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法律脳
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・ひとへに風の前の塵に同じ。

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 「オリエント号」
 
 当時(昭和30年頃)は四輪車よりも三輪車が車のブームでした。
その当時は道路がまだ殆どが砂利道であり、かつ山岳地ではガードレールもなく、かなり厳しい登り坂道であり、カーブも曲がりくねっていたため、回転半径が小さく、かつ堅牢に作られていた三輪車が人気があったのでしょう。
 
 
 M精機もオリエント号と言う船舶のような名前の三輪車を会社の1つの大きな柱として設計,製作,販売をしていました。
 
 
 三輪車は当時大切な乗物であり、四輪車と同様に新車販売前には「運輸省」の公式テストが義務づけられていました。この「運輸省」の公式テストの結果が、その車の正式の性能として公表されるため、このテストは極めてメーカにとっては重要のものでした。

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