これが最後の記事?ねむパパのコメントを引いてきました。
あんまり思い出を引き摺って浸ってばかりでもね、とは思いつつ一番のブログ友達はやっぱりねむパパだったんだと思います。
普段と違う、よそ行きのコミュニケーションが成り立っていたかな。
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アジサイの色が変わることは聞いたことがありますが、テッセンが変わるとは驚きですね。当地この3日、20℃を越す天気でさまざまな花が開きました。ソメイヨシノが見ごろを迎え、ウメ、レンギヨ、モクレン、タンポポ、チュウリプ、スイセンなどが咲きほこっています。好きな千島桜も咲きました。昨日、ツクシをつみ、おすましを作り、入れましたが何の味も、香りもしませんでした。がっかりです。今度は卵とじを作って見ようと思います。
2010/5/17(月) 午後 4:08 [ マンサク]
マンサクさん、「クレマチスと鉄線」色が変っただけでなく形状も大きさも変わったと思うんですよね。
でもそれは私の思い違いかもしれなくて・・・それじゃお話になりませんが(><;裏づけがとれません。 他の家族は、三鉢のクレマチスと鉄線が最初の年(5年位前)どんなふうに咲いていたか覚えていないのです。そんなに感激しなかったのか?とても美しかったのだけど。 私は初年、大きくふわりと豊かな八重の白いクレマチスを見て、 「素晴らしい!これで濃い紫だったら最高!」って思ったのをはっきり覚えていて、「濃い紫の鉄線は花が小さすぎるわ」とも思ったんでした。 その三鉢が、三つ巴みたに影響しあって翌々年から違う花になった!?というのが「私の言い分」なんですが、さてそれは私の考え違いかどうか??? ソメイヨシノのさくら前線到着ずいぶん遅かったんですね。でも、春を堪能してますね! もうアジサイですか。こちらはようやくライラックが咲き出しました。この26,27、28日に北海道の天売島に仕事で行ってきました。海が大荒れでフェリーは立っていられなく、横になったら体が1メイトル位、縦横に転がるほど、飛ばされるほどでした。
また、寒く、宿の部屋はストーブをいくら焚いても温まらず、廊下に出ると耳が痛くなるほどでした。水は手が切れるほど冷たく3ケ日顔も洗わずにすごしました。お湯の蛇口は付いていたのですが宿泊客が当方一人だけなのか、全く出ずでした。島を一周しましたが誰とも会いませんでした。木々もまだ裸木でした。「荒涼」を実感した仕事の旅でした。 マンサクさん、ライラック祭りはいつでしたっけ?その頃の風の寒さを「リラ冷え」って渡辺淳一さんがいい始めたそうですね。
天売島ですか、どこにあるんですかね、北方四島の方向かな? お一人でそこに行ってらしたんですか!? 一体どんなお仕事なんでしょうね???いいお仕事ですよね。普通じゃない経験が出来て(^^; 荒涼って・・・北海道には荒涼って言葉が似合ったりしますよね。 2010/6/1(火) 午前 3:32 [ milafill ]
「偶然の旅人」ではディケンズの[荒涼館]を読んでいたことが、誘惑のキーワードになっていましたっけ。
ねむパパが「荒涼」という言葉を使ったのは偶然でしょうね。ねむパパとコメントで言い争ったことなどなかったのは良かったなァ。
11年間続けてきたブログの最初の3年だけです。ねむパパが生きていたのは。。。
ずっと続けたかったけど、あまりな意地悪を受けてなにもかも投げ出したくなったり。
それでもこのブログは永久不変にネットに残っているものと疑わなかったのに。
ねむパパがツクシをお吸い物にした話を一生懸命書いてきてくれたのを私ったら丸無視。自分勝手だったか・・・
そして、ねむパパが天売島など僻地への旅行話を唐突にコメントしてくることに対して、
「ねむパパったら、ほら吹き男爵みたいだよ!」だなんて失礼なこと言っちゃって、ごめんなさい。私はそういう話、ゲストブックに書いて!と言ったのだけどねむパパよく分からなかったみたい。私ったら、パパのコメントが不自然だと認定して消してしまったことさえ一、二度あった・・・
そんな所業は自分に返ってくるわね。
他にもコメントくださった方々が大勢いらして・・・嬉しくって気が晴れたり、悔しかったり憎らしかったり。11年間の終盤では口げんかばかりになってしまったわ。
インスタやツイッターなんかの隆盛は意見交換なんか人々が求めていないことの表出なんでしょうね。
もうコメント止めた方がいいのかも。
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