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地理・交通系お気楽ブログ(仮)
熊本&九州地方の地理・交通・歴史の話題や旅の話などをぐだぐだと。

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前回に引き続いて、熊本県人吉市と鹿児島県伊佐市の県境にまたがる「久七峠」の話の後編です。

県境石の場所からさらに右へカーブすると今度は鹿児島県側のカントリーサインが行く手に立ちはばかります。
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比較的最近まで現役ルートとして使われていたこともあって、ここだけを見ると旧道に降格したような雰囲気はありませんね。市名表示も合併前の[大口市]のままではなくちゃんと[伊佐市]のものに付け替えられていますし。
でも、昔からある距離表示板は鹿児島市までの距離数字が消えかかっていたり(よく見ると鹿児島市までは80キロとあります)、その下に連なる都市名も合併で名称が変わる前のものだったりで(川内→薩摩川内、大口→伊佐)、こういうのが放置されているのを見るとやっぱり旧道なんだな・・・・って思ってしまいます。ちなみにここから熊本市までは115キロあります。

鹿児島県内に入って森の中をもう少し進むと、やがて峠の頂点が見えてきます。標高は748mです。
で、サミット地点の道左側にまた石碑らしきものがあるのが確認できます。
イメージ 2

久七峠」と銘記されている石碑です。
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昭和34年(=1959年)3月建立とあるので、これも県境石と同様、道路改良された際に設置されたもののようです。でも、奇抜なデザインだった県境石と比べるとこちらの峠石はいたって地味すぎますね。(墓石みたい?)
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今回のブログを書くにあたって参考にしている葦書房刊「九州の峠」(1996年初版発行)によると、峠名である「久七」とは水俣の久木野地区からこの峠に居を移した、変わり者かつ悪戯好きの爺さんの名前からきている・・・という言い伝えがあるそうです。肥後と薩摩の国境がサミットから北東側へずれ込んでいるのもこの爺さんが境界線を勝手にずらしてしまったから・・・なんだそうですよ。まぁ、この国境(県境)のずれについて、実際のところは島津氏と相良氏の力関係によるものだろうという見解になっているようですが。

サミットを超えるとしばし森の中を抜け、やがて山並みの間から大口盆地を望む開けた地点まで来ると、そこからは結構急な坂を一気に駆け降りることになります。しかも小刻みなカーブが多く、中には文字通りのヘアピンカーブもあったりして、大きくハンドルを切らないといけない箇所もあります。
道路自体はほぼ全区間にわたって片側1車線(往復2車線)、もしくはセンターラインがないところでも難なく離合できる道幅を擁していたにもかかわらず新たに長大なトンネルが掘られたのはこの大口側の線形の悪さが響いたのでしょう。がけ崩れやスリップ事故などもちょくちょく起こっていたようですし。

現行ルートとの合流点は、その久七トンネルの大口側坑口のすぐ傍らです。
「東洋のナイアガラ」と称する曽木の滝のカラーパネルが両サイドに取り付けられていたりして、いかにも今風のトンネルといった感じです。このトンネルが開通したのは2004年のことでした。
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前回も書きました通り、このトンネルは全長3945mもあり、一般道のトンネルとしては九州で一番長いトンネルだったりします。しかも人吉側はほんのわずかな明かり区間を挟んで全長474mの西大塚トンネルもあるので実質4.5キロものトンネルが続いているようなもんです。
人吉側から入ると出口までほぼ一貫してひたすら下り坂が続き、かつ大口側はややカーブしているのでまったくもって出口は見通せません。とはいえ、やはりトンネル開通による速達効果は絶大なものでこれまで何十分もかかっていた峠区間をわずか数分でクリアできるようになりました。なお、途中に県境を示す電光掲示板が吊るされているので、トンネル内でも県境の位置ははっきりわかります。

ここから先はしっかり現役国道として伊佐大口の市街地手前までばっちり整備されていますし、大口市街地を迂回する新道も目下建設中です。

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