなったわけだ。

倒閣 − 政治信条や支持政党の違いにかかわらず、立憲主義を守ろうとするならば、これは憲法が国民に要請していることだ






予想していたように公明党は自民党にとりこまれて集団的自衛権を認め、7月1日には集団的自衛権に関する憲法解釈の変更を閣議決定する見通しとのこと。
 
憲法ってなんだ?
元々、権力者に好き勝手なことをさせないように、国民が権力者の権力行使(統治行為)に枠をはめて、この範囲であれば認めましょう、こういう方向で国の統治をしなさい、としたものが憲法であり、その憲法を権力者が守り認めましょうとした限りにおいて、国民は権力者の正当性を(個別国民が政策などについての意見を異にしたとしてもその権能の正当性に関しては)認めますというのが立憲主義の原理だとおもう。
そして、憲法は権力者をどういう枠をはめているのか。伊藤塾の伊藤先生は憲法の根幹は国民の権利保障であると言っているが、日本国憲法について言えば権利一般の保障にとどまらない重要な点があると思う。それは、日本国憲法が、アジアで2000万人、国内でも300万人の命を奪った先の戦争のような悲惨な戦争を防止する装置であるという機能があるということ。
 
憲法解釈の変更をした瞬間から、内閣の正当性は失われる
閣議で憲法を解釈であっても変えることはできません。元々総理はじめ国務大臣は憲法を守り従うことについての誓約をしているわけで、憲法を変える権限をもちません。憲法の本質が権力を抑制することにあることから自明のことです。内閣は縛られる側なのです。そして、縛りの変更は国民の側にこそあるのです。権力機関が憲法を侵したら、憲法によって約束されているその正当性は失われるのです。
もちろん内閣は法案作成の過程で、憲法を解釈することはありうるでしょう。しかし、集団的自衛権に関する解釈については歴代の内閣において集団的自衛権は憲法的に不可とされており、国民としても承知されていることです。憲法の変更をできない内閣の憲法解釈は、それまでの解釈の延長でしかできないものです。今回行われようとしている閣議決定はそうしたものとは無縁で、明らかに憲法の逸脱です。
 
 
 
 
 

1票の格差

あちこちの裁判所で1票の格差を問う裁判が行われ、昨年末に行われた総選挙は違憲であるとの判決がだされている。中には「無効」であるとの判断も示された。
こうしたことを受け、政権党は小選挙区の0増5減案を国会に上程し、その法案をめぐって国会審議がなかなか進まないという事態が起こっている。
 
現行選挙制度が違憲、あるいは違憲状態であるということを否定できる者はいないだろう。じゃあ0増5減でよいのか? もともと0増5減というのはずいぶん前に裁判所が示した「1票の格差は2倍以上であってはならない」ということを根拠にして、2倍未満ならいいんだと、限りなく2倍に近い最小限度の手直しをしたものとなっている。しかも使用した人口データは前回の国勢調査結果だそうなので、今現在ではすでに0増5減では2倍を超えてしまっているという指摘もある。
 
民主国家のスタンダードとなっている欧米では、選挙制度にこんな基準「2倍未満ならセーフ」などというものを是としてはいない。もともと民主主義においては1票の価値は、「限りなく1.0倍に近い状態を保つ」ことこそ求めている。
 
どうせ選挙制度に手直しをしなければならないなら、人口が変動する都度に手直しをしなければならない制度ではなく、ずっと使える制度に変えればいいのに、と思う。技術的には難しいという声もあるが、発想の転換が必要だろう。小選挙区なんかやっているからたえず人口変動に振り回されるのだ。
人口に単純に比例させた定数を設定し、得票に単純に比例させた当選者数が得られるようにすればいい。ただしそのことを可能にするためには、選挙区は大きくなければならない。全国区制のみというのが一番格差が小さくなる。
 
1票の格差を解消するための選挙制度見直しなら、党利党略を捨てた見直しをすべきじゃないだろうか。
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 描きかけはじめて公表したチェロの2作品も含めると、11点にもなりました。
 チェロは本命の楽器だったのですが、途中のまま先の展開に詰まってしまって・・・
 
 完成させることはあるのだろうか???
 

描きかけ

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最近は全然描いていないのですが、PCが壊れてしまい保存していた絵画ファイルが消失してしまいました。
そのため、再度原画からファイルを作成して保存しなおしをしているわけですが、その中で未発表の描きかけが出てきたので、紹介しておきます。
 
たぶん、人物画の練習のためにスケッチ的に描いてみた、女優ミシェル・ファイファーではないかと思います。
絵をいじってると、また描こうかなという気分にも少しはなるものです。
 

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