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今年(2011年)6月平泉一帯が小笠原諸島と共にユネスコ世界文化遺産に登録された。青年時代、旅の途次平泉・中尊寺・金堂を訪ねた思い出あり。
あらためて勉強した。略記すると、中尊寺は天台宗東北地方の総本山として開山されたという。(山号 関山)。奥州・藤原三代の祖 藤原清衡によって造営された由。戦国時代、源頼朝に追われ、弟義経が自害。やがて一一八九年、藤原氏は滅亡する。一三三七年建物は金色堂と経蔵を遺して焼失。伊達藩となって再建、保護される。
ご存知、松尾芭蕉は元禄二年(一六八九年)、曽良と共に「奥の細道」の旅に出る。同書・平泉の稿では、泪を落として詠んだのが
「夏草やつわものどもが夢の跡」 であり、
「五月雨の降りのこしてや光堂」 とも詠んだ。
当時の芭蕉の涙も思われる。
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