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インマヌエル・カント(1724〜1804)の言葉
「思えば思うほど感嘆と畏れをもって人の心を満たすものが二つある。
それは、頭上に輝く星空と私の中にある道徳律である。」 現代人にも大切な教訓ですね。
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語録
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カンドウさんの忠告
人間が幸福に暮らせず、社会がうまくいかないのは、結局
それぞれ考えるべき重大なことをないがしろにしているからである。
社会はよってたかって「問題の人間」ばかり話題にして大騒ぎする。
もっと大事な「人間の問題」を少しも取り上げようとしない。
この言葉は今でもその通りですね。
カンドウ神父1897ー1955、フランシスコ・ザビエルと同郷のバスク出身、
1925年来日。カトリック神学院校長
1923年再来日、戦後 聖心女子大などで教えた。著書に「バスクの星」など。
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法然(1133〜1212、浄土宗開祖)と
親鸞(1173〜1262、浄土真宗開祖)のこと
法然の自らの称号は「偏依善導」。
善導は中国の善導和尚。自分はただ善導の教えによる、ということ。また、親鸞は阿弥陀は人類の救いのために願いをかけたが、それはただ偏にこの親鸞一人のためである、
お釈迦さん 法然→
親鸞 臨終の言「わが年極まりて安養浄土に
我なくも法は尽きせじ和歌の浦、青草人のあらん限りは」
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愛の諸相
1、そこで皆さんは、自由と平等と友愛を保ち続けて下さい。しかし、なかでも大切なのは友愛です。 なぜなら、平等と自由は法制化できるが、友愛は法制化出来ず、ただその人の人格においてだけ実現 されていくもので、それは霊的(スピリチュアル)なものだからです(シャルル ペギー 1873〜1914 フランスの詩人、思想家、第1次世界大戦で戦死) 2、友情は異質的なものを除外する傾向があるので、常に謙遜によって守られねば特権的意識を育む 危険がある(CSルイス 1898〜1962 アイルランド系英国人 小説家) 3 愛は具体的にはむしろユーモアという形をとって示さるべきものです。(アルホンス デーケン ドイツ人在日カトリック司祭 1959年来日 15回東京都文化賞受賞 4、もしも二人の人間が共に笑い合えないなら・・・・二人の間に真の理解は望めないだろう。明るさを 伴わぬ愛は死んだ愛であり、ユーモアのない人間関係は抑圧、暴力、人間性の崩壊などに到るしかない(ドイツの劇作家カール・ツックマイアー1896〜1977) 5、愛は、普通一般にはロマンスである。甘い、優しい喜びに彩られる。しかし他方、愛は忠誠・誠実 さ(loyality)自分を与え、捧げ、仕える面がなければ結実しない。フォスヂックは前者を感受性に富 むこと(responsiveness)と呼び、他方を同じ言葉から責任性(responsibility)という言葉で表現し ている。換言すると、愛の受容((reception)と愛の行為((action)は、一つの愛の両面と言える。 拡大して考えると、優れた芸術・文化はこの両面を備えて人に訴え迫ってくる。それが一時的な喜び 楽しみをもたらすだけのものとしたら、それは意味の薄いものだろう(フォスデイック 米牧師、 説教家1878〜1969)画像は 上から、シャルル・ペギー CSルイス Aデーケン |
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「我 知 足 已」
京都、竜安寺のつくばい(手洗い石の水鉢)に刻まれた言葉 聖書によく似た言葉
「信心は、満ち足りることを知る者には大きな利得の道です。なぜなら、私たちは何も持たずに世に生まれ、世を去る時は何も持って行くことができないからです。食べるものと着るものがあれば私たちはそれで満足すべきです・・・・」(テモテ第1: 6章6~7) |







