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法律脳
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・ひとへに風の前の塵に同じ。

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 「母の死・・・」
 

 子供のころが比較的豊かであったための反動と、当時の日本全体の貧困時代の影響と、私以外に働き手のない状態で浦和での生活は大変でした。
 
 私の給料が15,000円であり、月の生活費は同額が必要でした。妹も大学を中退し、私のM精機に臨時工として働きました。弟も高校生でしたが、アルバイト等してかなり無理をしました。更に悪いことにM精機からの給料が遅配つづきとなり、毎日が大変な生活でした。そこで父の蔵書があったのでこれを売りに出しました。

 大変立派な本でしたが足下を見られたせいか、ほとんど全部売っても15,000円位しかならず、1ヶ月の生活費にしかなりませんでした。

 それでも何とか皆で頑張りましたが、弟が肺炎となり、母も肺炎と診断されました。
当時肺炎は死病であり、どうしても入院させなければなりませんが、
月約7,000円(還付されても3,500円)かかりました。
弟と母を両方入院させることが不可能であり、まず、弟を入院させました。

 母の入院はそれから1年3ヶ月後になりました。
今、考えると、よくやって来たなあと思いますが、当時はその現実を受けとめて生活しなければなりませんでした。入院が遅れたせいか母は退院して数年の後に亡くなりました。

 妹も弟も浦和を出て夫々の人生を歩き出しました。浦和には身寄りのない母の母(祖母)と母の妹(叔母)と私の3人の生活がしばらく続きました。この辺でこの話はやめます。
 
 次に、三輪車の運輸省テストやこの新車販売までの色々なテストにおける思い出を書きましよう。

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    [ ひーたん ]

    2008/7/16(水) 午前 10:34

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