あなたは生活の中でだれの利益を最優先させますか」
街頭で,一群の若者たちにこの質問がされた時・・・
「自分の利益さ。寝ても覚めても“かわいい自分”のことで頭がいっぱいだ」
「家族の幸せか私の幸せかということになったら,私の幸せを考えるわ」
こういう答えが大半でした。
このような傾向に驚かれる人は今では少なくなっていることでしょう。
「大人になりきれない世代」という本は、1,125人の学生を対象にある調査しました。
この調査は,若い人がおもに自分のことを気にかけているのか,
それとも社会のことを気にかけているのかを明らかにするために,
二人の社会学者によって行なわれました。
結果は・・・
「社会に対する感受性や義務感を持たず,自分のことで頭がいっぱい」だ
という人が約80%に上りました。
の結果からもよく分かるように、
他の人のために尽くす気持ちや、
自分以外のだれかのために不便を忍んだり,
わざわざ何かをしたりする気持ちのある人
がほとんどいないのも不思議ではありません。
「身勝手の秘けつ」とか,「自分を大切にする」などという本がベストセラーになり,
自分中心の行動を勧める指導書のような役目を果たしています。
確かに、聖書が預言していたとおり,現代の人々は「自分を愛する者」になっているようです。
( 参照 テモテ第二 3:1,2。)
では、もし、あなたは,人が助けを必要としているときにどうされますか。
例えば、家庭の中で…なにかをしようとしていた矢先に,
家族から何か用事を頼まれたならどのように反応しますか。
腹を立てたり,むかついたりするでしょうか。
“都合の悪い”ときに,だれかに何かしてあげたりするのはいやですか。
もしそうであれば,
変化する必要があります
なぜでしょうか
そして,もっと大切なことですが,
どうすれば変化できるでしょうか
聖書のマタイ22章39節には
「あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない」と書かれています。
どういう意味でしょうか。
心配りができ,利他的で,他の人の必要によく気がつく人にならなければならないということです。
ところが,いつでもこのようにうまくゆくとは限りません。
聖書にはその理由を知る手がかりがあります。
1)
創世記 8章21節には, 「人の心の傾向はその年若い時から悪い」とあります。
わたしたちの人類の最初の先祖であるアダムは,
自分の反逆行為が他の人にどんな影響を及ぼすかということをほとんど気にかけていませんでした。
アダムの子孫であるわたしたちが利己的な傾向を持って生まれるのも,不思議ではありません。
この傾向は,驚くほど幼いときからはっきりと現われます。
ペアレンツ誌は,「幼児はみな自己中心的である。……他の人に興味を示すのは,他の人から何かをしてもらっているときだけである」と述べています。
利己心はほうっておくと人格の中に染みついてしまう恐れがあります。
2)
他の人のために尽くすことを妨げるもう一つの性質は, 怠け癖です。
確かに,怠け癖がつくと,何かをしないで済ませるために突飛な言い訳をこしらえるようになります。
箴言 22章13節にはこうあります。
「怠惰な者は言った,『外にライオンがいる! わたしは公共広場の真ん中で殺害される!』と」。
『良きサマリア人例え』として知られているイエスの話されたたとえ話から考えてみましょう。
ルカ 10章29節から37節に記録されています。
この隣人愛を示したサマリア人のたとえ話から,
他の人を助けることには本当の自己犠牲が求められる場合もあることがわかります。
イエスは,「わたしの隣人とはいったいだれでしょうか」という質問に答えたとき,
強盗に殴打され,ひん死の状態で放置されたあるユダヤ人の話をされました。
あるサマリア人は,ユダヤ人とサマリア人の間にあった人種的なわだかまりを乗り越えて,
その犯罪の犠牲者のために精一杯の事をしようという気になりました。
自分の持ち物の中からぶどう酒と油を使って傷の手当てをし,
それからその人を優しく抱え上げて自分の畜獣に乗せ,宿屋に連れて行きました。
ほぼ二日分の賃金を宿屋の主人に払い,さらに必要とされる費用も支払うことを約束しました。
この例えは,他の人のために尽くすとはどういう意味なのか,その要点をはっきりと示しています。
つまり, 自分から進んで物事を行ない, 親身になって人に接するということです。
そのためには,時間や7体力や資金を喜んで犠牲にする'ことが求められます。
家族のために尽くす
あなたにとって最も近くにいる隣人は,家族,つまり親や兄弟です。
しかしあなたにしてみれば,忙しい生活をしているのだから,家族の者はそれを理解して無茶な要求はしないでほしいと思うかもしれません。
しかし聖書は,
「愚痴を言うことなく互いを暖かくもてなしなさい」と勧めています。(ペテロ第一 4:9)
不都合に思えることがあるかもしれませんが,それを迷惑に思うより、むしろ家族のきずなを強める機会とみなすのはいかがでしょうか。
与えることによって得る
「健康のためには他の人が必要である」と,アメリカン・ヘルス誌は述べています。
研究者たちは,他の人のために尽くすと健康によいとさえ主張しています。
しかしイエスはさらに別の益を指摘されました。
「いつも与えなさい。そうすれば,人々はあなた方に与えてくれるでしょう」(ルカ 6:38)
と言われました。
寛大な人は,人からの愛情を勝ち得ます。
そういう人は必ず他の人からも寛大に接してもらえます。
―箴言 11:25にはこのような言葉があります。
「 寛大な魂は自分も肥え,[他の者に]惜しみなく水を注ぐ者は,
自分もまた惜しみなく水を注がれる。」
ですから,
いつも与えてください。
他の人のために尽くしてください。
利己的な傾向が現われるときはいつでも,
「おのおの自分の益ではなく,他の人の益を求めてゆきなさい」
というコリント第一 10:24の言葉を思い出しましょう。
そうすれば,人との友情だけでなく,神からの是認も得られるのです。
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