ここから本文です
地理・交通系お気楽ブログ(仮)
熊本&九州地方の地理・交通・歴史の話題や旅の話などをぐだぐだと。

書庫道路交通

記事検索
検索

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

昨年末から今月にかけての、個人的に気になるニュース
○鉄道利用者が極端に少ない宮崎にアミュプラザが進出(しかも宮交が協力)。
○熊本駅の北側にもアミュプラザとは別にJR九州がビジネスビルを建設。
○天神コアやビブレ、そしてなんとイムズが天神地区再開発で閉鎖・解体。
○デルタ航空が運航していた福岡からハワイ・ホノルルへの直行便が運休。
○熊本空港連絡鉄道の続報(分岐駅の座をめぐる三里木VS肥後大津対決)
○熊本市電の東町延伸。
○九州新幹線の客室乗務員サービスが全廃。

・・・などなど、時事ネタだけでも書きたいことは多々あるんですが、今回もまた高速道路開通についての話題です。

つい先日、南九州自動車道の津奈木IC〜水俣IC間5.6kmが3月2日午後4時に供用開始されることが発表されました。
1998年に八代Jctから八代南ICまで初開業してはや20年、ようやく八代から水俣までが高規格道路で結ばれることになります。


津奈木町岩城、おれんじ鉄道津奈木駅付近の南九州道(芦北出水道路区間)。
九州新幹線の高架橋と共に、国道3号や肥薩おれんじ鉄道、津奈木川を一気にオーバークロスします。
イメージ 1

同じ地点から水俣方面の眺め。
南九州道はこの先「小津奈木トンネル」を抜け、九州新幹線、国道3号線、おれんじ鉄道などと絡み合うようなルートで水俣市域へと入っていきます。
イメージ 2

津奈木ICの水俣方面出入口。
なぜかランプウェイに車が停まってますが工事関係者のものでしょうね。
イメージ 3

津奈木ICはすでに標識等も設置済み。
イメージ 4

水俣市ひばりヶ丘地区に設置される水俣ICもほぼ完成していました。
国道3号線沿いにあるジョイフル水俣店の真裏あたりです。ちょうどいい具合に封鎖されていない畦道があったので、そこから撮影しました。
イメージ 5

水俣ICのランプウェイと新水俣駅の位置関係はこんな感じ。こうやって見るとけっこう駅との距離は近く見えるわけですが・・・
イメージ 6

高速本線から一般道への取り付け道路は国道3号と268号が分岐する三叉路である古城交差点に接続されるので、新水俣駅とは位置が大きくずれることになります。
イメージ 7

その古城交差点、インター設置工事で雑然としていますし、工事関係者や警備員の方々が目を見張らせていますのでとても写真撮影する雰囲気ではありませんでした(笑)。開通してから改めて写真を撮りに行きたいですね。

南九州道は鹿児島県側では薩摩川内水引IC〜鹿児島IC間と出水IC〜阿久根IC間が開通済ですが、県境を挟む区間となる水俣IC〜出水IC間もすでに工事がかなり進行しています。
九州新幹線の名撮影地でもある出水市境町付近でも新幹線の高架線と並行する形で南九州道の高架橋が建設中です。
鉄道的な視点だと、南九州道の橋梁は車窓風景や写真撮影の邪魔になりかねない存在になりますね。
イメージ 8

数年後、水俣IC〜出水ICが開通すると残りの未開通部分は阿久根と川内水引の間だけとなります。南九州道の大半の区間は無料なので、九州北部から鹿児島方面へ向かう場合、多少遠回りで時間がかかっても、安さにつられて南九州道を選択する人が増えそうですね。

今年最後、ぎりぎりの更新となりました。
まさか、今年は大晦日まで仕事が入るとは思わなんだ・・・

前回に続いて、九州中央道開通記念ウォーキングのお話の続きです。時間も時間ですので、ごく手短かに。
イメージ 1

上野吉無田インター、嘉島方面入口です。
イメージ 2

接続する道路は県道221号線です。右折するとすぐに県道57号線と合流しますが。
イメージ 3

上野」はこのインターがあるところの地名(上益城郡御船町上野)ですが、「吉無田」というのは御船町と西原村の境界一帯に広がる吉無田高原から名付けられています。標高700m、阿蘇外輪山の南西側に位置する草原・森林地帯で、熊本平野や遠く有明海、そのさらに向こうの雲仙まで望めるという、個人的にもお気に入りの場所ではあるのですが、このインターからだと途中の県道57号線の区間が未改良なため、アクセスルートとしてはあまり勧められるものではありません。吉無田へ行くなら西原村から訪れるか、同じ県道57号でも道路改良が進んでいる山都町の北中島・大矢野原演習場側から入ったほうが無難でしょう。

スロープを上って再び本線上へ。
イメージ 4

元来たルートを戻ります。今度は上り車線側を歩きます。
イメージ 5

イメージ 6

上野吉無田方面を振りかえった図。
御船・山都町境の八勢川大橋を渡った先にはぞろ目の11.1キロポストがあります。
イメージ 7

同じく上野吉無田方面を振り返る。
4%の下り坂となっていますが、この先小池高山まで延々下り続ける形になります。
イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

・・・ということで早くも山都中島西ICまで戻ってきました。ちょっと物足りない気もしないでもないですね。
イメージ 12

御船方面行きのシャトルバスに乗る前にもう少し本線上を歩いてみます。
イメージ 11

五ヶ瀬や高千穂といった九州中央道が通る予定の各自治体の観光案内や九州中央道そのものについての案内掲示ブースがずらっと並んでいます。
イメージ 13

こうやって見るとまだまだ開通しているのはほんのわずかであることがわかります。
それでも今回の小池高山〜山都中島西ICの開通で、九州中央道全体のうちの3割の区間が整備されたとのこと。
イメージ 14

ここが今回歩くことが許された区間の最東端地点。この先、北中島ICを経て矢部ICまでの10.4㎞が漸次建設中です。
嘉島Jctから中島西ICまででも十分にバイパス効果はあるのですが、中島西ICから矢部浜町まではさらに10㎞以上、しかも小さな峠をいくつか超えないといけないくらい離れているので、中島西までではまだまだ中途半端な存在であることも否めません。矢部浜町までの早期開通が望まれます。
イメージ 15

・・・さてさて、この長い行列の一番最後に並びましょうかねorz
この後、1時間くらい連絡バスが来るのを待つことになります。
イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

それでは皆様、来年もどうぞ宜しくお願いします。

昨日(12月16日)午後3時、九州中央自動車道[E77]の小池高山IC(御船町)〜山都中島西IC(山都町)間10.8㎞が開通しました。

さっそく走り初めがてら、夕方4時過ぎに車を小池高山から山都中島西まで往復しましたが、天気は雨模様、しかも途中霧が発生していたこともあって残念ながら景色はよく見えませんでした。しかしながら、これまで御船の町中から七滝経由で国道445号の山道を延々登り続けていたことと比べるとその速達効果は抜群で、改めて九州中央道の建設意義を強く感じましたね。

※上野吉無田IC出入口近く、県道221号に設置されている道路案内表示板。くまモンも開通をお祝い。
イメージ 1

※暫定的な終点である山都中島西IC。山都の中心地、矢部浜町まではおよそ10㎞強。
イメージ 2

※九州中央道開通を祝うくまモン その2。山都中島西IC出入口にて。イメージ 3

九州中央道は熊本県の嘉島Jctから宮崎県延岡までの95㎞を結ぶ新直轄方式の高速道路として建設が進められています。現在、宮崎県側では延岡IC〜蔵田交差点間(北方延岡道路)の13㎞と日之影深角IC〜雲海橋交差点(高千穂日之影道路)の約3㎞が部分的に開通しており、さらに高千穂IC〜五ヶ瀬東IC間も事業着手されました。

一方、熊本県側は嘉島Jct〜小池高山ICまでのわずか1.8kmが2014年に初開業しただけで、山都・高千穂方面の連絡ルートとしては全く機能していない状態が続いていました。今回、山都町の中島西ICまで開通したことで、ようやく既存国道を代替する新ルートとしての面目を多少なりとも果たすようになりました。

※先月11日に開通したばかりの日之影町区間・雲海橋交差点。ただ、深角までの一区間の開通だけでは何のメリットもないのか、通行量はごくわずかでした。
イメージ 4


そんな九州中央道の開通を控えた先々週の土曜日(8日)に「開通直前の高速道路を歩こう!」というウォーキングイベントが催され、私も参加してきました。
4年前の 嘉島JCT〜小池高山IC開通記念ウォーキング や今年5月に参加した新・天草1号橋「天城橋」ウォーキングもそうでしたが「この日だけしかできない体験」という類のキャッチフレーズにホント弱いんですよね(笑)。
ただし、今回歩けるのは山都西中島ICと上野吉無田ICの間の往復約5.4㎞だけでしたが・・・

中島西ICが開通記念セレモニー開催地&ウォーキングの出発点ではあるものの、その周辺には車を停め置きできるような場所はないため、ウォーキングに参加するためにはまず御船と矢部に2か所ずつ設置された臨時駐車場から発着する無料のシャトルバスに乗らないといけません。
ところがこのイベントを企画した「建設促進期成会事務局」が想定していた以上に参加者が集まったらしく、結果、シャトル便の発着所である御船の役場前にはバスに乗るための長い行列が・・・ 普段はスクールバスやコミュニティバスとして活用している小型のバス3台で往復させてるものだから、ただでさえ便数が少ないうえに積み残しも出る有様。

いつ乗れるともわからないバスを寒風の中待つこと1時間近く。やっとのことで狭いバスに押し込められ、国道445号をだらだらと走り続けてようやく中島西ICに到着しましたが、もうこの時点で結構疲れてしまいました(笑)。

気を取り直して、いざ出発。
イメージ 20

イメージ 5

インター出口の取り付け道路となる部分をてくてくと登っていきます。
イメージ 6

出店のテントの前を通って本線上へ。
こうやって写真だけ見るとウォーキング参加者がほとんど見当たりませんが、これはイベント開始から既にかなりの時間が過ぎてしまってるから。事実、翌日の熊日には溢れんばかりの参加者の写真が掲載されていました。
くまモンも開通記念セレモニーに来ていたようですが私は見ずじまい。先着限定の記念品ももらえなければ地元の方々の振る舞いも完売という状況でした。
イメージ 7

山都中島西ICから歩き出す間もなく現れる、次の上野吉無田ICまで2㎞の表示板。
イメージ 8

上野橋という小さな橋梁を渡ります。周辺は見渡す限りの山岳風景。
イメージ 9

これだけ山の中なんだから鹿とかイノシシなどの動物は出るでしょうな。
イメージ 21

陸橋をくぐった先から中島西IC側を振り返ってみる。終点まで500mという表示板。
イメージ 10

上野吉無田ICまであと1㎞。その先には大きく右にカーブする八勢川大橋が。
今回歩いた区間ではたぶん一番のメインスポット。
イメージ 11

八勢川大橋の擁壁に取り付けられている11㎞のキロポスト。
嘉島Jctからここまで11㎞というのは思いのほか近く感じます。
イメージ 12

安全のため橋の際には近づけないので(監視員あり)、白線の内側から橋上の景色を眺めてみる。高圧鉄塔があるだけの山岳風景。下に流れているのがズバリ八勢川。
イメージ 22

橋を渡ると「ゆずり車線」の標識と、かなり高いところにかかる陸橋が現れます。
全国の直轄方式の高速道路よろしく、九州中央道も片側一車線区間が大半を占めます。
イメージ 13

山を切り開いた切り通し区間。白いコンクリ吹き付けが眩しい。
イメージ 14

上野吉無田ICまであと500m。
イメージ 15

切り通しを抜けると一気に開けた風景になり、左に大きくカーブしながら上野吉無田ICへと近づきます。
イメージ 16

上野吉無田のIC周辺はこんな感じ。
中島西からわずか2㎞。果たして、ここにICが必要なのかどうか?
イメージ 23

中島西IC方面へ振り返ってみる。この付近はゆずり車線が設けられているため、片側2車線あります。
イメージ 17

山都中島西ICまで2㎞。ちなみに中島西IC(中島北地区)は山都町ですが、ここ上野地区は御船町です。八勢川が町境となっています。
イメージ 18

上野吉無田ICに到着です。標識をみると県道55号接続(実はこれも間違いだったりします。下記参照)となっていますが、実際は県道221号に接続しています。以前当ブログでご案内したことがある、御船中心部からぐみ坂を通り「凱旋門」へと至る県道ですね。
イメージ 19

高速上を歩けるのはここまで。ここから本線の下をくぐって再び山都中島西IC方面に向けて折り返します。
イメージ 24

上野吉無田ICから小池高山IC方面を望む。この先、九州中央道はトンネルを5つくぐり、一気に山間部から平野部へと駆け下ることになります。
イメージ 25



ここで標識の間違いを指摘。
上野吉無田インターで「県道55号線に接続」と表示されていますが、この近隣を通っているのは県道57号線(益城矢部線)なんですよ。
55号線は山鹿市南島から鹿央エリアを抜けて熊本市北区植木の鈴麦へ至る道(山鹿植木線)なので、このインターがある御船町上野地区とは一切関係がありません。建設に携わった関係者はどなたも気付かなかったんでしょうかね?
なお、この県道57号はかなりの部分が未整備状態の「険道」なので(特に益城〜上野・田代〜平成天神橋間)、ドライブルートとしてもおすすめできません。
イメージ 26



・・・後篇に続きます。
また1か月更新が滞ってしまいました。
ネタは数多あれど、時間と気力がない状態が続いております。

今回のテーマは熊本を起終点とする高速バス「ぎんなん号」と「きりしま号」です。
ともに第一次高速バスブームともいえる平成初期に運行を開始しましたが、双方ともJR特急→新幹線という強力なライバルの存在に運命を弄ばれた路線でもあります。
イメージ 1

「ぎんなん号」は1989年12月に熊本と北九州(小倉・砂津)を結ぶ高速バスとして、熊本側は九州産交、北九州側は西鉄という、ひのくに号同様の強力なタッグで華々しくスタートを切りました。当初は1日9往復、ほかの高速路線同様に専用の塗装をしたハイデッカー車両で運行されていました。

その当時、ライバルとなるJRの特急は熊本〜北九州間の直通がほとんどなく、博多での乗り換え(「有明」〜山陽新幹線or特急「にちりん」)が必須であったこともあって、乗り換えなし一本で熊本と北九州の間を移動できるという訴求効果はそれなりに大きいものがありました。翌年3月のダイヤ改正で熊本エリア発着の「有明」の一部が小倉まで延長になりましたが、1992年7月の787系「つばめ」運行開始時のダイヤ改正で元の博多発着に戻ったこともあって、熊本〜北九州間は再びダイレクトに両都市を結ぶ高速バスの独壇場になります。

90年代の終わりになると「ぎんなん号」専用塗装もなくなり、3列シートから4列シートへと車両がグレードダウンするものの、まだまだ週末などは積み残しが出るくらいの利用率を保っていました。
2001年3月よりJRが博多〜熊本・水前寺間運行の「有明」を1時間に1本の割合で小倉まで再度延伸したことで、「ぎんなん号」はまたもやJR特急と直接対決することになります。この頃はまだ相手が在来線特急だったこともあり、運賃や所要時間の点において互角な戦いを続けていましたが、それでもじわじわとJRにシェアを侵食されていくことになります。

イメージ 2

高速1000円政策で多数のバス会社が疲弊し、さらに新幹線開業を翌年に控えた2010年、ついに「ぎんなん号」から西鉄高速バスが撤退し産交の単独運行になります。その結果、便数も6往復へと削減されてしまいました。それでもなお産交は「ぎんなん号」を維持すべく停車停留所を増やしたり、期間限定で運賃を下げたり、車両を再び全便3列シート車に戻したりといろいろ手を打ったのですが、2011年、とうとうJR側の最終兵器である九州新幹線が開業してしまいます。
熊本〜小倉の新幹線は料金こそ高速バスの倍ではあるものの所要時間はわずか1時間足らずで、同区間を3時間弱も要する高速バスは全く太刀打ちできません。本数も直通が1時間あたり1本〜2本、博多乗換も含めればそれ以上のフリークエンシーであり、また戸畑や黒崎、折尾といった旧「有明」停車駅向けに“熊本〜(新幹線)〜博多〜(在来線特急)〜北九州市内”という2枚切符も発売されるなどJR九州側の対策も万全で、もはや「ぎんなん号」が正攻法でJRに対抗する力はありませんでした。



ところで、熊本と鹿児島を結ぶ高速バス「きりしま号」もJR特急・新幹線の攻勢に一度白旗を上げて路線自体が廃止されてしまったのですが、その後利用者からの根強い要望で路線が復活したという経緯があります。

イメージ 3

「きりしま号」は1990年4月に九州産交と南九州高速バスがタッグを組んで運行を開始しました。ただしその当時「きりしま号」と名乗ったのは産交側の運行便だけで、南九州高速バスは独自に「はいびすかす号」の愛称を名乗っていました。
この南九州高速バスとは鹿児島県側の主要バス会社である鹿児島交通、南国交通、林田産業交通の3社が出資した高速バス専門のバス会社で、熊本線開設以前より鹿児島〜宮崎間の「はまゆう号」を運行していました。運行開始時点ではまだ九州道の人吉IC〜えびのIC間が開通していなかったので、この区間は人吉ループ橋のある国道221号を走行していました。

しかし、当初はJRの直通便がないに等しかった「ぎんなん号」とは異なり、「きりしま/はいびすかす号」は最初からJR特急(「ハイパー有明」・「有明」→92年以降は「つばめ」)と完全競合するという厳しい条件下におかれており、JR側が個室やビュッフェを連結した787系を導入し、かつ高速バス並みの割安な切符を発売し始めると、ますます高速バスは見劣りするようになってしまいます。所要時間も線形が悪く単線区間を含むJR特急のほうが1995年に全通した九州道を走るバスより30分以上も短く、もはや「きりしま/はいびすかす号」の利点は人吉〜鹿児島空港間の区間需要以外、ほとんど見いだせない状況になってしまっていました。

2004年3月の九州新幹線・新八代〜鹿児島中央間の部分開業と同時に、高速バスの熊本〜鹿児島線には見切りをつけることになり、いったん「きりしま/はいびすかす号」は廃止されてしまいます。それどころか鹿児島側の運行会社であった南九州高速バスは熊本線の廃止と同時に会社ごと清算されてしまいました。

ところが、確かに新幹線は熊本と鹿児島の間を最速1時間で結び速くて快適ではあるものの、新八代での強制乗り換えが面倒であったり、また、それまで存在した割安な4枚切符は撤廃され、ほとんど値引きのない2枚切符に置き換えられてしまったことで「多少時間がかかってでも、安く、乗り換えなしで熊本〜鹿児島間を移動したい」と考える人たちを中心に熊本〜鹿児島線の復活を求める要望が産交の公式掲示板等で頻繁に上がることになります。
鹿児島側も2007年になって、南国交通観光主催の「鹿児島市出発・熊本繁華街&ダイヤモンドシティクレア行きお買い物ツアーバス」が断続的に運行されるなど(でもこの企画、熊本をライバルだと思っている地元愛が強い鹿児島の方々にとっては正直屈辱的ではなかったのかなぁと思いますが・・・)、路線復活への動きが活発になってきました。

2008年10月、半年間の実証実験という形で、わずか3往復のみとはいえ熊本〜鹿児島間の高速バスが産交単独で復活運行することになりました(実験期間中ということもあって、この半年間は愛称名なしで運行)。この試験運行はユーザーから好評を持って迎えられ、半年後には鹿児島県側のいわさきバスネットワーク南国交通ともタッグを組み、正式に「きりしま号」として復活を遂げたのでした。この時に3往復から6往復に倍増、さらに全便速達化を経て、2012年には8往復に増便されるなど、「スピードは速いけど料金が高い新幹線」に対して「料金は安いけど時間がかかる高速バス」とはっきり棲み分けることで成功を収めたのでした。



「ぎんなん号」はその後も路線維持を図るべく、シニア割やWEB割を導入したり土曜休日に1往復増発したりと孤軍奮闘するも、とうとう2015年には3往復にまで削減されてしまいます。それでも砂津から新門司港まで区間を延伸し名門大洋フェリーとの連絡に命運をかけたりもしましたが、ついに今年の9月、産交は「利用者減少により今後の運行継続は困難」だと白旗を揚げ、11月いっぱいでの運行休止を発表しました。昨今、バスの運転手が慢性的に足りないことも影響しているのでしょうね。
今後、高速バスだけで熊本〜北九州を移動する際は福岡(ひのくに号〜なかたに・いとうづ・ひきの号など)か基山(ひのくに号〜出島号)でバスを乗り継ぐ形となります。まぁ、個人的にはそんなことするくらいなら最初から新幹線で十分ですが。

「きりしま号」は新幹線との棲み分けに成功しましたが、「ぎんなん号」は現状、それができなかった。熊本〜鹿児島と違い、熊本〜北九州ならば天神乗り継ぎなり在来線利用なりで“安さを求める層”にもふんだんに代替手段があることの違いなのでしょうか。

イメージ 4


しかしながら、北九州から九州各地へ向かう高速バス路線もあまりぱっとしませんね。久留米行きも廃止になって久しいですし、佐世保行き(「九十九島号」)があった時代もはるか遠く。長崎行きの「出島号」はJR特急の直通がないこともあって5往復(休日6往復)走っているもののこちらも西鉄は運行から撤退して長崎県営の単独運行になってますし。
東九州道の開通とともに鳴り物入りで開業した別府・大分行き「ゆのくに号」も「一生のお願いです。ゆのくに号を使ってください」(https://nishitetsu-ktq.jp/wp-content/uploads/2016/11/c5d69f0558a740927e00fcad02c63080.jpg)なんて身も蓋もない自虐広告を打ったあげく、結局、利用者低迷と乗務員不足で大分県側の3社が撤退して西鉄バス北九州のみのわずか4往復の運行になっています。

北九州発着の高速バスが廃止・減便だらけなのは北九州の景気の悪さを反映している、という向きもあるみたいですが、北九州は腐っても95万都市ですし、それなりに拠点性もあるので、他都市と比べてそこまで魅力や活力に欠けるということはないと思うんですがね。
個人的には小倉や八幡は好きな街なのでもっと頑張ってほしいと願っています。
先日の台風21号並びに北海道の地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。早く普段通りの生活に戻れますよう、心より願っております。
しかし今年は本当に自然災害が多いですね・・・



さて、今回のテーマは福岡市内を走る、西鉄の連接バスです。
連接バス自体は別に福岡が国内最初の導入例というわけではなく、千葉の京成バス(幕張地区)や神奈川中央交通の湘南台〜慶応大学間、岐阜バスなどで既に導入・運行されていたわけですが、九州での本格運行は西鉄が最初でした。

イメージ 10

2016年8月より福岡市内で運用が開始された都心循環連接バス、通称「Fukuoka BRT」は博多港国際ターミナルを起点に天神、博多駅前、呉服町駅、蔵本を経由し博多港に戻るラケット型循環コースで運行されています(逆ルート便もあります)。昨年からはバス車両が増備されたことで大増便され、現在は8台の連接バスがおよそ20〜30分間隔で走っています。

イメージ 1

車両は海外製で、スカニア(スウェーデン)/ボルグレン(オーストラリア)製とメルセデスベンツのシターロGの2タイプが導入されています。2連接車体の全長は18m、キャパは130名となっています。

停留所は通常便よりも絞られていて、連接バスが停車するバス停にはバスのカラーに合わせた特別タイプのバス案内板が設置されています。
イメージ 2

実際に乗ってみるとこんな感じ。
2車体連接なだけあって奥行きは深く、雰囲気は超低床型の連接路面電車にも似てますが、バスなだけあってちょっと狭い気も。
運賃表示機が後部車両にも設置されていますが、ICカード利用に限り後部ドアからも下車することができます。熊本市電の超低床電車とは違い、後部ドアに車掌さんはいませんので、性善説に則った信用方式となっています。
イメージ 3

熊本の超低床電車と同様、中央の幌の部分が蛇腹のように伸び縮みし、カーブをくねっと曲がっていきます。
イメージ 4

終点の博多港国際ターミナル。言わずと知れた韓国・釜山への出発地点なので、接続する連接バスの行き先表示も日本語や英語よりハングル表示のほうが目立っていたり。
イメージ 5

博多港を出発して天神方面へ向かう連接バス。
うーん、なんか運転しにくそうだなぁw
イメージ 6

ちなみにこの時博多駅から乗ってきた連接バスは那珂川営業所所属の0107番でスカニア/ボルグレン製の車両でした。これらの連接バスは那珂川と愛宕浜の営業所で折半して配置されているわけですが、しかしながら那珂川とはえらく遠くに配置されてるんですね。
イメージ 7

「アジアハイウェイ」のプレートが取り付けられた都市高速下の交差点を右折する連接バス。カーブした先の博多臨港警察署北口バス停には停車しません。
イメージ 8



さて、西鉄や地元自治体はこの連接バスを指してBRTBus Rapid Transit=バス高速輸送システム、もしくはバス大量輸送システム)だと宣伝しています。

確かに連接バスは通常の倍の収容量があり、停留所も絞って急行運転しているので間違いではないのですが、本当の意味での「(都市型)BRT」というのは、例えば「一般道と完全分離のバス専用道路を設置」「改札口付きのバス停(というか「駅」の設置)」「バス優先信号の導入」「バスロケーションシステム導入」「既存交通機関との連携」といった、鉄道並みの大量高速輸送に対応したソフト・ハード全体を含めた総括的なシステムを指しているわけです。ところが、福岡に限らず国内では「低床連接バス=BRT」だと思っている節があるんですよね。

事実、連接バス導入前年に福岡市長がこんな発言をされたという記事があります。
福岡市長の記者発表の会見動画を見てみると、市長は冒頭で「福岡市の都心部においてBRTのシステムを導入していきたいと考えています。いわゆる連節バスです」と発言しています。この発言を聞く限り、福岡市では「連節バス」=「BRTシステム」という解釈をしているようです。

一時期、超低床の連接路面電車さえ入れればLRT(ライトレールトランジット)だという風潮がありましたが、決してそうではないのと考え方は同じです(車両はLRVですしね)。
福岡市の場合、この連接バス路線を本格的な都心部BRTとして整備するつもりなら全面的なバスレーンの設置や、あまりに多すぎる既存路線の整理統合なども視野にいれた抜本的な交通システムの整備を西鉄や県と一緒になって取り組んでいかないといけないのではないでしょうか?

日本国内だと名古屋のゆとりーとラインが鉄道扱いの高規格BRTとして、同じく名古屋市の基幹バス2系統が道路中央部にバス優先道と安全地帯タイプのバス停を設置する路面電車システムを取り入れた都市型BRTもどき(?)として、現時点でかろうじて認められる存在だと思います。新潟もBRTを名乗っていますが優先レーンこそあれ、基本は福岡と同じ連接バス導入事例に過ぎないような気がします。本来はここも名古屋の基幹バスみたいに道路中央に専用道とバス停を設置する予定だったようですが。

ちなみに、国内のもう一つの流れとして気仙沼線や大船渡線、鹿島鉄道、日立電鉄のように地方ローカル線の線路跡を舗装してバス専用道化したものをBRTだとする向きもありますが、一般道の通行量もそこまで多くない地方部において単線幅の専用道路を通す必要性の是非は置いておくとして、これらは一般車両の通行を封鎖する踏切を設置したり、行き違い用の信号を設置するなど、運行システムとしては一応BRTとしての体裁を保っているように見えますね。
最近、日田彦山線の被災区間もBRTにするなんて話もでてきているようですが、果たしてどうなることやら・・・

イメージ 9

福岡の連接バスに触発されてか、北九州でも連接バスを走らせる方向のようですが、
かつての戸畑線跡のバス専用道がそのまま今も生き残っていて、そこを連接バスが走っていたのなら(バス停や運行システムも整備)、都市型BRTとして素晴らしいものになっていたのではないかと思います。

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事