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人間を突き動かしていく原動力。
それは憎しみなんでしょうね。
憎悪は自分が確立していればこそ、成り立つ感情だから。
村上春樹の初期作品は原動力であるところの憎悪を隠し持っていた。
蠢く憎悪あったればこそ、その上澄みがきれいだと皆が思ったのでしょ。
今、お友達と仲良くすることに忙しい村上からは、憎悪が消えてしまっている。
原動力を失った創作家に小説は書けないと思います。
そう、今、憎悪を、しかと手放さないでいるのは、私だわ。
私こそ憎悪に物言わせて何か書けるはず。
村上春樹は小説家になる以前の50年前に私を見知っていたんです。
何年も前に書かれた丸谷の「樹影譚」にとっくに書かれていました。
村上は、私が街角で馬鹿なBFといつもぐっちゃり一つに解け合って辺り憚らず日々別れのキスしていたのを驚きの目で見ていたのでしょう?
村上がたぶん一週間に一度は行っていた、という映画館の曲がり角辺りで。
それは妬ましく村上の深部を疼くように刺激した。
それで100%の女の子を書いたのでしょう?
その女の子が何十年後の遠いかなたから長い長い長い手を伸ばしてあなたの襟首を子猫の首筋掴むよにむんずと捕まえていたことに薄々気付いてはいたんでしょう?そんな記述が「国境の南」にも「ねじまき鳥」にもありましたものね。
今の村上は欲しいものは全部手に入れて、それ以上の何を求めればいいのか希求する気持ちを見失ってしまっている。
カンテラ・インタビューで、騎士団長殺しを語り、「<私>は奥さんが好きだから」とご本人が説明を付け加えたのにはビックリ。
主人公が奥さんを好きだなんてどこに書いてあります?
身体がうまく合う人妻や、一風も二風も変わってて友達のいないまりえと一心にコミュニケートした挙句に奥さん?
奥さんなんて室を産んだだけ。しかも、自分の子ではない子を。
妹の面影を宿した奥さんは実体を持たない影に過ぎない。
あなたが見てきた小説家集団のそれがあられもない姿なんでしょう?
そんなものから距離を置こうとしていたら、小説母艦沈みかけ。
半壊母艦が、なんとか航行続けられないものか模索しているのでしょう?
母艦なんかじゃないわね。乗合船か。
乗合船の航行模索は創作に非ず。
有象無象の雑魚たちは母艦を沈める邪魔なツミ荷(積みではない)。
でも、よんど困ったいつかには食べるときがくるかもと雑魚を投げ出せないんでしょう。
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