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法律脳
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・ひとへに風の前の塵に同じ。

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1.【埼玉の話】日興コーディアル証券

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さて、日興コーディアル証券ですが、旧日興證券を創業したのは、

埼玉県川島町出身の遠山元一です。

日興は埼玉をルーツとする企業です。



昭和19年に旧日興證券(前身は川島屋商店)を興した遠山元一は、大正の

時代から三菱に出入りしていました。



三菱から遠山への信頼はとても厚かったようです。



昭和恐慌(昭和2年)では、地元の入間銀行に経営不安のうわさが流れ、

ピンチとなりました。

入間銀行の創業家は、川島屋商店の大株主でした。

そんな入間銀行を救うべく、三菱銀行からのサポートを遠山の口利きで、

取り付けたという話が残っております。



その信頼関係からすれば、今回の金融再編で、日興が三菱グループに入る

ことは、自然なことだと考えるわけです。





現在、遠山家は日興とのつながりが切れています。

遠山元一には、4人の子どもがいました。

長女は嫁ぎ、長男、次男は音楽家の道へ進みます。



残った三男が東大卒業後、自ら会社を興し、体験の中で経営を学びました。

その後、日興に入社。日本青年会議所会頭などを務め、日興でも順調に

副社長にまでなりました。



「ゆくゆくは社長に」

そんな期待の高まるなか、彼はフランスで飛行機事故に遭遇します。

遠い異国の地。三男は命を落とし、遠山の系譜は日興から消えることと

なりました。

それは、父元一の死後、およそ半年後のことでした。



今、埼玉と日興とのつながりを知る埼玉人は少ないようです。

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