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地理・交通系お気楽ブログ(仮)
熊本&九州地方の地理・交通・歴史の話題や旅の話などをぐだぐだと。

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かなり久々の投稿となります。
今日でYahooブログに書き込めるのも最後だということで、仮移転先(?)のご案内をさせていただきたいと思います。

Yahooからデータ移行可能な公式4社の特徴やサービス内容をいろいろと比較・分析・精査した結果、当ブログの内容的に一番合いそうなのは「はてなブログ」だと考えていたのですが、どこに移転したとしても、皆様から頂いたコメントは全部消えてしまうとのこと。このブログのコメント数はさほど多くはなかったのですが(笑)、Yahooブログでの皆様との繋がりを記す証として、できる限りそのままの形で残しておきたいな・・・と思っていました。

さらにいろいろ調べていたら「FC2ブログ」はコメントを含めて、ほぼすべてのデータを引き継げるということがわかりました。Yahooブログ移行公式4社の中には入っていないものの、FC2側が独自でYahooからのお引っ越しサービスを設定してるので、データを移転するのも比較的簡単そうでした。ただし4社みたいに既存のYahooブログのアドレスを踏んでも直接新ブログへ転送されることはありません。そもそもFC2にデータを移行させたあとも、このYahoo上の当ブログも完全閉鎖となる12月まではそのまま残置されます。だから「移動」というよりは「FC2に既存のYahooブログのデータをコピーする」というのが正しい表現かもしれませんね。

ということで、取り急ぎ作成した当ブログのFC2バージョン。
ブログのタイトルも、ハンドルネームもそのままですが、あちらの公式テンプレをそのまま使っているので、ぱっと見た感じの雰囲気はだいぶ変わってしまっています。

★★★ 地理・交通系お気楽ブログ(仮)FC2版 ★★★


まぁ、個人的にはFC2をYahooブログ時代のバックアップデータとしてそのまま残したうえで、どこか別のブログサービスに一から仕切り直しで再出発してもいいかなぁとも思っています。ブログという形ではなくインスタグラムなど別の形態での新展開も悪くないかなぁ・・・とも。



さて、最後ではございますが、私の拙い文章や写真を発表する場を与えてくださったYahooブログ運営の皆様、そしてYahoo版の「地理・交通系お気楽ブログ(仮)」にお越しいただいたすべての皆様に深く感謝するとともに心より御礼申しあげます。6年間、ありがとうございました。
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波乱の平成時代もあと1日とちょっと。

新元号・令和への改元を前に、プチブレイクしている場所がこちら。
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熊本市中央区にあるJR豊肥本線の平成駅です。
過ぎ去りし平成の世を偲んでか(?)、鉄道ファンだけでなく、多数の一般の方々が全国からこの平成駅に集結しているようです。中には昭和駅(鶴見線=神奈川県川崎市川崎区)、大正駅(大阪環状線=大阪市大正区もしくは島原鉄道=長崎県雲仙市)を巡って平成駅までやってくる人もいるのだとか。(明治駅・・・はないんですよね。東京メトロの明治神宮前駅はありますが。)

実際に平成駅を訪れてみると、駅名票を撮影してSNSにアップしたり、駅窓口で入場券を購入する人を数多く見かけました。
この入場券そのものはPOS端末で発行した160円の何の変哲のない切符ですが、今だけは特製台紙(駅名票を模したデザインですが隣駅名が「昭和」と「令和」になっています。裏面は「ありがとう平成」と刻まれた駅備え付けのハンコを押せるスペースになっています)が無料で付いてくることもあって、かなりの方が買い求めているようでした。

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平成駅が開業したのは1992年(平成4年)7月15日のこと。
かつて一面の田んぼが広がっていた駅の南側一帯を流通団地や商業地、住宅地の用地として大規模な区画整理をした際に、それまでの十禅寺町や本山町などの区域から分離独立させて新たに「平成」という地名が誕生したことから、駅名もそれに合わせた形になっています(現在の平成駅の所在地は中央区平成2丁目です)。
当初はホーム一面だけの無人駅だったのが電車増発や利用者増により後に対面式ホームが増設され、委託とはいえ駅員も配置されるようになりました。駅から少し離れたところにショッピングモールのサンリブシティくまなんもあります。

SNS上では「平成」駅と「昭和」タクシーの看板の対比も話題になっているようです。さらに自動販売機には「大正」製薬のリポビタンD(赤矢印)があったり。
これに明治のチョコレートや明治安田生命の看板でもあれば完璧なんですが。
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ブレ気味の写真ですが平成駅を発車する肥後大津行きの815系。
列車交換するときは、肥後大津方面が南側ホームに、熊本駅方面が対面の北側のホームに入線します。つまり平成駅は珍しい右側通行の駅なんですよね(豊肥線ではほかに武蔵塚駅も右側通行の駅です)。
駅の真上には本荘・春竹エリアから富合へと向かう、幅広の平成大通りがまたいでいるため、構内はなんとなく薄暗い印象を受けます。
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そして、ホームの片隅にはこんなものも(笑)。SNS映えしますかね。
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ちょい古の駅名票なので所在地はまだ熊本市「中央区」になっていません。
薄れかかっている真ん中の絵は日向街道起点にあるお地蔵様を表しているそうですが、実際にこのお地蔵様がある地点(御船口=中央区迎町2丁目)までは駅からだと微妙な距離があります。
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ここからはおまけの話。

先日、西鉄枝光線の廃線跡を探索していた際にたまたまこんな店舗を見つけました。
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北九州市八幡東区枝光のJR枝光駅近く、鹿児島本線の高架下にオープンしたパチンコ店併設の食堂「食事処 令和」。はやくも新元号にちなんだ店名をつけたんですね。

Yahooブログ終了までの時間が刻一刻と迫っている状況で、新たに記事をアップするのもなんだかねぇ・・・と思ったりもする今日この頃ですが。。。

熊本電鉄で新型車両(?)の運行が始まったとのことなので、先日、沿線に足を運んでみました。
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東京近隣在住の方なら、どこかで見覚えがある電車ではないかと思いますが・・・ それもそのはず、この車両はもともとは東京メトロ日比谷線を走っていた「03系」なんです。形式番号もそのまま「03形」(熊本電鉄は「系」ではなく「形」と表記します)として、今年の2月に第二の就職先である熊本へと遠路はるばるやってきたのでした。その後、改造・整備を経て4月4日から本格運用が開始されました。

北熊本駅で並ぶ03形と01形
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まさか元・銀座線と元・日比谷線がたった2両編成になって、東京から遠く離れた熊本で顔を合わせることになるとは・・・ 東京にお住まいの方なら衝撃的な光景かもしれません。ちなみにこの01形の[35編成]は派手なくまモンラッピングが施されていますが、ベースの車体色も01系本来のそれではなく、むしろ銀座線の旧1000形や現1000系をイメージしたカラーリングに変えられています。

ついでに、こちらで横に並んでいるのは「くまモン電車」化された元・都営地下鉄三田線6000形のefWING換装車。このように、現在の熊本電鉄は一昔前の東京の地下鉄車両が幅を利かせているという、何とも不思議な様相となっています。
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東京メトロの03系は営団時代の1988年に日比谷線用として導入された車両です。
中軸となる日比谷線を介して東武伊勢崎線や東急東横線にも乗り入れていたことから運用範囲はかなり広く、埼玉県久喜市の南栗橋駅から神奈川県横浜市の菊名駅まで(末期は東横線乗り入れは廃止になり、中目黒までに短縮)を走り抜けていました。
しかし、東京オリンピックを前にさらなる新型車両・13000系が導入されることになり、2017年以降、03系は順次廃車されることになりました。

一方で熊本電鉄としては引退した元東急の5000形や、経年劣化が進んでいる元南海の200形、事故廃車が発生した6000形に代わる車両を探しており、先行して2015年に銀座線の01系を貰い受けましたが、さらに今回、同じメトロから新たに03系を委譲購入することとなったのでした。6000形が20m車なので上熊本への乗り入れができないのに対し、01は16m車、03は18m車であることから、上熊本〜北熊本間を含めた熊本電鉄全区間でフレキシブルな運用が組めるようになりました。03系は今後、2020年までに合計3編成分・6両が譲渡される予定となっています。

01形が熊本に来た時と同様、03形もワンマン化対応などの最低限の改造だけが行われ、シルバーのラインが印象的な外観や内装などはできる限り日比谷線時代のイメージを残すような施策がとられています。メトロ社章のカラーリングを模した、熊本電鉄の社章ステッカーも01同様に貼られています。まぁ、いつかは01のようにくまモンに乗っ取られる日が来るような気もしますが(笑)。

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「北熊本」という文字がきれいに映っていませんが(カメラのシャッター速度の問題ですかね)、車体側面の行先幕がLED表示なのも熊本電鉄ではこの03形が初めてとなります。01はでっかい(ちょっとダサい?)サボを掲示してるんですよね。
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この日は03-131+03-831の編成が北熊本駅と上熊本駅の間を往復する運用に入っていたので、さっそく往復乗車してみました。

03-831の内部。
昭和中期のイメージを色濃く残していた5000形や、200形を見慣れた身からすると一気に「現代」に追いついた感がありますね。
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車内広告が少ないとか、ドア上の路線図が変わったこと以上に、整理券発行機や料金箱、運賃表示機が設置されたことが一番の変化でしょうね。
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実際に乗ってみると、03形はスムーズかつ静かに走るといった印象です。揺れまくってつり革がガチャガチャと音を立てていた、かつての「青ガエル」と比べると性能の向上がよくわかります。線路自体も例の脱線事故の影響でしょうか、部分的ではありますが再整備が進められていました。

上熊本駅に到着。
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元メトロの01や03がいまや熊本電鉄の顔に。ちょっと前では考えられませんね。
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ほんと、編成が短くなったこと以外は日比谷線の頃のイメージのままですね。
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03-131。行く手に見える、古い木製架線柱とのアンバランスさがなんとも。
2両編成化されたのに、号車番号が以前のまま8号車になってるのもご愛嬌(笑)。
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01系、03系と投入してきたのですから、せっかくだから丸ノ内線の02系(こちらも新型車両2000系への全面置き換えが確定しています)や東西線の05系も貰い受けてみてはどうでしょうかね。「平成時代のメトロ車両が熊本に集結!」というのもネタとしては面白いかもしれません。

先日、開設以来の訪問者数が20万件を突破しました。
当ブログへお越しいただいた皆様に深く感謝いたします。
また、ブログのテンプレート写真もフリーゲージトレインから宮崎市の青島海岸のものに変えてみました。

・・・ですが、どうやらYahooブログ自体が今年末までに完全閉鎖になるようです。
せっかく6年かけて築き上げてきたブログを抹消するのも寂しいので、さしあたり夏までに別のブログサービスに移転しようとは思っているのですが、さて、どこに移動しましょうかね。単純にアクセス数を稼ぐならamebaなんでしょうが・・・



さて、先週の折尾駅の高架化記念ウォーキングなど書きたいネタは数多あれど、熊本在住の人間としてどうしても触れざるを得ないのが2月末に飛び込んできたのが熊本パルコの閉店のニュースでしょう。
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1986年5月の開業以来、熊本の超一等地ともいえる通町筋、下通アーケードの入口にて営業を続けてきた熊本パルコが来年2月で一旦閉店となることが発表されました。長らく熊本の若者ファッションの総本山として、そして街のシンボルとして君臨してきたこともあり、繁華街や商業関係者だけでなく、パルコに慣れ親しんだ数多くの県民・市民にもショッキングなニュースとして衝撃が走りました。
私自身は、タワーレコードやスターバックスがパルコ内に入居していたころはよく通っていましたが、ここ最近は足を踏み入れることは少なくなっていましたかね。もともと女性層がメインターゲットな店舗でもありますし。

以前、「熊本市中心部 映画館跡地巡り 」というタイトルで、過去に熊本に存在した映画館についてレポートした時にも触れましたが、もともと熊本パルコがあった場所には戦後、「新世界」という映画館が存在していました。その後、映画の斜陽で1971年に商業ビル(第1新世界会館=株式会社「三陽」が所有)に改築され、関東資本の大手総合スーパー・サンバード長崎屋が出店したもののわずか13年で撤退してしまいます(ちなみに長崎屋の九州進出はあまりうまくいったとはいえず、後に大分や黒崎の店舗も閉店し、早いうちに九州から全面撤退しています)。

ただ、長崎屋の経営戦略もさることながら、そもそも総合スーパーが入居するにはビルが小さすぎたのはないかと思いますね。
これは現在のパルコとしての印象も同じで、通町筋から見ると結構な大きさのビル(地上9階・地下1階)に見えますが、実のところあまり奥行きがなくワンフロア当たりの売場面積も狭すぎるという印象が拭えませんでした。先に閉店になった大分や、広島、福岡などと比べても熊本店の狭さは突出していたように感じますしね。事実、後述する熊日記事にもパルコ社長の発言として「現在の業態で営業を続けるには売り場面積が狭く、時代に合わなくなっている」と指摘されています。
全国にあるパルコ各店の売り上げ順位を見るといつも熊本は下位に位置していたのですが、これは単純に客入りが悪いから、というよりも店舗が狭すぎてどんなにがんばっても伸び代がない、拡大しようがないという側面が大きかったのではないかと思います。

パルコとしてもその辺の事情はわかっていたようで、千葉や岐阜など、ほかの不採算店が続々閉鎖となる中で、熊本店は売上が小さいにもかかわらず生き残り続けていたのですが、このままじり貧な状況下で、郊外の大型モールや都心部に新規で建設される大型商業施設(桜町再開発ビル、熊本駅ビル等)に対抗できるのだろうか・・・という流れになったのは想像に難くないですね。



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今回、熊本パルコ閉店のニュースを真っ先に伝えたのはなんとNHK熊本で、いわゆるすっぱ抜き報道でした。この中で「売上低迷で閉店が決まった」と大々的に報じている一方で「オーナー側との協議を続けたいとしていて、地元の再開発の状況次第では、改めて出店することも検討する」ともあり、同じ理由で完全閉店となる宇都宮と比べると、なんだか中途半端な内容にも思えます。

と、いうのもどうもパルコ側としては、まず築48年になる建物の老朽化対策というのが先にあって、

ビルの所有者である三陽と掛け合って複合商業ビルに改築してもらおう
→改築するのなら当然その間は一時休業
→改築後はこれまで通りその複合ビルに再入居するけど、店舗形態も変えてみよう

・・・という流れだったようです。
あくまで一時的な閉店・業態転換であり、パルコとしては熊本からは撤退する気はなかった。

それなのに熊本店の「閉店」というフレーズだけが一人歩きしてセンセーショナルに取り上げられてしまい、いわばミスリードになってしまったのは(実際、ほとんどの新聞では再出店検討については触れられないまま、熊本店が閉店することのみ報道されています)パルコ側としても不本意だったのか、その後パルコの専務、そして社長がそれぞれ熊本までやって来られ、市長とも会談の上で
「熊本はいったん営業終了するが『撤退』という文字は使っていない。50年愛される再開発を目指したいというのが本音」(TKUニュース)

「今のビル所有者とは複合ビルへの建て替えを検討していて撤退ではない」(RKKニュース)

「建物の老朽化による建て替えで、一旦は閉店するが、熊本の皆様には長年お世話になっている。今後は新たな業態を模索し、次の施設を目指して検討を進める」(KKTニュース)
・・・などと言及されました。

そして、3月2日付の熊日新聞にて、社長自らはっきりと熊本再出店を表明したとの記事が掲載されたのでした。
パルコ、熊本に再出店へ 牧山社長が表明「新業態を展開」

パルコは熊本のことを「大規模再開発が相次ぐ熊本は今後もマーケットが成長する可能性がある」(日経新聞)として、かなり高評価してくれているのも再出店への舵切りにつながったのでしょう。

あくまでパルコとしてではなく、新業態での再出店を考えているということはパルコの小型店ブランドである「ゼロゲート」になるのでしょうか? それともこれまでにはない、まったく異なる店舗形態になるのでしょうか? パルコ社長曰く、ファッション以外にエンターテインメント機能などを持たせたいそうなので(映画館やイベントホール?)、三陽とともに、魅力的な店舗を構築していってほしいですね。
せっかく再開発するのならパルコ周辺の敷地も合わせて、今以上の大きなビルにするのも悪くないかもしれません。

閉店騒動から一転、新たな再開発案件にハラハラドキドキワクワクの一週間でした(笑)。
ランタンフェスティバル開催中の、九州有数の観光都市・長崎市。
西洋や中国の文化が交錯するエキゾチックタウンとして、全国全世界からたくさんの観光客が集まる魅力的な都市であり、街も活気あふれているわけですが・・・

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実は、長崎市の人口減少率は群を抜いて高いんです。
つい先日、総務省より発表された2018年の人口動態報告によると、長崎市の転出超過数はなんと全国の市町村の中でもワースト1位なんですよね、これが。
実際、2000年の時点で長崎市の人口は43万人程度だったのですが、その後西彼杵郡の三和町や野母崎町、外海町、琴海町など7町も合併したにもかかわらず、現在の市人口は41万5000人程度と、逆に合併前よりも人口が減ってしまっているんです。
人口の減少は全国的な趨勢とはいえ、それでも県庁所在地周辺はまだまだ人口を維持できているところが大多数なんですが、長崎は一方的に減り続けており事態はかなり深刻です。

長崎の場合、基幹産業であった造船不況もさることながら、地形的に平地がほとんどない(市街地の7割以上が斜面地)ことから、新規で住宅開発できる土地が少ないというのもかなりのウィークポイントになっています。
そして、斜面地に這いつくばるかのように広がる古くからの住宅地の道路は極端に狭く、急坂や階段だらけで自動車どころかバイクですら家まで乗り付けられないところも多数あり(消防車や救急車などの緊急車両も入り込めないので防災の面からも問題視されています)、あまりに生活がしにくいことから若者層を中心に人口の流失が止まらない状況です。
観光地としての魅力は最高でも、住みやすさとは別問題である」というのが長崎市の問題点なのでしょうね。

長崎市銭座町付近の風景。
一観光客からしたら「いかにも長崎らしい」とも、「風情がある」ともいえる眺めですが、住民の方々の立場からすると「毎日しんどい」の一言らしいです。
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特に足腰が弱い高齢者の方々や障害を持った方々にとって、この急坂や急階段は生活をするうえで大きな支障となっており、ちょっとした外出すらもままならないことが以前より問題視されていました。
また、他都市では当たり前のように行われている道路の新設・拡張工事も、長崎では勾配・斜面地という地形上の制約や家屋密集による収容事業の難航もあって、道路の整備がなかなか進まないままになっていました。

そこで、これまでとは方向性を変えて、実験的に導入されたのがこれ(↓)です。
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その名も「斜面移送システム」!
急斜面を安全・快適に昇り降りする移動手段として、高齢者などの交通弱者を対象として整備された簡易型モノレール(リフト?)です。
現在、長崎市内にはこの斜面移送システムが天神町、立山、水の浦の3地区に設置されています。

今回ご案内するのは3地区の中で最初(2002年3月24日)に導入された、天神町地区の「てんじんくん」です。
長崎電軌の宝町電停から東側に広がる商業地・住宅地の中へと分け入り、銭座小学校の校庭の前を抜けると浦上街道(時津街道)と交差します。
まさか、こんなところに斜面移送システムの乗り場があるとは思えませんが・・・
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裏路地を奥へと進むとやがて長い階段になりますが、よく見てみると・・・階段の右端に沿って斜面移送システム用の茶色の支柱が!
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ここが階段下の「てんじんくん」乗り場(駅?)です。乗り場は階段の上と下、そして途中の天神町公民館前の3つあります。階段上までの路線長はわずか80m!。
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ちょうど階段上から車両がやってきました。
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確かに懸垂式の簡易モノレールっぽい風情ですが、車両だけ見ると遊園地のゴンドラというか、大昔の丹頂型の電話ボックスというか・・・
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欲を言えば浦上街道との交点あたりが起終点ならば、なお便利そうなんですが。
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簡易型モノレールといえど運行時刻が決まっているわけでもなければそれ専門の作業員がいるわけでもなく、エレベーター同様に乗車するときには各乗り場にて赤ボタンを押して車両を呼び寄せ、乗車したら[上][下]のボタンを押して自ら機体を動かします。そういう意味では「てんじんくん」はモノレールというよりエレベーターに近い乗り物なのかもしれません。

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・・・と、ここまで書いておいてなんですが、残念ながら、私は「てんじんくん」に乗車することはできません。もともとが高齢者や障碍者対策の輸送システムであるため、それに該当した地元の方々だけしか使用できないことになっています(つまり、地元住民といえど健常者の方も乗車することはできません)。
斜面移送システムを使用するためには市役所に使用登録申請し、許可がおりると専用のカードが発行され、呼出操作ボックスや車両のカード差込口にそれを挿入することで各種操作が可能になります。上の操作ボックスにも呼び出しボタンの横にカード挿入口があるのが確認できますね。

てなわけで、「てんじんくん」の階段上の乗り場や公民館前の乗り場を見るためには階段を歩いて昇り降りするしかありません。まぁ、「てんじんくん」の利用者自体はそこそこいるので、車両が作動する様子は難なく観察することができます。
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いくら簡易型の小型モノレールとはいえ、道幅(階段幅)の半分くらいのサイズはあります。
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分速で15mという、超・低速度で急斜面を上下します。健常者ならば普通に歩いて昇り降りしたほうが速いです。
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途中停車地の天神町公民館前です。この辺はたくさんの猫を見かけました。
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いかにも駅(?)らしく、公民館前の軒先にはベンチも設置されています。
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ちなみに、この天神町公民館あたりの地下深くを九州新幹線・西九州ルートが通ることになっています。
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ここで車両についてのお話でも。
この「てんじんくん」はアダチ産業・長田工業・嘉穂製作所・研究開発グループにより建造されました。分速15m(=時速0.9km!)で、最大勾配32度に対応しています。
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車両内部の様子。定員2名となっていますが椅子はひとつ。外扉はなく、安全バーがあるだけです。車いすも折りたためば乗せることが可能です。
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前述のとおり利用者操作による自動運転のため、専用カードを差し込んだあと、[上][下]のボタンを押して車体を制御します。
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「てんじんくん」の終着地点はかなりの山の上。でも、ここからもまだまだ急な階段は続きます。
高齢者が多い地区なのに、ほんと、こりゃ大変ですよ。
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確かにこんな斜面地を日常的に登り下りするのは大変だと思いますので、それなりに利用価値はありそうですね。
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斜面移送システムは長崎ならではのユニークな乗り物ですが、この程度では多数ある交通困難住宅地をカバーするのには全然追いついていないのもまた事実です。
斜面住宅地における住環境改善が進まない限り住民の流失はこれからも続くと思うので、何らかの抜本的な都市計画策定が急務でしょうね。

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