平吉毅州ファンブログ【YUAの心】

夜になっても ずっと水平線は明るさを ほのかにそっと 残している

アニメーション

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たとえ世間で忘れられていても、YUAの心に残っているアニメーション作品。
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「君の名は。」を観る

「君の名は。」なんと封切り日に、観に行ってきました。
今回も娘たちが観たいというので、私も便乗した形です。

かつては、出版されていたアニメ雑誌をすべて買っていたほどのアニメファンだった私も、今は新聞さえも取っていないし、テレビもほとんど見ない。
でもおかげで、事前情報がゼロというのは、先入観なしで新鮮な気持ちで観ることができたのです。「君の名は」といったら、数寄屋橋すれ違いの…?と古い作品しか思い浮かばなかった私。新海誠監督さえ、よく知らなかった。

※以下、少々ネタバレ注意(笑)
もうすでにいろいろな方が、解説や感想を書ていると思いますので、自分なりに単純に思ったことを記しておこうと思います。
私は東京の雑踏の風景がとても好きなので、東京のシーンに惹かれます。
ひとつひとつの風景に魂が宿っている!
実写でやれば簡単なことを、ここまでアニメーションで緻密に描写したというのは、一見の価値があります!
はじめ、単にありがちな今時の若者を描く「入れ替わりモノ」だと思いましたが、印象としては「タイムスリップモノ」に近い感じ?
いくつもの世界が存在する「パラレルワールド」ともいえるか?SFともとれる?
夢と時間の概念をうまい具合に、融合させている手法は見事。
それを「組み紐」に例え、なぞらえているという点も。

もしかしたら本当に、時間というものは一方通行に流れているだけじゃないのかもしれない。ねじれ、絡んで戻って、スキップして…自分でもふと、そう思うことがある。
そして、出逢うということは、出逢わなかったかもしれないということ、出逢わなかったということは、これから出逢うかもしれないということ。
これは私が、生きているうえでのテーマともいえるので非常に共感できた次第です。

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地元出身の愛川欽也さんが亡くなり、まっ先に思い出したのが多くの方と同じ、このアニメーション作品でした。
いなかっぺ大将
1970年10/4〜1972年9/24 フジテレビ系

いやー、大ちゃん、面白かったですね。ジャンルとしては「柔道スポ根もの」だと思うのですが、ギャグや下品さが半端でなく、そこがかえって心地よかったといえます。
音楽を聞くとすぐ、踊り出してしまって、いつも服、脱いでしまい最後にはお約束の赤ふんどし姿!花ちゃんとキクちゃんにデレデレ、そこにトンマルキちゃんが乱入!も王道パターン。嫌味な青年キャラ、西一(にしはじめ)もいましたね〜。
主題歌「大ちゃん数え唄」♪ひとつ人より力持ち  ふたつふるさとあとにして〜
を歌っていたのは、当時、中学生だった吉田よしみ(現・天童よしみ)さんでした。

そして名脇役が、愛川欽也さんが声を演じていたトラ猫
の師匠
ニャンコ先生
大ちゃんとの掛け合いや、「ニャンパラリ!」の空中三回転がまた見てみたいものです。

昔のアニメというものは、本当に分かりやすくて、ストレートで、下品さもあるけれど、時にはホロリとさせられて、家族そろって楽しめたな…と懐かしいです。

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昨日、貝のペンダントのことを綴ったのですが、幼少のころ見ていた、大好きなアニメーションで「ハゼドン」という作品があったことを、突然思い出しました。

ハゼドン  1972年10/5〜1973年3/29 フジテレビ系

まあ、もしかしたら見たのは、再放送だったのかもしれませんが。
当時のアニメとしてはよくある、動物擬人化モノ、メルヘンもしくはギャグ路線。
主人公のハゼの子ども「ハゼドン」は、お母さんの遺言「世界一強い魚になれ」の言葉を胸に、形見の横笛、そして貝のペンダントを持って旅に出ます。
途中から人魚のシーラン、ふぐのプーやんも加わったと思いますが…。
なぜかプーやんには桜の模様が!これってもしかして、ヤ○ザの刺青のイメージ?
お決まりの、旅を邪魔する悪いやつ、形見のペンダントを狙うやつなんかも出てきましたね。

なんとも、ハゼドンの声はかつてのドラえもんの、大山のぶ代さんでしたか。
そして主題歌の作曲は小林亜星氏。いい仕事してますなぁ♪
今でも♪ハゼハゼハゼドン ハゼハゼドン〜 のメロディーは頭から離れません。歌っていたのは亜土ちゃんこと水森亜土さんで、「歌える絵描きになりたい」という次女の憧れの方でもあります。

アニメーションの制作は、虫プロから独立したサンライズ・スタジオの初めての作品で、のちに巨大ロボットアニメで名を上げる日本サンライズ(現・サンライズ)です。現在、うちの子どもたちが大好きな「かいけつ ゾロリ」シリーズの制作もサンライズなので、まさに「動物擬人化 道中モノ」の原点ともいえるのではないでしょうか。
「ハゼドン」の記憶とともに、帆立貝ペンダントは、大切にしたいと思います。

貝をかたどった ペンダント http://blogs.yahoo.co.jp/milestone78_0628/38452381.html

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12月14日(日)9:00〜テレビ東京系放映の「ふるさと再生 日本の昔ばなし」
リニューアル版『 一寸法師』は、私の絵デザインにおける師匠 児玉喬夫さんのキャラクターデザイン&色彩設定という、すばらしい作品でした。

最近放映の、リニューアル版の桃太郎、浦島太郎などの昔ばなしの特徴として、
♪むかし むかし うらしまは〜 のようにまるでミュージカルのごとく、歌に合わせての演出が、とても楽しいものに仕上がっています。この『一寸法師』もそうでした。

一番初期のMBS系「まんが日本昔ばなし」元祖『桃太郎』の当時としては斬新過ぎるともいえるキャラクターも、児玉さんのデザインでした。シルエットのキャラの
『七夕さま』、華麗な十二単の『かぐや姫』と、名作を次々と手がけられます。
私が児玉さんに初めてお会いしたのは、なんと高校2年のときでした。きっかけは
「ふんすい」、「雲雀」をはじめ、「まんがこども文庫」のエンディングの映像に感激したからです。友人2人とお宅に伺い、本当に楽しいひとときでした。
それから30年近い歳月が流れ…

再び、昔ばなしのアニメ化の番組において、しばらくアニメーションから離れていた
児玉喬夫さん
のセンスあふれるキャラクターが返ってきました!お姫様が今風の美人ではなくおかめさんなのが、またかわいい!そして、初期の桃太郎を彷彿とさせる一寸法師のデザイン、歌に合わせての絶妙なタイミングは、さすがです。
「まんがこども文庫」のエンディング主題歌や「とっぴんからげて逃げられて」などの音楽ものを手がけられてきただけのことはあります。
どちらかというと、ほのぼのとしたイメージだと思われている児玉さんの作品ですが、意外と動きの速い「アクションシーン」が見どころだったりします。
「まんがこども文庫」の演出本編2作品は「三太河童退治」「化け猫退治」退治もの2部作ですからね。今回の一寸法師の鬼との戦いのシーンは、なんとも勇ましい!児玉さんどうか、いつまでもお元気でご活躍くださいね。
児玉喬夫さんに関する過去記事
2014年 年賀状の紹介http://blogs.yahoo.co.jp/milestone78_0628/37645412.html
循環する水〜ふんすい〜http://blogs.yahoo.co.jp/milestone78_0628/37770251.html
まんがこども文庫http://blogs.yahoo.co.jp/milestone78_0628/37257623.html
イメージ 1
児玉さんの画集「東京絵本」(日貿出版社)と個展のおしらせのはがき(左)
「まんがこども文庫」エンディング主題歌のレコードジャケット(右)

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思い出のマーニー

「思い出のマーニー」、娘たちが観たいというので、行ってきました。映画を見るのはとても久しぶりです。以前はしょっちゅう映画を観ていた私ですが(ただし、邦画に限る)ここのところ、すっかりスクリーンから遠ざかっていました。ちなみにテレビもほとんど見ないうえ、新聞もとっていないので、まったくの予備知識なく、観たのです。

最重要キーワードは「マーニーの正体」なわけですが、まだ上映中なので、ネタバレは控えます。つまりのところ「存在していないけれど、自分にとっての存在は何か」ということになります。考えられるのは、幽霊、意識、妄想、夢…など。

もし、「存在していた」ということなら「生き別れた双子」など、ありそうな設定ですね。かつて私も「存在のない人とのかかわり」が出てくる話を書いたことがありました。
最後に主人公は現実からの脱出?逃避?してしまい、…つまり生きているか死んでしまったかも分からないという、やりきれない結末でした。

「存在のない人物」とふれ合い、かかわるということは何かしら、主人公は心に孤独を抱えていることが多いのではないか?杏奈にとってのマーニーの存在が明らかになる終盤、それによって過去と今がつながるということ、杏奈の成長、「愛する、愛される」ということの意味を問う。
そして「思い出のマーニー」は、ジブリ作品の中では私にとっては、少なくとも大ヒットといえそうです。

観終わったあと、「杏奈もマーニーも、胸がないねぇ、ぺったんこ…」「ホントに。ブラ、してないだろうね」「ってことは、アレもまだってこと?」「ナウシカは巨乳だったよ。実はドーラも…」「テト、あの服の中にたしか入った…!?」「シータとキキは、よく分からないね」「クラリスは、ほどよい」「サンは?ソフィーは?」  まったく…(笑)女、3人寄ると、とんでもない会話しかない!すっかりジブリ(or宮崎駿)ヒロインの、ボイン比べになってしまった(爆笑)

たしかに、杏奈とマーニーの胸のふくらみは、描かれていなかったのでした。
なんと、彩香、信子、そして大人の杏奈の養母の頼子、角屋夫人までもです!
せいぜい、マーニーの母がパーティーで露出度の高い服装をしていたぐらい。
つまりのところ、第二次性徴やお色気は、この作品からは排除されていたということになります
マーニーの結婚も、マーニーの娘の出来婚も、さらりとエピソードとして流していて、大人の事情は極力、感じさせない展開に思えたのです。
これは2人の「少女」という集合体の中に「大人」は、決して含まれない、ということを意味していたのかもしれません。

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